沈黙の追跡者6
◆前回のあらすじ
鍛冶屋を襲撃した副団長。
その圧倒的な戦闘力に、アカリ、レンド、ライムたちは次々と倒れていく。
シールドにすら穴を空けるライムのリヴォルダガーも通じず、仲間たちは満身創痍。
アカリは重傷を負い、レンドは肩を斬られ、ロンリーベアは無惨に砕かれる。
フィオラの植物の能力や奇襲も一瞬の猶予しか与えず、悪鬼のような副団長は、「ザッ、ザッ、ザッ、ザッ」という足音を響かせ、ライムをじわじわと追い詰めていく。
逃げるライム。止まるホバーバイク。
そこへ現れた謎の仮面の人物が、氷の能力で副団長の動きを封じる。
それは「助けに行く」と言った――アシュレイなのか?
ギリギリのタイミングで命を救われたライムは、言葉にならない想いを胸に、夜明け前の道をふらつきながら教会へと走り出す。
――夜は終わらない。しかし、確かに「光」はそこにある。
ライムはふらふらになりながらも、ただひたすら教会に向かって走り続けていた。段々と夜が明けていく。
(もう少しで……教会だ……全ては教会から始まったのに、また戻るなんてな……)
すでに満身創痍のライムは、足がもつれて転倒してしまう。
(はぁはぁ……早く行かなきゃ……追いつかれる……!)
「おい、少年、大丈夫か?」
不意に、道に立っていた男性に声をかけられた。その瞬間、背後から**「ザッ、ザッ、ザッ、ザッ」**という、あの独特な行進の音が、すぐそこまで迫っているのを感じた。
ライムは焦る気持ちで急いで立ち上がり、また走り出す。
「ああ、走れるなら大丈夫か……頑張れよ〜」
男性は、ライムが走り去った後、ゆっくりと振り返り、背後から迫る行進の音を確認した。そして、微かに笑みを浮かべると、ライムの後を追うように、ゆっくりと教会の方へ歩き出した。
陽の光が差し始めた頃、ライムは教会の広場に着いた。教会のドアを開けようとしたその時、ザッザッザッザという行進の音が響き、すぐに副団長が展開していたシールドを投げつけ、ライムは教会の中に吹き飛ばされる。
「あぁ…」チャージ中のリヴォルダガーを落とし、ライムは吐血して倒れ込む。そこにステンドグラスから陽の光が差し込み、ライムを照らしている。
ザッザッザッザと行進しながら、一定のリズムで副団長が近づいて来る。ライムは後退りしながら、手探りでリヴォルダガーを掴んだ。その瞬間、リヴォルダガーは赤く閃光を放ち、ビリビリと全身に赤い電流が流れるような、漲る力を感じていた。
ライムは立ち上がることもせずにリヴォルダガーで狙いを定めつつ、呻くように言った。
「俺が…お前に何をした…?ミリアさんを襲ってたから…止めただけだろ…?逆恨みでここまでするのかよ…!何とか言ってみろよ!」
副団長は何も言わず、何の反応も見せず、ただボロボロになったハルバートを前に出しつつ行進している。その姿は、まるで勝利を確信しているかのような、不気味なほどの余裕を感じさせた。
ライムの目の前に立つと、副団長はハルバートを高く掲げ、ライムに突き刺そうと勢いをつける。
「はぁ…やっぱり何も言わないじゃん…!」
ライムは最後の力を振り絞り、僅かに副団長に目掛けて体当たりのような動きをして、リヴォルダガーをわずかに鎧に近づけ、トリガーを引いた。放たれた弾は、赤い閃光となって一直線に走り、その瞬間に衝撃波を生み出し、触れたものを跡形もなく消滅させた。
同時に、重く、ねじれるような風圧が教会全体に広がり、
—バリィンッ!
