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鳥居の杜の  作者: WR-140
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鳥居の杜のクロハヌシ

な、何⁈

ねえ、あれはなんなのイチハ?

「落ち着け。大丈夫そうだな、まだ。」

イチハはやっぱり淡々としてる。

だけど、言ったよね、非常事態って?

「ああ。言ったな。」

その非常事態って、アレのことでしょ?


アレ。

とっさにほかの言い方が見つからない。

強いて言えば、ヘビみたいな怪物?

ううん、なんか違う気がする。

そいつは細長かった。黒い帯みたいに見えている神社の木々の樹冠に乗っかるようにして、ゆっくり動いている。

大きい。50メートルくらいはありそう。

なんで割とはっきり見えるかっていうと、そいつは黒く光っていたからなんだ。

ブラックライトで照らしたみたいなカンジかな?

ただ、黒い光はそいつ自身の体から出てるように見えた。

ヘビなのか、ウナギの方がより近いのか、そこはわからない。

ただ、頭だけはどっちとも違う感じ。

以前、先生が見せてくれた動画にあったアレ、蛇踊りとか言ってたけど、何人かの人が棒で竜みたいな作り物を動かして踊るのに少し似てる?かなって。

蛇踊りのヘビもどきよりトゲトゲした頭には、たくさんの目のようなものがついていた。

上から見て6個くらいだね。だから、全部だとかなり数はありそう。

身体のほかの部分とは違って、鈍い赤に光ってる。

道路工事のとこについてる、点滅する赤いライトみたいな色だ。

これは、あれみたいに規則正しく点滅してない。ただ、ランダムに明るくなったり暗くなったりはしてる。

そこにコイツの意思って言うかさ、感情が現れてるみたいで、薄気味悪い。

苛立ってる?

うん、なんかそんな感じに見える。

ゆっくりと樹冠を這い回り、探し物をしてるけど、見つからないみたいな。

時々、トゲトゲの頭を振り上げて、勢いよく振り下ろしたりしてる。八つ当たりっぽい?

「ああ。近いな。アイツはイライラしながら結界の綻びを探している。」

結界って?

「神社の神域と他を隔てる結界だ。奴は侵入口を探しているんだ。」

侵入してどうするの?

「喰う。ここを神域たらしめている存在の全てをな。あれは、ウツロ。虚空の獣だ。永遠の飢餓の使徒、貪食の奴隷ともいう。」

どんしょく?なんかよく分かんないけど、

あいつ、ウツロって名前なんだよね。


そいつは、ますますイライラしてきたみたい。頭には、太い鉄パイプみたいなトゲトゲが何本も生えていて、そのトゲが段々逆立ってきた。動きも少し速くなった。

いくつもある赤い眼の光が強くなり、点滅の間隔が短くなる。

うん、どう見てもイライラのせいだね。

突然、バキバキって音がして、次にバサバサっと木々の葉が盛大に擦れ合い、最後にドーン!って?

イチハ!ま、また枝が落ちたよ?!

アイツの仕業だったの?

「そうだ。あの頭のトゲみたいなモノが枝をへし折ったんだ。あいつ、ますますチカラをつけてきたな。」

イチハの声は、相変わらず虫の羽音が混じったみたいなキーキー声なんだけど、そこには紛れもない焦りと苦々しさが感じられる。

アイツが強くなってきてるってことだよね?だからなの、最近灯籠や稲荷の鳥居が

壊れたりしたのって?

「稲荷の鳥居が欠けたのは、自然現象だ。台風並みの風で、朽ちていた大枝が落下した。しかし、そのせいで結界に少し隙が生じたんだ。アイツがつけ込みたくなる隙がな。」

どうするの?ほっといたら、どうなる?

「神社が消える。」

そしたら、何が起きる?

「…子供は知らなくていい。」


聞いたことのない調子で、イチハはそう言った。何故だかドキっとしたんだけど、きっとそれは、イチハの口調に不吉なものを感じたからなんだろうね。

もっと聞こうとしたけど、イチハに先を越された。

「クロハヌシが動くだろう。とりあえず今は大事に至らないはずた。」

クロハヌシ?

なんだろう、とっさに浮かんだのは、あのわらべうたの文句だった。


とりいのもりの くろはのさきは

まよろのつじの たかみくら


頭にあの歌が響く。

くろはのさき。

「本殿の傍に、椿があるたろう。」

あ、うん。おっきな木だよね。

「あれがクロハヌシだ。」


椿の木ってさ、普通はそんなに大きくないじゃない。だけど本殿わきにあるその木は他で見たことがないほど大きいんだ。

そりゃ、参道の巨木よりは小さいけどさ。

ヤブツバキ、プレートには確かにそう書いてある。でも、本当かなって思うよ。

だってさ、斜めに伸びた灰色の幹は直径が30センチ以上あって、ほかの椿の木とは全然別物に見えるんだ。

鬱蒼と茂った濃い緑の葉は、幹の周りに大きく広がっていて、暗い境内に一層黒々とした薮を作っていた。

植物のはずなんだけど、まるで大きな獣がうずくまっているみたいな存在感だ。

小さいころは、近寄りがたい感じがして、何となく不気味だったな。

あれが、クロハヌシ?

「そうだ。黙って見ていろ。」

??

わけが分からなかった。

だけど、そんなに待つ必要はなかった。

大鳥居の反対側、社殿に近い辺りで、ピカッと光が閃く。

ほとんど同時に、樹冠を這い回るウツロの鼻先を、何かが掠めたような…?

あっ?

ねえねえイチハ!いま、アイツの目が一つ弾けなかった?

「ああ。」

ウツロは痛みを感じるみたいだ。長い身体に引き攣るような動きが走った。

砕け散った目のあった場所から、夜より黒い何かが噴き出している。

それは血とかじゃない。だけど、実体のあるものに見えるんだ。

生々しくて、気味が悪い感じ。

しかも、あの黒く吹き出すものからは、何か意思のようなモノを感じる。

アイツの中はあんなもので満たされているみたいだ。獣ってイチハは言ったけど、あれは私の知ってる生き物じゃないよ。


ウツロの動きが止まった。

ど、どうなったの?

「アレにとっては大したダメージじゃない。もう傷は塞がってきただろう。」

イチハの言う通り、噴き出していたものはもう止まってた。

「だが、痛みは感じるはずだ。今日のところはこれで退くだろう。」

その通りみたい。

ウツロは大きく頭を持ち上げると、そのまま空中に飛び出した。

滑るような、滑らかな動きで。

どっかへ飛び去っていくウツロを見送り、イチハに向き直ろうとした時。

『イチハ。』

声がした。低く重い感じの、男性の声。

「クロハヌシ。」

ハッとした。クロハヌシって、あの椿の?

私たちの横に現れた姿は、声と同じく男性だ。椿の精(?)なんだから、てっきり女性だと思ってたのにさ。

イケメンだね。

つまりそれは、人間の姿をしていた。

まだまだ続きます。

よろしければ次回もお付き合いください。

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