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沈黙の追跡者1

昼下がり、鍛冶屋の中は昼間の喧騒が嘘のように静かで、鉄が冷える微かな金属臭が空気に混じっていた。奥の炉からは、まだ消えきっていない炭の残り火がパチパチと小さな音を立てるばかり。高い天井から差し込む午後の光が、作業台に置かれた工具や、壁にかけられた様々な金属製品に、柔らかな影を落としている。

ライムは、鍛冶手伝いとして鍛冶屋の簡単な手入れを終えたばかりで、手持ち無沙汰になると、先日アカリから渡されたばかりのビームサーベルを取り出した。その柄のひんやりとした金属の感触を確かめるように握りしめ、楽しげにブォン、ブォンと音を立てて空中で振り回す。まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のようだった。

作業台の隅では、アカリが自分のエコーリンクに顔をくっつけるようにして、ミリアの配信に食い入るように見入っていた。画面からは軽快なBGMとミリアの甲高い笑い声が途切れることなく流れており、彼女の瞳は画面の光を反射してキラキラと輝いている。その集中ぶりは、周りの空気を完全に遮断しているかのようだった。

一方、フィオラは鍛冶屋の片隅に飾られた小さな鉢植えの花々に、ジョウロでそっと水をやっている。水が土に吸い込まれるシュルシュルという微かな音が、静かな空間に響く。そして、手入れのついでに、先日手に入れたばかりのビームガンを両手で持ち上げ、滑らかな銃身の感触を確かめるように撫でながら、楽しそうに構えたり、標的に見立てたものに狙いを定めたりしていた。

いつもと変わらない、平和な昼下がりの風景。

その日常が、ふとした瞬間に終わりを告げた。ライムがいつものようにビームサーベルをブンッと振ると、これまで力強く伸びていたビーム部分が、突然シュン…と音もなく消えたのだ。彼の手に残ったのは、ただの金属の棒切れだけだった。

「あれ? アカリさん、なんかビームサーベルのビームが消えたんだけど、どうしたんだろ?」

ライムは、配信に夢中なアカリの顔を覗き込むようにして尋ねた。その声に、隣でビームガンを構えていたフィオラもハッとしたように自分の武器を見る。

「私のビームガンもレーザーポインターが消えたんだけど、ライムくんと同じ理由?」

フィオラも心配そうに尋ねた。アカリは、ミリアの配信から無理やり顔を剥がされ、イラついた様子で二人を睨んだ。

「うるさいな〜。連日何もすることないのか、ビーム出して遊んでたらバッテリーだって切れるでしょ? これを機にもう遊ぶのはやめたら?」

アカリは、めんどくさそうに吐き捨てた。しかし、ライムはあっけらかんとした表情で首を傾げる。

「それはわかるけど、なんとかならない? 充電さえできればいいんでしょ? 例えばそうだな〜」

ライムは困ったように頭を掻きながら、何とか解決策を見つけようと悩んでいる。フィオラも、何か良い方法はないかと、そばにあった植物の蔓をビームガンに絡めてみたりするが、もちろん何の科学的効果もなかった。

ライム「エコーリンクの充電器で充電できないかな?」

アカリ「出来るけど数日かかるよ」

フィオラ「なんとかならない?」

アカリ「一応ホバーバイクのバッテリー分解して研究してるから待ってて〜」

ライム「それまでエコーリンクの充電器使えば良くない?」

アカリ「でもあれエネルギー足りないし急いで作らないとダメか〜」

ライム「でも異世界人が普通にバッテリー持ち歩いてたよ」

アカリ「じゃあ借りればいいか〜」

フィオラ「でも借りてばっかりも面倒だし自分たちで自由に使いたいな」

アカリ「じゃあ作るしかないかー」

ライム「でも異世界人がすぐに充電できるって言ってたよ」

アカリ「じゃあ異世界人に頼めばいいか〜道具いらないし」

フィオラ「でもレンドさんが言ってたけど相当な金額を請求されるって」

アカリ「じゃあバッテリーは自分で作るお金使いたくないし!」

ライム「じゃあエコーリンクの充電器使えば良いんじゃない?」

フィオラ「もういいわ!最初に戻ってる…」

フィオラはそう言うと、それ以上何も言わずに、やれやれといった風に肩をすくめて、静かに鍛冶屋を出て行った。その背中からは、言葉にならない疲労と、どこか清々しささえ感じられた。

