死んだはずの俺3
カラン、カラン……。
ライムが足を踏み入れたのは、湿った土と古い木の匂いが混じり合う、冷たく薄暗い地下室だった。石造りの壁には苔が張り付き、天井からは水滴がポツリポツリと落ちる音が静かに響く。その滴る音は、この場所の静寂を一層際立たせていた。部屋の奥には煤けた暖炉があり、燃え尽きた薪の焦げた匂いがかすかに漂っている。その脇には使い古された木製のテーブルと椅子が置かれ、テーブルの上には埃をかぶった錬金術の道具らしきものが、無造作に散乱していた。小さなランタンの明かりが、部屋の隅々まで届かない薄闇を照らし、道具の影が長く伸びている。
フィオラは、影の中で静かにライムを待っていた。彼女の滑らかな黒髪は、わずかな光の中でも艶めき、その声は、地下室の冷たい空気に溶け込むように響く。
「とりあえずここに座って。その六銅貨を持って来たって事は、晴らしたい恨みとか願いがあるって事よね?望みは何?」
彼女の目は、地下室のわずかな光を反射して、まるで底なしの深淵のように見えた。その視線は、ライムの心の奥底を見透かすかのようだ。
突然の問いに、ライムは一瞬戸惑った。喉の奥が乾き、心臓がドクドクと不規則に脈打つ。しかし、言われた通りに扉側の席に座って少し落ち着かせてから、すぐに決意の表情を浮かべた。
「俺は攫われた妹を助けたい。それと、それを指示した神皇を倒したい!」
ライムの言葉に、椅子に座っていたアカリは、乾いた笑いを漏らした。彼女はテーブルに肘をつき、興味なさげにライムを見つめる。その桃色の髪が、わずかな頭の動きに合わせて揺れた。
「妹の事は気持ちわかるけど、神皇倒したいは飛躍しすぎっていうか、普通に無謀だと思うよ!それとも勝算があるの?」
馬鹿にされたのだ、とライムの胸の内には、チリチリとした怒りの炎が灯り、奥歯を強く噛み締める。しかし、ここで感情的になっても仕方がない。深呼吸を一つして、彼は正直に答えた。
「俺だけだと不可能かもしれないけど…俺を助けてくれた人が協力してくれたら…神皇に届くかもしれない。」
いつの間にか扉の方に移動していたフィオラは冷たく言い放った。その声は、地下室の冷気をさらに凍らせるようだった。
「いきなり人の力を当てにするなんて、人生舐めてない?なんの力も示さない奴が力を貸してもらえるわけないよ。」
アカリもまた、顔色一つ変えず淡々と現実を突きつける。
「今のは冷たいかもしれないけど…でもそうだよ。暗殺にしても何をするにしてもリスクがあるしさ。よほど能力が高いとか秀でた物がないと、誰もついてこないよ。」
言われ放題で腹を立てたライムは、思わず声を荒げた。心臓の鼓動が速くなる。
「いや、願いを言えって言うから言っただけだ!どれだけの遠回りをしても、何度やり直してでも、いつか神皇を倒す!」
アカリは楽しそうに笑う。その嘲笑が、ライムの耳に突き刺さった。屈辱で顔が熱くなる。
「ふ〜ん、威勢はいいけど、現実問題、お金も人脈も武器も防具もないこの現状で、どうやって神皇に辿り着くの?酒場の前で兵士を一人ずつコソコソ倒す?いつか返り討ちか捕まるでしょうね?神殿に乗り込もうにも入り口で処刑かな?その程度だと、まあ厳しく言うけど、あんたの実力じゃそれが限界かな?」
アカリの言葉に、フィオラは静かに扉を開ける。彼女の動きは水面を滑るように滑らかで、音一つ立てない。
「私はちょっと抜けるね」
そう言い残し、彼女は音もなく地下室を後にした。去り際に、かすかに花の香りが残ったような気がした。
「もう話が終わったなら帰ります」
