テレビ局ですよイチハさん。
今度の移動は、少し長かった。
最初はイチハを追いかけてスタートしたんだけど、スピードがどんどん速くなっていって、ただもう、見失わないのに必死で。
どんなところをどう飛んだんだか、全然覚えてない。
気がついたら、わあここ、何!?
大きな町。夜だけど、人がいっぱいだよ。
すっごく明るい。
大きなビル。沢山の車。ざわめき。
イチハにここがどこなのか聞こうとしたら、それが目に入った。
見慣れたロゴ。テレビで見たことのある、特徴のあるビル。
こんなに大きいとは思わなかった。
これってテレビ局、だよね。
大きなガラスドアと、あれは警備の人かな、制服の人たちが何人かいる。
それに、出待ちっていうの?
正面のドアからは少し離れた場所から、出入り口を見つめてる一団の人たち。
何人かずつ固まっている。
みんな若いのかな、ってよく見たら、結構歳が行った人も混じってた。
なんか突拍子もなく目立つ服の人もいれば、フツーにそのへん歩いてるような人もいる。
なんか、凄くカワイイ高校の制服着てるのに髪の毛ピンクとか、黒いけどとんでもなくなが〜いツインテールとかさ。
アレ、地毛のわけないよね絶対。
メイクとか流行の服なんかははよくわからないけど、外見バラバラなのに、なんかみんな似たような感じに見えますね、イチハさん。
何でかなあ?んーと、表情のせいかもね。
「多分そうだろう。」
やっぱ淡々としてるね。そんなんで人生楽しいの、イチハ?
「余計なお世話だ。おまえははしゃぎ過ぎじゃないか?」
えー、そんなことないよ!
だって、初めて来たもん、こんな時間に、こんなとこ。
きっとみんなこうなるって。私くらいの歳だったらさあ、これでフツー。
「まあ、それは置いとけ。さて、人が多い場所では、ノイズの種類が違ってくるんだ。それと、油断すると、危険なことがある。」
危険?なんで?
「話すときに、はた迷惑なほど声の大きい人もいれば、耳をすませても聞き取れない声の人もいるよな。」
ああ、うん、それで?
「おれたちは、耳で聞いてるわけじゃないんだが、意識の中に勝手に飛び込んでくるほど大きい声の人間がいる反面、必死になっても聞こえない声の持ち主もいる。まあどっちも人間とは限らないが。」
んん?何か意味深な感じですねイチハさん?
「別に大したことじゃないさ。単なる事実ってやつな。まあそれでだ、声が小さいと人が多い場所じゃ焦点が合いにくい。それは分かるな?」
あー、うん。それが?
「反対に大声なら、否応なく聞こえてしまう。だが、そんな声の持ち主は往々にして少し…ヤバいことがある。」
はい?どうヤバいわけ?
「おれたちが聞いてるのは、精神のツイートとでもいうべきもんだ。その〝声〟がデカいってことは、ただ考えが単純てことじゃなくて、信念が非常に強固とか、その信念が、はたから見たら妄想に限りなく近いとか、まあどこか普通とは違うって場合が多い。後は何かの理由で感情が暴走した時とか、何か良くないモノの影響下にある時とかだが…ん?」
どしたの、イチハ。
「いや…付いてこい。見た方が早い。」
私はイチハに付いて、建物に向かった。
ガラスと鉄とコンクリートとかなんだけど、何もかもが、凄くきらきらしてる!
さすがテレビ局だよね。
私たちはそのキラキラした外壁をあっさりと通り抜けた。
あれ?ここ何かフツーすぎない?
学校みたいな殺風景な廊下と壁に、フツーのドア。
「当たり前だろ。スタジオ内とかは派手だろうけど、それ以外は機能が優先される。放送しない場所に投資したって仕方ないからな。」
はいはい。
大人の事情ってことね。
でもさあ、飾り一つないなんて、これじゃ学校みたいでガッカリ。ひとけもないし。
「この辺りは機材置き場とかビデオ編集とか、裏方関係みたいだな。ロビーや楽屋はもう少し華やかなんだろうが。」
えー、そっち見たい。
テレビ局ですよ、イチハさん。
「こういう場所はな、人間のいろいろな想いを吸い寄せる。神社の界隈は比較的穏やかな場所と言えるが、ここはそうじゃない。」
何で?夜だけど照明は点いてるし、人もいっぱい居そうだよ?
「だからだ。憧れや欲望は強い想いを産むが、それは良いモノとは限らないんだ。」
ここか、と呟いて、イチハは私を振り向いた。
って言っても、イチハには顔がない。
葉っぱの表側を私に向けたってことなんだけどね。
「いいか。入ったら大きな声を出すな。」
え?何かちょっと真剣な感じですね。
わかった。わかりました、イチハ先生。
「冗談ごとじゃない。」
そう言って、イチハはあるドアに向き直った。Cー5003 、ドアのプレートにはそう書いてある。他のドアと何も変わらないように見えるけど…。
あれ、でも何だろうこの感じ?
ザワッとする。
何かちょっと…黒いような、ザワザワねっとりした質感の何かだ。変なの。
「行くぞ。」
あ。
反射的にイチハについてドアを抜けた。
そこは、会議室みたいな造りの部屋だ。
四方は壁で、窓はなく、ホワイトボードと長机、椅子が整然と置かれていた。
誰もいない。
最初そう思ったけど、ソイツはいた。
何だろうこの感じって?
例えばさ、部屋の隅をふと見た時に、アレがうじゃっと固まってたら、たぶんこんな感じかな?
アレって何かって?
アレって言えばアレしかないでしょ?
イニシャルはG、絶対口に出したくないあの名前の、6本足の、長いヒクヒク動く触角で、ムダにツヤツヤ黒光りしたアレ!
あいつが数十匹、わさわさ固まってるのを突然目にしたみたいな感覚だった。
声だすな、ってイチハは言ったけどさ、声なんて元々出ないさ。口も喉もないもん。
仮に有ったとしてもよ、声なんか出せなかったと思う。
おぞましすぎるんだよ。
実際に見たのは、部屋の隅にわだかまる、何だか黒っぽいモヤのようなカタマリだった。
決してGじゃないよ。
ないんだけど、それを見た時私は完全に固まっていた。
初めて目にするモノなのに、なんでこんなに衝撃を受けるのか、謎だ。
「アレをあまり注視するな。少し視線をずらせろ。」
ハッとした。
うんアレは悪いモノだ。
なのに、まるで吸い寄せられるみたいに見てしまう!
そうすると、もっと見えて…!
アレが私を見ようとしてる?!
「大丈夫。アレはおれたちに手出しできない。だが、あまりマジマジ見ちゃいけない。見たら、アイツもこっちを見る。あまり愉快な体験ではないだろう。さあ、この部屋から出るぞ。」
私は急いでイチハについて部屋を出た。
身体があったら、息をすることも忘れてだかもしれない。
とにかく、気味の悪い体験だった。
部屋から出る直前、私は見てしまった。
あの塊、得体の知れない黒い丸いモノには、目があったんだ。
目だけじゃなかった。
鼻も、口も、耳まで。
アレは…首。
人の首だった。
お付き合い頂きありがとうございます。
次回もよろしく。