沈黙の追跡者5
前回のあらすじ
鍛冶屋の静寂を破る足音――
“ザッ、ザッ、ザッ…”
それは、死を告げる鐘の音だった。
副団長、襲来。
巨体と共に現れた鋼鉄の怪物が、鍛冶屋を真っ二つに斬り裂く。
逃げようとしたライムを待ち受けていたのは、爆発トラップ――罠はすでに張られていた。
だが、立ち上がるライムの目に迷いはない。
かつて敗れ、心に深く刻まれた傷を越える時が来た。
背中を預けるアカリとともに、因縁の“副団長”との死闘が幕を開ける――!
崩れた鍛冶屋を横目に、庭で向かい合うライムたちと副団長。けたたましい音を聞きつけ、集まって来たギャラリーがエコーリンクを構え、その光景を撮影していた。
「やりづらいなぁ、こんな撮影されてたら戦えないよ〜」
アカリが弱音を吐く。だが、ライムは毅然とした声で応じた。
「でも向こうはやる気だ。やるしかないよ」
その時、仮面をつけたレンドが駆け寄り、頭上でハルバードを回転させている副団長の前に立ちはだかった。
「二人とも待たせたな〜。本部に協力要請したけど、無駄だったぜ……朝まで何もしないそうだ。だから、俺たちで仕留めようぜ!」
レンドは刀を抜き放つ。ライムも「うん!」と短く応じると、フードを深く被り直し、リヴォルダガーを構えた。
「私、ロンリーベアの魔導力を全て消耗して主砲を撃つからさ、時間稼いでくれない? さすがに倒せると思うんだけど」
アカリがそう言うと、ロンリーベアを下ろし、主砲のチャージを開始した。ロンリーベアは「ガシャガシャ」と機械音を立てながら口を開き、巨大な砲身をせり出させて準備を進めていく。ライムもまた、マガジンを外し、左のダガーを右のダガーに刺し込むと、合体ギミックが発動。「チャージダガー」の準備を急いだ。
副団長が気迫を放った途端、ハルバードをライムに向けて突き出した。だが、それはレンドの刀が弾き返し、逆に斬りかかる。シールドで防がれ、わずかに後方に飛ばされたレンドだが、その反動を使い、さらに斬り込みをかけると、副団長はハルバードを素早く斬り返してきた。激しい鍔迫り合いとなり、両者の気迫がぶつかり合う。
副団長がさらに気迫を乗せた瞬間、レンドは渾身の力で相手のハルバードを弾き返し、もう一刀を抜き放って二刀流で一気に勝負を決めようとした。だが、それを読んでいたかのように、副団長はハルバードを素早く横に思いっきり振り抜く。その一撃には、尋常ではない気迫が乗せられており、レンドの刀は耐え切れず、「キン!」という甲高い音を立てて無残にも折れてしまう。
「嘘だろ!? こんなにやわじゃないぞ、この刀は!」
レンドが驚愕する隙を突き、副団長のハルバードがさらに突き出され、レンドの左肩を貫いた。血が勢いよく吹き出し、肩を抑えてしゃがみ込むレンドにトドメを刺そうと副団長が近づいた、その時だった。
ロンリーベアの口から放たれた強大なビーム砲が、一直線に副団長を捉え、一気に命中した。
ビーム砲は副団長を包み込んだが、彼は逆にシールドでビームを防ぎながら、「ザッ、ザッ、ザッ、ザッ」と一定のリズムでアカリの方へ確実に近づいていく。
「まさか全身ビームコーティングされてるの!?そんなことってある……?」
アカリがショックを受けていると、ビームが弱まった瞬間、副団長は一気に突進し、**ロンリーベアの首を容赦なく吹き飛ばした。**そしてその勢いのままアカリに体当たりをかける。
「…くも……よくもロンリーベアを傷つけたな!」
激昂したアカリは、渾身の力を込めたハンマーの一撃で副団長をわずかに吹き飛ばした。間髪入れずに接近し、何度も何度も泣きながらハンマーを振り下ろすが、その全ては副団長のシールドで完璧に防がれる。ハンマーをハルバードで叩き折った勢いのまま、副団長はアカリにも斬りつけた。
「アカリッ!」
ライムが叫ぶが、アカリは血を纏いながら地面に倒れ込んだ。
「こ……小僧……今はチャージを優先しろ……アカリなら大丈夫だからよ……」
地面に座り込んだままレンドはライムに語りかける。ライムは凄い剣幕で副団長を睨みつけた。
「もうチャージはできてる!」