フィオラが去った後、鍛冶屋には重たい沈黙が戻ってきた。先ほどまでの賑やかな掛け合いが嘘のように、空間はひんやりとした静けさに包まれる。アカリは、そんな空気を気にする様子もなく、まるで水中の魚が水草に溶け込むように、再びエコーリンクの画面に没頭していた。彼女の瞳は、画面から放たれる青白い光を映し、外界から完全に遮断されている。

ライムは、そんなアカリの様子に何も言わず、ただ肩を小さくすくめた。そして、手元にあるビームサーベルの柄を弄ぶと、試しにエコーリンクの充電器のポートに差し込んでみた。カチリ、という小さな音と共に、緑色の充電ランプがチカッと点滅する。しかし、ビーム部分が再び輝く気配はない。彼は、諦めたようにサーベルを膝の上に置いた。

静まり返った鍛冶屋に響くのは、ミリアの楽しげな声だけだった。その声は、アカリのエコーリンクのスピーカーから、まるで生身の人間がそこにいるかのように、クリアに、そして甘く響いていた。

「は〜い! 今日の配信はどうだったかな〜?」

画面の中のミリアは、満面の笑みを浮かべ、流れてくるコメントを指でなぞりながら、時折、その中からいくつかを拾い上げては、優しく、時にはおどけて応じていた。

「ネズミはオコトさん! ミリチャありがとう〜! ねー、ミリアは昼間は教会で祈りを捧げたり、お掃除をしたりしてるよ〜。えへへ、お掃除しながら『次の配信何しよ〜』とか、『どうすればみんなに楽しんでもらえるかな〜』って、ずーっと考えてるの。ほとんどみんなのことばっかり考えてるよ〜! 最近はね、配信者さんも増えてるから、ライバル? も増えてるけど、私は私だと思ってるしね! 頑張るよ〜♡ ボンバーヘップさんも応援ありがと〜!」

ミリアの声は、リスナーへの感謝と愛情に満ち溢れており、聞いていると不思議と心が温かくなるような響きがあった。

「『ミリアさんてぇてぇ!浮気しないよ』なんて! 嬉しいな〜!ありがとね〜♪」

彼女はそう読み上げると、顔を赤らめてはにかんだ。

「今日もスパミリチャしてくれたリスナーさんや、累計でいっぱいミリチャしてくれた方、あとはね、グッズを買ってくれたリスナーさんも! この後の夜のサロンオフ会にご招待するので、ぜひ来て下さいね〜♡ あ〜、グッズといえばね! また新商品が出たんだ〜! 今度はね、持ち物に着けられる小型のぬいぐるみの私ですっ!」

ミリアはそう言って、画面いっぱいに手のひらサイズの、自分そっくりの可愛らしいぬいぐるみを見せた。ぬいぐるみは、彼女のポーズに合わせて、少し揺れている。

「可愛いでしょ?♡ ごめんね、商売のつもりじゃないんだよ? 可愛いから紹介しただけ! 他にもピンバッチとか、エコーリンクに付けられるケースとかも販売しているので、教会隣の販売所で買って下さいね〜。そろそろ配信終わるけど、まだコメント読んで行くね〜。あっ、『火事屋の看板娘さん』ふふふ、燃やしてるの? ミリチャありがとう〜!『いつも仕事そっちのけで配信見てます! これからも見続けます〜大好き♡』うん、ありがとう〜! 私も大好きだよ〜! あと、ホーキンスガンフォード30さん! あ〜、初コメントだねー! わぁ、嬉しいな〜♪」

