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沈黙の追跡者4

       前回のあらすじ

突如、建物を内側から貫く破砕音――

それは、第二兵団の副団長の男の襲来だった。


ライムの目の前に現れたのは、全身を青い鎧に包み、圧倒的な力で追い詰める副団長。

死の気配が迫る中、救いの手を差し伸べたのは、謎めいた魔術師の男だった。


「君は逃げろ。私はレベル50だからな」


冷たい雨の中で繰り広げられる、静かなる戦いと、命の選択。

だが、その“希望”さえも、刃に断ち切られる。


そしてライムは再び知る。

――この街の“闇”は、死さえも軽く超えてくる。


王都第三兵団本部。

レンドは、慣れた足取りで団長室の前に立っていた。扉を軽くノックすると、すぐに開く。

「久しぶりですね、団長殿。ちょっとよろしいですか?」

そう言いながら、レンドは中にすっと入っていった。彼が部屋に足を踏み入れると、中にいた兵士たちがざわつき始める。

「治安局の一兵士が、団長に直接会いに来るとは!」

「しかもこんな時間にだ。頭がおかしいんじゃないか?」

「団長殿もよく通したもんだ…」

ヒソヒソと交わされる声が、レンドの耳にも届く。彼らの好奇と非難の視線を感じながらも、レンドは「やれやれ」と小さく肩をすくめた。団長の席へと向かおうとすると、その行く手を副団長が立ちはだかった。

「せっかく来てもらって悪いが、団長殿はいないぞ。さっさとお引き取りを」

副団長の声は、どこか高圧的で、感情の読めない冷たさを帯びていた。その巨体が、レンドの視界を完全に遮る。

「いや、そんなはずはないと思いますが?」

レンドは眉をひそめ、副団長の肩越しに奥にある団長の席の方を見た。しかし、そこには誰もいない。空っぽの椅子が、不気味なほど静かに佇んでいるだけだった。

「おかしいな。確かにいたはずだけど…?」

レンドが首を傾げ、思考を巡らせた、その時だった。

突如として、部屋の奥からぞっとするような冷たい冷気が流れ込んできた。それはただの寒気ではない。身の毛もよだつほどの、とんでもない殺気が、部屋一帯を、そこにいる全ての兵士たちの呼吸すら凍らせるかのように包み込んだ。兵士たちの間から、一斉にゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。

そして、部屋の奥の闇の中から、嘲るような声が聞こえてきた。

「やだな〜。私ならずっとここに居たのに、居ないようにわざとらしく探すなんてね〜。そんなに怒らせたいんですか?」

声の主は、冷笑を浮かべながら、ゆっくりと近づいてくる。

そこに現れたのは、燃えるような赤の軍装に身を包んだ、細身の青年だった。彼の長い髪は、後ろでひとつに束ねられ、戦場でも乱れぬよう端正に整えられている。その佇まいは、まるで鋭利な刃物のように凛としていて、一歩ごとに地面を割りそうなほどの鋭い気迫を放っていた。だが、同時にどこか可憐な気配を漂わせているのが不思議だった。

だが、何よりもレンドの目を奪い、印象的だったのは、その青年の瞳だった。

冷たい氷を思わせる淡い紫色の瞳。光の加減で青にも赤にも見えるその瞳は、どこかこの世界のものではないような、不思議で底知れない気配を宿していた。その視線がレンドを射抜いた瞬間、彼の心臓はドクンと大きく鳴った。

「ムラサメさん、一応貴方がわざわざこんな時間に来るってことは、よっぽどのことがあったんでしょう?何があったんです?」

一見笑っているようで、でも確実に怒っていることがわかる表情で、団長が近づいてきた。


レンドは少し緊張しながらも、睨みを効かせて答える。

「いや、今街で第二兵団の副団長と思われる男が市民や兵士を次々と惨殺しているんですが、ご存じですよね?」


団長は逆に睨み返しながら言った。

「ああ、もちろん知っている。先ほど神殿からも、朝までに騒ぎが収まらなければ討てという伝令があった。まさか、そんな下らない用事で訪ねて来たのか?」


「今襲われているのはミリアさんです。それと…」と言いかけたところで、団長が冷めた表情で口を挟んだ。

「ああ、ミリアさんなら神殿に無事に着いたそうだ。その時、青年と一緒にいたらしいが、彼が送り届けてくれたのか?ならばお礼をしなければな。神皇様にしても大切なお方だしね」


レンドは険しい表情で言い返す。

「その青年はライムです。私の予想ですが…今の副団長の狙いはライムです。朝まで何もしなければ確実に死にます」


だが団長は表情を変えず、冷たく言い放つ。

「ライム?だからなんだ?お前の知り合いか?悪いが伝令が出ている以上、迂闊に動けない。それに第二兵団の副団長ってのが問題でな…向こうの団長になんとかさせるよう言うのも、こっちが動くのも、内戦を誘発する恐れがある。動けないんだよ。

