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鳥居の杜の  作者: WR-140
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お父さんとお母さんのこと

お父さんは、幸せだったんだろうか?

唐突にそんな疑問が浮かんだ。

お父さんは、人間として生まれて、生きて、死んだ。

それはお父さんが望んだことじゃなかったかもしれない。

マシロサマみたいに自由に身体をつくったり壊したり出来るならともかく、人間として生まれたイチハは、身体を壊すことでしかそこから脱出出来なかったんだ。

重くて不自由な身体に閉じ込められて生きるのは、多分楽しいことじゃなかっただろうね。

身体なんかがなければ、あんなに自由なんだから。

軽くて、速くて、どこへだって行ける。

それなのに、お父さんは普通の人間としてお母さんと結婚した。

そして私が生まれて…。

どういうつもりで私を?

お父さん知ってたんだよね、自分の命が長くないって。

しかも私が溺れて死にかけた時、力を使ってしまったから、寿命はもっと短くなったんだ。

後悔、しなかったのかな?

そう考えたら、この先を見るのが少し怖くなった。

後悔なんて言葉はないと思う。

ここまで淡々と、あったことだけ書いて来たんだから、今更感情的になるなんてないはずだ。

だけど、お父さんの後悔を感じさせるような何かが見つかったらきっと、ショックだよね。

私は後悔するのが当たり前だろうなって、そんなふうに考えちゃってるし。


「ナル、ご飯よ。」

お母さんの声。

かなり時間が経ってたみたい。

この部屋の窓はあんまり大きくないから、初めからずっと照明をつけてたんだよね。

気がついたら、小さい窓の向こう側はすっかり暗くなってた。

「私は一度もどろう。食事をしてくるといい。」

「あ、はい。」

「だが…。」

椿さんは、じっと私を見た。何か考え込んでるみたい。

「どうかしました?」

「いや、私の取り越し苦労だとは思うんだが…、これを。」

「葉っぱ?」

椿さんが取り出したのは、1枚の濃い緑色の葉っぱだった。椿の葉だ。

「身につけておいてほしい。」

「わかりました。」

椿さんが何を心配してるかはわからなかったけど、何か訳があるんだろう。

私は葉っぱをポケットに入れた。

パスワードを保存して、ファイルを一旦閉じた。そのままにしといてもよかったんだけど、何となくね。

私にだけ見えるようにしていたってことは、お父さんはこれを他の人の目には触れないように気をつけていたわけで。

それは、おじいちゃんとお母さんも含んでるんだよね。

このファイルの内容、あまり人目に晒していいものじゃない。

マシロサマをアッサリ受け入れたおじいちゃんは、ご本家様とか久世那のこととかは知っていたはずだ。

お母さんはどこまで知ってたのかな?

お父さんがイチハだったこと、話してたんだろうか?


キッチンに降りて、いつもの椅子に座る。

「どうだった?」

って、お母さん。

「どうって…うーん…。」

なんて言えばいいんだろう?

「ファイルは見つけたよ。」

「あら、やっぱりあったのね。」

特に意外そうじゃない。

「で?」

「メモみたいな感じ。なんかこう、淡々としてるってか、し過ぎてるっていうか。」

どうにも歯切れ悪くなっちゃったけど、これはホントのことだ。

「そういう人だわ。」

って、お母さんは頷いた。

「最初は、感情がないのかって思ったもの。」

私はちょっと驚いた。

だって、お母さんがお父さんのこと話すなんて初めてだから。

「お父さん、イケメンだね。」

「写真があったのね。ええ、そうよ。あのころ社内の女子は大抵、お父さんを目で追ってたわ。」

お父さんとお母さんは、東京で同じ会社に勤めてたって、聞いたことがある。

お母さんが3つ年下。そこで知り合って、お母さんは〝寿退社〟したとか。

変な言い方だよね、それってさ。

だって、男性には使わないじゃない?