ライムは苛立ちに任せて席を立ち上がった。木製の椅子が、ガタりと不快な音を立てる。悔しさで足が震えるのを感じながら、部屋を出ようとドアに手をかけた。重い木のドアがギィと軋むような音を立てて開く。その向こうに立っていたのは、見覚えのある顔だった。食堂で会った、あの兵士だ。兵士はライムの顔を見てニヤリと口角を上げた。
「おう、小僧、もう帰るのか?」
ライムは警戒しながら答える。心臓の鼓動が速くなる。
「あなたは食堂の?」
「ああ、覚えてたか。ちょっと聞きたい事があってな。もう少し時間いいか?」
ライムは内心(兵士が来たって事は、俺を捕まえに来たのか…兵士殺してるし仕方ないか…)と諦めに似た感情がよぎった。
兵士はライムの表情を読み取ったかのように、「そんな顔をするな。ちょっと聞きたい事があるだけだ」と言い、ライムと共に部屋の中へと入ってきた。再び閉じられた重いドアの向こうから、地下室特有の湿った冷たい空気が流れ込んでくる。兵士はライムの前に立ち、その鋭い視線で彼を射抜くように尋ねた。
「単刀直入に聞くが、おめえ同業者か?」
ライムは戸惑いながら否定した。
「いや、違う。」
「そうか…ならターゲットが被っただけか?」
兵士の問いに、ライムは自身の正直な気持ちをぶつけた。
「ターゲットって意味なら俺もそうだ。あの兵士達は妹の事を聞いた瞬間、俺を痛めつけて剣で斬ってきたんだ…だから復讐したいと思って鍛えて…それで殺した…」
兵士は首を傾げた。その顔には、ほんの少しの呆れが混じっているように見えた。
「話が見えねえが、剣で斬られてなんで生きてるんだ、おめえは?それに一人は殺したって言うがな、あんなに時間を掛けてたら周りに気付かれるし、仲間がいたら返り討ちに遭うぞ!ああもう遭ってたか。」
兵士が愉快そうに笑い声を上げると、横からアカリが呆れたように口を挟んだ。
「レンドさん、話逸れてない?」
レンドと呼ばれた兵士は、ハハッと笑いながら、
「そうか?暗殺するならもっとスマートにやれっていうアドバイスをだな……」
そう言いかけたところで、アカリが苛立ちを露わにしました。その口調には、明らかに苛立ちが滲んでいた。
「もう!コイツが私達の仕事の邪魔をした事のケジメをつけないと!」
「ああ、そうだな…小僧、結果的に仕事は達成出来たからいいが、おめえも殺す所だったぞ、変な動きをしてたら。」
兵士の言葉が終わると同時に、フィオラが地下室に戻ってきた。その登場は、まるで影が動いたかのように突然で、ライムは思わず息を呑んだ。彼女の目は、獲物を狙う獣のように鋭く、その冷たさにライムの背筋はゾッとした。
「あら?私は仕留める気だったよ、その子を…動いてたらまたもう動けなくなってたわよ…」
フィオラは冷たく笑う。その言い方に呆れて、レンドはフィオラに忠告した。その声には、わずかな非難が込められている。
「おめえはもう少し順序を考えた方がいいぞ…」
その言葉を聞いて、ライムはハッとした。あの時、絶体絶命のピンチを救ってくれたのは、彼らだったのか。全身に走る鳥肌。
「もしかして、危ない所を助けてくれたのはあなた達でしたか?あの時は…」
ライムがお礼を言おうとした言葉を遮り、レンドは突き放すように言った。
「礼なんて言うんじゃねえ!助けるつもりはなかった。ただターゲットを仕留めただけだ。おめえがその時の事を喋る奴だったら、容赦なく殺す気だった!食堂でもつい薔薇の事とか言いやがって、危うく斬るとこだったぞ…」
レンドは一息つくと、満足そうにフンと鼻を鳴らした。
「…と言いたい事も言えてスッキリしたが、さっきおめえは神皇…いや、王を倒したいと言ったな?」
レンドの鋭い眼差しがライムを射抜く。その視線は、彼の心の奥底まで見透かすかのようだった。
「聞いてたんですか?最終目標です…」ライムは、諦めと決意が混じった声で正直に答える。
