異世界の無法者5
赤い薔薇が、まるで血を吸ったかのように鮮やかに咲き誇るその一角。突然、空間が歪むようなヴゥン…という低い振動音と一緒に、虹色の光が弾け飛んだ。直後、ぐにゃりとたわんだゲートが、何の合図もなくぱっくりと口を開く。
そして、そのゲートから、まるで投げ出されたみたいに転がり出てきたのは――エンジンが付いたままのホバーバイクに跨り変わり果てたルシアンの遺体だった。体のあちこちからツタが出ており、植物の香りと一緒に血の匂いも漂い周りの空気に嫌な形で混じり合う。目は虚ろに天井を仰いでて、口からは小さな虫が這い出てくるのが見える。だけど、その顔には、死んでも消えない狂気に満ちた歪んだ笑みが貼り付いていたんだ。
街の中心部、普段なら市民のざわめきと、露店から漂う甘いお菓子の匂い、鍛冶屋の金槌が響く音が心地よく混じり合う大通りは、一瞬で静まり返った。だけど、その異様な光景を前に、静寂は長くは続かない。
「な、なんだあれ!?」
「化け物でも攻めて来たのかよ!」
「キャアアアアアアアア!!」
見る者の心をかき乱すような悲鳴、戸惑いの声、そして恐怖が入り混じった色々な叫び声が、まるで伝染病みたいに次々と広がる。人々は我先にと押し合いへし合い、その場から逃げ出そうとパニックになってた。だけど、その異様な光景にもだんだん慣れてくる奴らが現れ始めると、恐怖に歪んでた顔が、好奇心に満ちた表情に変わっていく。彼らは一歩、また一歩と遺体に近づいて、まじまじと見つめ出した。
そして、その中の一人が、ハッと息を呑んだ。
「あれ? ルシアンさんじゃない?」
「間違いない、ルシアンさんだ!」
あっという間に、「ルシアン」って名前が、まるで火種を得たみたいに人々の間に広がり、大騒ぎになったんだ。
「好き勝手暴れてたし、いい気味とも思うけどな…」
「そういや、この間ホバーバイクで轢かれそうになったんだよ! あいつに!」
「銃を乱射して、店の荷物をめちゃくちゃにされた!」
次々と、ルシアンに対する悪い噂が、堰を切ったみたいに噴出し始める。罵詈雑言が遺体に浴びせられ、集まった人々の間には、どこかホッとした気持ちと、うっすらとしたワクワク感が漂ってた。だけど、そのワクワク感はすぐに恐怖へと塗り替えられる。
「…おい、もし俺たちがやったと思われたら、ここで生きていけないぞ」
誰かがごくりと唾を飲み込み、重い声でそう呟いた。
「そうだな…クロードさんにどんな言いがかりをつけられるか分かったもんじゃない…」
別の誰かが、青ざめた顔で付け加える。
クロード――この街を裏で牛耳る悪名高い男の名前が出た途端、あんなにルシアンの遺体の周りに集まってたギャラリーは、まるで潮が引くみたいに、あっという間に周りから離れていった。彼らの足音が石畳に響いて、あっという間に人影はまばらになる。残されたのは、不気味な薔薇とルシアンの遺体、そして茫然自失のゲート管理者だけだった。
「…とりあえず、警備隊に通報しとくか」
ゲートの管理者は、震える手で懐から通信機を取り出して、慣れない手つきでボタンを押した。その耳には、まだ遠くで響く人々のざわめきと、風に乗って運ばれる薔薇と血の香りが漂っていた。
警備隊のサイレンが遠くで響き始めると、街の空気はさらにざわめき出した。けたたましいサイレンの音が近づき、やがてルシアンの遺体の前に止まる。重厚な装甲に身を包んだ警備隊員たちが、機械的な足音を立てて車輌から降り立つ。彼らの顔は、この異様な光景に困惑と警戒の色を浮かべていた。
