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鳥居の杜の  作者: WR-140
36/37

お父さんの遺言

あいもかわらす淡々と。

それが第一印象だよね。

事実だけを、本当に乾いた感じの文章で綴ってる。

だけど、感情が全く読み取れないわけじゃない。

お父さんは、自分が死ぬことをあまり怖がってなかったけれど、私とお母さんを残して逝くことが怖くて心残りだったみたい。

消滅するまで私たちのそばに居たいって、強く望んでたんだね。

だから、やっぱりあのタイミングで死ななければ、私はイチハと…お父さんと本当の意味で会うことは出来なかったんだろう。

それをお母さんやおじいちゃんに伝える術はない。

おじいちゃんは、ひょっとしたら、薄々何かを感じていたのかもしれないけど、今となってはおんなじことたよね。

そして…、見ることも聞くこともできないお母さんにとっては、絶対に理解できないはず。

お母さんにも鷹塔の血は流れてるんだけど、どんどん薄まって力を失っていく以上どうしようもない。

椿さんに聞いてみたけど、私が感じた通り、お母さんには全く力がないって。

なら、ほっとけば良さそうなもんだけど。

「椿さん、お父さんの遺言、どうやったらお父さんに伝えられると思う?」

椿さんは、少し黙ってた。

「むずかしいだろうな。だが、伝えたいのだろう?」

「うん。」

「まず最後までこれを見よう。それから考えるとするか。」

「そうだね。」

というわけで、私はメモに最後まで目を通した。

色々わかったことがあったけど、だからといってお母さんに伝えるヒントがあったわけじゃない。

あとは、画像ファイル。

ああ、これはアルバムなんだね。小さい頃のお父さんや、会ったこともないお父さん方のおじいちゃんとおばあちゃんの写真。

おじいちゃんとかおばあちゃんとか呼ぶには抵抗があるほど若い顔だけど、この後、間も無く殺されたんだよね。

その人殺しも、もうこの世にいない。

お父さんもね。

いくつかファイルを開き、閉じて。

あと、ファイルは一つだけ。

あれ、動画…?

え、お父さんだ。


「ナル。これを見てるなら、俺はもう生きてないんだろうね。」

お父さんは、柔らかな笑顔でそう言った。

私は息をのむ。

私の横で、椿さんが身じろいだ気配がした。

「お母さんにも伝えたんだ。俺はもう、長くは生きられないってね。お母さんは、本気にしてくれなかったけど。」

お父さんは、椅子に座ってるみたい。背景は…ここ。

この部屋だった。

今私が座ってるこの椅子に座って、お父さんは話してたんだ。

「何があっても、誰かを恨んではいけないよ、ナル。ずっとそばに居てやれなくて、本当にごめん。そして、ありがとう生まれてきてくれて。俺はね、自分が親になるなんて、考えたこともなかったよ。それが産まれたてのお前をこの手に抱いた時に感じた気持ちは、想像を超えていたんだ。俺の存在はこの瞬間のためにあったんだと、非論理的だが、心からそう思えた。自分がこんなことを感じるなんて、奇跡だと。」

「イチハヌシ…。」

椿さんの呟く声。なんか泣いてるみたいに聞こえた。

「俺は人間じゃなかった。そのことは、お前ももう知ってるだろう。それと、クロハヌシ、そこに居るか?」

私はチラッと椿さんを見た。

泣きそうな顔で頷いてる。

「お前には、本当にすまないことをした。タマグシメにも、要らぬ苦労をかけてしまったな。機会があれば、俺が謝っていたと伝えて欲しい。」

お父さんは更に笑った。

「想像したこともなかった。生き物の不自由かつ不浄な肉体に閉じ込められ、多くの制約と理不尽さに晒されながらも、これほどの幸福感を得られるなど。ナル、俺はお前のお母さんに会えて幸せだった。そして、お前が産まれたことで、更に幸せだった。お前たちを置いて行かねばならないことは辛く心残りだが、覚えておいてほしい。俺は、お前たちを愛している。今も、未来も。運が良ければ、またどこかで会えるかもしれない。それと気づきもしないかもしれないが。」

