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鳥居の杜の  作者: WR-140
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ましろ様とマシロサマ

「落ちつきなさいな、ナルさん。クロハヌシは、嘘は言っていないと思うわ。」

マシロサマの声に、ハッとしたけど、到底納得なんか出来ない。

あの泥人形…、もう少しで私を引き摺り出そうとしたあいつ。

「それじゃ、あの時私を押そうとした黒い手は何なの?」

「それは誤解だ。あれは、引き止めようとした。ウツロが使いを寄越したことは察知していたんだが、実体化に手間取り、ギリギリになってしまった。あの少年が通りかかってくれて助かったよ。」

あの少年って、佐久間先輩のことだ。

「それじゃ、あのまま連れていかれてたら、私どうなってたんですか?」

「あれはウツロが魔寄ろの辻に置いている眷属だ。連れていかれたら、生きては戻れなかっただろう。」

「あ…。」

何故か頭をよぎったのは、イチハに見せられた光景のひとつだった。

壊れた建物と地面に倒れた人々。

犬と一緒に、ピクリともしない男の子。

見渡す限り動くもののないあの世界。

死はいつも私たちのすぐそばにあるんだ。

ただ見えてないだけ。

そして、お父さんは…。

「クロハヌシさん。なぜ殺したの?」

そうだ。私は知らなければいけないんだ。

なぜ、お父さんが殺されたのか。

クロハヌシは、目を伏せた。

「すまなかった。だが、あの時の私は、ああするしか。」

「理由を教えて。」

「少し長い話になる。」

そう前置きして、クロハヌシは話し始めた。


御神体だった壱覇の劒…というかその残骸を盗んだのは、京都の男だったという。

久世那宗一郎の何代か前の当主だった彼には、かなり強い能力があった。

それは、呪詛と封印に特化した性質の特殊能力だったらしい。

今の久世那の一族からは失われた能力だが、かつて久世那はこの力を持って恐れられていた。

それ故、〝ご本家様〟によって陰陽寮に、いわば隔離かつ監視されることになったのである。

ちなみに〝ご本家様〟は強力な力を持つ公家、または皇室の傍系であるとも伝わるものの、クロハヌシも現在のその存在についてはハッキリ知らなかった。

ただし、かつて〝ご本家様〟の使いがクロハヌシが植えられていた処刑場を訪れたことがあったという。

それは刑場に消えた、あまたの死者の祀りの為だった。


「お使者は、その時もましろ様というお名前でしたが、あなた様のような存在ではありませんでした。」と、クロハヌシ。

なんかマシロサマへの特殊な感情がダダ漏れしてて、微妙だ。

どっちかって言うと、怖いよね。

ちょー強力なリスペクトか、推しに執着するストーカー気質のアブナイ奴か。

だけどマシロサマは気にもしてない。

「ましろというのは、符牒めいたものよ。ご主人さまによれば、代々使者はそう名乗ってきたとか。私の名は別にあるけど、いまはましろでいいわ。」

クロハヌシは、何やら納得できない感じ。

首を捻りつつ、マシロサマを見つめてる。

「僭越ながら。あなた様のような高位存在を配下とする人間が、存在するものなのでしょうか?」

マシロサマは、何だか意味深な微笑を浮かべたけど、無言だった。

クロハヌシは、平伏した。

「お答えはいただけないのですね。つまらないことをお聞きしました。ご不快をお詫び致します。ただ、全盛期のイチハヌシすら、あなた様の前では塵芥。そのイチハヌシにも遠く及ばぬこの卑賤の身の愚かさを、どうかお嗤い下さい。」

何言ってるんだろ、この人?

マシロサマは確かに強いんだろうけど、何かオーバーじゃない、この反応。

えーっと、ご主人様って、電話の向こうの、あの笑い声の人だよね?