「最終目標でもなんでもいいんだが…二度と口に出すな。この王都ではどこに王の息がかかってる者がいるかわからねえしな…あと何も出来ないのに仲間を探すのもやめろ。口だけの奴に背中預けるようなお人好しはいねえよ…ただな、俺達は裏稼業をやっててな、実力を行動で示せば仲間に入れてやらない事もない…それで名前はライムだったな?」
レンドの言葉に、ライムの胸に希望の光が灯る。迷いはなかった。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「はい、ライム=レヴィアスです。」
「レヴィアス?両親は元気か?」
「知らないです。ずっと妹と二人で。」
「妹と二人だけか?生まれは?」レンドは顎に手をやり、少し考え込む。ライムもまた、自身の生い立ちを思い出そうとする。おそらく、妹と二人でいた場所が、彼の生まれ故郷だろうと。
「王都に来るまでに結構時間かかったし、結構外れの方で、ずっと妹と二人で農家の手伝いをして過ごしていました。」
「なんかわかんねえけど、地区の名前とかで言えねえのか?まあ素性を明かさないのも暗殺者としては間違えじゃないしいいが…よし、わかった!おめえが次の依頼があった時に、俺達と一緒に来て、行動で自分の価値を示せたら仲間に入れてやる。それでどうだ?」
レンドは、食堂で見せたあの屈託のない笑顔を見せた。ライムは迷うことなく、力強く頷いた。
「はい、よろしくお願いします!」
新たな始まり
レンドはアカリに指示を出す。
「おいアカリ、早速こいつに合う防具と武器を見繕ってくれ。費用は俺が出す!万全にしないと実力が見れねえからな!」
アカリは朗らかに笑った。その笑顔は、さっきの嘲笑とは違い、どこか親しみがこもっているように見えた。
「心配しないでもう大体のデータは見たからさ。あとは調整するだけよ。良かったね、ライム君。よろしくね。」
アカリはそう言うと、背負っていたロンリーベアを背中から下ろし、ライムに差し出した。
「ほら、ロンリーベアが僕と握手って言ってるよ。」
ライムは若干引きつつも、差し出されたロンリーベアの意外と固い手を握った。その感触は、見た目に反して妙に温かい。
「よろしく。」
フィオラは冷めた口調で言った。
「私は仲間に正式になってからでいいわ。馴れ合う気もないし…じゃあ花屋に戻るね。依頼人がいるかもしれないし…」
フィオラはそのまま地下室を、まるで影が溶けるかのように音もなく立ち去った。鍛冶屋の扉が、静かに閉まる音が聞こえる。
「じゃあ俺も行くわ。兵士がここに居続けてもまずいしな。じゃあ依頼の時はよろしくな、アカリ。あとは頼む。」
レンドもまた、そう言い残すと颯爽と部屋を出ていった。その足音は、あっという間に遠ざかる。地下室は再び、水滴が落ちる音と、遠くで聞こえる微かな金属音に包まれた。
アカリは笑顔でライムに呼びかける。
「まあ頼まれたし、早速防具とか着けてくれる?上に来てね〜。」
そう言い残し、アカリは楽しげにパタパタと階段を上がっていった。ライムは、地下室の薄暗闇の中に一人残されたがこれからの事を考え、胸を高鳴らせていた。
そして、薄暗い階段を登り、工房に戻ると、かすかな鉄の匂いが強くなった。煌々と燃える炉の熱気が肌を撫で、赤く熱された金属が鈍く輝いている。アカリはにこにこしながら、真新しい一式の防具を差し出した。
新たな装備
「さっそく、防具着けてみて!」
ライムはそれを受け取り、手に取るとその意外な軽さに驚いた。革製のボディはしなやかで、肌に吸い付くように馴染む。しかし、膝や肩、胸部など要所要所には、鈍い光を放つ金属のプレートが、丁寧に縫い付けられていた。
「なんか……鎧とかじゃないんですね」
革の感触を確かめながら、ライムがそう口にすると、アカリは軽く頷いた。
