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鳥居の杜の  作者: WR-140
18/37

イチハの行方

翌日。

テストは、何が何だかわかんない内に終わった。

私はずっと上の空だ。花梨の心配そうな顔を見ると申し訳ないって、心の中で手を合わせたくなる。

でも、私の態度はそっけない。

あの土人形が花梨の姿を真似してたこと、忘れようったって忘れらんない。

もしもこれ以上花梨を巻き込むことにでもなったらと思うと、怖くて堪んないから。

佐久間先輩は黒い手を見たわけで、私はあの手が、お父さんに何をしたか知ってる。

あのすごい力を。

昨日、黒い手は私を突き飛ばそうとしたんだろうか?

花梨に化けてたアイツは、なぜ私を誘い出そうとしたのかな?

イチハが言ってたよね。

うぶすなの加護。私の存在が神社に繋ぎ止められているから、転移してももとに戻れるって。

偽物の花梨が虚空の獣…ウツロの使いだったのなら、アイツは私を加護の及ばない場所に連れ出そうとしたんだろう。

ウツロは、杜の結界に入れないみたいだから。

でもそうだとしたら、あの黒い手は?

私の背中側から近づいて来たって、佐久間先輩は言ったよね?

アイツも、土人形みたいにウツロに操られてるんだろうか。

それとも、別口?

考えてたって結論は出ない。

じっとしてるの、私らしくないじゃない。

だから今できることをやる。

お父さんが殺された場所は京都だってことがわかって、そこにお父さんを呼び出したのがあの久世那ってエラそうなおじさんだってこともわかった。

なら、一緒に呼び出されたおじいちゃんに確かめたいことがある。

なぜ、おじいちゃんも呼ばれたのか。

お父さんがいなくなった後、お母さんがあんな風になったから、ずっと家では誰もあの時のことを話さなかった。

それに、お父さんのことも、お母さんがいる前ではおじいちゃんは絶対話そうとしなかった。

私とおじいちゃんだけがいる時、思い出したようにポツポツ話してはくれたけど、きっとまだ聞いてないことがある筈だ。

だから。

今私にできるのは、おじいちゃんと話すこと。

どうしても、病院に行かなきゃだね。

テストが終わったから部活はあるけど、それどころじゃない。

そんなわけで、私は心の中で花梨にごめんなさいって手を合わせて、ダッシュで帰宅した。

ご飯は食べたくなかった。これも私らしくないけど、どうしようもないじゃない?

イチハのこと考えると、頭の中がグルグルして、気分はドロドロになる。

それに、怖い。

何で私がウツロに狙われてるかなんてわかんないだけに、意味不明の恐怖がジワジワと喉を締め付けてくるんだ。

てか。ほんとにウツロだったのかな?

それにあの黒い手は?

こんなので食欲なんかあるわけないよね。


急いで着替えて自転車に飛び乗った。

おじいちゃんが入院してる病院まで、自転車で15分くらい。

川沿いの自転車道は土手の上にあり、気持ちのいい風が吹き抜ける。

キラキラ光る川面。

鳥がいたり花が咲いてたりして、いつもなら結構お気に入りの道なんだけどな。

今は何も目に入らなかった。

慣れた道じゃなきゃ、病院まで辿り着けたかどうか怪しい感じ。


自転車を決められた場所に置き、いつものエレベーターで4階へ。

ナースステーションで用紙に記入して、おじいちゃんの病室へ急ぐ。

おじいちゃんが入院してるのは4人部屋。

奥の右側がおじいちゃんのベッドだ。

なんだけど。

私はドアのところで立ち止まった。

先客がいたんだ。

だ、誰?

知らない人だ。若い女の人なんだけど。


「おう、ナル。」

先に声をかけてきたのはおじいちゃんだ。

ベッドサイドのパイプ椅子に座ってた女の人がこっちを見て、軽く会釈した。

んんん?

知らない人だけど、どっかで見たような?

綺麗な人だった。

でも、すっごく場違い。

綺麗な赤に染めた長い髪はゆるくカールして、腰の辺りまで。

長い爪にキレイなマニキュア。なんか、キラキラしたものがついてるみたい。

ネイルアートってのかな?ここからじゃハッキリ見えないけど。

身体にピッタリした黒いワンピースのスカートは短くて、スラリとした長い脚がモデルさんみたいだ。胸元にサングラス。

黒いハイヒールに金のアンクレット。

なんかグラビアとかから切り抜いてきた人みたいで、病院には似合わないよね。

後から気付いたんだけど、他の入院患者さん達、みんな目が釘付けだったよ。

え?こんな人が、おじいちゃんの知り合いだなんて、あり得なくない?

うん、絶対ないから。


「ナル、こちらはご本家からのお使いで、マシロサマとおっしゃるんだ。」


おじいちゃんの言葉にはげしい既視感。

え?本家のって、はいぃ?

