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鳥居の杜の  作者: WR-140
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万事休す

「何言ってんだ、なっちゃん?」

おじさんは、人のいい丸顔に困ったような表情を浮かべた。

「もう一回聞くよ。あなたは、一体誰?」

「俺は隣のおじさんだ。どうしちまったんだよ、なっちゃん?」

「とぼけないで。あと、気安く呼ばないで。私はあんたなんか知らない。」

「なっちゃん…?」

「思い出したの。隣は、2年前から空き家だって。」

そうなんだ。

隣のおじさんとおばさん、遠くに住んでる息子さんのとこに行った。一緒に住むためにね。

それじゃ、この人は誰?

私は今のいままでとなりのおじさんだって信じてたけど、宮司の真島さんだって、そう思い込んでたみたいだけど、違う。

そして、この気配。

全身をザワつかせるこの感じ。

ウツロ。

おじさんの姿をした何者かは、一瞬黙り込んだ。

すっと表情が消え、眼差しが虚なものになる。

虚なウツロ?

なんかシャレみたいだけど、フッと思ったのはね、だからアイツ、あのヘビの名前がウツロなんだろうってことね。

ウツロって、空っぽのがらんどうって意味じゃない?

あのヘビと土人形。

それにコイツ。

ああ、そうだよね、コイツらはみんな空っぽの何かなんだよ。

マシロサマは、コイツらは掃除屋なんだって言ってた。

空っぽの中身を埋めるために食べるものを求めてる、いつも腹ペコの何かってことなんだ。そして、今コイツが求めてるのは、私の中にあるモノなんだろう。

マシロサマは、ウツロは人間を食べようと思えば食べられるとも言ってたけど、普通は食べたりしないと思う。

コイツが欲しいのは、私の中にあるお父さんの力のかけらだ。

コイツはもう人間には見えなかった。

その輪郭が細かく震えたかと思ったら、色がすうっと抜けて、顔も服も全部が同じ色になる。

溶けたみたいに細かな部分が失われて、顔全体が丸い土色の球体に変わった。

目鼻口は球の表面に埋もれるように飲み込まれ、目と口があったところには3つの丸い穴だけが残った。

え、これってあの土人形だよね?

土ってより泥だけど、花梨に化けてたのとよく似たやつ。

で、でもコイツ、境内では人間の姿じゃなかったっけ?

以前家に訪ねて来て、私を誘い出そうとしたときも、最初は花梨の姿で、神社の結界から出て初めてこの姿になったはず。

どういうこと?

そいつの丸い口が細く細く潰れた。

両端は、耳の辺りまで届いてる。耳はとっくに頭に飲み込まれてるけどね。

その両端がつつって、上に上がった。

笑ってるんだ。

あの時と同じ。

何で!だってここは…?

その時気づいた。

家の玄関は確かに境内の中にある。

だけど、玄関から見て家の1番奥にあるのがこの部屋だ。

玄関までは、1本の長い廊下。

ということは、ここって、結界の…外?!


そいつは、大きな三日月型の口で嗤った。

マズイ!これってすごくマズイでしょ!

玄関へ続く廊下の入り口に、そいつは立ってる。

そして勝手口は、そいつの右だ。

反射神経には自信があるけど、逃げ道はどっちも泥人形を掠めて行かなくちゃいけない。

いや、これ、ムリでしょ!

泥人形のニタニタ笑いが更に大きくなる。

余裕ってカンジ?

手招きすらしようとしてない。

コイツって、見かけによらず素早いのは前回、花梨に化けてた時にわかってた。

飛ぶような速さで進んでった、花梨の後ろ姿が目に浮かぶ。

今はそこに突っ立ったまま、私が逃げようとするのを待ってるんだ。

確実に仕留めるタイミングを見計らって。

どっちの出口に向かうにしたって、コイツのリーチ圏内だ。

周りに武器になるようなモノはない。

でも、何もしないでやられる気はない。

何か、なんでもいいから、使えそうなものは?