ライムという青年には悪いが、朝まで生き残っていたら手を貸すと約束しよう。もう満足か?朝に備えて休みたいんだが」

レンドは小声で

「アシュレイ…本当に朝まで何もしないのか…?」

と目を見て言うが、アシュレイは黙って頷いた。

レンドは怒気を含んだ声で吐き捨てた。

「ああ、もう十分だ。小僧は俺が助ける。てめえら本部はそこで寝てろ!」


そう言うと、レンドはドカドカと部屋を出て行った。


アシュレイが冷笑を浮かべたまま、部屋の奥から歩みを進める。その傍らで、副団長が、怒りの表情をあらわにしてアシュレイの前に立ちはだかった。彼の体からは、未だ怒りのオーラが立ち上っている。

「良いんですか? あんなに好き勝手に言わせて! 始末書もんじゃないですか!? あんな態度、許せません! 許可さえあれば、私が直々に叩っ斬って見せますよ!」

副団長は、呼吸も荒く、まるで獲物を前にした獣のように意気込んだ。その瞳には、レンドへの明らかな敵意が宿っている。

しかし、アシュレイは彼の剣幕などどこ吹く風とばかりに、フッと鼻で笑った。

「悪いけど、本気の彼なら君は瞬殺だ。レベルが違いすぎる…」

アシュレイの声には、一切の感情がこもっていない。まるで、目の前の副団長が取るに足らない存在であるかのように。その冷淡な言葉が、副団長の怒りを削ぐように響き渡った。

「まあ、気に食わないならやってみたら良いよ。私は止めないよ」

そう言い放つと、アシュレイはレンドが立ち去った入り口の方へ、ゆっくりと歩き出した。

「いや…そんな馬鹿なこと…」

副団長は、アシュレイの言葉に戸惑いを隠せない様子で、先ほどの勢いはどこへやら、少しオドオドしながら問いかけた。

「それより、どちらへ?」

アシュレイは入り口にたどり着くと、振り返りもせず、まるで他人事のように軽く手をひらひらと振った。

「あれ〜? 言ってなかったかな? 少し休んでくるよ。君たちも休んでてね〜」

その言葉は、まるで子供に語りかけるような調子だった。そして、アシュレイは兵士たちの呆然とした視線を気にすることなく、ふわりと団長室を出て行った。


アシュレイは自室に戻ると、迷うことなく軍装の鎧を脱ぎ捨てた。カチャリと金属が床に落ちる音が、静かな部屋に響く。そして、「ふ〜…」と深い息を一つ吐いた。

「今はアシュレイ=レヴィアスとして、青年を助ける」

彼は、部屋の隅に立てかけてあった細身の長剣を手に取った。 剣の柄を握りしめると、その顔には、先ほどまでの冷笑とは違う、わずかな決意の光が宿っていた。

雨はまだ降り続いている。アシュレイは、再び濡れることも厭わず、目的の青年を探すために静かに街へと向かっていった。


一方、ライムは背後を一切振り返らず、ただひたすらに走り続けていた。肺が張り裂けそうなほどの苦しさにも構わず、足元に跳ねる水しぶきと、雨の冷たさだけを感じながら、泥濘んだ王都の道を駆けていく。

そして、ついに馴染み深い鍛冶屋の明かりが見えてきた。

鍛冶屋のドアを勢いよく開けると、ギィ、と古びた蝶番が悲鳴を上げた。 ライムは、そのまままっすぐにアカリの前へと向かう。

「ライムくん、遅かったじゃない! それにずぶ濡れじゃない! 一体何があったの?」

アカリは、カウンターの奥から清潔なタオルを用意しながら、心配そうにライムを見上げた。その声には、安堵と、かすかな怒りが混じる。


「はぁ…はぁ…変な……鎧の男に……追われて……なんとか……戻ってきた……」


ライムは、差し出されたタオルを受け取り、濡れた髪や顔を拭きながら、途切れ途切れに答えた。彼の体からは、まだ冷たい雨の匂いがする。

アカリは、ライムの言葉の端々や、その尋常ではない様子から何かを察したのか、普段の朗らかな顔つきから一転して真剣な表情になった。

「ライム君、一応このグローブと防具、着けといて。何かあってもいいように…」

そう言うと、テーブルの上に金属製の防具と小手、そして頑丈そうなグローブを置いた。それらはどれも、彼女の鍛冶師としての技術が凝縮された逸品に見える。

「ありがとう。でも、もう大丈夫だよ?」

ライムは呑気なことを言いながらも、アカリの真剣な顔に根負けした。 しぶしぶといった様子でそれらを身に着けていく。グローブをはめ、傍らにあった一本のロープを手に取った、その時だった。

ライムは、かすかな違和感を覚える。

「あれ? このマガジンは何? なんか違うけど?」

彼はロープに結ばれた見慣れないのカートリッジを指差し、アカリに問いかけた。

「前言ってた、ギミックに使用するカートリッジだよ…一応説明書あるけど、リヴォルダガー渡してくれたら実践するけど?」

アカリは、その部品が何であるかを説明した。そして、目の前に差し出された説明書を受け取って読みながらも、ライムは半信半疑で腰から愛用のリヴォルダガーをアカリに渡した。

