裏か表か6
世界が歪む光景は、まるでガラスの破片が砕け散るように目に焼き付いた。時間の流れが逆行する耳障りな高音が脳をかき乱す。ライムは、その光景が自分の能力によって引き起こされていることを悟り、すべてを理解した。
(リトライは自分だけの能力じゃなかった……世界そのものを自分に合わせてリトライさせていたんだ……そうとも知らず、自分を鍛えるためにリトライを使いまくって……)
過去の記憶が走馬灯のように駆け巡り、ライムは狼狽えながらも自らの能力と向き合う。
(この能力には助けられた……でも、死にたいと思っても死ねない呪いに感じたこともあった……でも、妹を助けるには必要な能力……でも、世界を、みんなの人生を俺と一緒にリセットしてまで生きる必要はない……こんな能力いらない……生きたいとも思わない……でも、能力を使わずに生き抜くほど強くはない……)
様々な思いが渦を巻き、ライムは力強く拳を握りしめた。
「もう二度と、繰り返さない。この命は、もう俺だけのものじゃない。世界を、みんなの人生を巻き込んで生きるなんて、そんな傲慢なことはもうしない!次の死こそ、俺の最後の幕引きだ!」
その決意を宣言した瞬間、ライムの身体を覆っていた氷に「ミシッ、ミシミシッ」と不穏な亀裂が走る。漆黒の靄が内側から熱を発し、ヒビを広げていった。氷の剣先が心臓に触れる直前、氷は『バリンッ!』と音を立てて砕け散った。その破片は、キラキラと光の粒になって消えていく。
ライムが無意識にアシュレイに触れると、アシュレイの身体が、まるで紙切れのように軽々と宙を舞い、鈍い衝撃音が凍りついた空間に響き渡った。その瞬間、ライムの脳裏で百万回の痛み(ミリオンペイン)と流れた。それは身体的な苦痛ではなく、存在の根源を揺るがすような、途方もない重圧だった。
ライムが受けたはずのすべてのダメージが、熱と光を伴ってアシュレイに叩き込まれた。
「え?今のは何?なんでアイツは吹き飛んだんだ?」
あたふたしていると、アシュレイは勢いよく立ち上がり、そのまま斬りかかってくる。全身にダメージを受けながらも向かってくるアシュレイの剣が、ライムの心臓を狙って振り下ろされる。その刹那、ライムの目に、ほんの一瞬だけ、これから起こる出来事の「残像」が焼き付いた。
それは、ライムの身体が切られる寸前の、血しぶきが舞い、床に倒れ込む姿だ。
(違う!こうじゃない!)
ライムの身体は、意志とは無関係に、その残像を回避するように、紙一重の差で一撃を避けた。
「何?今のを避けた?どんなに強くても今の一撃は避けれるもんじゃないぞ」
動揺したアシュレイは、素早く氷の弾を機関銃のように撃ちまくる。ライムは再び氷漬けになりかけた所を、アシュレイの剣が何度も突き刺していく。全身の皮膚がひりつき、傷口から流れる血の鉄臭さが鼻腔を満たす。視界がぼやけ、平衡感覚が失われていく。もうこれ以上は動けない、そう思ったその瞬間。
世界が歪み、時間が巻き戻った。
突き刺されるはずだった長剣が止まり、ライムの身体を襲っていたすべての攻撃が、起こる直前にかき消された。無傷に戻ったライムは、驚きと戸惑いを抱えながら、体に稲妻が激しく駆け巡り再び立ち上がる。
稲妻のような激しい電流がライムの全身を駆け巡り、青白い閃光となってアシュレイへと放たれた。それは雷鳴を伴わず、ただ光の速さでアシュレイの体を貫く。ライムの体からは、無数の光の筋がアシュレイに向けて噴き出し、その光は世界の空間に黒い穴を穿った。その穴は、まるで宇宙のブラックホールのようになにもかもを吸い込んでいく。
「なんだ…?」
アシュレイがそう呟いた時には、彼は既に光と共に穴に吸い込まれていった。しかし、その消えゆくアシュレイの姿が、ライムの脳裏に焼き付いた妹の幻影と重なった。
「今のはレイジュ…?そんなわけないよな…」
ライムの心臓が警鐘のように激しく鳴り響き、全身から力が抜けていく。地面に崩れ落ちた彼の脳内には、恐ろしい疑念が渦巻いていた。
(今のが、レイジュだったら……俺が、俺が殺したのか……?)