「お父さん、どんな人だったの?」

「そうねえ、凄く仕事が出来たわね。」

お母さんはエプロンを外しながら答えた。

今まで絶対、お父さんのこと口にしなかったなんて、嘘みたいに自然な口調だ。

「背が高くてイケメンで。でも、あまり表情はなかったわね。それ以上に、愛想のない人だって言われてた。」

あー、なんかわかる気がする。

クロハヌシこと椿さんもそんな感じ。

人間じゃないからかもしれないね。

「何で結婚したの?」

「好きだから。」

今日はお天気ね、みたいな口調だ。とっさになんて言っていいかわかんなくて、私は言葉を飲み込んだ。

「結婚して、私は仕事を辞めたの。お父さんはその頃じゃ珍しいリモートワークにシフトして、一緒にここへ帰って来たの。」

「おじいちゃんから聞いたことがあるよ。コロナ前はあんまり一般的じゃなかったってさ。」

「ええ。お父さんは京都出身なんだけど、おじいちゃんが言うには、鷹塔とも昔から関係があった家の人なんだって。昔、鷹塔のご先祖も京都にいたとか聞いたことがあるわ。」

なるほどね、と私は頷いた。

お父さん、お母さんには多分、詳しいことは話してないっぽい。

だって、見たり聞いたり出来なければ、いくら身近な人から聞いたって、絶対信用出来る話じゃないもんね。

それどころか、頭がおかしいって思われるに決まってて。

身体をなくす体験からこっち、朧げではあるものの、見たり聞いたり出来るひとの見分けがつく気がするんだ。

おじいちゃんは、ほんの少しだけど、見ることができる人だと思う。

意外だけど、佐久間先輩もね。

でも、お母さんは違う。

全く何も見たり聞いたり出来ない人だ。

そんな人に理解しろったって、ムリ。

お母さんに対するお父さんの気持ちはわかんない。

ひょっとして、ここへ帰ってくるためにお母さんとの結婚を利用した?

あり得なくはないけど、私は違うと思う。

短い間、イチハと一緒にいた経験から、間違いないと思えるんだ。

イチハは、お父さんは、そんな人じゃないってね。

鳥居の杜に戻るつもりならば、つてなんかなくても、仕事を辞めてでもそうするだろうってわかってるから。

ってことは…、あのファイル、あのままの形では、お母さんに見せない方がいいような気がする。

そんなことしたらさ、愛した人がちょっとおかしい人、になるかもだから。

私だったら、そんなの絶対イヤだもん。

思い出もなにも、ぶち壊しだよー。

お父さん。

何でこんな面倒を私に押し付けるの?

アタマ痛くなってきたよー。


あれ?

玄関のチャイムだ。

「誰かしら?」

呟いてお母さんが立ち上がった。

私は少しほっとした。

お母さんと2人きりだと、かなり気詰まりだったから。

で、誰が来たのかな?

時計は19時20分。町内会の集金とか?

ドアを開ける音のあと、玄関は静まり返ってて、物音ひとつしない。

なんかへん。

立ちあがろうとした時だった。

廊下に足音が聞こえて、なぜか私の全身がザワッとした。

これ…、この感じ!?

そんなはずない!

だけど…!

足音が近付く。

私の緊張がピークに達した瞬間!

「なっちゃん!大変だ、お母さんが!」

声と一緒に、キッチンに入ってきたのは、隣のおじさんだった。

「おじさん?お母さんがどうしたの?」

「いや、今町内会のことで来たら、玄関開けてくれて、いきなり倒れたんだよ!」

倒れた?!

そんなことは、今まで一度もなかった。

お母さん!

無事なんだろうか?お母さんに何が起こったの?

だけど、今1番気にしなきゃいけないのは、そこじゃない。

私は立ち上がって、無意識にポケットに手を入れた。

自分でも不思議なほど冷静に、私は問いかける。

「そう。それで、あなたは誰?」

その場に沈黙が降りた。

よろしければ次回もお付き合いくださいね。

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