パスワードって難しい
「入れたようだな。では、私はこれで。」
クロハヌシは立ち去るつもりみたい。
だけどね。
「待って。一緒に見ましょう。」
クロハヌシの眉間に、絵に描いたみたいな縦じわが現れた。
そーとー困惑中ってかんじ。
うん、わかるよ。私だって、引き止めてしまってから自分に驚いたんだから。
でも、これでいいんだ。
「理由は?」
「お父さんです。」
「は…?」
これだけじゃわかんないよね。つまり。
「お父さんは、あなたがここにいることを想定してたはずだから。」
「…そういうことか…。」
理解してくれたみたいね。
そう、お父さんには、私にアクセスの仕方を教える暇はなかった。特定の座標をピンポイントでクリックして開くタイプの、隠しファイルがあることは知ってたけど、私1人じゃ絶対パスワードはわかんなかったはず。
かなりの桁数だったし、私の誕生日の数字以外、意味不明の文字列だったしね。
お母さんは、多分、私がパスワードを見つけたって誤解して、一緒にファイルの存在も知ったんだろうと思ったみたいね。
私はお父さんに会ったって、ほんとのことしか言わなかったけど、そんなの信じられるワケないからね。
実際、お父さんが死期を悟ってたのは本当だろう。
だけど、その時期が、お父さんの想定より少し早かったんじゃないかな。
だから、ファイルにアクセスする方法を、誰かに伝える暇がなかったんだ。
でも、クロハヌシにブログのやり方とか教えてたってことは、クロハヌシならパスワードを推測することができるって知ってたんだろう。
私への遺言は、ファイルを見ること。
クロハヌシを責めるなとも言った。
クロハヌシには、後を頼むと言い遺した。
自分を殺したのがクロハヌシだと知っても、信頼は揺るがなかったことになる。
クロハヌシの助けなしにはファイルにアクセスできない以上、お父さんにとって、今クロハヌシが私と一緒にいることは、想定内だったってことだ。
それに私も確かめたいことがある。
クロハヌシは、お父さんを殺した。それは間違いない事実なんだけど、この人、なんかクソ真面目で不器用で、見た目の腹黒そうなタイプからは程遠くて。
キモいシュミのアブナイ人な上に、残念キャラだけど、自分の都合だけで人を殺すようには見えないんだよね。
刑場で、処刑された罪人の血を浴びていたって聞いたけど、そのせいで赤い色が嫌いになるようなメンタルだからさ。
自分の花、赤なんだけどな。
そんなわけで。
私はクロハヌシと一緒にファイルを見ることになったんだ。
ファイルは、いくつかのサブファイルに分かれてた。
画像の他は日記ってのか、メモだったり、手記みたいなものだったり。
思った通りお父さん、つまり人間としての鷹塔基彦の死後に、更新されてたファイルもある。
「これ、お父さんはどうやって?まさか、人間の形になれたの?」
葉っぱの姿じゃキーボード、打てるわけないじゃない。
クロハヌシは、首を横に振った。
「人の姿を取ることは、もはやできなかった。最後のあれは、まさに奇跡だったんだよ、鷹塔ナル。しかし、キーボードを打てなくとも、信号を伝えることは可能だ。」
クロハヌシが言うならそうなんだろう。
マシロサマ、お父さんの姿を見て本当に驚いてた。
そもそも人間の姿が取れるんなら、絶対お母さんの前に現れてたはずだしね。
「私、お父さんの姿を見たことあるんだ。幽霊さん、って呼んでたけど。ぼんやりした、薄っぺらい影みたいだった。あれじゃキーボードは無理かも。」
「その姿を取れたこと自体も奇跡だ。まあ君にしか見えなかっただろうがな。イチハヌシは、いや、鷹塔基彦は、あのままなら精神の完全な消滅と同時に、肉体も機能を停止したろう。それ程に弱っていた。」
「完全な消滅って?マシロサマは、精霊みたいな存在は消えても、また何処かで生まれるって言ったよ?」
人格とか記憶はリセットされるって、言ってたよね。それじゃ別人みたいなもんだから、消滅と大差ないとは思うけどさ。
「普通はそうだが、消耗が激し過ぎると、復活できなくなる。イチハヌシは長い間、あまりにも無理を重ねていたからな。」