「お父さん…。」

「さようなら、ナル。お前なら、しっかり生きていける。身勝手な俺を許さなくていいから、自分のしたいことに遠慮はするな。力一杯、生きることに貪欲になれ。それと、お母さんに〝生きろ〟と、そう伝えて欲しい。お母さんは、強いようで脆いところがある。俺は、必要以上にお母さんを俺に依存させてしまってたかもしれない。そんなことを望んではいなかったんだが、人生ってのは、実に想定外の連続だな。だから、面白いんだが。それからクロハヌシ、鳥居の杜は大丈夫。俺がいなくなってもお前が神になれば良い。あるお方に伝言が伝わるよう、手配はしておいた。俺の死後どれだけ時間がかかるかはわからないが、その方が動いて下されば、鳥居の杜は救われるだろう。どうか、それまで持ち堪えてくれ。それが俺の精一杯の謝罪だ。」

軽く手を振って、映像は終わった。

「それでマシロサマが…?」

椿さん、呆然としてる。京都の久世那家で私とイチハが会ったのは偶然だったと思うけど、どっちにしてもマシロサマは鳥居の杜を救うために派遣されたってこと?

お父さんが10年前に連絡してた?

なんか謎すぎ。

でもまあ、結果オーライ、かな?

しかし、どうなってるんだろうね?

「ねえ、椿さん、椿さんをここに連れて来た人と、マシロサマのご主人様は別人だよね?」

「ああ。血縁ではあろうがな。」

「鷹塔とか、久世那はどんどんこう、退化?してったはずなのに、何でご本家さまん家だけ逆に進化?してるんだろ?」

「言われてみれば…。」

「ね?」

「考えられることはいくつかあるが。人外の血が色濃く見え隠れしていることはまず間違いあるまい。」

「人外の血?」

「ああ。この世界には、人間とはかけ離れた知的生命体がいくつか存在している。私とて、実際に遭遇したことは殆どないが、その中には、人間と交雑可能な種もあるという。」

「混ざるんだね?つまり、椿さんを連れて来た人も混ざってたってこと?」

「いや。あの男は人間だった。だが、如何に力ある人間とて、当代のましろ様のような存在を使役するなどあり得ない。人外の血が混ざっているとすれば、当代のご本家さまとやらの方だろうな。しかし…」

「しかし?」

「確信はないが、極めて強力な漂流神の血か…?漂流神とは、異世界から流れ着いた神のことだ。ましろ様は、この世界ではほぼ全能に近い存在。それを凌駕する存在となれば、自ずと限られような。」

椿さんは、むずかい顔してる。つまり、難しいことを色々と考えてるんだろう。

まあ、どうだっていいけどね、私にはどうせ関係ないもん。

確かなことは、みかげやの井戸は枯れないし、私はお父さんの遺言をお母さんに伝えるってこと。

そう、あれこれ悩んだって、仕方なくない?

私は確かにお父さんの遺言を受け取った。

あとはこれを、生きろって言葉をそのまんまお母さんに伝えるだけだ。

他に考えることはなにもない。

仮にご本家さまがとんでもない存在なんだとしてもよ、あのマシロサマが信頼してる人みたいだし、恋人のおねだりには弱い、普通の男の人みたいだしさ。


あ、車の音。

お母さん、帰って来たみたいね。

裏口の鍵が開いた。

「それじゃ、ありがとうございました、椿さん。」

「ああ、どういたしまして。しかし…。」

まだ難しい顔で考え込んでる椿さんを尻目に、私はファイルを閉じて、階下に降りた。

お母さん、お酒は飲まないから、今伝えてもいいよね。


お父さんの遺言を。

次回で最終回となります。

よろしかたら、どうか最後までお付き合いください。

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