「うん、ライム君は素早さを活かした戦い方が合うと思って。重い鎧より、動きやすい方がいいでしょ?」
「……なるほど」
革の匂いが鼻をくすぐる。金属の冷たさは、最小限に抑えられていて、体に馴染む感触が心地よかった。
「たしかに、軽いですね」
自然と笑みがこぼれる。これなら、今までよりも自由に動けそうだ。体のどこにも、不必要な重さや抵抗を感じない。
「じゃあ次はダガー2本ね! あと、この籠手も着けてね!」
アカリが手際よく次々と装備を手渡してくる。
ダガーは短く、刃は鋭利に研がれている。銀色の切っ先が、ランタンの光を反射してキラリと光った。腰のベルトに差すだけでなく、太もものシースにもぴったりと収まるようになっているようだ。
「収納もちゃんとできるんですね……すごい」
装備を身につけるたびに、身体がどんどん戦闘モードになっていくのが分かる。まるで自分の手足のように、しっくりと馴染む。
「うんうん、ちゃんと着けたね! じゃあ、ちょっと籠手同士をカンって当ててみて」
「え? なんで……」
疑問を感じながらも、ライムは言われた通りに両手の籠手を軽く打ち合わせる。硬い金属同士が触れ合う、乾いた音が響いた。
「カンッ!」
次の瞬間、金属のこすれる、独特の機械的な音と共に、甲の部分から鋭いかぎ爪がシュッと音を立てて飛び出した。その爪は、まるで生きているかのように、静かに空気中にその存在を主張する。
「……うわっ、出た!?」
ライムは驚きと興奮が入り混じった声を上げた。爪の先端が、かすかに光を反射している。
「ふふ、びっくりした? 次はね、“伸びろ”って言ってみて!」
「伸びろ……?」
半信半疑で言ってみるが、何も起こらない。爪は、微動だにしない。
「ごめんね、案外素直だね〜」
アカリがくすくす笑いながら、ライムの籠手の小指側を指差した。
「籠手の小指側にトリガーがあるから、それを引くとワイヤーが伸びるの。もう一回引くと縮むよ。雰囲気出したいなら、“伸びろ〜!”とか叫んでもいいけどね!」
ライムは苦笑しながら、工房の外に出た。
陽の光が差し込む石畳の路地。空気は涼しく、地下室の金属のにおいが少し残っている。
近くの壁に向かって、籠手のトリガーをそっと引いてみる。
「カシュッ!」
瞬間、かぎ爪がワイヤーと共に勢いよく伸びて、壁にズブッと音を立てて突き刺さった。爪の先端が、石壁のわずかな隙間を掴んでいるのが分かる。
「おお……!」
その威力と瞬発力に、ライムは感嘆の声を漏らした。
もう一度、トリガーを引く。
ガクンと体が引っ張られ、空中を舞うようにして壁の上へと跳ね上がり、土埃を巻き上げてギリギリ着地する。着地の衝撃が足に響く。
「うわっ、速っ……!」
興奮と息切れが混じった声で、ライムは苦笑いを浮かべながら呟いた。
すると、下からアカリの声が飛んできた。
「あっ! トリガー2回で、かぎ爪が戻るからねー!」
「そういうのは先に言ってよ〜……」
息を整えながら、額の汗を拭うライムは苦笑いを浮かべた。
アカリがツナギの袖をまくって、ニッと笑う。
アカリ「ちょっと降りて来てくれる?武具の性能、ちゃんと確かめたいんだ。ちょっとだけ手合わせしてみよ?」
ライム壁から降りて、ダガーを抜きながらアカリに近づく
「……了解です。遠慮なく行きますよ」
シュッと踏み込んで、ライムが二本のダガーで高速の連撃。けれど、アカリはするりと身をかわす。すぐさまライムは、かぎ爪を展開しながら追撃。
アカリ「わっ、結構本気だ~」
アカリは振りかぶることなく、体の回転だけで片手のハンマーを横に振る。金属音とともに、かぎ爪がガキィン!と弾かれた。
アカリ「一つ、二つ、三つっと……うん、プレート部分は問題なしっと」