ライムは確実に仕留めようと、かぎ爪を伸ばして副団長を押さえ込もうとするが、かぎ爪のワイヤーは瞬時に切断された。ライムはリヴォルダガーのグリップを二回左に回すと、ダガーは赤い光を纏ってビリビリと音を立てる。ライムは地面を蹴って一気に突出し、その刃を突き出した。放たれた一撃は副団長のシールドで塞がれたが、瞬時の反動でライムが後方に吹き飛ばされたその刹那、シールドには確かに小さな穴が空いていた。
ライムはグリップを二回右に回し、カートリッジ4個をその場に落とした。
「これでもダメなのか……」
ショックに打ちひしがれた。
ライムの視界が、にわかに滲んだ。目の奥がツンと痛み、諦めの感情が胸いっぱいに広がる。もう勝ち目はない。そんな重い現実が、じんわりと心に沈んでいく。
その目の前には、ザッザッザッザと、まるで地を這うような重々しい足音を響かせながら、副団長がゆっくりと歩を進めていた。金属が擦れるような鈍い音が、ライムの耳朶を嫌に刺激する。確実に、そして容赦なく仕留めようとするその姿は、まるで地獄から這い出てきた悪鬼のようやった。副団長の青い鎧は、夜の闇に溶け込みながらも、月明かりをわずかに反射し、不気味な光を放っていた。
ライムは、震える息をゆっくりと吸い込み、リトライの覚悟を決めた。瞼をきつく閉じ、もう一度、すべてをやり直すために。
その刹那、「小僧、良くやった!」という、低く響く声が鼓膜を震わせた。同時に、一瞬にしてライムの前に躍り出たレンドが、ビームサーベルを、シールドに空いた穴目掛けて迷いなく突き刺した。高温のプラズマが、空気を焦がす匂いを撒き散らし、シールドは凄まじい音を立てて真っ二つに切断される。その光景は、ライムの目に焼き付くほど鮮烈やった。
レンドは、その勢いのまま一気にハルバートにも斬りかかる。キンッ、と甲高い金属音が夜空に響き渡り、火花が激しく散った。ハルバートはそれを正面から受け止める。
「なるほどな。やっぱりハルバートもビームコーティング済みか。良かった、与力を残しといて」
レンドはそう呟くと、すっと後ろに後退した。その瞬間、夜の静寂を切り裂くように、ビームガンの弾が二発、彼の鎧に鋭く命中する。しかし、弾はまるで硬い岩に当たったかのように、あっさりと弾かれた。ライムの頬を、弾かれた金属片がかすめていく。
直後、フィオラは手に持った種を副団長のすぐ近くの地面に撃ち込んだ。すると、まるで生命を得たかのように、地面から一気に太いツタが発芽し、瞬く間に副団長の体を包み込み、足止めする。ツタが軋む音が、まるで悲鳴のように響いた。
「レンドさん!アカリを連れて鍛冶屋の地下に行ける?」
近くの屋根の上から、フィオラの焦ったような声が響いてきた。彼女の白い服が、風になびいている。
「ああ、大丈夫だ」
レンドは短く答えると、血まみれのアカリを慣れた手つきで担ぎ上げ、鍛冶屋の方へ向かって走り出した。その足音が、石畳にコツコツと響く。
「あなたは教会に向かいなさい。あそこなら、そいつは無闇に攻撃してこないはずだから」
フィオラは、切羽詰まった声でライムに告げた。ライムは一瞬、眉をひそめて考える。
「でも、教会から逃げて来たんだけど?」
ライムの声には、微かな戸惑いが混じっていた。
「それでもここよりはマシよ!早くして、ツタが持たない!」
フィオラはそう叫ぶと、ツタを巧みに伝い、屋根から軽やかに地面へと降りてきた。そして、副団長の足元に、迷いなく複数の種をばら撒いていく。カサカサと、乾いた音がした。
「あのホバーバイクあるでしょ?あれで一気に行きましょう?」
フィオラは、ライムに視線を向けながらそう言った。ライムの脳裏に、あの頼りになるバイクが閃く。
「そうですね!」
ライムは頷くと、素早くホバーバイクを取り出し、一気に道へと飛び出した。エンジンの低い唸り声が、夜の空に響き渡る。
その瞬間、副団長から凄まじい気迫が放たれた。ドッ、と空気が震え、太いツタがまるで紙のようにバリバリと音を立てて千切れ飛んでいく。彼は再び、ザッザッザッザと重い足取りで前に出た。
そして、彼が地面にばら撒かれた種を踏んだ、まさにその時――
ドンッ!!!