ライムは、自らが引き起こした出来事の重さに耐えきれず、その場にうずくまった。冷たい地面の感触だけが、彼の混乱した意識をつないでいた。
一方、雨が降る中スパークはココアの突進をギリギリでかわし、砂埃舞う地面を蹴って跳ねながら、レンドの側へと駆け寄る。錆びた刀を手に取り、手の感触から冷たく重い鉄の存在を確かめた。
「レンドさん、これは貰って行きます」手のひらに伝わる刀の感触に決意が宿る瞬間だった。
そのタイミングで、ココアの声が鋭く響く。
「何ぶつぶつ言ってるの?大人しく捕まれ〜」
空気が震えるような音と共に、雨の粒が舞い、風圧がスパークの髪を揺らした。
スパークはひらりとかわしながら、振り返りざまに舌打ちを一つ。
「おい空気読めよ、今大事な決意表明しようって思ってるんだぞ!」
吐き出す息が白く、夜気に混ざって凍りつくようだ。
「いや、火事場泥棒にそんな事言われてもね」とココアは笑う。瞳は冷たく光り、口元の微笑みの裏で鋭い意思が弾ける。
スパークは刀の重みを指先で確かめながら、少し肩をすくめる。
「まあ言ってもわからないだろうな、こういうロマンはさ…」
そして装置のスイッチに指先をかけ、アカリを捕らえていた網をシュッと解除する。網の摩擦音がわずかに耳に残り、解放された空間の匂いが混ざる。
逃げようとするスパークの背後に、ココアは静かに構える。地面を踏む砂の感触、衣擦れの音、筋肉の緊張まで感じ取り、オーラが空気を振動させる。右手を突き出すと、光のような圧がスパークの背中に押し寄せた。
「なっ!?」驚きの声と共に、スパークは砂塵を巻き上げながら吹き飛ばされる。空気の裂ける音、土の匂い、身体に刺さる風圧が五感を震わせた。
地面に倒れ込み、吐血しながらも必死に起き上がるスパークの目に、ココアの瞳が冷たく光る。
「嘘だろ…撤退、遠距離攻撃も出来るのか?」息を詰めながら砂まみれの視界を擦る。
そして次の瞬間、ココアは一気に距離を詰め、砂煙の向こうから手を伸ばす。
スパークの首を掴み、冷たく笑いながら囁く。
「これでおしまい」とスパークの内部を透視し、
指先から伝わる熱と圧力、身体に吸い込まれるかのような力。スパークの体内の動きがひしひしと感じられ、内臓の奥で衝撃が走った。
体内を貫く感覚に、スパークの目が一瞬見開かれ、唇から漏れる呻きが乾いた砂に吸い込まれる。砂の匂い、血の鉄臭さ、肌に残る振動すべてが現場の生々しさを伝えていた。
ココアに内部を破壊されたスパークの口から、どす黒い血がごぽりと噴き出す。激痛で視界が歪み、地面に倒れ込んだ身体は鉛のように重かった。朦朧とする意識の中、遠くから聞こえる叫び声があった。
「良くもあんな狭い所に閉じ込めてくれたな!それにレンドさんもフィオラさんもみんな倒して!絶対に許さない!」
怒りに震えるアカリの声と共に、彼女がチャージしていたビーム砲から、耳をつんざくような轟音が響き渡る。雷鳴を伴った極太の光の筋が、スパーク目掛けて放たれる。その閃光は、まるで太陽が地上に落ちてきたかのような圧倒的な熱を放っていた。
その時、スパークの前にいたココアが、信じられないほどの速さで反応する。倒れたスパークの身体を軽々と掴むと、彼女は放物線を描くように彼を投げ飛ばした。そして、両手を広げ、極太のビームを正面から受け止める。
「こんなんじゃ、私は倒せないよ」
ココアは笑いながら、その強大な光の塊を軽々と受け止めると、そのまま上空へと弾き飛ばした。ビームは空へと昇っていき、やがて夜空を切り裂くように炸裂した。
しかし、一連の攻撃を終えたココアは、まるでスイッチが切れたかのように急にやる気をなくした。「なんかお腹空いたし、もう行くね。またね…」そう呟く声には、先ほどの狂気は微塵も感じられず、まるで幼い子供のようだった。彼女はゆっくりと歩き出し、暗闇の中に消えていった。
