草餅、美味しいらしい
マシロサマが取り出したのはスマホだ。
はい?こんなもの使うひとなの、マシロサマって?てか、ど、どっから取り出した?
さっきあったはずのポケット、どこに消えたワケ?
それに、似合わないでしょ。
マシロサマとスマホ。
周りを見回して、改めて異様な光景に絶句した。
誰も動かない。まるで立体的な写真みたいに固まっている。
これ、時間が止まってるんだよね?
マシロサマは、私の混乱をよそに無造作にナンバーを入力した。
む?慣れてる。
え?かかるの?誰に?時間止まってるんじゃないの?
電波だって、飛ぶのに時間要るはず、だよね?
私の混乱をよそに、マシロサマは普通に通話を始めた。
はいはい、考えるだけムダだね。説明されたところでわかるとは思えないし。
てか、誰に電話してるんだろ?
「ましろです。お知恵を借りたいと。ええ、ハイ。え?」
マシロサマはちょっと困った顔で私を見た。
「ナルさん、〝みかげや〟って知ってる?」
「ひょっとして、和菓子屋の?」
「そう、それ。」
「知ってますけど。」
「助かったわ。…ええ、OKですボス。それでお聞きしたいのは…」
ぼ、ボス?何なんだ、突然。
ホントどこに電話してるんだろう。
みかげやは、神社の近くにある、小さい和菓子屋さん。昔からあって、今はお爺さんとお婆さんの夫婦2人だけでやってる。
私は和菓子はあんまり好きじゃないんだけど、おじいちゃんとお母さんはそこの草餅が大好き。
知る人ぞ知る名店、なんだってさ。
だから、時々2人に頼まれて、買いに行ったりもする。
住宅街の小さな路地にある、古くて、今にも倒れそうな店。
近くには他にお店なんかはないから、知ってないと見つけにくいんだけどね。
首を捻ってたら、突然、マシロサマが歌い出した。
あのわらべうただ。
ギョッとしたのは、その声。
えーっ?こ、これ、マシロサマの声じゃない!
これ、私の…声?
歌い終えて、マシロサマはスマホに耳を傾けている。
相手の声は私には聞こえないけど、マシロサマには聞こえてるみたいだ。
時々頷いたり、質問したりしてる。
それにしたって、ホント、マシロサマって何なんだろう。
まるでレコーダーみたいに…録音?
やっぱり人間じゃないんだ。
何でこの人のことが怖くないんだか、全然わかんなくて、逆に混乱する。
「助かりました、ボス、じゃなくて、ご主人様。」
そう言って、マシロサマはスマホを置いた。
ご主人様って、えっ!
それじゃ、今話してた相手って…。
「その歌、多分SOSですって。」
「え?誰かが助けを求めてるってこと?」
「結果的にはそうなるわね。ただ内容はもう少し複雑じゃないかって。ご主人様が言うにはってことなんだけど…。あの人、性格には難があるけど、滅多に間違わないから、今回も正しいんでしょうね。…どうしたの、ナルさん?」
その時、私は自分がどんな表情だったか思い出せないんだけど。
マシロサマに心配そうな顔をさせるくらいには変な態度だったんだと思う。
だって…!
「それって、今ご本家って人と一緒だった人のSOSなんですか?」
あー、言っちゃった。
わかってる。でも。
「聞こえたんです、今通話が切れる寸前に…。悲鳴と、笑い声。」
マシロサマは、あらまあ、ってため息をついた。
「えーと、それ、説明していいのかしら?悩むところではあるわねぇ。」
本当に悩んでるみたいだ。
だって、私が聞いたのは、女の人の苦しげな悲鳴と、すっごく楽しそうな、男性の含み笑いだったんだよ。
ヤバいよね。これ絶対、ヤバいやつ。
1番ヤバいのは、その笑い声を聞いた時、背筋がゾクっとしたこと。
電話ごしのわずかな時間なのに、ホラー映画でヤバいシーンを見た時みたいに、全身トリハダの感じね。
いや、ダメでしょ、これは。
絶対、関わり合いになりたくない人確定だよね。
「困ったわ。教育上問題ありって、イチハヌシに怒られそう。」
教育上?え、私のってこと?それに何でイチハなんだかわからないけど、でも、ダメなものはダメよね?
あれ?