その隊列の中から、一際異質な存在感が現れる。それがクロードだった。彼の足元は、ルシアンの遺体から漂う血の臭いを全く気にすることなく、滑るように静かだった。彼は周囲をゆっくりと見渡し、「これは何という事だ、一体誰が?」と呟くが、その声には一切の感情がこもっていなかった。むしろ、その冷え切った視線は、遺体を取り囲むように現れたツタや口から伸びてる赤い薔薇の異様さや、ざわめく人々の様子を、まるで上質な芝居でも見るかのように観察しているかのようだった。その場にいる誰もが、彼の内心で嘲笑が渦巻いているのを感じ取ったが、恐怖から見て見ぬ振りを決め込んでいた。
クロードはルシアンの遺体にゆっくりと近づく。冷たい視線が、彼の手に握られたホバーバイクへと向けられた。バイクのコンソールに映し出された移動履歴に、彼の視線が固定される。そして、ゲートの管理者に、その場の空気を凍らせるような低い声で問いかけた。
「おい! ルシアンが行った世界で殺されたのか?」
管理者の顔から血の気が引くのが、クロードにもはっきりと見て取れた。ゲート管理者は、ガタガタと震える手で汗を拭いながら、か細い声で答える。
「は、はい! 間違いございません……既に亡くなっておられました……」
彼の額からは、冷たい汗が流れ落ち、石畳に小さな水たまりを作った。クロードは鼻で笑う。「ふん、そうか。正直、こんな大馬鹿が死んだことなどどうでもいい……いずれ殺す気だったしな……」彼の言葉は、周囲のざわめきすら吸い込むような冷酷さで響き渡る。「それより、別の世界で死んでくれて感謝するよ。付け入るチャンスができたしな。無能のヘタレにしては、私の役に立ったじゃないか。褒めてやる。ハッハッハッハッハ!」
クロードの高笑いが、静まり返った広場に不気味に響き渡った。まるで狂気を孕んだその笑い声は、遺体から漂う腐敗臭と混じり合い、背筋を凍らせる。
彼は警備隊へと向き直り、鋭い声で命じた。「警備隊、準備をしろ。異世界に行くぞ」彼の声には、僅かながら興奮の色が宿っていた。「どんな世界だろうな? あんな花を咲かせて殺すとか、普通ではないぞ」
武装した警備隊の車輌が、エンジン音を唸らせながらゲートへと向かう。ゲートの向こうから、冷たい風が吹き抜け、ルシアンの遺体の上に咲く赤い薔薇の甘く、しかしどこか不穏な香りが、クロードの鼻腔をくすぐった。彼の目は、未知の世界への期待と、獲物を狙うかのような冷酷な光を宿していた。
ゲートを抜けた瞬間、クロードの鼻腔を突いたのは、土と枯草の混じったような乾いた空気の匂いだった。足元の地面は、舗装されていない土で、車輌が通るたびに微かな砂埃が舞い上がる。見慣れない植物がまばらに生い茂る、何の変哲もない光景に、クロードは軽く眉をひそめ、「何だ、田舎か……」と小さく呟いた。彼の声には、僅かながら失望の色が混じっている。
しかし、武装した車輌がゴロゴロと砂利を跳ね上げる音を響かせながら少し進むと、その失望は一瞬にして凍りついた。視界に飛び込んできたのは、無残に横たわる夥しい数の死体だった。息子と一緒にいた男の顔も、切断された死体もあり皆が歪んだ表情で事切れており、その身体のあちこちには、深い傷跡が刻まれていた。周囲には、血と鉄の生臭い匂いが漂い、幾台ものホバーバイクがひしゃげた鉄の塊となって転がっている。エンジンから漏れた油の匂いが、微かに鼻を刺激した。このあまりにも異様な、そして凄惨な光景に、警備隊員たちは無意識に呼吸を止め、その顔は恐怖に引き攣っている。しかしクロードは、その顔に一切の表情を出さず、ただ静かに、その眼に全てを焼き付けていた。
