高御座の謎
「マシロサマ、この車って…」
「気に入った?」
「いえ、そういうことじゃなくて。なんか周りの視線が痛いんですけど?」
「そうお?」
マシロサマは、何にも気にならないんだろうか?
病院の駐車場や、途中の交差点で、こっちをガン見してきた視線。
気のせいじゃなくて、間違いなくアレは車を見てた。私は車のことはよくわからない。確かにあんまり見かけない感じの車だけど。
「これは、ご主人様のものなのよ。誰かから貰ったけど、派手すぎていらないって言うから、使わせてもらってるの。税金と燃料費は私持ちでね。」
「高そうな…車ですよね?」
「よくわからないけど、地方の建売住宅1軒分とか言ってたわね。」
よくわかんない例えだけど。
車が家並みの値段なら、やっぱりかなり高いんだ。
事故とか起こしたら大変そう。
途中、みかげやに寄り道したんだけど、マシロサマが買い物してるわずかな間にも、どっかから人が湧いてきてた。
普段そんなに人通りがある道じゃないのにね。
遠くから見てる人もいれば、無遠慮に近づいてくる人もいる。
私は助手席でずーっと顔を伏せてたんだけど、なんかいたたまれなかった。
で、マシロサマが店から出できたら、どよめきみたいのが起こったの。
サングラスを掛けたモデルみたいな赤毛の美女と、真っ赤なスポーツカーは、まあ似合ってるとは思う。イメージ通りってカンジ。
それだけに私の場違い感、ハンパないんだけど。
マシロサマは、ギャラリーを完全無視。
わっ、マシロサマの進路から人がさっと左右に分かれたよ。その中を何事もないみたいに堂々と通る姿って、なんか既視感。
モーゼだっけ?
当のマシロサマ、騒がれるのに慣れているって感じもあるけど、本当にまわりに興味がないみたい。
運転席に座ると、何ごともなかったみたいに車をスタートさせた。
あ、また私の悪いクセが出そう。
「マシロサマ、その…外見って?」
「外見?」
「その、人間の姿って、ほんものなんですか?」
わ、言っちゃった!
言ってから気がついたんだけどさ。
これ、聞いちゃヤバい質問かもって。
結果。マシロサマは全然気にしなかった。
「定義によるわね。私は人間ではないし、この惑星の生まれでもない。だけど、この宇宙の存在ではあるの。こうして人の姿をとる以上、細胞レベルで自分を再構築しているわけだから、この惑星での生命の設計図に準拠してはいる。その意味では本物。まあ、本来肉体を持たない私だから、偽物といえばそうでしょうね。」
うん、ごめんなさい。聞いた私がバカでした。やっぱりよく分からない。
マシロサマ、怒ってはいないみたいで、そこはよかったけど。
あー、でも、肉体を持たないってことは、お化けとか、幽霊みたいなモノなんだろうね、たぶん。モノノケの一種とか?
肉体を得て、ファッションを楽しんだり、運転したり、買い物したり、スマホ使ったりするモノノケ?
なんか、楽しそうに見えるのは、気のせいじゃないよね。
身体をなくした時の私は、全てがとても軽かった。思うままどこにでも飛んで行けて、自由で。
だけどできないことも多かった。
何にも触れなくて、お腹は空かないけど、なにも食べられない。
見ることと聞くことはできたけど、普通の人と話すことはできないし、誰にも見えない。
それって、周りにとってはいてもいなくても変わらないよね。
なんか、すっごくイチハに会いたいよ。
おじいちゃんの病室で、マシロサマに聞いた限りじゃ、イチハはいま休んでる状態なんだって。
「人間なら、昏睡状態って言うのかしら。本来なら彼、もうとっくに消滅していたはずなんだけど、彼自身がそれに逆らっていたのよ。随分無理してたみたい。だから今は、会うことは出来ないわね。」
マシロサマはそう言ってたけどさ。仮にイチハが目を覚ましたって、今の私じゃ話すことも出来ないよね?