アカリはライムからリヴォルダガーを受け取ると、迷いなく両方の古いマガジンを廃棄した。 そして、左手に持っていたダガーを、器用な手つきで右手に持つダガーのマガジン部分に突き刺す。

カチリ、と硬質な音が響き、すると同時に、両方のマガジン部分が二手にパカッと開いて、わずかにレールも伸びた。

「こうやって鞘に収めるみたいに刺すと、マガジン部分が左右に開くの。今回は左手を右のダガーに刺したから、カートリッジを4個、左右に開いたマガジン挿入部分に入れるんだよ」

アカリが手早くカートリッジを4個挿入し、**カシャリ、と音を立ててマガジンを閉じると、**カートリッジが一直線に並ぶようにセットされる。

「この状態でグリップを二回回すと、『チャージダガー状態』になるから、突くか切れば電熱を帯びた一撃を出せるよ。今は格好だけね」

アカリは淡々と説明し、続けて解除方法も教えた。

「グリップを逆に一回回すと解除されて、4個とも一気に外れるから。それとね、ダガーを左右逆にして、マガジン2個とカートリッジ2個挿入すると、『チャージショット』になる。最大出力で撃つと、電熱弾が発射される…ただし、これは最後の切り札として使ってね。まだ安定してないし、下手したら反動で死ぬから…正直、使わないでほしいんだけど、一応鍛冶屋として使用法は説明しないといけないからね」

そう言い終えると、アカリは改造されたリヴォルダガーをライムに返した。

その時だった。

ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…。

微かに、足音のようなものが聞こえた気がして、ライムの体がブルリと震え上がった。 血の気が引く感覚が、彼の背筋を駆け上がる。

「ちょっと、どうしたの? ライム君?」

アカリは、ライムの異変に気づき、心配そうに彼の顔を覗き込む。

「い…今、何か聞こえなかった…?」

ライムは、声が震えるのを抑えながら、恐る恐る尋ねた。彼の視線は、虚空を彷徨っている。

「んっ? 何も聞こえないよ?」

アカリのその言葉を聞いて、ライムは大きく安堵の息を吐いた。 自分の気のせいか、疲れのせいか…。

ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…。

しかし、再びその音が響いた。今度はさっきよりも、明らかに近く、そして大きく聞こえる。

ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…。

そして、その足音は、突如としてピタッ、と止まった。

ライムの全身は小刻みに震えながらも、本能的に警戒を強める。神経を研ぎ澄ませ、周囲のわずかな物音すら聞き逃さないように集中する。

「アカリさん…やっぱり、さっきの男が近くに来てる…早く逃げよう!」

そう言い、アカリの腕を掴もうとすると、アカリは**フフッと笑って、**ライムの手を軽く振り払った。

「ライム君、ここは大丈夫だよ。頑丈だしさ。それに、ここにいるってわからないって」

アカリは、まるで面白い冗談を聞いたかのように楽しそうに笑っている。

ライムは、そんなアカリに笑われても気にする余裕などなく、神経を集中させて周囲の音を探っていた。

その時、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ!

と、今までで一番大きく、そしてはっきりとその音が聞こえてきた、その瞬間だった。

ドゴオォォォンッ!

鍛冶屋の壁が、真横に真一文字に真っ二つに切断された。 巨大なハルバートを振りかざした副団長が、切り裂かれた壁の向こうから、土煙を上げて中に入って来たのだ。 切り口は、まるで紙のように滑らかで、その尋常ならざる一撃を物語っていた。

「ちょっと、どういうこと!? ここの壁を斬ったの!?」

アカリは驚きつつも、すぐに怒りを露わにした。

「ちょっと弁償してよね〜! 私の家でもあるんだよ!」

その言葉に、副団長は何も反応しない。ライムは、そんなアカリとは対照的に、冷静に状況を判断する。

「アカリさん! 何を言っても無駄だよ! とりあえず逃げよう!」

ライムは叫ぶと、素早く出口のドアを開けた、その瞬間だった。

ドカーンッ!

開いたドアが、突然爆発したかのように吹き飛んだ。 ドアと共に、ライムの体も勢いよく宙を舞い、背後の壁に激突する。 ドアは鍛冶屋の窯の横の壁に当たり、衝撃で庭方面の壁が大きく崩れて、巨大な穴が空いた。

アカリは、吹き飛んだライムを見て、目を見開いた。

「ライム君!」

彼女の表情には、怒りよりも、純粋な驚きが浮かんでいた。

「もしかして、こいつトラップ仕掛けてたの!?」

ライムは、吹き飛んだ扉によって壊れた壁の穴から、すぐに庭へと飛び出した。 その手には、しっかりとリヴォルダガーが構えられている。

アカリもまた、背中から巨大なロンリーベアを下ろし、前へと構え、ライムの隣に並び立つ。

ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…。

副団長もまた、切り裂かれた壁の穴から、ゆっくりと、確実な足取りで庭に出てくる。 その巨体が、月明かりと雨に照らされて、不気味に迫ってくる。

ライムは、もう逃げ場はないと悟った。その表情に、諦めではない、覚悟の光が宿る。

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