「ほう……ここで、あのバカは殺されたのか」
彼の声は、戦慄する警備隊の心臓に、まるで氷の刃を突き立てるかのように冷たく響いた。遠くに見える、荘厳な装飾が施された神殿のような城に視線を向け、クロードは鼻で笑う。
「ここの国の王は、頭がおかしいんだろうな」
その言葉には、嘲りが込められていたが、警備隊は何も言い返せず、ただ静かに肯定の意を示すように押し黙るしかなかった。彼らは、クロードの狂気じみた行動に巻き込まれることを恐れていた。
武装した車輌は、街中の通りで人混みも気にも留めず、タイヤが路面の土を蹴り上げる音を立てながら走り抜け、神殿の巨大な門の前に到着する。門の前に立つと、その圧倒的な高さと、壁面に彫られた精緻なレリーフが、クロードの冷徹な目を僅かに引きつけた。
一方、神殿の内部、厳かな謁見の間では、重厚な石の壁に囲まれた空間に、清涼な香木の匂いが漂っていた。高く天井に設けられた窓からは、柔らかな光が差し込み、磨き上げられた床を淡く照らしている。他国に攻め入っていた神皇レオパルドヴァルヘルムと、彼に付き従った第一兵団の少数精鋭が、今まさに帰還したところだった。彼らは皆、返り血を浴びた甲冑を身につけていたが、その顔には達成感が浮かんでいた。
「お帰りなさいませ、神皇様……いかがでしたか?」
大臣の一人が、深く頭を下げ、レオパルドヴァルヘルムを迎える。その声には、安堵と期待が入り混じっていた。レオパルドヴァルヘルムは、中央に据えられた豪華な玉座へとゆっくりと歩み寄り、その身を沈めた。玉座の硬質な布の感触が、背中に伝わる。
「ああ……滅ぼしたよ」
彼の言葉は、まるで朝露が降りるかのように穏やかだったが、その中に潜む圧倒的な力と、冷酷な決断が、部屋中に静かに響き渡った。
周りからは、「さすが神皇様だ」「やっぱり強いな」といった、称賛の声が自然と上がる。しかし本人は、それらの言葉を気にする様子もなく、謁見の間の隅で彼を待っていた神官ミリアに視線を向けていた。彼女の表情は、神皇の帰還を心から喜んでいるように見えた。
「レオくん、お帰りなさい! ここは問題なかったですよ〜。ちょっと変わったことがあるとしたら……」ミリアは、そう言いながら、ゴソゴソと服のポケットを探る音を立てて、エコーリンクという奇妙な装置を取り出した。それは、掌に収まるほどの大きさで、滑らかな金属の質感と、小さな発光体が特徴的だった。
「これを国民に格安で販売して、レオくんの評価を上げときました♪」
ミリアは、いたずらっぽく、そして嬉しそうにエコーリンクを差し出す。レオパルドヴァルヘルムはそれを受け取ると、指先でその冷たい感触を確かめた。
「これは、遠征の時に使えるな」
彼の顔に、微かな、しかし温かい微笑みが浮かんだ。その時だった。謁見の間の重いドアが、バンッ! と激しい音を立てて開いた。その突然の音に、室内の空気は一瞬にして張り詰める。兵士の一人が、息を切らしながら駆け込んできた。彼の甲冑が、カチャカチャと音を立てる。
「ご帰還されてすぐで申し訳ございませんが、異世界から神皇様に抗議があると言う者が来ておりまして……恐れながら申し上げますが、我々の静止も聞かずここまで来ておりまして……」
兵士の声は、焦りと恐怖で上ずっていた。しかし、レオパルドヴァルヘルムは、その表情を少しも変えず、静かに言った。
「構わん。抗議だろ? 通せ」
彼の言葉には、揺るぎない威厳と、未知の相手への興味が感じられた。
そして、そこに武装した警備隊を引き連れたクロードが、ゆっくりと足を踏み入れた。彼の足音は、兵士たちのそれよりも重く、謁見の間に独特の緊張感をもたらす。