確かに聞いたよ、危ない声。

滑らかで綺麗だけど、何だかぞっとして、全身トリハダもの、みたいな。

AIとかじゃあるまいし、実在してるのは間違いないと思うんだけど。

うーん、ただプログラムでないにしても、人間とは限らないよね。

マシロサマの関係者だし。

どっちにしても私には関係ない。

あの声の人とは、あんまりお近づきになりたくないし。


クロハヌシがいた刑場にやって来た〝ましろ様〟は、男性だという。

祀り…、言い換えれば、鎮魂と慰霊のためやってきただけのことはあり、強力な呪力の持ち主だった。しかし、今目の前にいるマシロサマのような桁外れの〝存在〟などではなく、あくまでも人間だった。

クロハヌシの推測では、使者を名乗ったその男は、〝ご本家〟の当主その人である可能性が高い。

静かな男だった。

まるで凪いだ広大な海のような。

冷たい湧水の上を吹き抜ける、清冽な風のような。

だがそれでも、クロハヌシの見るところでは〝マシロサマ〟の主人たる器ではない。

その男こそが、クロハヌシを手ずから鳥居の杜に移植したのではあるが。

お前は必ずこの地を守り抜け、と。

更に、この地で歳月を重ねることにより、〝力〟を手にするだろうと、彼は言い残して去ったのだ。

クロハヌシの力の成長に資するため、清らかな水脈を地下に誘致して。

その言葉通り、クロハヌシに芽生えた小さな意思は、やがて人格と呼べるまでに成長した。

その頃、イチハヌシは大部分の力を失っていたが、それでもまだウツロ程度に遅れを取ることはなかった。

あの火事と、壱覇の劒の盗難までは。

イチハヌシが全盛期の力を保っていたなら、むざむざ劒を盗まれることもなかったはずである。

しかし、当時既に劒は原型すら留めぬ錆び果てた金属片にすぎなかった。

火事は放火が原因だった。

犯人は壱覇の劒を盗んだのと同じ、つまり

久世那の先祖である。

壱覇の劒の力はかなり損なわれていたとはいえ、彼にとっては収集の価値のあるものだったのだろう。

火付けは大罪だが、久世那はまんまと逃げおおせた。

イチハヌシは、依代を求めて久世那家にまで辿り着けたものの、結局は劒を封印した結界に捕えられて、眠りにつくしかなかったのだ。

クロハヌシはその事実を把握することはできたものの打つ手はなく、歯噛みしながら更に歳月を重ねるしかなかったのだ。

一つには、神社の結界の維持のため、長くこの地を離れることができなかったし、他方では魔寄ろの辻から虎視眈々とこちらを伺うモノを牽制しなければならなかった。

稲荷の社に棲むものも、クロハヌシに合力して結界の維持にあたりはしたが、もとより力弱き存在だったがために、その負担は遠に限界を超えていたのだ。

今では、自らの小さな社の結界を維持するのが精々。

落下した枝で鳥居が破損することすら、どうしようもなかったのだ。

クロハヌシは、必死に耐えた。

やがて、昔の〝ましろ様〟が残した水脈さえも枯渇し、鳥居の杜は危機に瀕した。

そんな時だった。

鷹塔の家に、久世那基彦という男が現れたのは。


「それが、私のお父さんなんですね。」

質問じゃなく、確認。

お父さんは、お母さんと結婚して鷹塔基彦になったんだ。

久世那の親戚だったのはこの前初めて聞いたけど、姓も久世那だったんだね。

でも、お父さんの旧姓は聞いた記憶がなかった。

お母さんと結婚した経緯も知らない。

東京の会社に勤めるシステムエンジニアだけど、ほとんどの仕事は在宅でしてたのはおじいちゃんに聞いた。

なんか有名な大学を出てて、凄く優秀な人だったらしいって。本当は在宅勤務は難しい立場だったけど、特例で許可されてたって言ってた。

クロハヌシは頷いた。

「そうだ。久世那基彦は君の父親。そして、イチハヌシだ。」

「…!?」

意味がわからない。

なぜイチハが出てくるの?

お父さんは、人間だ。

久世那、ううん、鷹塔基彦は私のお父さんに間違いない。

そして、イチハはそもそも人間じゃない。

「わけわかんない…」

「だが、それが事実なのだ。」

クロハヌシは怖いくらい静かな表情で言い切った。

嘘なんか微塵も感じられないけど、でも。


次回もお付き合いいただけたら嬉しいてす。

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