耳をつんざくような大爆発が起こった。地面が揺れ、熱波がライムとフィオラの頬を撫でる。炎と煙が視界を覆い尽くし、副団長の姿は完全に煙の中に消えた。
「計算通りね!これで終わりでしょ?」
フィオラは、興奮と安堵で声を弾ませた。彼女の顔には、勝利の光が宿っていた。しかし、その感情は、次の瞬間に訪れる絶望へと、瞬く間に変わることになる。
濛々と立ち込める煙の中から、ゆっくりと、しかし確かな影が見え始めた。ゆらゆらと燃え盛る炎をバックに、ザッザッザッザと、あの重々しい足音を響かせながら、副団長が、何事もなかったかのように姿を現したのだ。彼の鎧は煤けていたが、その動きに淀みは一切ない。ライムとフィオラの心臓は、恐怖で凍り付いた。
ライムがホバーバイクを走らせようとしたその時、フィオラが突然バイクから降りた。
「ごめん、私はここでギブアップだ」
フィオラはそう言って、スカートを少しめくって見せた。
ライムはわずかに動揺しながらも、目を逸らす。
「どうしたの?フィオラさん?急にスカート捲って……いや、大丈夫、見てないよ……」
フィオラはくすりと笑った。
「ふふ、ちょっとからかっただけ。ごめんね。頑張ってね、私たちアカリの分まで……死なないでね……」
と背中に触れた後で、彼女は小さく手を振ると、鍛冶屋の方へ向かっていく。ライムは副団長の足音がすぐそこまで迫っているのを感じ、教会に向けて一気にバイクを走らせた。その動きを見た副団長も、凄まじい勢いで突進し、ライムの後を追う。
「やっぱりライムくんしか見てないみたいね、あいつ……」
フィオラは呟きながら鍛冶屋の中に入ると、太いツタを瞬時に伸ばし、入り口に分厚い壁を作った。
「フィオラ、大丈夫か?」
レンドが心配そうに声をかける。
「私は大丈夫。それよりアカリちゃんが心配。ついでにライムくんもね……植物で止血ぐらいできるかなって思ってここに残ったの。あと、ギャラリーにこんな所撮られたらまずいでしょ? 特にレンドさんは?」
フィオラは薄ら笑いを浮かべながら、レンドの仮面を見やった。
「何がおかしい? まさか仮面のことか?」
レンドが少し恥ずかしそうに言うと、フィオラは笑い出した。
「ええ、だってレンドさんなら『兜でいいじゃん』って思ったから」
「いや……咄嗟のことでそこまで頭が回らなかった……」
レンドは苦笑いを浮かべた。アカリはフィオラの植物による止血を受けて、すでに眠りについていた。
絶体絶命の窮地
ホバーバイクで教会へと向かっていたライムだったが、あと少しのところでバイクが停まってしまう。
「まさか充電が切れた? 相当充電は時間がかかるって言ってたし、仕方ないか……」
ライムはキーを取り出してバイクを収納した。(ここからは歩こう)と覚悟を決めて歩き出したその時だった。
「ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……」
「ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……」
と、すぐそこまで足音が近づいてくるのが聞こえる。
「こんなに早く追いつくわけないよな?」
そう呟きながらも、ライムは再び走り出す。走りながら今度は、右のダガーを左のグリップに差し込み、マガジンとカートリッジを二個ずつセットしてチャージを開始した。
その時、上空から半分に切断されたシールドが飛来し、ライムの背中に直撃。前のめりに倒れ込む。
「ザッ、ザッ、ザッ、ザッ」と、副団長がすぐ背後まで迫る。
「本気で殺す気なんだな……? 俺が何をしたって言うんだ!」
ライムはゆっくりと起き上がろうとするが、副団長は残りの半分になったシールドでライムを殴り飛ばした。口から吐血し、頭もくらくらする。
(呼吸もリズムが乱れて荒くなってる……流石に死ぬな……動く気力もないや……)
謎の助けと夜明け
その時、一筋の氷の塊が飛来し、副団長のハルバードを吹き飛ばした。
続いて、足元から鋭い氷柱が次々と飛び出し、副団長を包み込む。だが、副団長はそれをすぐに砕き、再びライムの方に向かおうとする。すると、氷は蜘蛛の巣状に広がり、ライムの背後に展開した。
そして、ライムに仮面をつけた人影が近づいてきて、低い声で囁いた。
「私が誰かとか気にせずに、さっさと行きなさい! みんなは無事だから、あなたも無事に帰りなさい……」
それだけ言うと、その人影は副団長の方を向き直る。
「あんたも兵士なら一般人に危害を加えるなよ……って、人はここまで強くなれるのか……」
そう呟くと、蜘蛛の巣状の氷を三つ重ねて足止めにして、屋根まで跳躍する。
ライムはふらふらとしながらもゆっくりと立ち上がり
「ありがとう」と言うとゆっくりと教会に向かって走り出した。
「私も直接は手を下せないんだ、立場上ね……でもこれで大丈夫だと信じるよ、ライム……」
その言葉を呟き終えると、人影は闇に消えていった。
もうすぐ夜が明けそうだった。