続けざまに、左右からハンマーが迫る。ライムは両腕のかぎ爪で受け止めようとするが、ガンッと押し負けて足元がぐらつく。
直後、アカリが一気に下から突き上げるようにハンマーを振り上げる。ライムの手からダガーが吹き飛ぶが、武器自体に傷はない。
アカリ「うん、大丈夫。壊れてない。ちゃんと仕上がってる」
ハンマーを肩に担ぎながら、にこっと笑う。
アカリ「……で、まだやる?」
ライムは、己の未熟さに打ちひしがれ、その場に立ち尽くしていた。手のひらからは汗がにじみ、喉の奥がカラカラに乾いている。目の前で繰り広げられた、自分が一切手出しのできなかった戦いの光景が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。体中に鉛を流し込まれたかのような重みに、ずっしりと沈み込む。その様子を見たアカリは、ふっと優しく微笑んだ。その声は、ひどく落ち込んだライムの心に、温かい光を灯すようだった。
「別にさ〜、正面から戦うことってそうそうないんだし、何もできなかったって悔やむことはないよ〜。それにさ、あれだけ動けたら十分だよ。あっ! でも、もし一騎打ちとか無双したい時は言ってね。それ仕様のフルアーマーを用意するからさ!」
アカリの屈託のない笑顔と、からかうような口調に、ライムの肩から少しだけ力が抜けた。アカリは何かを思い出したように、工房の奥から漆黒のローブを手に持って現れた。その生地は、月の光を吸い込んだように深く、指先で触れると滑らかな手触りがした。
「あとさ〜、ライム君、仕事の時はこのローブも着て行ってね。その方が戦闘スタイルに合ってると思うし、手元を隠せる方が相手に悟られなくていいよ」
ライムは差し出されたローブを羽織った。袖を通すと、ひんやりとした生地が肌を滑り、心地よい重みが全身を包む。鏡に映る自分は、まるで闇に溶け込むような存在感を放っていた。なぜだか、にやにやが止まらない。自然と口角が上がり、無意識のうちに腰のダガーを抜き、流れるようなポーズを決めた。その動きは、まるで水のように滑らかで、音もなく空間を切り裂くようだった。
その光景を若干引きつつ、アカリはライムを見つめ、少し冷たい声で釘を刺した。
「あっ、用が済んだら戻しといてね。最終調整しとくから」
そう言い残すと、アカリはさっさと工房の奥へと入っていった。ライムは少し恥ずかしくなりながら、装着していた防具を丁寧に外し、その後に続いて工房の中へと足を踏み入れた。
その時、店の外から「すみません〜!」と明るい声が聞こえた。アカリは「は〜い!」と応じ、外へと出て行く。ライムも武具を所定の場所に置き、**(早速依頼かな?)**と胸を躍らせながら外に向かった。
異世界の風:新たな出会いと「ラピ」の波紋
店の外に立っていたのは、明らかに異世界から来たと思わせる、派手な衣装をまとった女性だった。その衣装は、鮮やかな色彩がふんだんに使われ、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。彼女は、剣と銃が混ざり合ったような奇妙な形状の武器をアカリに見せた。
「今クエストをしてたんですけど、壊れてしまって…。直せますか?」
アカリは、その奇妙な武器をまじまじと見つめた。鼻を近づけ、かすかに金属と火薬の匂いを嗅ぎ取る。
「うーん、分割してみれば直せそうかな? ちょっと奥で直してきますね」
アカリは武器を受け取ると、再び工房内へと入っていった。その時、女性がライムに視線を向け、問いかけた。
「それで、ここってラピは使えるんですよね?」
(ラピってなんだ? あー、そういえばどこかで聞いた気がするな。確か異世界の人が使ってる通貨だったような?)