電話。
マシロサマが膝に置いてたスマホに着信があったみたい。
マシロサマ、あら、って首を傾げながら電話に出る。
短い通話の後、電話を切ったマシロサマは、私を見てため息を一つ。
「季節の和菓子も追加しろですって。もともとは草餅だけの注文だったんだけど。」
「あ、みかげやの草餅は、おじいちゃんとお母さんも大好きなんです。」
って、そうじゃなくて!
「今の電話は…」
「ええ。ご主人様よ。おじいさまからしたらご本家ね。あのね、ご主人様は少し問題のある性格ではあるけど、今のはあなたが心配するような類いのことではないの。追加注文も、草餅も、その…悲鳴の主のご希望なのよね。ご主人様の最愛の方、の。全く昼間っから…。」
「はあ?」
その時、気付いた。
最愛の、女性。ま、まさかいまのは?!
「だ、だって、ひ、昼間からそんな…」
マシロサマ、こくりと頷いた。
「そこなのよね。全く困った人だわ。」
いや、それって、そういうコトの最中に電話して、相手の都合も聞かないマシロサマもどうなんでしょうか?
相手、雇い主さん、ですよね。
平然と会話してましたよね、その最中に。
結構長く。
突っ込むところが多すぎるんですけど?
「まあ、そういう訳で。誰からのSOSなのか、確認しましょうか。」
マシロサマは、これで説明は済んだ、って感じにしれっとしてた。
カッコよくパチンと指を鳴らす。
世界が動き出したよ。
私はついてけない感じで目を白黒してだんだけど、マシロサマは何事もなかったみたいに平然とおじいちゃんとお話ししてた。
おじいちゃん、なんだか嬉しそうだ。
いやまあ、マシロサマ美人だし。
人間じゃないけど。
他の患者さんたちも嬉しそうだから、これでいいのかなあ。
うん。そういうことにしとこうかな。
マシロサマは、当たり障りない感じに世間話をしてた。
神社のあれこれ、とかね。
おじいちゃんが話してたのは、枝が落ちてきて色々被害がある件とか、宮司さんに頼んでも埒が開かないこととか。
あと、私には初耳だったんだけど、境内の湧き水のこと。
鳥居の杜には元々小さな泉があったらしいんだ。それが、おじいちゃんが子供のころには完全に枯れたんだってさ。
周囲の家にあった、井戸もね。
地下水位がどうとかって。
マシロサマは愛想よくおじいちゃんの話を聞いてたけど、「あらもうこんな時間。」
って、立ち上がった。
おじいちゃんがガッカリした顔になったのは、私の気のせいじゃなさそうね。
「マシロさま、ご本家様にはよしなにお伝え下さい。こんな年寄りのことまでお気遣いいただいて、誠にありがとうございました、と。」
「いえ、そんな。近くに別の用がありましたの。偶然、鷹塔のご当主が入院されているのを聞いて、お寄りしただけですから、お気遣いなく。」
しきりに恐縮してるおじいちゃんを尻目に、マシロサマは私を見た。
「ナルさん、よかったらこの辺りを案内していただけないかしら。」
「はい。じゃあね、おじいちゃん。また来るよ。」
「おお。頼んだよ、ナル。」
おじいちゃん、ひたすらニコニコしてる。
気づいてるかな?私とはほとんど会話してないんだけど?
まあいいか。イチハが生きてるらしいのはわかったから。
マシロサマと一緒に病院の駐車場に来た。
「自転車はとりあえず置いといて。またここまで送るから、鳥居の杜まで付き合ってちょうだい。確かめたいことがあるの。」
そこに停められてたのは、目が覚めるような赤のスポーツカーだ。
この辺りじゃ見かけない感じの車。
「マシロサマ、運転するんですか?」
恐る恐る聞いてみた。
これ、かなり失礼なセリフだよね。
わかってるけど、なんか意外だったから。
あんなふうに壁を抜けて移動したり出来るのに、スマホとか、車とか。
だけどマシロサマは全然気にしてない。
「ええ。ホンモノの運転免許証もあるわよ。」
「え…?」
マシロサマが自動車学校に?
「尤も、名前は適当だし、自動車学校に通ったことはないわ。」
そ、それって、偽造、って言うんじゃ…?
「大丈夫。接地走行タイプの車、運転するのが最近の趣味だから。偽造免許証なんかじゃなくってよ。」
せっち…って、何のこと?
つくづくワケわかんない。
でも、考えたって仕方ないよね。
それに今考えることは、別にある。
私はマシロサマの運転で病院を後にした。
次回もお楽しみに!
ここまでお付き合いありがとうございます。