「ああ、田舎の王にしては威厳があるな。まあいい。ちょっと話があって来た。すまないな……無礼な態度だと思うだろうが、ここの世界の誰かに大切な息子を殺されてな。動揺で気が立ってるんだ」
クロードの声は、その場の空気を切り裂くように響いた。彼の言葉の裏には、侮蔑と、計算された悲劇の演出が隠されているようだった。彼の視線は、真っ直ぐに玉座の神皇レオパルドヴァルヘルムを捉えていた。
クロードは、警戒心を露わにする神皇レオパルドヴァルヘルムと大臣達に対し、口元だけで嘘臭い笑みを浮かべた。その表情には、一切の誠意が感じられない。
「そんなに警戒しないでください。別に賠償とか責任問題を異世界の管理局に訴えるとか、そういうことはしませんから」
その言葉に、謁見の間を満たしていた張り詰めた空気は、微かにも緩まなかった。神皇は、動じることなく冷静にクロードを見据える。
「では何をしてほしい?」
その問いは、クロードにとって待っていましたとばかりの好機だった。彼の顔に、さらに胡散臭い笑みが広がる。
「ええ、ビジネスパートナーになっていただきたい」
クロードの視線が、謁見の間の豪華だがどこか時代遅れな装飾品をさっと一瞥する。
「この世界は、多数の異世界から様々な人々が集まってきている割には、田舎っぽい。技術力もイマイチだ」
彼の言葉は、まるで冷たい風のように、この世界の尊厳を弄ぶ。
「ですが、私のプロジェクトに賛同していただければ、この世界を異世界一最高の技術力を持ち、豊かに暮らせる世界を約束します!」
具体的な計画は何一つ提示せず、ただ甘い言葉と大げさなジェスチャーで、グイグイとアピールしてきた。彼の声は自信に満ち溢れ、まるで最高の詐欺師のようだった。
その話を聞いて、謁見の間の中でただ一人、ミリアだけがキラキラと目を輝かせ、嬉しそうに頷いていた。他の大臣や兵士達は、戸惑いと警戒の表情を浮かべたままだった。
しかし、クロードの言葉はそこで終わらなかった。彼の顔から笑みが消え、一気に冷酷な表情に変わる。
「ああ……でも、貴方方に拒否権はありません」
その声は、まるで冷たい鋼のように硬質で、絶対的な支配を宣言していた。
「私がこの世界の指揮者となり導いていくので、もうそういう計画で動いている。悪いが、頭がおかしな田舎の王様は、この契約書にサインをする役目だけをしていただく」
クロードが取り出したのは、豪華な装飾が施された、しかし不吉なほど漆黒の契約書だった。インクの匂いが、微かに鼻腔を刺激する。
「ああ、ムカつくのは構わんが、私を敵に回さない方がいい。他の異世界もここに攻め込むし、ここの大臣達にも既に賄賂を渡している。だから、あの**大馬鹿**が騒いでも何の対応もしなかっただろ? まあ、悪いようにはしないさ」
クロードは契約書を神皇レオパルドヴァルヘルムの目の前に突きつけた。その瞬間、謁見の間の空気がピシリと凍りついたように感じられた。神皇は、その契約書を一瞥し、そして再びクロードの目を見据える。彼の顔には、微かな笑みが浮かんでいた。
「なるほど……ここにサインをすればいいのか?」
その言葉が終わるや否や、ズンッと、肉を断つ重い音が響き渡った。
神皇レオパルドヴァルヘルムの大剣が、クロードの首を一閃。鮮やかな血飛沫が、空間に赤い筋を描き、クロードの身体は、契約書を持ったまま、前のめりに崩れ落ちた。彼の目には、最後まで驚愕の色が浮かんでいた。その血は、磨かれた床に生々しい赤黒い染みを広げ、鉄の匂いが一気に鼻腔を支配した。