遅れて響く破裂音とともに、高く掲げられていたステンドグラスが粉々に砕け散った。
彩りを失った光の破片が、朝日に照らされながら宙を舞っていた。
ライムもその反動で一気に後ろに吹き飛ばされ、壁にぶつかりそうになったが、突如、壁から飛び出した謎の植物の蔓がクッションのようにライムを包み込み、壁にぶつかる衝撃を和らげていた。
ザッザッザッザ…ザッザッザッザ…。
幼い頃から、ただひたすらに行進と訓練を積んできた。朝から晩まで、雨の日も風の日も、同じ動作の繰り返し。毎日毎日、1日も休むことなく。
そんな彼の姿を、周りの者たちは気味悪がった。
「またあいつ、同じことしてるぞ。本当に奇人だな。さっさと消えちまえばいいのに」
カツン、カツンと小石が鎧に当たる鈍い音がする。
「奇人野郎、消えろ!」
耳障りな野次が飛んでも、彼は一切気にせず、ただ黙々と訓練を続けた。彼の目には、鍛錬以外の何も映っていなかった。
それは兵士になってからも変わらなかった。合同訓練が終わった後も、彼は孤独に、ただ一人で広場で汗を流し、行進と訓練を続けた。訓練場の土を踏みしめるブーツの音だけが、広がる夕焼けの中に響いていた。
そして、戦場では誰よりも恐れられた。
血と硝煙の匂いが立ち込める前線で、彼は常に最前線に立ち、たった一人で敵兵を全滅させる。その圧倒的な力は、「悪鬼」として敵にも味方にも恐れられた。
「さすが鬼神だ、お前がいれば勝利は確実だ」
仲間たちは、畏怖の念を込めて彼を称賛した。
「鬼神様がいれば俺たちは無敵だ~!」
兵士たちの熱狂的な声が、戦場の喧騒の中に響き渡る。その功績で、彼は第二兵団副団長にまで昇進した。
だが、どんなに称えられても、周囲との溝は埋まらなかった。
「戦場じゃいいけど、やっぱり関わり合いにはなりたくないな…」
「わかる。常に完全武装で、何考えてるかわからないし…」
冷たい風が、彼の感情のない顔を撫でる。
孤独な日々の中、唯一の楽しみがあった。それは、最近始まったミリアの配信だった。彼女の明るく弾むような声、画面越しでも伝わる温かい笑顔。我慢できずに、彼は初めてメッセージを送った。
ホーキンスガンフォード30
『いつもご令嬢のご配信を日々の楽しみに拝見しております。某は貴女のご配信を拝見して本気で好意を抱いております。これからのご活躍をお祈り致しております。敬礼!』
そのコメントを読んだミリアは、画面いっぱいの笑顔で応える。
「可愛いな~♡敬礼~♡ありがとう~」
彼女は画面に顔を近づけ、目を閉じて投げキッスをする。その満面の笑顔を見た瞬間、彼の心に、今まで感じたことのない温かい光が灯る。
現実に戻る。
副団長は自分の体に触れようとするが、腹部は鎧ごと跡形もなく消え去っており、手にはベトつく大量の血だけが残っていた。焦げ付くような痛みが全身を走る。
ザッザッ…と、まるで崩れ落ちる前に最後の行進をしようとするかのように体がわずかに動いた時、ライムは朦朧とした意識の中で、その光景を捉えていた。
(あれで動くのかよ…もう勘弁してくれ…)
だが、副団長はゆっくりと、しかし確実に敬礼の姿勢を取ると、そのまま前のめりに、重い音を立てて倒れた。
(やっと終わった…)
ライムは、冷たくなった床の感触を感じながら、砕け散ったリヴォルダガーとボロボロになった防具を見て、絶望の淵に立たされたような気持ちになった。それでも、副団長が完全に倒れたのを見て、ようやく安堵の表情を浮かべ、深い気を失った。
「ふぅ~、思ったよりも良い物が撮れたな…」
**男は薄く煙を吐き出しながら、**朝日が差し込む教会から、ゆっくりと闇に溶けるように姿を消していった。その足音は、ほとんど聞こえなかった。
ライムが目を覚ますと、そこはふんわりとした土の匂いがする、暖かく柔らかな植物に覆われた場所だった。全身がまだ痺れるように痛む中、見慣れた声が聞こえる。
「おう、小僧、やっと目が覚めたか?まったく、まさか本当に死んだかと思ったぞ、お前は…」
レンドがいつものように笑って言う。その顔には、安堵の色が浮かんでいるように見えた。
「本当、まさか本当にチャージショットを撃つなんてね…。まあ、撃つと思ったから、ちゃんと衝撃を吸収する特殊な素材に防具を加工しておいたんだけどね!あと、ロンリーベアも無事よ!ほら!」
