裏か表か
夜、静かな公園までライムとスパークは歩いてきていた。
街灯の光がまばらに道を照らす。
遠くから馬車の走る音がかすかに聞こえた。
川沿いに架かる橋の欄干に寄りかかる。
ひんやりとした金属の感触が指先に伝わる。
橋の周りにはカップルが数組、寄り添って話していた。
冷たい夜風が二人の間を通り抜ける。
それでも、二人は気にする様子もなく、ただ川の流れを見つめていた。
「しかしさっきの医者は何だろうな。不思議な感じがしなかったか?」
スパークは隣に立つライムの横顔を見つめながら問いかける。
川の水面に街の明かりが揺れて映る。
「え? 確かに、手をかざしただけで体が楽になったし、不思議な感じはしましたけど。そういう能力なんですよね?」
ライムは表情を変えずに答えた。
川の流れる音が、二人の声をかき消すかのように穏やかに響く。
スパークは口元に微かな笑みを浮かべた。
「いや、そういう意味じゃないけど。能力者に関しては特に疑問とか思わないんだな。そっちの方がびっくりだ。特殊能力とか不思議に思わないタイプ? 異世界人を見すぎて普通に思ってる?」
ライムは川から視線を外す。
少しだけ戸惑ったような表情を浮かべた。
「身近にも能力者がいるし、なんか普通なのかな?って思ってて。
そこはどうでも良いんですけど、あのお医者さん、笑顔だったけどなんか睨まれてた気がしたんですけど。
もしかしてそういう事を言いたかったんですか?」
(う〜ん、鋭いな)
スパークは心の中で呟く。
表情には出さない。
「まあ、そう思ったんなら、その気づきは大事にした方がいいな。
その方が生きやすくなるよ。
逆に人の気持ちとか考えすぎると生きにくいか?」
そう言って、彼は少しだけ笑った。
「なあ、世の中、何もしなくても、何かしてても、世界は動いてるんだよ。
流れに沿ってさ。
それにうまく乗れた方が面白いと思わないか?」
ライムは首を傾げる。
「流れに乗るのに、流されずにその場に立ち続ける?
意味ないんじゃ?
だって、流れに乗った方が楽しいって…」
スパークはニヤリと笑った。
「ああ、わかってないね〜。
乗りすぎずに、その場は流されて、楽しむふりをしてても、決してブレない。
口で言ってもわからないだろうから、流れてに身を任せる良さを教えるからさ、その武器使ってもいい。
ちょっと攻撃してみてくれないか?」
「大丈夫、俺って強いから、ライムくんに負けてやれる程の優しさはないよ?
ほら、来なよ」
彼は右手で手招きをするように「来い来い」と挑発するように笑った。
ライムは無言でリヴォルダガーを鞘から引き抜いた。
刃が月明かりを反射して鈍く光る。
「別に戦う理由はないけど、何か伝えたい事があるんだろうし、行きますよ」
構えをとったライムの足が、乾いた音を立てて地面をを蹴った。
しかし、スパークは目を瞑ったまま、その一撃をあっさりかわす。
リヴォルダガーが風を切る「ヒュッ」という音が耳を抜ける。
「その程度か。
ちゃんと真面目にしないと眠くなっちゃうよ」
ライムは少しムッとした。
両手にリヴォルダガーを構え直し、さらに素早く鋭く切りかかる。
だが、何度切ろうとしても、リズミカルな動きで円を描くように避け続け、刃は決して当たらない。
スパークは目を瞑ったまま、口に禁煙飴を咥えている。
飴を舐める音が聞こえ、煙草を吸うように口から煙を吹いた。
ライムがさらに踏み込もうとした瞬間、スパークは素早く足を顔の前に出す。
動きを牽制した。
その刹那、ライムは懐から弾丸を抜く。
1発、2発と乾いた発砲音を響かせる。
それも彼は軽くかわす。
ライムがさらに追撃しようとした瞬間、スパークは軽く腕を掴む。
そのまま後方に投げ飛ばした。
ライムが空中に浮いている瞬間に、銃を抜き、口で「パーン」と言って笑う。
「今のでライムくんは確実に死んだな。
やろうと思えば、どんな時でもとどめをさす。