その時は、死んだかもって思ってたイチハが無事って聞いたから、どっと安心したって言うか、生きてたらそれだけでいいや、って思ったんだけど。
「ナルさん?降りないの?」
ハッとした。車はとっくに停まってた。
場所は、家の裏の駐車場。
ここに案内したのは私だったんだけどね。
イチハのこと考えて、ボーっとしちゃってたみたい。
「マシロサマ。私、またイチハに会えますか?」
マシロサマは、サングラスを外して私を見た。
「大丈夫よ。彼の言う〝転移〟は、多分もう起きないけど、彼に会う方法はそれだけじゃないわ。彼が目を覚ましたら、きっと見つかるわよ。」
「あ…。あの、何で〝転移〟がもう起きないんですか?」
「あなたの中にある力のせいで、〝転移〟が起きたらしいことはわかってるのよ。イチハヌシも、多分無意識にこれに関係していた。まだわからない部分をはっきりさせるために、私はここに来たの。だから謎解きはもう少し待てるかしら?」
聞きたいことは、いっぱいあった。
だけど、今聞いても仕方ないこともわかってたから、私はただ頷いた。
家の横を通って境内に出る。
あの落ちてきた枝は、通行の邪魔にならないように参道の脇によけられたまま、まだ片付けられてはいない。
マシロサマはチラッと枝を見て、灯籠の残骸にも目をやった。
「危ないわね、確かに。それで、壊れかけた稲荷の鳥居はどこ?」
「こっちです。」
イチハと初めて会ったあの場所だ。
稲荷の鳥居は、少し前に落ちてきた枝に当たって、てっぺんの横木の端っこが欠けていた。
マシロサマは鳥居を見て、頷いた。
鳥居をくぐるマシロサマについて私も稲荷の社の前に出る。
本殿に比べると、ごく小さな造りだ。
「出て来なさい。怖がらないで。」
不意にマシロサマがそう言った。
何のこと?
周りを見回し、私はそれに気づいた。
けど…、何、これ?
社の傍に半ば隠れるようにして、それはいた。
一見すると、ふわふわの丸い毛玉?
直径は15センチくらいかな?
淡い黄色だけど、社と背後の生垣が作る暗がりで、それはぼんやり光って見えた。
…うん、間違いなく光ってる。
二度見して、私はそう確信した。
淡い、優しい光だ。よく見たら、震えてるみたいだけど?
「そう。いい子ね。あの歌、あなたなんでしょ?」
光る毛玉は何も言わない。というより、音は全然出さないんだ。
口らしいものもないから、当たり前というとそうなんだけどさ。
でも、マシロサマには、それの返事が聞こえてるみたいなのね。
「そう。やっぱりね。」
だって。
てことはよ、私が聞いたあの歌を歌ってたのは、この毛玉?
今は何の音も聞こえないけれど、転移した私にはあんなにハッキリ聞こえてた。
マシロサマは、時々頷きながら、毛玉の言うことを聞いてるみたい。
「それじゃあ、あなたが高御座に据えたいのは、誰?」
ハッとした。その言葉、確か天皇の…?
毛玉はなんか言ってるんだろう。相変わらず何も聞こえやしないんだけどね。
「わかったわ。」
暫くしてマシロサマはそう言って、私を振り向いた。
この表情って何?
何だか…悲しそう?
「これでつながったわ。ナルさん、全部を知りたい?仮にそれがあなた方こ家族にとって、辛い事実でも?」
私は多分、失礼なくらいマシロサマを見つめてたと思う。
だって、言葉が出なかったんだ。
急に言われたせいもあったけど、奇妙な予感みたいなものも確かにあった。
ああ、やっぱりね、みたいな。
具体的なことはわかってなかったけども、自分が単なる傍観者じゃいられないことに、薄々気付いていたんだ。
お父さんの死。
黒い手。
イチハ。
マシロサマは、何か言おうとしてた。
でも、私はその言葉を聞くことはできなかった。
突然の轟音が、マシロサマの言葉を掻き消したから。
まさに青天の霹靂。
突如吹き抜けた冷たい風と共に稲妻が疾る。凄まじい音と眩しすぎる光が辺りを白く塗りつぶす。
視力が役に立たなくなる直前、私は雷がマシロサマを直撃したのを見た。
そして、息を呑む暇さえない次の瞬間に白い光は消えて、世界の明暗が逆転した。
読んで下さった皆様に感謝を。
お話はいましばらくつづきます。




