見ること、聞くこと②
聞くのにレクチャーっている?
普通に音は聞こえてるんだけど?
視点の移動は、確かにちょっとむずかしいところがあったけどさ、視点がかわったら自動で音も聞こえる気がする。
「聞くのは、何も音波だけじゃない。」
あ、なんかまたややこしいこと?
「違う。心の声って言葉知ってるだろう?それを聞く方法だ。」
え?
誰かが考えてることがわかるってこと?
そんなこと出来る?
「全部じゃない。いま一番気に掛かっていることが聞こえるが、チャンネルを合わせるのが結構難しいんだ。とにかくいろんな雑音が入る。ラジオの手動チューニングみたいな感じかな。」
そんなのやったことないし。
「だろうな、今時の中学生は。まあ、習うより慣れろだ。まずはその少年に集中してみろ。」
あー!佐久間先輩♡
サイコーに素敵だよね、どっから見ても。
なんか、立ってるだけでコンビニの景色までエモいよー。
「ビジュアルはどうでもいい。今は聞くんだ。」
でも、先輩なんも喋ってないよ?
何を聞くわけ?
佐久間先輩は、雑誌のスタンドの前で携帯をいじってた。一人きりで、店内には他にあまりお客さんはいない。先輩の手元はよく見えないけど、あれは写真かなあ。なんかのサイト?メールとかじゃなさそうだね。
気になったから、視点移動して携帯の画面を覗きこんだ。
!!!
びっくりだ。何、コレ!?
身体があったらきっと、うわっとか、叫んじゃってたかもしれない。だって!
ボー然としてたらイチハの声がした。
「盗撮画像って奴だろう。」
そんなのわかってるってば!
女性の、スカートの中を撮った動画なんて、それ以外あるかーいっ!
だ、だけどだけどなんなのこのっ、この!
か、仮にも佐久間先輩だよ?そんな…。
「こら、落ち着け。裏切られた気分は分かるが。」
イチハはこんな時も淡々としてた。
裏切られたとか、そんなことより、コレって犯罪だよ!
「そうだな。これは誰かと共有してるファイルだなあ。同好の士がいるのか。」
同好の士って!
何それ?サイテーだよ!
「趣味は人それぞれだ。だが、これはあまりいただけない。被写体が同意したとは思えないからな。」
ど、同意なんかあるわけないじゃん!
こんな動画、晒されたりしたら!
「ほう、ロングショットと、顔のアップまで撮っているか。なかなか腕のいい盗撮者だな。」
イチハの無神経なコメントに、呆れ返ったその時だった。どこからか、声が聞こえて来たのは。
最初は、ザーザーと雨の音みたいなノイズごしで、何を言ってるかまでは聞き取れなかったけど、聞き覚えある声だってことはわかった。
耳を澄ますのとはちょっと違う感じで、ノイズの向こうに焦点を合わせてみる。
『これは収穫だ。』
ギョッとするほどはっきり聞こえた。
なんかさ、すっごくアツい口調で。
間違いなく佐久間先輩の声。まるで耳元で喋ってるみたいにはっきりしてるけど、先輩の口は動いていない。
『この三角形の各辺の調和。顔もスタイルも最高じゃないか。これは傑作だ。拡散する価値がある。』
ちょっと!?ちょっとちょっとぉおおっ!
何言ってんだ、コイツ!?三角形?
か、拡散って?正気か??
完全に犯罪じゃん、それ。
「おお、聞こえたのか。コツは掴めたようだな、ナル?」
それどころじゃないっ!
佐久間先輩が、こんなひとだなんて!
なんか凄くショックだよー。
知りたくなかった…です、イチハさん。
「こういうこともあるさ。そう落ち込むな。どうせそう親しい間柄でもなかったんだろ。」
だって。
本当に憧れてたんだよ。学校で先輩の顔が見れたら、それだけでちょっと幸せ気分になれたんだから。
そういう存在って、必要だと思わないの、イチハは?
「よくわからんな。近付かない方がいい相手だとわかって、かえって良かったじゃないか。」
それはそうかも知れないけど、このさき先輩を見かけたりしたら、とっても嫌〜な気分になりそうだ。
幸せ気分じゃなくてさ。
差し引きマイナス、赤字確定。
何か、すっごく損したみたいな気がする。
これって誰が悪いのかな…。
「他人の人格は変えられないさ。まあ、おまえも見る目がなかったってことだな。」
うう…。
グウの音もでない感じだけど、イチハって優しくないよね。
キーキーした声で言われたら、腹立つ前になんか脱力しちゃうし。
正論ってさ、誰も幸せにしないよね。
しかも葉っぱだし。
「なんた?八つ当たりか、ナル?」
そ、そんなんじゃないもんっ!
でも、先輩のココロの声はもう聞きたくないよ。ねえ、こっから離れよう、イチハ。
あー、でも、人ってほんとわかんない。
「ま、こんなこともあるさ。」
確かにね。あ、でもさ、みんながみんなこんな◯◯ヤローじゃないよ、きっと。
「下品だぞ、ナル。せめて排泄物男とか、いや、それも却って下品か。」
何言ってんのよっ!
身体があったら、その場に座り込んでたかもしれない。
イチハってデリカシーがないだけじゃなく、どっかズレてるんだ。
とにかくこれ以上先輩の声は聞きたくなかった。
耳がケガれるってもんでしょ、全く。
その時、私の目に飛び込んできたのは、雑誌の表紙から笑いかけてくる、あの人の顔だった。
キレイな色白の頬が、ほんのりピンクだ。
少し細めた目が、長いまつ毛の下からキラキラした光線でも発してるみたい!
んー、尊い
さすが芸能人は違うよね。佐久間先輩がいくらイケメンったって、ギョーカイの人には敵う訳ないじゃん。
そう!
同じ憧れに生きるんなら、やっぱこっちでしょ、こっち!
「あん?誰だそのこっちって?」
大橋修斗クン!
「だから、誰、それ?」
えー?!知らないの、イチハ?そこの表紙のひとだよ!
すっごい人気なんだからもう。モデル出身だけど、ドラマに映画でしょ、SNSでしょ、バラエティでしょ、CMも、それに声優もやって、歌だって。
「俳優ってことか。」
ま、まあざっくり言えばね。
もう、佐久間先輩は忘れる。
どうせなら修斗クンだよー。
「顔が良きゃ何でも良いのかよ、ナル?」
芸能人だからさ、顔合わせることなんか一生ないしね。
ガッカリすることもないと思うんだ。
「俳優だろうが、人間には違いないだろう。そこの少年と何が違う?」
21歳で、大人だしさ、それに芸能人ってスキャンダルはダメだろうし。
「21?何だまだガキじゃないか。」
私よりは大人だもん。
「大人、ねえ。」
イチハは、雑誌に近づいて、しげしげと表紙を眺めてた。
どうやら先輩にはイチハが見えてないみたい。
「よし。行くぞ。」
行く?どこへ?
「ついてこい。しっかりとな。」
はい?あ、ち、ちょっと!
説明一つなかった。
だけど、ぜったい置いていかれるわけにはいかない。
それで私はイチハを追いかけて、ぐんぐんスピードを上げたわけなんだけど。
次回も宜しくお願いします。