「それって、どういう?」
「私に聞くより、それを見た方が早い。」
そんなわけで、私はクロハヌシが示したファイルに目を通した。
日記や手記というより、断片的なメモに近い。京都の久世那家の様子とか、クロハヌシから聞いたことなんかをまとめると、なぜイチハヌシが鷹塔基彦になったかの経緯はだいたい理解できた。
鳥居の杜の御神体である壱覇の劒は、神社から盗まれ、京都の久世那屋敷の蔵に封印されてた。
火事ののどさくさに紛れた犯行だ。
火事場泥棒だよね。
しかも、そのために放火するとか、人間終わってる。
私にもわずかながらその人の血が流れてるなんて、かなり不快。
クロハヌシもイチハも、神域の木々や境内に隣接する家々を延焼から守るのに必死で、隠形の侵入者を止めることができなかったという。
その盗っ人は、あまり長生きしなかった。
いや、出来なかった。
久世那は封印と呪詛に特化した能力者の家系だが、高い能力を持つほど寿命は短い傾向が強かったのだ。
盗っ人はかなりの能力者だったがため、30歳になるやならずで一生を終えた。
彼が御神体を盗むなどという暴挙に出たのも、元はといえばこの呪いのような運命から解き放たれ、生き延びるための手段を模索していたためだ。
その宿願は果たせず、蔵に封印された劒は忘れ去られた。探索のため蔵を訪れた、劒の精イチハヌシとともに。
およそ100年後、蔵の奥に、思わぬ訪問者があった。
久世那清志郎。
その当時はまだ7歳にも満たない少年で、姓すらなく、ただ清吉とのみ呼ばれていたらしい。
彼は、時の当主が使用人の娘に産ませた庶子で、取るに足らない存在として屋敷の隅で生活していたのだ。
何故なら、当主には正妻や妾、使用人などとの間に6人もの男児がいて、上は28歳から下は乳飲子までと年齢も幅広く、清吉は全く目立たない子供だったから。
産みの母はすでに他界し、後ろ盾となるものもなく、久世那家の特徴たる能力もあまり強くはなかった。
父親である当主は、そんな子供に興味を示すことはなかった。
忘れられた存在。
ただ屋敷の片隅で息を潜めて生存しているたけの子供だった。
だが、父親の無関心とは裏腹に、彼の兄弟姉妹の中には、彼を鬱憤晴らしの道具として執拗に迫害する者たちがいた。
彼にとって不幸だったのは、正妻の子供の中にあまり能力に恵まれない者がいたことである。
正妻の子なら、他の腹から生まれたものより優位に立てそうだが、暫定的な跡取りはもう決まっていて、それは正妻の子ではなかったのだ。
能力主義。
久世那の家にとっては、嫡出・非嫡出の別よりも力のあるなしが常に問題視された。
だから、嫡出子でありながら能力が弱いか或いは全くない子供は跡継ぎにはなれない。
ただの冷や飯喰いならまだいい。
陰で陰湿なイジメにあうこともある。
父に訴えたところで相手にはされず、母は父と跡継ぎのご機嫌ばかりを伺う始末では、まさに立つ背がなかっただろう。
これで屈折するなという方が無理だ。
その鬱憤が必然的に最も立場の弱い清吉に向けられたのは、悲劇だった。
そして、清吉に対する執拗な加虐はエスカレートしていく。
痩せこけた身体には、惨たらしい生傷が絶えなかった。
やがて、それは一線を越えてしまう。
生命の危機を感じた清吉が異母兄弟から逃げた先は、あの蔵だった。
虫干しの時期で、たまたま鍵がかけられていなかったのかもしれない。
多量の血を流しながら、彼は辛くも逃亡に成功したのだが、怪我は重かった。
栄養状態も悪く、小さな体は抵抗力に乏しくて、やっとのことで這い込んだ蔵の奥が、彼の墓となりかけたその時、封印が解けたのだ。
かつて劒を封じた久世那の男と同じ血が、封印を無効化した。
イチハヌシは目覚めてすぐに、依代だったものがすでに原型を失った鉄屑に過ぎないことに気付いて、愕然とした。
この時、彼が選べた道は2つ。
このまま消滅するか、それとも新たな依代を見つけるか、である。
決断には、もうあまり猶予が残されていなかった。
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