それが俺の戦闘スタイルであり、生き様さ。
皆はパンタレイって呼ぶけど、俺はごちゃ混ぜのジャズだと思って戦ってるよ」
彼はそう言うと、銃を静かにしまった。
さっきまでの激しい戦闘が嘘のように、橋の上には静寂が戻ってきた。聞こえるのは、川のせせらぎと、時折吹く夜風の音だけ。
「どうした?死事人にしては弱いな。ま、本気じゃないんだろうけどさ」
スパークは目を閉じ、楽しそうに笑う。煙草の代わりに咥えた飴玉が、カランと軽やかな音を立てた。ライムは内心と焦燥に駆られたが、表情は変えない。
「仕事人?鍛冶屋見習いと今の戦いにどういう関係が?」
そう誤魔化すライムの声に、スパークは肩をすくめた。
「ああ、誤魔化す感じ?ならそれでも良いよ。別にここでどうこうしようって気はないんだ」
彼はゆっくりと目を開け、その瞳は街灯の光を受けてキラキラと輝いていた。
「それよりさ、さっきの戦闘でわかっただろ?どんな状況でも相手の流れを崩せたら、一気に有利になるんだ。相手は力んで無駄な力を入れたりする。だから、逆に力を抜いて崩してやれば良いんだ。わかるだろ?流れを自分の物に変えれば、どんな相手でも倒せる。わかるか?」
スパークの熱のこもった言葉に、ライムは(正体知ってて言ってるのか?本当に純粋にアドバイスしてるのか、よくわからないなこの人は)と困惑する。しかし、スパークの哲学に興味を惹かれた。
「どんなに不利になっても、相手が強大でも、流れを自分に引き寄せれば勝てると?」
ライムが尋ねると、スパークは満足そうに頷いた。
「ああ、そういうこと。もし俺が敵になっても、その気持ち忘れるなよ!じゃないとつまらないからな、敵が弱すぎるとさ...。まあ、そうならないことを願ってるけどさ。だって俺はライムくん、嫌いじゃないし...さ」
スパークはふと何かを考え、言葉を濁すと、川の流れをじっと見つめた。その表情は真剣そのものだ。
「なあ、くだらない話なんだけど、ちょっと聞いてくれ。100万回死んだねこって話を知ってるか?」
ライムは一瞬、戸惑った。(急に童謡?)と思ったが、スパークの真剣な横顔に、言葉を続ける。
「あれ?生きたねこでしたよね?死んでるから間違いじゃないですけど」
「ああ、あの猫はさ、色んな飼い主に飼われて、その都度色んな役目を演じたけどさ、決して懐かず、媚びることもなく、死んでは生まれ変わったんだよ...。もちろん、飼い主たちは泣いたが、猫は我関せずで何度も何度も生まれ変わって。そんな猫にも、ついにその時が訪れたんだよ」
「確か、白い猫に恋したんですよね?良いシーンだよね」
ライムは少し口角を上げ、そう答えた。
「猫は誰の猫でもない、野良として生まれた。ある時、白い猫と恋に落ち、愛し合ってたくさんの子供もできてさ、初めて、自分じゃなくてこいつらのために生きたいって思ったんだよ。そして白い猫は年老いて、ついに死んでしまう。猫は100万回泣いて、泣き止んだ時、死んだんだ。そして二度と生き返ることはなかった」
ライムは川を見つめ、しみじみとした口調で言った。
「良い話ですよね」
「俺はこの話が嫌いでね。ブレずに自分のために生きてたら、死ぬことはなかったんだよ。なのに、他の奴を好きになって、他人のために生きたから死んだ。勿体無いよな、生きる権利を失ってまで愛に生きるなんてさ」
スパークの冷たい言葉に、ライムは反論した。
「でも、やっぱり、誰かを愛して最後に死ねるのは、良い結末だと思うんですけど。ダメなのかな?」
スパークは少し笑い、煙を吹かすように口から息を吐き出した。
「ああ、細かいことはいいんだよ。だって俺は、猫が嫌いだし」と言った後(でも俺も昔は他人の為に生きたよな)と思うと同時に過去の出来事がフラッシュバックしてきて思わず左目の義眼に触れる。
その様子にライムは苦笑いを浮かべた。
「大丈夫ですか?そんなに猫が嫌いなんですか?じゃあ、犬だったら良かったんですか?」