いきなりの出来事に、警備隊は皆、息を呑み、その場で凍り付いた。彼らの顔は青ざめ、動揺と恐怖が入り混じった表情で神皇を見つめている。だが、神皇は動じない。大剣に炎が燃え盛ると、その場に熱波が広がる。ゴォォォ……という炎の唸り声と共に、神皇は炎を纏った大剣を薙ぎ払った。
横一線に、燃え盛る炎の波が一直線に飛んでいく。炎は警備隊員達を飲み込み、彼らの肉体を瞬く間に燃やしていく。彼らの絶叫は、炎の轟音にかき消され、やがて焦げ付く肉の匂いが、謁見の間に充満した。
「頭がおかしかろうが、神に暴言を吐くからバチが当たったろ?」
神皇は、燃え盛る大剣を静かにしまい、一歩踏み出した。その足元には、燃え尽きた警備隊員達の黒焦げの骸が転がっている。彼らの体からは、まだ微かに煙が立ち上っていた。
神皇の視線は、謁見の間の隅にいた大臣の一人に向けられた。彼は神皇から一番離れた位置にいたが、その顔は恐怖で真っ青になっていた。
「私の留守中、何も変わったことはなかったんだよな?」
神皇の声は淡々としていたが、その問いかけは、大臣の心臓を直接掴むかのようだった。まずいと思った大臣は、慌てて頭を深く下げた。
「はい、神皇様にとって問題になるようなことはありませんでした」
大臣の声は震えていたが、必死に取り繕う。神皇の顔に、再び微かな笑みが浮かんだ。
「そうか。賄賂をもらう時は、私も混ぜてくれ。そういうのは好きだからな」
その言葉に、大臣の顔に安堵の色が広がる。彼は一瞬にして表情を切り替え、調子良く答えた。
「はい! もちろん、その時はすぐに報告しますよ〜!」
その瞬間、ズガッ! と鈍い音が響いた。大臣の身体が痙攣し、口から血の泡を吐く。神皇の大剣が、彼の体を心臓を貫通して突き抜けていたのだ。肉が裂けるグチャッという音、そして飛び散る鮮血の温かい飛沫が、神皇の顔にまで届く。大臣の目には、まだ安堵と驚愕が混じり合った表情が張り付いている。微かに、カハッと喉を鳴らす音が聞こえた。まだ息がある。
「お前のせいで、ここが汚れちゃったよ」
神皇は、呆れたような口調でそう呟くと、大剣をそのまま上に持ち上げた。大臣の身体が宙に浮き上がり、そのまま縦に真っ二つに引き裂かれる。血肉が舞い上がり、部屋中に飛び散った。
「ここは掃除しておけ。私はミリアと寝室に行く」
神皇は、その場に散乱する死体や血には目もくれず、背後に立つミリアの肩を抱いた。ミリアは、その凄惨な光景を前にしても、一切の動揺を見せず、ただ満面の笑みを浮かべている。
「行くぞ」
神皇の声に、ミリアは嬉しそうに答えた。
「はい!レオくん!」
二人は、血と肉片にまみれた謁見の間を後にし、静かにその場を去っていった。残されたのは、絶句する兵士たちと、冷たい死の匂いが充満する、静寂だけだった。
陽が昇りきる前の朝方、鍛冶屋の中は静けさに包まれていた──
まだ仕事を終えたばかりの炭の匂いが残るその空間に、微かにパチパチと燃える音が響いている。
少しだけ時間を巻き戻し、神皇が帰還するその数時間前の話である。
作業台の上には、使い込まれた工具が雑然と置かれている。
ライムは、置いていたビームサーベルを、眩しそうに見つめていた。その柄のひんやりとした金属の感触を確かめるように握りしめ、楽しげにブンブンと音を立てて空中で振り回す。
「アカリさん、これって本当に斬れるの?」
ライムの声は、新しいおもちゃを手に入れた子供のように弾んでいた。その問いに、アカリは作業台の隅に置かれたエコーリンクを覗き込みながら答える。エコーリンクには、ミリアの昨日の昼間の配信映像が流れており、賑やかなBGMとミリアの甲高い声が、静かな鍛冶屋に響いていた。
