裏か表か4
スパークは静かに佇む月下の花屋へと足を向けた。ぼんやりと花々を眺めていると、店の奥からフィオラが現れる。透き通るような笑顔が、まるで花そのもののようだ。
「いらっしゃいませ。どのようなお花をお探しですか?」
スパークは生返事のように「とりあえず食べられるお花かな」と答えた。フィオラの顔に困惑の色が浮かぶ。
「食べられるお花?お腹でも空いているの?」
「ああ、空いてるよ。最近まともに肉を食べてなくてさ。給料日前で…っていうか、いつ給料もらえるんだっけ?」
フィオラは小さくため息をついた。
「そういうのは上司に聞いたらどう?スパークさん」
スパークは少し驚いたように、そして面白がるように目を丸くした。「あれ?バレちゃってた?どこかでお会いしましたっけ?」
フィオラは鋭くスパークを睨みつける。
「正式に会ったことはないけど、コソコソと裏で見ていたのは知っているわ。だから、あなたには能力を隠していたんだから」
「へえ、あれで能力を隠してるんだ。それは怖いな」
スパークは懐から取り出した禁煙飴を口に含んだ。
「あら、ここは禁煙よ。煙は駄目」
「あいにく禁煙飴でね。煙は甘いのしか出ないよ……って言っても、無駄なのはわかってる。うーん、今日は帰るかな」
花屋を去ろうとするスパークに、フィオラは思わず語気を強めた。
「待ちなさい!今日は何を偵察するつもりだったの?私の能力?あなたが動いているってことは、近々何かする気なんでしょ?」
スパークは笑みを浮かべたまま、フィオラの言葉をはぐらかす。
「ああ、今日はスナイパーモードにしないの?もう少し離れたら、ヘッドショットでも狙う?やめといたほうがいい。俺、目がいいから。じゃあまたね、フィオラさん」
そう言い残し、スパークは闇に溶け込むように街中へ消えていった。フィオラは彼の姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くし、ただならぬ気配を感じ取っていた。「(本気で何を考えているの、あの男は……)」決戦が近いことを悟り、フィオラは身構えるように準備を始めた。
昼が近づき、街は活気に満ちていた。人々の賑やかな声が響き渡る中、スパークは鍛冶屋の前に立っていた。店の外で武器や防具を売るアカリには目もくれず、椅子に置かれた**「ロンリーベア」**に近づいていく。
「よぉ、アカリちゃん。繁盛してる?」
スパークはそう声をかけながら、ぬいぐるみの毛並みを優しくなでた。
「ああ、スパークさん、こんにちは!ロンリーベアにも挨拶してくれたの?」
満面の笑みでアカリが答える。スパークもまた、優しい表情でぬいぐるみに触れた。
「ああ、コイツにも挨拶しとかないとな」
(特におかしな部分はない。ただのぬいぐるみだ。硬くもないか…ということは、やはりアカリ自身の能力でロンリーベアに変化を起こしている? じゃあこのぬいぐるみにこだわらなくても、他の物でも?まあいいか、とりあえずは)
心の中でそう考えながら、スパークはロンリーベアの尻に小さな装置をそっと仕掛けた。
「ちょっとベタベタ触りすぎたかな?あまりにももふもふだったからさ。ごめんね」
スパークが笑いながら言うと、アカリはさらに笑顔を輝かせた。
「スパークさんならどうぞ、好きなだけ触ってください!」
「ああ、もう大丈夫だよ。それより、配信でアカリちゃんを見たんだけど、ほどほどにね。捕まっちゃうよ。死事人に厳しいからさ、政府は…」
その言葉に、アカリの笑顔が消える。
「あ…スパークさんってそっち側だっけ?捕まえに来たってこと?」
アカリは警戒するように身構えた。スパークは苦笑いを浮かべる。
「いいや、別に捕まえる気ならもうしてるし、今はまだいいかなって思ってる…でもさ、死事人に憧れて利用して儲けようとしたり、ただの殺人を『死事人』だって言ってする奴もいるからさ。そういう意味じゃ、アカリちゃんが悪いわけではないけど、同じに見られるかもしれないってこと、わかるよね?」
諭すように語りかけるスパークに、アカリは複雑な表情で答えた。
「わかってるから、偽物は倒していってるよ。わかる範囲でだけど」
「そっか。それは俺の役目だから任せてほしいな。偽物とはいえ、人殺しは別に推奨してないんだ…それを理由に逮捕もできるんだよ?だから、できたら任せてほしいって……こんなんじゃ嫌われちゃうな。もう行くよ、じゃあね」
そう言って立ち去ろうとするスパークに、アカリは張り詰めた声で言った。
「仲間に危害を加えるなら、スパークさんでも容赦はしないよ。勝てるかはわからないけど…」
スパークは一瞬だけ振り返り、「ああ、そうならないことを祈ってるよ…」と、ほとんど聞こえないほどの声でつぶやいた。そして、人混みの中を中央局に向かって歩き始めた。
中央局に到着したスパークは、足早に大臣たちの待つ部屋へ向かった。手に持つ資料を配り、読み終えるのを待ってから口を開く。
「以上の4名が、死事人のメインメンバー、つまり本物と考えています。それ以外は全て偽物、模倣犯です。彼らとは関係も、組織としての繋がりも確認できませんでした……。むしろ、逆に偽物たちを始末しています。正直、彼らを完全に敵と見なす必要はないかと。彼らには信念があります」
大臣の一人が、怒りを露わに机を叩く。
「それでは示しがつかんだろう!お前は犯人がわかっているのに、逮捕すらしないのか?なんのための専任だ?全滅がお前の仕事だろう!」