と聞くライムにおかしくなってでも自分の気持ちを誤魔化す為に
「犬はもっと嫌い。媚びるから」
そう言って、スパークは再び夜空を見上げた。
夜空には星一つなく、雲が低いところを流れていた。
「ずっと気になってる事があるんだきみはどうも死に対して恐怖心がない…まあそういう人もいるんだろうけどなんか違うんだよな…」
スパークは、ライムから視線を外さずに言った。その声は、真剣そのものだった。
「もしかして何度も生き返ったりしてる?それとも死に戻りか?」
「いや何度死んでも叶えたい願いがあるし死ぬ程痛い思いもしてるけど別にそういう能力があるわけでは?」
ライムは言葉を濁すが、スパークは全てお見通しといった表情で笑う。
「まあどんな形でも良いけどさなんとなくわかったよ一つ言いたいのはさ、その能力を過信しすぎると足元をすくわれるぞわかるか?」
「まあ生き返るわけじゃないよ?それぐらいの痛みがあるってだけでさ」
スパークは察して、「さっきから濁してるけどさ〜別に羨ましいわけじゃないぞ?本当だぞ俺は死に戻りとかしたいと思ってないしさ…」
彼はライムの肩をポンと叩くと、言葉を続けた。
「それに俺は結構気に入ってるんだ。名前も捨てたし左目も義眼になったけどな。どんな人生でも良いんだよ。一度きりで終わるならさ!」
その言葉に、ライムはポカンとしてしまった。
「結局何が言いたいの?死に戻りたいの?」
「そうじゃなくてさ。他人の為に生き返ってるなら辞めちまえよ。自分のために使えよ。勿体無い…だろ?」
スパークの真剣な言葉に、ライムは少しイラッとした。握りしめた拳に、じんわりと汗が滲む。
「俺は他人の為にこの力を使いたい。何度死んでも叶えたい願いがあるんだ!」
「そっか。分かり合えそうもないな。別に良いけどさ。人なんて分かり合えないものさ。分かり合えてる振りをしてるだけでさ…まあ良いや。そろそろ帰るか?きみが女の子なら送って行くけど、一人で帰れるよな?」
スパークはライムの顔を覗き込み、ニヤリと笑う。ライムは、彼の笑顔の裏に、底知れない寂しさのようなものを感じた。
「ああ、もちろん帰れるよ。なんかありがとう。色々と教えてもらったし、傷も治ったし」
「ああ良いって。色々と疲れてるだろうに連れ回して悪かったな。じゃあな。自分を大切にな」
スパークは軽く手を振ると、来た道を戻っていく。スパークは様々な考えが頭を駆け巡っていた。
(能力があるとして本当に自分だけの物か?もし世界を歪ませる物なら…敵になるしかないのかなまあ今の流れじゃ確定かな…?結構気に入ってたんだけどな)
ライムは、手を振るスパークの姿が見えなくなるまで、見続けていた。遠ざかる彼の足音は、やがて夜の静寂に溶けていく。
(次に会ったら敵になる気なのかな?だから警告も含めて色々と言って来た?出来れば避けたいな…無理なのかな?)
そう考えていると、背後から、バタバタと慌ただしい足音が近づいてきた。
「すみませ〜ん!ここは一体どこですか?冒険者ギルドはどこ?このモジャモジャ頭見てません?」
女の子の声が、早口で色々と聞いてくる。ライムは振り向くと、焦った表情の女の子がそこに立っていた。
「え?何?ここは公園。冒険者ギルドは街だから街に行けばわかると思う。モジャモジャは知らない」
そう言ったが、女の子が見せてきた画像を見て、(スパークさん?)と思った。女の子の服は埃まみれで、遠くから走ってきたことがわかる。
「ごめん。モジャモジャ頭はいっぱいいるからわからないかな?とりあえず向こうに行ったらいいよ」
ライムはスパークが帰った方と反対の道を指差し、言うと、女の子は「ああ、ありがとうございます!」と頭を下げて、迷わずスパークの方へと走っていった。
「えっ?そっちじゃないって!」
ライムは思わず叫んで、女の子を追いかけ始めた。彼の心臓はドクドクと大きく脈打っている。夜風が、彼の顔を冷たく撫でた。




