表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥居の杜の  作者: WR-140
17/37

絶体絶命?

それが誰なのか、というより、何なのかよくわからなかった。

最初はね。

だけど、この感じには覚えがある。

ウツロ。

アイツがまとっていた気配と同じものが、花梨の姿をしたそれから立ち上っていたんだ。

ううん、それはもう花梨には見えなかった。

これは、人形みたいなものなんだろうか?

にんぎょう、と読むより、ひとがたって読むほうが相応しい何かだ。

荒く粘土をこねて作った、等身大の人形。

全体は黒に近い濃緑色で、他に色はない。

目の部分には2つの穴。口の部分には1つの穴があいてるけど、鼻らしきものはないし、耳もない。髪の毛も。

そいつは、手招きした。

一度、二度、三度…

その度に辺りは暗くなる。

もうこれ以上ないほど暗くなってたはずなのに、そいつの手の動きにつれ暗さは確実に増していった。

光を吸収する暗幕が周囲を覆っていくみたいに。

気がつくと私は、息がつまるほど重い重い闇に囲まれてた。

自分が立ってる地面すら見えない。

それなのに、自分の体は見えてた。それと、手招きする人形の姿も。

周囲が完全に黒く沈んだとき、ぞっとすることに気付いた。

引き寄せられてる?!

気のせいじゃない。ほんのわずかずつなんだけど、私はアイツの方へと引き寄せられていた。

1センチ、また1センチみたいなペースで、全速力のカタツムリみたいな速さなんだけど、確実に進んでくんだ。

足にグッと力を入れて止まろうとしたんだけど、どうにもならない。

パニックの予感がする。

どうしよう!このままじゃ…

手招きを続けるアイツの口が、丸い穴から三日月みたいな形に変わった。

横倒しの細い三日月。両端が上に吊り上がっていく。

笑ってるんだ、コイツ!

ゾクっとするのと同時に、なぜかすっごく腹が立ってきた。

何なの、なんなのよっ!

怒りのせいか、足にもう少し力が入る。

進むのをやめられるほどじゃないんだけど、ほんの少しスピードが落ちた。

っても、全速力のカタツムリが、速歩のカタツムリになる程度だけど。

ちょっと嬉しかったのは、土人形の三日月口の両端がグイッて下がったことね。

一文字の亀裂みたいな線は、まるでグッと引き結んだ口みたいだ。

コイツ、怒ってる。そして、苛立ってもいるみたい。

ザマみろ、って言ってやりたいけど、そんな余裕は1ミリもなかった。

必死で逆らってみても、引き寄せられるからだが止まんない。

振り向いて逃げ出したいけど、身体の向きを変えることができない。だって、足の裏を少しでも浮かそうもんなら、そのまま引き寄せられてしまうから。

脚の筋肉がプルプルしてきた。膝の関節がガクガクする。限界が近いんだ。

前に走り込みをやり過ぎて、あと急に冷やしたりしたらこうなったことがある。

これ、まずいよね。

うん絶対マズいでしょ。脚が攣ったりしてこのまま力が抜けたら、アイツに引き寄せられてしまう。

そしたらどうなる?わかんないけど、ロクなことにならないのは確かだ。

絶対絶命。嫌な熟語が浮かぶ。

逃げ道ないとか、勘弁して!シャレんなんないでしょっ!

またジリっと足が進む。

嫌な汗が一気に吹き出す。

一文字だったアイツの口の両端が吊り上がって三日月になった。ほんとに腹が立つ。

だけど、どうしようもなかった。

このまま…


その時だった。

「おい、鷹塔!」

聞き覚えのある声。

肩に手が置かれ、軽く揺すられる。

ハッとすると同時に視界が広がった。

「さ、佐久間先輩…?」

目の前に立ってたのは、誰あろうあの佐久間先輩だ。

辺りは夕暮れのオレンジがかった光が斜めに差し込んでいる。暗闇は嘘みたいに消えていた。

先輩は何か強張った顔で、でもちょっとだけほっとしたように頷く。

「よかった。随分呼んだんだ。様子が変だったから。それと…いや、見間違いだよなあの…黒い…」

ハッとした。黒い?

「黒い手、ですか、先輩?」

思わず先輩の胸倉を掴んでた。見たんだろうか、まさかあの黒い手を?!