ミリアの朗らかな声が、鍛冶屋の冷えた空気に、小さな温かさを灯していた。

「ホーキンスガンフォード30!『いつもご令嬢のご配信を日々の楽しみに拝見しております。某は貴女のご配信を拝見して本気で好意を抱いております。これからのご活躍をお祈り致しております。敬礼!』か〜わ〜、固いな〜でもなんか可愛いな! 敬礼〜♡ 私も大好きです!」

ミリアはそう読み上げると、キュッと目を閉じ、画面に顔をぐっと近づけて、指でフワリと投げキッスを送った。その仕草一つ一つが、計算されたように可愛らしい。

「ふふふ、ありがとう! またコメントしてね〜! じゃあ、お時間なのでまた配信の時はよろしくね〜! ふふふ…『火事屋の看板娘』、ふふふ、何を燃やしてるんだろ? プププ…あはは! ごめんなさい! また夜のサロンオフ会で燃えましょ〜! あはははは!」

ミリアは朗らかな笑い声を鍛冶屋いっぱいに響かせながら、突然、画面いっぱいの笑顔を残して配信を終了した。画面は、すぐに「配信は終了しました」というシンプルな表示に切り替わる。

アカリは、満足げにエコーリンクをドサッと作業台に置いた。その顔は、まるでゲームで最終ボスを倒したかのような満面のドヤ顔で、達成感に満ち溢れている。

「ミリアさんを笑わせたよ! 勝った! 記憶に残った!」

アカリは、上機嫌でライムの方を見ると、得意げに胸を張った。そして、鼻歌を歌いながら、ガタガタと音を立てて散らかった工具を片付け始め、夕食の準備に取り掛かり始めた。鍋の中で、野菜を炒める香ばしい匂いが、じんわりと鍛冶屋に広がり始める。

ライムは、そんなアカリの様子を見て、ふと気づいたようにポカンと口を開いた。

「あー……『ネズミのオコト』って、アカリさんのことだったんだ〜」

ライムの間の抜けた声に、アカリはピタリと動きを止めた。振り返ったその顔には、一瞬、ムッとした色が浮かぶ。

「いや、そっちじゃないって! ほら、『火事屋の看板娘』! ミリアさん、笑ってたでしょ? 誤字じゃないよ、狙ったんだよ! 正体バレたくないし!」

アカリは、少し怒ったようにライムを指差した。ライムは目をパチクリさせた後、納得したように頷く。

「あー〜! そうだったんだね〜! 良かったね〜、アカリさん! 結構ウケてたね! 一回真面目なコメント読んだ後に、さらに笑ってたし、あれはアカリさんの勝利だね!」

ライムの言葉は、嘘偽りのない、心からの褒め言葉だった。

アカリは、その素直な賞賛に、怒っていたことなど忘れたようにパッと笑顔になった。その顔は、さっきのドヤ顔よりも、もっと満足げだ。

「ライムくんはいい子だね〜。はい、リヴォルダガーの弾、おまけしといたから!」

アカリはそう言うと、作業台の引き出しから新品の、鈍く光るマガジンを無造作に6個取り出し、ライムの目の前にポンと置いた。マガジン同士が触れ合い、カチャカチャと軽い金属音を立てる。

ライムは、突然のプレゼントに戸惑い、きょとんとした顔でマガジンとアカリを交互に見た。

「いや、任務でもないのにいらないよ、こんなに……」

その言葉に、アカリは顎に手を当てて、何かを考えるように首を傾げた。

「じゃあ、任務を与えます! ミリアちゃんの小型ぬいぐるみ、買ってきてくれない? ライムくんの買ってもいいからさ! 早く買わないと売り切れちゃうじゃん?」

その言葉に、ライムは一瞬ためらったが、ミリアのぬいぐるみの可愛らしい姿を思い浮かべ、そして「俺のも買っていい」という言葉に心が揺れた。

「え? ああ……まあ、俺のも買っていいんなら、行こうかな?」

ライムが承諾すると、アカリはにんまりと笑った。その表情は、まるで全てを見透かしているかのようだ。

「お〜! ついにライムくんもミリアさんにハマってきた?」

アカリが楽しそうに茶化すと、ライムは慌てて首を横に振った。

「いや、そうじゃないよ! ただ、みんなが持ってるなら、俺も持っとこうかな、みたいな?」

「うん、いいよいいよ、言い訳は! 行ってこい、青少年! 上手くいけば、生ミリアさんに会えるかもよ?」

アカリは、ライムの背中をポンと叩きながら、さらに茶化す。ライムは心の中で**(だったらアカリさんが行けばいいのに…)**と呟きかけたが、グッとその言葉を飲み込んだ。