マ、マシロサマ、って言った?

「また会ったわね、ナルさん。」

そのモデルみたいなお姉さんは、にっこり笑ってそう言った。

私は咄嗟に反応できず、ただバカみたいに突っ立っていた。

イヤこれ、反則だよね?

博多人形じゃなくて、ファッション雑誌のグラビア?

じゃなくてっ!!

な、何でここにいるの?

何で?

「落ち着いて。イチハヌシに頼まれたの。あなたがここに来るはずだからって。こっちへいらっしゃいな。」

イチハヌシ。

その名前には最高のインパクトがあった。

混乱して固まってた私が動き出せたのは、100%そのおかげだったんだから。

「イチハは!イチハは無事なんですか!」

ここがどこで周りに誰がいるかなんて、もうどうだってよかった。

マシロサマへの恐怖すら吹っ飛んでたよ。

マシロサマは頷いて、パチン、と指を鳴らした。

「話したいことが沢山ありそうね。お掛けなさいな。」

私はパイプ椅子を広げながら、周囲の異変に気付いた。

誰も…おじいちゃんも動いてない?

「これは…?!」

「結界、って言うのかしらね?まあある種の力場によるシールドよ。」

改めて周囲を見たら、みんな動作の途中でピタっと動きを止めた感じで、そのままに固まってた。

この時、他の患者さんが3人ともマシロサマを見つめてるのに気がついた訳なんだけどさ。

若い人も、おじいちゃんくらいの人もみんなね。

うん、わかってる。人生って不公平だ。

美人はそれだけでおトクだってこと。

マシロサマが、この人達に何かお願いでもしたら、できないことでも引き受けちゃいそうだよね。

だけど、よ。

マシロサマ、人間じゃないんだけど。


「イチハヌシは無事よ。安心して。」

「あ…。」

「ほら、泣かないの。やっぱり誤解してたのね。彼の言った通りだったわ。」

マシロサマに渡されたティッシュで涙と鼻水を拭いたのは、ほとんど無意識だった。

何故だろう、この時、私はマシロサマが本当のことを話してるのがわかっていた。

「悪かったわ。私が少し先走ってしまったのよ。彼を保護すべきだったから。」

意味がわからなかった。

「保護…?イチハを?」

「ええ。本来、私が関わるべきことではなかったのだけれど、彼はほとんど消えかけていたから。」

「イチハが?消えかけてって…どういうことなんですか!?」

理解できなかった。

イチハは葉っぱで、小さいけど偉そうで、虫の羽音みたいなブンブンいう変な声で話して…。

消えかけていた?

なぜ!?

「彼は長い間、依代なく生きてきたから、随分無理をしてたんでしょうね。彼の力が弱まり、守護しきれなくなったことで、彼の神社が危なくなった訳だけれど、ただ消えゆく以外どうすることも出来なかったのね。更にあなたの精神が肉体から分離して、時空の間に漂うという事故が起きた。だから、彼は無理やり葉っぱを依代にしてあなたを助けようとしたの。」

「そんな…!」

知らなかったよ。

全然。

凄く無理していたってこと?あの頼りない姿を維持することが、イチハにとってはそんな大きな負担だったなんて。

私が…イチハの生命を縮めた?

「あなたが気にすることではないわ。それは彼自身の選択だったのだから。」

「だけど…。」

「彼は精霊の類だから、消えてしまってもまたどこかで蘇る。この惑星自身のエネルギーから生まれた存在とはそういうものなのよ。」

「だけど、イチハ、言ってたんです。ウツロが結界を破って侵入したら、神社が消えてしまうって…!」

マシロサマは頷いた。

「それもまた自然現象の一つなのよ。守護を失った神域は消滅するのが運命。あなた、彼に見せてもらったんでしょう、他の時空であの場所がどうなっているか。」

あの光景。

戦争。災害。原野。街。あるいは別の神域。

「それら全てが必然。サイクルは繰り返すの。ひとときは荒廃しかないように見えても、精霊が再誕するように、この惑星は新たな生命を育むでしょう。彼はあなたにそれを伝えたかったのではなくて?」

「だ、だって!」

イチハが消えてしまう。そんなのってないよね?

そのあと鳥居の杜がどうなったって関係ない!

私はただ、イチハに生きてて欲しいだけ。

精霊だとかそんなの、どうでもいい!

蘇る?いつ?どこで?

仮に再び生まれてくるとしたって、そのイチハは、私の知ってるイチハじゃない気がする。


「あなたに伝えなければならないことが、他にもいろいろあるわ。でもその前にあなたの話を聞きたい。イチハヌシが心配していたのよ。何か危険なことがあったのではなくて?」

マシロサマの言葉に、私は頷いた。

泣いてる場合じゃないよね。

まずは私に起こったことを話さなきゃ。

それから、聞きたいこともいっぱいあるんだから。

お付き合いありがとうございます。

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