アカリは呆然と立ち尽くしていた。もしココアが本気で自分を敵と見なしていたら、今頃自分は塵になっていただろう。冷たい汗が背中を伝う。「助かったのかも…でも…こんなんじゃダメだ…もっと強くならないと!」アカリは己の非力さを噛み締めながら、気を失ったレンドを抱え、その場を後にした。
意識を失ったスパークの意識は、過去の記憶へと誘われた。そこは、平家の一室。埃っぽい畳の匂いが鼻につき、窓の外からは穏やかな風が吹き込んでくる。彼は、タバコの煙をゆっくりと天井に吐き出しながら、幸せそうに寝転んでいた。傍らには、穏やかに微笑む彼女がいた。
「そろそろまとまった休みも取れるし、隣国にでも旅行に行かないか?」
彼はワクワクした声で言う。彼女は柔らかな眼差しを向けながら、「でも兵士は待機命令とかあって王都から出れないんじゃなかったの?」と微笑んだ。
「そんなの無視したらいいさ。それに俺みたいな下っ端に声なんか掛けるかよ」
スパークはニヤリと笑い、窓の外を眺めた。平和な日常だった。
しかし、場面は一変する。
スパークは凍りついたような表情で、彼女に告げた。外は血の匂いが満ち、街は緊迫した空気に包まれていた。「もうこの国を出よう。ここは危険だ!王が狂ってる。仲間だった者を殺して回ったり、噂じゃ兵士の家族とかも殺してるらしい…俺達は生き延びよう。ここを出れば、どこででも平和に暮らせる。明日の早朝出発しよう!」
「ええ、あなたと一緒ならどこでもいいわ。二人で逃げましょう!明日待ってるね」彼女は力強く頷いた。
そして、再び場面は変わる。
大荷物を抱えて家を出ようとドアを開けると、彼女の姿が見えた。スパークは嬉しくなって駆け寄る。「ああ、門付近で会おうって言ってたのにここに来てくれたのか?ちょうど良かった。思ったよりも荷物が多くてさ、置いて行くと次はいつ戻れるかわからないし。それと、両手塞がってるし悪いけど、タバコ吸わせてくれないか?」
彼女は何も言わず、スパークの口にタバコを咥えさせた。そして、震える声で「ごめんなさい…」とだけ呟いた。次の瞬間、冷たい刃がスパークの左目を突き刺した。
タバコが地面に落ち、地面に転がる音が、やけに鮮明に聞こえた。
「なんで…?」
彼はそう呟くと、そのまま仰向けに倒れた。彼女はハッとした顔で慌てて駆け寄ってくる。「王に…王に…言われてやったの。やらないと家族を皆殺しにするって!だから…」
その言葉を聞いた瞬間、スパークは最後の力を振り絞り、彼女の腹部を長剣で貫いた。
「別に怒ってないさ…ただ悲しいだけさ…」
彼の声は、虚しく響いた。意識が遠のき、彼女もまた、スパークの胸の上で息絶えた。
そして、夢はまた変わる。
身体を包む、温かい光の感触。その光が、遠い過去からスパークを異世界へと強制的に旅立たせる。光の中で目を開けると、そこには優しく微笑むラグナの顔があった。
「ああ、良かった。気が付きましたか?」
ラグナはスパークの身体から光を放ち、傷を治癒していた。
「夢を見ていた…長くて残酷な、忘れたくても忘れられない…醒めない夢をさ…ありがとう、また助けられたな…」
スパークはそう言って、礼を告げた。「いえ、いいんですよ。医者として当然のことをしただけですから。それより…」
「それより?もしかして支払いとか…?」
スパークが冗談めかして尋ねると、ラグナはクスリと笑った。「いえ。もうタバコは吸わないの?あんなに大好きだったのに」
その言葉を聞いたスパークは、何故か不思議な感覚を覚えていた。まるで、自分の過去を全て見透かされたような、そんな感覚だった。