「……行ってきます」

ライムは諦めたようにそう言うと、鍛冶屋に残されたビームサーベルをちらりと見て、どこか重たそうな足取りで、夕焼け空が広がってる屋外へと、ゆっくりと歩き去っていった。鍛冶屋の扉がギィ、と低い音を立てて閉まり、再び静けさが戻った。

その日の夜。街灯の鈍いオレンジ色の光が、アスファルトの路面に油絵具のように滲む通りに、レンドとタカオは立っていた。辺りには、冷たい夜の空気と、言いようのない鉄臭い匂いが混じり合って、鼻腔を刺激する。規制線の向こう側には、既に何人かの兵士たちが集まっており、彼らの吐く白い息が、夜の闇にゆらゆらと揺らめいていた。

被害者の遺体は、路地の奥、古びた建物の壁にもたれかかるように倒れていた。タカオは、その遺体から少し距離を置き、黒い革手袋をはめた指先で、宙をなぞるようにしながら検分していた。

「うん、殺しね。それは間違いない。この首の部分を斬ったのね。あ〜、痛そう……」

タカオの声は、夜の冷気の中でもどこか楽しげで、まるで舞台のセリフを口にするかのように響いた。彼の足元には、小さな石ころが、街灯の光を浴びてチラリと光っている。

「うん、通り魔ね。あと、このカバンに付いてるぬいぐるみ、可愛いな〜。家に連れてっちゃおうか?」

タカオはそう言って、にこやかに笑った。その目は、目の前の死体とは不釣り合いなほど、無邪気さを湛えている。

レンドは、遺体から目を離さずに、その冷たい瞳でじっと様子を見ていた。

「タカオさん、本当に通り魔でしょうか? それにしては妙に凄腕なんですけど? わかりませんか?」

レンドの声は、昼間の疲労を感じさせないほど冷静で、そして鋭かった。

タカオは、レンドの言葉に呆れたように肩をすくめた。その動きに合わせて、彼の短く刈り込んだ髪がサラリと揺れる。

「あら? 今日は真面目ね〜。ムラサメさんも普段からそんな感じなら良いのに……。うーん、一撃で仕留めてるわね。でも不意打ちなら、それぐらい出来そうでしょ? それとも? プロがやったと言いたいの? ちょっと考えすぎよ〜」

タカオは、鼻で笑うように言うと、懐から取り出した小さなメモ帳に、カツカツとペンを走らせ始めた。その紙の擦れる音が、妙に耳についた。

「とりあえずこの件は、通り魔による殺し。それで決定。私が書類書いて上に報告するから、あなたは処理班でも呼んでなさい」

タカオは、そう言い残して踵を返し、その場を立ち去ろうとした。その時、路地の奥から、別の兵士が荒い息遣いで駆け寄ってきた。

「タカオさん、大変です! 向こうでも殺しが……!」

兵士の慌てた声に、タカオは眉をひそめ、心底呆れたような顔をした。

「え?! またなの? 今度は何? もう夜勤って嫌なのよね〜。レンドさん、ボサッとしてないで行くわよ!」

タカオは、吐き捨てるように言うと、苛立ちを隠さずに再び歩き出した。彼の足音が、夜の静寂にカツン、カツンと響く。

レンドは、その場に立ち尽くしたままだった。彼の視線は、依然として遺体に注がれている。余計な出血がなく、まるで外科手術のように一撃で仕留められたような遺体。そして、被害者のカバンにぶら下がった、妙に綺麗なミリアのぬいぐるみ。

その全てが、彼の心に深い違和感を刻み込んでいた。

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