別の声が続く。
「この報告書はなんだ?情が入っているのか?『能力を把握した上で、政府に手を出すな』だと?ふざけているのか!それに、このレンド・ムラサメは兵士ではないか。彼だけでも秘密裏に処刑しろ!世間に兵士の中に死事人がいると知られるのはまずいだろう!」
大臣たちが一斉にそうだそうだ、と賛同し、部屋の空気が一気に重くなる。
「しかし、彼はむやみに殺生するわけではない。一番、正義のために動いています」
スパークが反論したその時、突然、部屋のドアが勢いよく開いた。
そこに立っていたのは、神皇とミリアだった。
「ほう、レンドが死事人だったか。その報告書を見せてみろ」
神皇は大臣から力ずくで資料を奪い取り、内容を全て読み終えると、スパークに投げつけた。
「お前が専任だったな?ちゃんと仕留めろ。処刑しても構わん。私に銃を突き付けてでもやり遂げるような態度を取っていながら、お前がやっていた行動はなんだ?」
神皇の言葉に、後ろにいたミリアが笑いながら付け加える。
「仲良くしてたよ。でも正直、殺さなくてもいいかなとは思ってる。私も助けてもらったし」
「だそうだ。だが私は、お前の真意が知りたい。何が望みだ?死事人を味方につけて私を始末したいのか?それとも、死事人を自分の下に付けたいだけか?そもそも、このメンバーと、他の偽物との繋がりがない証明は?お前は甘すぎるぞ」
淡々とした口調ながら、神皇の言葉には冷たい怒りがこもっていた。スパークは拳を強く握りしめ、反論する。
「お言葉ですけど、**調べ抜いた結果です!**仲間関係ではないし、接触もなかった。逆に彼らを仕留めていっている。それは間違いありません」
「私に意見するのか。まあいい。レンドの上司を神殿に呼べ。あと、第三兵団の団長に、この死事人の4名の処刑をさせろ。こいつは役に立たない。では、失礼する」
そう言い残し、神皇はミリアと共に去ろうとする。スパークは思わず叫んだ。
「ちょっと待ってください!**今夜、ケリをつけます!**だから、それまでは俺にやらせてくれ!」
その言葉に、神皇は振り返る。
「ああ、わかった。だが、団長は向かわせる。これ以上は何も言うな」
神皇が完全に去っていくのを見届け、スパークは決意に満ちた表情でつぶやいた。
「わかってるよ。きっちりとケリをつけるさ……それが望みならな」
スパークは急いで、最後の準備を始めた。
その日の夕方、レンドたちは久しぶりに4人集まっていた。
「今日集まってもらったのはな……実は、偽物同士で組織化を企んでる連中が、酒場近くの路地裏に集まるって情報を酒場のマスターがくれたからなんだ」
レンドは刀の手入れをしながら続けた。
「組織化なんてされたら、ますます治安が悪くなるし、こっちも活動しづらくなる。人数もかなりのもんだろうし、と思って、こうして集まってもらった」
ライムは嬉しそうに、リヴォルダガーを研ぎながら
「最近は一人か二人での活動が多かったし、久しぶりにみんなでやれるって、なんか良いですね!」
レンドも笑ってライムに問いかける。「おう、腕は落ちてないか?」
「もちろん、やるよ!」
アカリも元気よく応える。だが、フィオラだけは警戒を隠せない。
「ねえ、その情報って本当なの?なんでマスターがそんな情報を?ちゃんと慎重に動いた方が良くない?」
レンドは小さくため息を吐き、だがすぐに楽しそうな表情に変わった。
「正直言うとな、ガセじゃないかとも思ってる。俺たちが行ったら、偽物どもが大勢で囲んでくる…だったらそれでもいいじゃないか!一網打尽にできるチャンスだしな!」
その言葉に、ライムは笑って応じる。「それもそうか。じゃあ、俺も負けないように頑張る!」
リヴォルダガーの弾丸やカートリッジを準備するライム。アカリとフィオラも、胸のモヤモヤを抱えたまま、レンドの言葉に従い準備を始めた。
夜、路地裏に到着した時、彼らはすでに異変を感じていた。
いつも賑わっているはずの酒場は閉まり、周囲は不気味なほど静まり返っている。そして路地裏の入り口付近には、6人ほどの死体が転がっていた。地面には赤黒い血だまりが広がり、その奥では、一人の男が煙を吹かせて座っていた。
「よぉ、遅かったじゃねえか、死事人の皆さん……。遅すぎてさ、みんな殺しちゃった」
男はさらに一服し、煙を吐き出す。それは紛れもなく、スパークだった。
「3人しかいないってことは、一人はスナイパーモードか?」
スパークは銃を素早く取り出すと、建物の上に向かって発砲した。激しい爆発音と炎、煙が上がる。
「目は良いって言っただろ?フィオラさん」
完璧なタイミングで放たれた一撃に、フィオラの動きは完全に止められる。スパークは頭をかきながら立ち上がった。
「悪いけど、アンタたちを仕留める専任なんだよ。散々警告してやったのに、結局こうなったか……。まあ、この状況も楽しもうぜ!」
スパークが構えをとる。レンドは刀を抜きながら、不敵な笑みを浮かべた。
「本当に良く喋るな……こうなるって俺も思ってたぜ。だから準備をしてた」
レンドが刀を抜こうとしたその時、アカリが前に出る。
「スパークさん、もしフィオラさんが死んでたらどうする?私、本気で許さないよ」
アカリはロンリーベアを構えた。スパークは禁煙飴を一気に飲み込むと、月明かりに照らされた笑みを浮かべ、こちらを見据えた。ニヤリと笑った。
「大丈夫でしょ?」