佐久間先輩はビクッとのけぞった。

「いや、あの…。」

「教えてください、先輩。何を見たんですか?他に見たものは?」

必死だった。

盗撮動画に関する犯罪行為だとか、とんでもないクソ野郎だとかって、もう完全に頭から飛んじゃってたんだ。

佐久間先輩が見たことを知りたい、今はそれだけしか考えられない。

私は随分怖い顔をしてだんだろうと思う。

先輩は顔を引き攣らせてた。明らかに引きまくりの逃げ腰だったけど、私の剣幕に押される形で腹を括ったみたい。

「落ち着けって。僕の見間違いかもしれない。だけど、あまりにハッキリと見えたんだ。」

私は頷く。先輩の顔は真剣だった。

佐久間先輩にどんな欠点、てか、許し難いシュミがあろうとも、この人は部活ではエースだし、生徒会でも大勢から信頼され慕われてるのはまちがいない。

実際、デキるひとだし、努力家でもある。

密かにウォッチングしてたから、そこはよくわかってる。


「僕が最初に見たのは、立ち止まってた鷹塔だった。永見沢に届けるものがあって、丁度永見沢んちから帰るところだった。」

私は頷いた。

永見沢先輩は、佐久間先輩の親友ポジションで、かなり人気のある先輩。

家は神社の外側にあるけど、佐久間先輩の家に帰るなら神社を横切った方が近道なんだ。

「鷹塔の様子が妙だったから、少し気になって、声を掛けようとして、ソレに気付いた。」

「黒い…手ですね?」

先輩は真剣な顔で頷く。

「見間違いかと思った。目か頭がどうにかしたんじゃないかと、すこし心配だったが、それにしても鷹塔の様子が普通じゃなかった。まるで、何かに引き寄せられているのを必死に堪えてるみたいな。おかしいな、前には何もなかったが。ただ、後ろに、その手が…黒くて影みたいな、2本の手だけがすうっと鷹塔の背中に近づいていたんだ。それで…。」

そんな状況で声をかけるのは、難しかっただろうって思う。

あの黒い手を見たならば誰でも自分の目と頭を疑ってしまう。尚更大変だよね。

私は、素直に先輩に頭を下げた。

「ありがとうございました。助かりました、佐久間先輩。」

「あ、ああ。」

ちょっと照れたみたいに引き攣った笑顔を浮かべ、先輩の目は全然笑ってない。

「それで、アレは何だったんだ?」

うん、そうだよね。それが1番気になる筈だけど、本当のところは私にもわからないんだ。だから、正直に話した。

お父さんの事故の時、その手を見たこととそれが何なのかわからないってことはね。

それ以上は言わなかったよ。

言えなかった。

先輩を巻き込む気はないし、説明は難しすぎるから。

全部夢みたいなことと思われるだろうし、危険があるのは絶対確かなんだ。

先輩は真剣な顔で考え込んでた。

私が全部話してないことに気付いていただろうけど、危ない気配は充分感じてるみたいだった。それでも。

「鷹塔、もし何か僕に出来ることがあれば、遠慮なく声をかけて欲しい。」

私は、虚を突かれたって感じ。

な、何このオトコマエ対応!?

あのことを知らなければ、惚れてしまうじゃない?

あー、でも残念だけど、私、知ってしまったんだよねー、先輩。

ほんと、残念。

「ありがとうございます、佐久間先輩。あの、でも一つだけ、いいですか?」

「うん?」

私は、正面から先輩の目を見た。

わー、至近距離。こんな場合でなきゃ、告白シチュだよね。

「先輩。動画の拡散は、絶対やめて下さい。それから、あの共有サイトも。」

「…!!」

「先輩がそんな趣味の人だなんて、悲しかったです。すっごくショックでした。」

うん。これは100パーセントの本心。

助けてくれた人にこれってどうなの?!

とか騒いでるもう1人の私もいるけど、でもこれが私の精一杯。

感謝を込めて、先輩に言える言葉はこれだけなんだ。

やめてほしい。あれは、絶対。


呆然としてる佐久間先輩にもう一回深くお辞儀して、私は家に引き返した。

これで、佐久間先輩はこれ以上私に関わろうとは思わないだろう。

それでいいんだ。

私は、独りぼっちだ。

イチハの消息は分からず、誰にも頼れない中、危険は今後も続くんだろう。

転移だか転換だかをしない限り、クロハヌシとは意思の疎通ができないし、いつ転移が起きるか私にはわからない。

二度と起こらないこともあり得るんだ。

孤立無援。四面楚歌。

すっかり忘れてたそんな四字熟語ばかりが頭に浮かんだ。あー、これダメなパターンだよね。

おじいちゃんが好きな漢字クロスワードにでてくるやつ。

なんかため息が出た。

いつもと同じ夕暮れ時だけど。

どうしよう、これから…。

何も浮かばないよ。


お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