そう言って、アカリは丁寧に包帯に巻かれたロンリーベアをライムに見せた。その包帯の奥で、一瞬、ゾクリとするほど目が赤く光った気がして、ライムは思わず身震いした。
「でも、あれだけじゃないのよ?私がわざわざスカートを捲ってまでも、わざわざ取り出したあの植物の種が良かったんでしょ?**あれがクッションになって包み込んだから、ボロボロでも生き残れたんだからね!」
フィオラは得意げに胸を張る。
「それはいいけどよ、誰がライムをここに連れて来たんだ?」
レンドが疑問そうに首を傾げた。
「親切な人とか?」
アカリは全く興味なさそうに、適当に答える。
「まあ、誰でも無事に連れて来てくれたんだし、いいんじゃない…?」
フィオラは、まるで宝物を見るかのように、じっとライムを見つめた。
一方、教会の有り様と、あちこちでの激しい戦闘の痕跡を目の当たりにして、街中が騒がしくなっている中で、誰にも気づかれることなく、人々が行く道の逆方向に歩いている者がいた。
(まったく、世話が焼ける…。あれだけ物凄い音がしたから駆けつけたら、第二兵団の副団長は死んでるわ、ライムは気を失ってるわで、ヒヤヒヤしたぞ…。まあ、**仲間の元に送ってやったんだ。**あとはあいつらがなんとかするだろう…。本当に無事で良かったよ、おに……っ…弟よ…)
アシュレイは、そう呟きながら、ゆっくりと第二兵団本部へと戻って行った。その背中は、どこか安堵しているように見えた。
アカリは、いつものように自分の端末でミリアの配信を開いた。部屋の空調の微かなモーター音だけが響く中、ミリアの顔が画面に映し出される。しかし、今日のミリアは、いつもの明るい笑顔ではなく、どこか影を落としたような暗いトーンで話し始めた。
「この度、被害に遭われた方々のご冥福をお祈りいたします。そして、ご遺族の方はすぐにでも中央管理局にお越しください。今回起きた事件の犯人は…病気で錯乱状態になった、第二兵団の副団長です。政府としても責任を感じております。ですので…一生涯保障を致しますので、是非いらしてください。お待ちしております」
ミリアの声は、どこか沈痛な響きを帯びていた。画面下のコメント欄は、**「スパミリチャ」「ミリチャ」**といったミリアを応援する寄付で埋め尽くされ、「頑張れ〜」「応援してる〜」というメッセージが、目まぐるしく流れていく。
「みんな、ありがとうございます♪」
ミリアは、無理に作ったような笑顔を浮かべ、少しだけ声のトーンを上げた。
「ここでもう一つお知らせがあります。今、配信やメッセージなど、別々に展開されていたサービスを一つのプラットフォームで展開することを計画し、準備しています。これからは、さらに多くの異世界人や世界中の人々と繋がっていきましょうその名もエコースフィアですどうぞ楽しみにしてて下さい♡それでは、今日はこのへんで失礼します。おやすミリア〜、敬礼〜♡」
ミリアが画面から消え、配信が終わると、部屋の中には重苦しい沈黙が落ちた。
「あれをただの病気として処理しやがった!小僧がどんな目に遭って倒したのかも知らねえで…!そもそもテメエを守るためにこんな事になったんだぞ!クソが!」
レンドは、拳を床に叩きつけそうな勢いで立ち上がると、荒い息遣いのまま、怒りに任せて外に出て行った。彼の背中からは、苛立ちの熱気が立ち上っているようだった。
ライムは、静かにベッドに横たわったまま、虚ろな目で天井を見上げていた。
「もういいんだ…どうでも…生き残れたから…」
そう呟くと、ライムは再び静かに眠りについた。その寝顔は、どこか安堵しているようにも、諦めているようにも見えた。
別の場所で、同じ配信を見ていた者がいた。窓から差し込む朝の冷たい空気が、男の頬を撫でる。彼は指の間に挟んだペン型の物を吸って白い煙をゆっくりと吐き出しながら、冷めた目で画面を見つめていた。
「病気か…。それじゃ駄目でしょ?見た目は煌びやかでも、中身は錆びついたままですか…。関係ないけど、ちょっとつまらないな…」
男は、誰に聞かせるでもなく、ボソッと呟いた。煙草の灰が、男の足元にポロリと落ちる。
そして、ゆっくりと中央管理局に向かって歩き出した。彼の足音は、コンクリートの地面に吸い込まれるように、ほとんど音を立てなかった。