表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥居の杜の  作者: WR-140
10/37

お父さんのこと

思い出しちゃった。

地下鉄のホームに響く、急ブレーキの軋み。

悲鳴の混じるざわめき。走ってくる駅員さんの姿。

「人が落ちた!」

一際大きな男の人の声がする。

私は、5歳だった。

私を抱きしめているのは、おじいちゃんだったはずだ。だけど、思い出せない。

おじいちゃんが何を言ったのか、どんな服装だったのか。なぜ、私たちがそこにいたのかも。

この市には、地下鉄はない。

だから、私たちは何かの理由で、どこかの都会に居たってことなんだけど、そこがどこかすら、私は知らない。

お父さんが死んだ場所なんだけどね。


「ナル?おいナル!」

耳元でさっきから聞こえてた、ぶんぶんいう音が、イチハの声だってことは、どこかで気付いてた。

すぐには答えられなかっただけ。

うん、ごめんなさいイチハ。

で、何?

「何って…どうしたんだ、急に黙り込んで。」

あー、ちょっとね。思い出しちゃった。

お父さんが死んだ時のこと。

地下鉄のホームから落ちて、電車に。

だけど。

「うん?」

あの…手は、何だったんだろう。

「手?」

うん。

お父さんを突き飛ばして、線路に落とした2本の手。

あれは見間違いなんかじゃない。

あの時のことで、思い出せないことはいっぱいあるけど、あの手を見たのは絶対確かなんだ。

「手か…。」

私はホームで、手が、って泣き叫んでたんだって。

そのとき泣いたことは、自分じゃ覚えてないんだけど、おじいちゃんがそう言った。

おじいちゃんがいたことも忘れてた。

覚えてるのは、地下鉄のホームの臭いと、

あの手。

「おじいさんはなんて?」

手なんか見てない。

お葬式のとき、私はまだ手のことを言い続けてて、おじいちゃんは困った顔をしてた。お葬式に来てくれた人達の手前とかあったんだろうね。それでなくても、お母さんはおかしくなってただろうし、おじいちゃん大変だったはずね。

人が死んだんだから、当然警察の人や駅の人が監視カメラを調べたけど、お父さんの後ろには誰も居なかったって。

おじいちゃんも、その映像を確認したって言ってた。

だけど、私は確かに見たよ。

誰も信じてくれなかったけど、あの手は間違いなくそこにあった。

そう、〝人〟はいなかったって、それは私もそう思うよ。

だって私が見たのは、手だけだったから。

身体はなかった。ただ2本の手だけが宙に浮いて見えた。

服の袖なんかはなかったよ。

肘の辺りから先の手だけ。

それが、お父さんを突き飛ばしたんだ。

まるで影絵みたいな、黒い手だった。

「影絵みたいな?」

うん。他に言いようがない感じ。

立体感がなくて、黒いのに少し透けたように頼りなくて。

だけど、お父さんを突き飛ばしたときの力は凄かった。お父さんは、ホームの端から1メートル以上離れたところにいたのに、勢いよく線路まで飛ばされたの。

その動きは監視カメラにも映ってたはずで、おじいちゃんも首を傾げてた。

落ちるわけない、突風でも吹いたのか、ってさ。警察の人たちは、自殺とかも疑ったらしいけど、自分から飛び込んだ動きじゃないことははっきりしてたから、おじいちゃんと同じ結論になったみたい。

事故、ってね。

「そうか…。」


イチハは何故だか考え込んでる。

何か知ってるの?

「うん、いや、確信があるわけじゃないが、少し心当たりがないわけではない。」

何なのそれ?却って気になる言い方。

「少し調べる必要があるかもしれないな。今のところはまだ、話せるようなことは何もない。」

…そう。どっちにしても、今更、だけと。

「何だ、ずいぶん醒めてるんだな、ナル。」

醒めてるとかそういうんじゃないよ。何がわかったとしても、どうにもなんないでしょ。お父さんは帰ってこないし、監視カメラに映んないモノを、警察がどうこう出来るわけない。

私だって、それくらいわかるよ。

「…そうだな。おまえのいう通りだ。」

それよりさ。

お父さんの顔、思い出せないんだ。

「小さかったんだろう。無理もないさ。」

ううん、私幼稚園のとき仲が良かった子の顔はっきり覚えてる。小学校に入る前に引越しちゃった子なんだけど。

なのに、お父さんの顔がどうしても思い出せないなんて、へんな話だよね。

「写真とかは?」

お母さんが、全部片付けたから…。

見たら思い出すからって。

辛くて、どうしようもないからって。

遺影まで片付けちゃったんだよね。

お父さんに関することは、全然口にもしなくなったし。

だから、お父さんがシステムエンジニアだったこととか、養子に入って鷹塔の姓になったことは、少し後でおじいちゃんから聞いたんだ。

頼りないほど穏やかで優しいひとだったって。私もそれは何となく覚えてる。

お母さんは、元々は今みたいにぼうっとした人じゃなかったってこともね。

背が高くて美人で気が強くて、サーフィンが得意だったんだよ。

それがさ今はすごく、んーなんていうのかな、影が薄い感じ?

サーフボードはまだ物置にあるし、大会とかでもらったトロフィーとか盾とか、写真なんかもあるんだけど、まるで別人。

薄暗い部屋の中で洗濯物を畳んでたりしたら、そこにいるんだかいないんだかわかんないくらい。

まるで、幽霊みたいだ。

お父さんのことがとっても好きだったにしてもさ、いい加減、立ち直っていいころだよね。お母さんまだ若いしさ。

え?

今何か言った?イチハ?


何が起きたかは分からなかった。

グラって視界が揺れて、ハッとした時には、今まで目の前にいたはずのイチハが消えてた。

同時に感じたのは、重力。

お、重いっ!何なんだっ!

辛うじて、倒れはしなかったんだけどさ。

ん?

倒れるって?そんなわけなくない?

だって、私は…。

あれ?

足?足があるっ!手も、体も!

「ウソ…戻った、の?」

声が出た。髪の毛に触ってみた。それから顔とか腕とか。全部、ある!?

うん、戻ったんだ。間違いない。


少し呆然としてたら、足音と話し声がして、隣のおじさんど宮司の真山さんがやって来た。

「お、まだいたのかなっちゃん。丁度いいや、灯篭と、なっちゃんちの前の塀も真山さんに見といて貰おうな。」

真山さんは、どうも、と頷いた。今は私服で、知らなければ宮司さんとは分からない。30代くらいか、隣のおじさんよりはかなり若い感じで、背はおじさんより少し高い。

メガネを掛けてて、色白だ。

それから、私の家の前まで戻ってあのバラバラ粉々の灯籠を見たり、ギリギリで塀の破壊を免れた現場を確認したりした。

おじさんと宮司さんはまだ話すことがあるみたいで、私は一足先に家に帰ったんだ。

何か、どっと疲れた。

あれは夢なんかじゃない。

時計は20時20分を指してる。

私は、透明人間みたいになって、コンビニや東京のテレビ局に行った。

会議室の床の、あの首。

知りたくなかった推しの本性。

椿の精のクロハヌシ。それにあの蛇みたいな、えーっと、虚空の獣。

そして、イチハ。

というかさ、まだ東京には行ってないはず。私は未来の出来事を体験したってことなんだろうか。

タイムパラドックスとかその辺、どうなってるんだろう?

ちょっと考えてみたけど、さっぱりわからない。でも、あれが全部事実なら。

佐久間先輩、あなたのやってること、犯罪ですけど?

あー、もう顔も見たくないや。

それは間違いないね。


評価、ご意見、何なりと大歓迎です。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