「あ〜、斬れるっていうか、スパンって真っ二つになるから気をつけて〜」
アカリの声は、どこか気の抜けたような調子で、ライムの質問を軽く受け流す。隣にいたフィオラは、同じく置いていたビームガンを両手で大事そうに抱え、その滑らかな銃身の感触を確かめるように撫でていた。彼女の瞳は、未来の獲物を想像しているかのようにキラキラと輝いている。
「今度、使おうかな?」
フィオラの声は、獲物を見つけた猫のように、わくわくとした響きを含んでいた。
ちょうどその時だった。鍛冶屋の重い木のドアが、ギーッと軋む音を立てて開いた。開かれたドアの向こうからは、朝の街の涼やかな風と、遠くで聞こえる鳥の囀りが僅かに流れ込んでくる。そこに立っていたのは、顔に疲労の色を浮かべたレンドだった。
ただいま〜……もう疲れたよ、へとへとだ。……それと今聞いたんだけどな、神皇が戻って来るそうだ……」
レンドが足を踏み入れた、まさにそのタイミングで、ライムがブンッとビームサーベルを振った。**ブォン!**と空気を切り裂く音がレンドの耳元をかすめる。
「うわっ、危ねえな……って、小僧! 髪がちょっと切れてるじゃねえか!」
レンドが、自分の顔の横に落ちてきた数本の髪の毛を見て、大声を上げた。ライムは、悪気なく首を傾げる。
「えっ? 剣の達人なら、それぐらい避けれそうだけど?」
その言葉に、レンドは顔を引き攣らせ、思わず呻いた。
「いや、剣の達人でも、入った瞬間にそんなもん振られたら分かんね〜よ! 気をつけろ……! あと、文句ついでにな、おめえはフィオラに抱きつかれてルンルンで帰っただろうがな、こっちはアカリが**『レンドさん、ごめん! ロンリーベアは一人乗りなんだ』とか言って、そのままヒュンッ**と飛んで帰りやがったせいで、徒歩で帰ったんだよ……!」
レンドは、地面を指差しながら、悔しそうに続ける。
「あたりにホバーバイクもあったから、小僧みたいに乗ろうと思ったが、乗れねえし……。よく操縦できたな、あれ……おかげでへとへとだよ」
レンドの愚痴に、ライムは楽しそうに笑う。
「あ〜、そうなんですね〜。でもフィオラさんが抱きついてたっていうけど、こっちからしたら恐怖でしかなかったですよ」
ライムが笑いながらそう言った、まさにその時だった。ヒュン!と、耳を掠めるような速い音がしたかと思うと、彼の顔の横を白い光の筋がかすめ、背後の壁にパチッと小さな焦げ跡を作った。フィオラのビームガンの弾だった。
「あら、ごめんね〜ライムくん、誤射しちゃった〜」
フィオラは、全く悪びれる様子もなく、ただ楽しそうに笑っていた。ライムは、弾が当たったであろう場所のヒリヒリとした痛みを感じながらも、素直に頭を下げていた。
「すみませんでした〜! 最高に幸せな帰り道でした〜!」
その言葉に、アカリが「あ〜、うるさいな〜!」と、ついに怒りの声を上げた。エコーリンクから顔を上げ、じろりとライムたちを睨む。
「あと危ないから、その武器達は没収! ちゃんと調整したら使わせてあげる! あと、もうみんな帰れ! また配信見直さないといけないじゃん!」
アカリの剣幕に、ライムは(いや、いくらでも見れるんだからまた見ればいいじゃん)と心の中で思いながらも、大人しく引き下がった。そのまま、ライム以外のフィオラやレンドたちは、アカリの小言を背中で聞きながら、トボトボと家路についた。鍛冶屋には、再び炭の残り火がパチパチと音を立てる静寂と、エコーリンクから流れるミリアの甲高い声だけが残った。