ライムは頭の中で記憶を辿りながら、「ちょっと確認してきます」とアカリの元へと向かった。工房の奥から聞こえてくる、金属がぶつかり合うカチャカチャという音と、かすかな火花の散る匂い。アカリに声をかけようとした瞬間、彼女は興奮した様子で武器の修理に没頭していた。「直ったか! よしっ!」という声が聞こえ、その直後、アカリはライムを鋭い視線で睨みつけた。さっきまでの朗らかな表情は消え失せ、明らかにイライラしているのが分かる。
「あのさ〜、無言で突っ立ってたら気が散るんだけど、どうしたの?」
ライムはたじろぎながら答えた。
「ごめん、お客さんがラピは使えるかって聞いてきたから確認しようと思って…」
それを聞いて、アカリの表情は一転、嬉しそうな笑顔になった。その声は弾むようだった。
「使えないよ。導入してないし、そもそもここに異世界の人が来る事なかったしさ〜。でも、お客さんが増えるなら導入してもいいかもね♪」
アカリはそう言うと、店の外へと向かった。すると、お客さんの隣には、スーツ姿のボブがよく似合う女性が立っていた。その女性は、涼やかな香りを漂わせ、キリッとした印象を与える。
「あ〜、店主さんですか〜? 今日はいい機会だと思って、冒険者ギルドで共通通貨としてラピを使用してるんですけど、そのラピを使えるお店としてここも加盟してもらいたくて来ました〜。申し遅れました、私は冒険者ギルドでガイドをしているラーヌといいます。よろしくお願いします」
妙にハイテンションだが、なぜかその目は笑っていない、独特な表情をしていた。その声は、妙に明るいのに、どこか底知れないものを感じさせる。
「といっても、この機械を置いていただくだけで自動精算させていただきます。後日、手数料をプラスしてお支払いいたします」
その言葉を聞いて、アカリは目を輝かせた。
「めっちゃお得じゃん! お客さんも増えるし! ぜひ導入させてください!」
アカリは満面の笑みでそう言うと、差し出された契約書に迷わずサインをした。ペンが紙を滑る音が、店内に小さく響く。
「じゃあ、スーパーラピくんを置いていきますね」
女性はそう言い残すと、手のひらサイズの銀色の機械を置いて去って行った。その機械は、金属特有の冷たさと無機質さを放っていた。ライムとアカリは顔を見合わせ、「スーパーラピくんって名前なんだ〜」と笑って見送った。すると、去り際にガイドがボソッと呟いたのが聞こえた。
「ただの精算機で、スーパーラピくんじゃないけどね」
その言葉に、二人は心の中で**(スーパーラピくんじゃないんかい!)**と同時にツッコんだ。
「あの、直りましたか?」
冒険者に声をかけられ、ハッとしたアカリは、「あっ、すみません。初めての武器でしたけど、直ったと思います」と武器を渡した。冒険者は軽く剣を振り、上空に向かって発砲した。乾いた銃声が、一瞬、店の前の空間を震わせる。
「うん、直ってる! 良かった、ありがとうございます! いい腕ですね!」
そう言ってから、「あのおいくらですか?」と尋ねた。アカリは「修理費は銀貨1枚です」と言い精算機を見ると、自動的にラピに変換されていた。冒険者は精算を済ませると、深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べて去って行った。
「ねえ、ライム君。これってどういうシステムなんだろ? 勝手に金額が共通通貨になってたけど?」
ライムも首を傾げた。「わからないけど、音声システムとか?」と言うとアカリは呑気な声で答えた。「ああ、そういう感じかもね」
そして、アカリは改めてライムに視線を向け、笑顔で言った。その声は、どこまでも温かく、ライムの心を震わせた。
「それとさ、ライム君、お金ないだろうし、鍛冶見習いとしてうちで働かない? 衣食住は保証するよ?」
ライムは、まさに渡りに船といった感じで、思わず身を乗り出した。
「本当にいいんですか!? よろしくお願いします!」
満面の笑みで答えたライムの心には、新たな希望の光が灯っていた。
一方その頃、月下の花屋には、切羽詰まった夫婦の姿があった。店の扉を開けると、ほのかに甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。店の奥には、色とりどりの花々が、陽の光に照らされて幻想的に輝いてた。
「すみません…。こちらで願いを叶えてくれると聞いて来たんですが…」
夫婦は震える手で、六枚の銅貨をフィオラの前に差し出した。それは、彼らにとって全財産に近いものなのだろう。フィオラは、その夫婦の顔を冷たく見つめた。その表情は、感情を一切感じさせないほど無機質だった。
「依頼ですね…? 奥にどうぞ」
フィオラの声は、静かに、そして冷徹に響き渡った。