チュートリアルって必要かな?
「おまえはさ、転換したんだ。転移、ともいう。」
何を言ってるの?それじゃ全然わかんないよ!
葉っぱのイチハは、くるりと回る。やっぱりイライラしてるみたいだけど、こっちはそれどころじゃない
「あー、自分が変わっちまってるのはわかるよな?」
わかんないわけないだろ!
つい、言葉遣いが乱暴になっちゃうけど、私だって実はもうパニック寸前だし。
変わったのはわかってるから、何でこんなことになったのかって、そこでしょ!
元にもどる?戻んない?
それも含めてどうなっちゃってるのか知りたいわけで。
言葉なんてどうでもよくて。
で、あなたは一体何なの?
「おれはお前のナビゲーターだ。」
はあ?
「とりあえず、落ち着けナル。ここはお前のよく知ってる場所だが、そうじゃないとも言える。神社ってのはな、インターチェンジとか交差点みたいなもんだから。」
交差点?
「そうた。道と道がクロスする場所。だが通常、それぞれの道を通る者は、別の道にいるものを見ることはできないんだ。」
でも、道はクロスしてるんでしょ?
「ああ。だが、見えないだけじゃなく、お互い触れ合ったりぶつかったりすることもない。ここは時空の特異点とも言える。」
いや、その時空のナントカみたいなややこしい解説はいいから、私の体が無くなっちゃった件、どうしたらいいの?
「無くなっちゃいないんだ。位相が複数にずれて重ね合わせが捩れた結果、存在に振動が加わり、そのせいで知覚情報に…」
あー、もう!
そんなのわかんないよっ!
それにさ。それ聞いたからって、状況変わんないよね。
私が知りたいのは、戻れるかってこと。そのためにどうしたらいいかってこともね。
「戻れるさ。ただし、いつ戻れるかはわからないし、戻るためにお前ができることはない。」
えっ?ち、ちょっと待って!
学校、どうするの?あーっ!て、テスト!
それから部活!
「大丈夫だ。戻るときは、転換した時点だから。」
それから、葉っぱのイチハに色々聞いた。
よくわからない説明も多かったけど、私にわかった範囲は、こんな感じ。
①私は元に戻れるけど、それがいつかは不明。でも、戻ったら時差はない。主観時間がいくら経ってても問題なし。
②神社は、いろんな世界がクロスしてる場所。辻、というか、交差点みたいなもんだけど、交わる道、つまり世界は2本だけとは限らない。前後上下左右、3Dまたはそれ以上の次元で立体交差してて、とても複雑。
③私は、交差してる世界の一部を見ることが出来る。これは転換している間だけなんだ。つまり目だけが切り離されて、世界を浮遊してるような状態。
「だが、お前の存在自体は神社にピン留めされているから、他の世界に流されて行ったりはしない。だがもし、体ごと転換してしまったら…」
ど、どうなるの?
「その状態が神隠しだ。つまり元の世界から完全に消えてしまう。」
ホラーとかファンタジーによくあるあれだよね?
「そうだ。伝承では、神社や山岳信仰がらみが多い。そういう場所には安定した辻ができやすいからな。まあ山は事故が起きやすいし、場所を選ばす突然なんてこともあるが。」
じ、じゃあさ、ピン留めが外れたら?
「それはもちろん、まずいことになるわけさ。」
だよね。それで、私いつまでこうなのかわからないんでしょ。イチハは、ナビって言ったよね?何で?
「そりゃお前はここで育ったからな。宮参りもここだ。だから、うぶすなの加護があるんだ。おれは、言うならば神の遣いってことだな。」
なんかふんぞり返った気がするね。
破れた虫食いの葉っぱだけど、神様のお遣いってこと?
「虫食いで悪かったな。」
はいはい。
で、イチハは何が出来るの?
「ナビゲーターっつったら、その状態のお前がどうやって動くか、何が出来るか、危険を避けるにはどうしたらいいかをレクチャーするわけだ。」
チュートリアルかあ。それって、必要?
「お前、危機感薄くないかナルよ?まさかこれが夢だとか思ってないよな?」
あー。ひょっとしたら、たぶんリアルなのかなーって、まあそんな感じ?
「リアルに決まってんだろ。残機1でリセットもコンティニューもナシ。」
なんか呆れてる?
その上、ナビゲーターが虫食いの葉っぱっての、かなりハードモードっぽいんですけど?
「見た目は重要じゃない。」
実力主義ですか?
だったら、私が危ない時は颯爽と助けてくれる、とか?
ちっちゃいけど、ぜんぜん強そうに見えないけど、ほんとはすごく強いとか?
思わず期待しちゃうんですけど?
「あー。いや、危険は極力避けろ。生き延びたいなら。」
え?今アナタ一回り縮まなかったぁ?
「なんだその疑いの目は。おれはナビゲーターであって、ボディガードじゃない。自分の身は自分で守れ。」
え〜、ケチ。期待したんですけど、ちょっぴりだけ。
ハードモードでチートなしなんてさ、ヒドくない?
ゲームオーバー確定じゃない?
私、ゲーム得意じゃないんだよ?
「だ・か・ら!おれの存在自体ががチートなんだったら!危ないことは教える。そうじゃなきゃ、おまえ今頃消滅してたかもしれない。」
この時は、イチハのことを完全に信用したわけじゃなかった。だけど、他に頼れる人(?)なんかいないじゃない。
てか、会話出来るのはイチハだけだ。
なんでか私の名前知ってたし…。
フッて吹けば飛んじゃいそうだから、全然怖くはないしさ。
「さて、それじゃ動き方からだな。」
見ることしか出来ないってことは、自由に動けるってことでもある。
とっくに気付いてたけど、とにかく軽い。
体がないんだから、当たり前だけど。
ただこんな動き方には慣れてないから、イチハに教わんなきゃ、自由に動けるまでにもっと時間が掛かったかも。
そこんとこは確かにチート級だね。
「うん、動きはそんなもんだろ。じゃあ次は、見方と聞き方だ。」
見ることや聞くことなんて、14年間フツーにやってきた、はず。
最初そう思ったけど、違うんだなこれが。
まず、見ること。
近くと遠くでは焦点の合わせ方が違うけど、それ以外のピント調整ってあったんだよね。
今まで考えたことのないやり方だった。
上手く言葉にできないんだけど、重なり合った世界から世界へと視点を動かす。
どうやってもはっきり見えない世界もあれば、大して努力しなくても見える世界もあった。
一度に見える世界は一つだけだ。
どの世界にとってもここは交差点らしかったけど、その景色は色々だ。
木に囲まれた神社みたいな場所もあれば、山の中の開けた場所みたいなところとか、小さな島、砂漠、真っ白な氷の平原まで。
昼だったり夜だったり、その中間みたいな時だったり。
温度はわからない。
特に暑くも寒くもないっていうか、温度ってものを感じてるかどうかもはっきりしない。まぁ変な感じってこと。
これ、チュートリアル要るわ。うん。
それがいまの結論ね。
次回もよろしくお願いします。