いつだったか、学校で先生たちが、侵入者を取り押さえる訓練してたよね。

あの時、確か…。

一歩踏み出すと同時に、私は両手で椅子を掴んだ。

あれなんて名前だっけ?先生たちが訓練で使ってだヤツ?

そうだ、さすまたっての。

アレには長い柄が付いてるけど、椅子にはそんなモノはない。

でも。

私は椅子の背もたれを身体の左にして、両手で座面を掴んだ。

4本の脚を前に向けてね。

そのまま、まっすぐアイツに突っ込む。

脚がどこに当たったか見てる余裕はなかった。ただ、人型の粘土にでも突っ込んだような、グニュっとした感触があった。

重くて、少し湿ったカンジ。

そのまま左に向けて、体当たりするように力を込めた。

泥人形が、ぐらっと揺れる。

回転するように椅子を離して、ヤツの横をすり抜けた。

やった!

このまま境内まで、結界の範囲まで逃げ切れば!

ダッシュするために軸足に力を込めた瞬間、視界の端を何かが掠め、私はその場で動けなくなっていた。

前にも後ろにも進めない。

どころか、手足を動かすことも出来ない。

パニックになりそう!ナニコレ!?

頭は動かせなかったけど、目だけは動かせる。

身体を見下ろして、ザワッっとした。

泥色の何かがあちこちに巻き付いてる!

それは、何かの太い触手みたいに見えた。

締め付けられる感覚。

手足や胴体、首にまで、それは巻き付いて私の自由を奪っていた。

ゲームやアニメなんかではよくあるシーンなんだけど、実際にこうなるとおぞましさは格別だ。

こんなの、絶対リアルで体験したくない!

触手から伝わるひんやりした温度。

ギッチリと巻きつかれた圧。

やばいヤバい!

逃げようにも、身体のどこも動かせない!

ギシッと一回軋む音。

触手がほんの少しキツく締まる。

最初から身動きできないくらい締め付けてたから、そのほんの少しが問題だ。

特に、首に回されたソレが締まる感触は、言いようもないくらい怖い。

これ、詰んだ?

首が締まって息がしにくい。

頭が熱い。

顔が膨れ上がったみたいに感じる。

ヤバい…、もう一回締め上げられたら!

コイツ、私をどうする気なんだろう?

私の中にあるお父さんの力を奪うには、多分私を…殺す。

目の前に、コイツの土色の顔が、にゅうってカンジで突き出された。

近い。三日月型の口がニヤニヤ嗤う。

それに、この臭い!

湿った池の泥のにおいが漂ってくる。

泥だけじゃなくて、何が腐ったような、得体の知れない臭気も混じってて。

気持ち悪い。吐きそうだ。

チラッと思ったのは、コイツはお母さんには興味がないんだろうってこと。

コイツが欲しいモノ…食べたい物は、私の中にしかない。

コイツは精霊を喰うんだ。

ギシッて軋んだのは、触手みたいなこれじゃなくて私のアバラ骨。

息が肺から押し出される。

頭がガンガンして、視界が少しせまくなったみたいな感じだ。

首に巻き付いた触手モドキもじわっと締まった。

子供の落書きみたいなソイツの顔は、じっと私の顔を見てる。

ニタニタ嗤いが変化した。

三日月型なのは口だけじゃなく、両方の目も三日月になってる。

口と反対に、両端が下がった三日月。

楽しんでるんだ、コイツは。心底。

そう思ったら、崖っぷちの場面なのに腹が立ってきた。

なんで、こんなヤツに…⁈

なんでコイツがまた生き残ってんの!

椿さん、全部片づけたんじゃなかった?

マシロサマにも言われてたじゃない、眷属まで駆除しなさいって。

ほんっと、残念な人だよね。

詰めが甘いって、こういうことじゃん。

でも今はお願いだから!椿さんっ!

助けてっ!助けてください!

もう、なりふりなんてかまってる余裕は1ミリもなかった。

死にたくないよ…。


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