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鳥居の杜の  作者: WR-140
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鳥居の杜のナルとイチハ

前作までお付き合いくださった皆様、しばらくぶりです。

新連載スタートします。

どうか寛大なお気持ちでお付き合い下さい。

ご新規の方、大歓迎です。

お楽しみいただけたら幸いです。

旧い神社だと聞いている。

風土記だか何だか、そんな文献に名前が出ているから、由緒あるお社なんだというのが、おじいちゃんの口癖だった。

そのお爺ちゃんは、今入院中だ。

それも神社が旧いせい。

住宅街の中、赤い大きな鳥居の奥に、長い真っ直ぐな参道が伸びている。

私の名前は、鷹塔ナル。中2。

私が生まれた家は、昔は境内だった場所と聞いていた。

参道の両側には、古くて大きな木がずらっと並んでいる。

特に大きなものは、幹の周りが数メートルもあって、てっぺんは2階の屋根よりずっと上にある。鬱蒼と茂った葉は真夏でも陽射しを遮り、家の中は格段に涼しい。

「なっちゃんち、いいなあ。すっごく涼しい。」

なんて中学の友達は言うけど、この木が曲者。昼間でも、電気を点けないと家の中が薄暗い。

それに、お爺ちゃんが入院したのは、この木の根っこに躓いて骨折したせいだ。

参道に沿って、旧い家がたくさん建ってるけど、何処んちの庭にもでこぼこがいっぱいある。出っ張ってるのは、全部境内の木の根だ。

あんな邪魔なもの、掘り起こして切り取っちゃえばいいのにと言ったら、お母さんが首を横に振った。

「できたらそうしたいよね。だけど勝手にはねえ。なんせ御神木だしさ。」

いつもの間延びした口調でそんなことをいう。近所の人もみんな同じ意見らしい。

だからお爺ちゃんは骨折したのに。

ほかにも怪我したひとは多い。

私も、庭で転んで膝を擦りむいたりしたことは何度もある。

それから、もっと困るのが、落ちてくる枝だ。

年中小さな枝が降ってくる。

指くらいの太さの枝でも、当たり方によってはかなり痛いのだ。

台風の後なんか、とんでもない太さの枝がドサっと降ってきて、これに当たったら、怪我じゃ済まないだろう。

屋根に当たると、家全体が揺れることもある。瓦が何枚も割れるし、2軒隣の田中さん家なんて、屋根を突き破った枝がキッチンテーブルを真っ二つにしたらしい。

幸いキッチンには誰も居なかったってことだけど。

あんまり危ないから、町内で宮司さんに枝の剪定を申し入れたらしいけど、お金がないって断られた。

そっちで勝手に伐ってくれって。

クレーンとかなんだかに、すごくお金がかかるんだって。

ひどい話だと思うけど、境内と家の敷地がはっきりしないとこも多くて、こっちも立場が弱いんだ。

お爺ちゃん、そう言ってた。神社が最初にあって、みんな後から来た家ばっかだからあんまり強いことも言いにくいって。

だけどほら。

ドーンっ!って、いますっごく大きな音がした!

時計は、夜8時。

慌てて、表に出る。

家の塀のむこう、石畳の参道を横切るようにして、大きな枝が落ちてるのが目にはいった。

ギリギリ、塀は大丈夫そうだけど…。

「あー、こりゃひでーな。」

隣のおじさんだ。

「見てみなよ、なっちゃん。今年あれで3基目だ。」

おじさんが言う方を見たら、石灯籠が枝の下敷きになっていた。

2メートルくらいはある大きな石灯籠だけど、支柱が根本近くで折れて、地面に薙ぎ倒されている。

一部バラバラ、一部粉々。

ぞっとした。

家に落ちてこなくて、本当に良かった。

「ひどいねー。」

石灯籠であれでしょ?

人間だったら…考えたくもない。

「なっちゃん家の塀は大丈夫そうだな」

「うん。ギリギリ。」

おじさんはうんうんと頷く。人の良さそうな丸顔は、七福神の誰だかに似てる。

お腹がたっぷりした体型もそっくり。

「神社にゃ掛け合ってんだけどなあ。ちっともらちが明かねぇさ。それはそうと、爺ちゃんの具合はどうだい?」

「リハビリ中だって。よくはわかんないけど、順調みたい。」

お爺ちゃんは、頑固なとこがある。

辛抱強くて、意志が強いとも言えるけど。

リハビリの先生を困らせてないといいけどねえって、お母さんは心配してる。

「そうか。早く良くなるといいな。」

「うん。ごしんぱいをおかけしました。」

慣れないことを言ったら、全部ひらがなになっちゃった。

おじさんはアハハと笑って、それから急に真顔になる。

「早いもんだな。あれから確か…」

おじさんが何を言おうとしたかわかった。

聞きたくなかったから、無理やり口を挟んだ。

「灯籠!」

「あん?」

「と、灯籠、壊れたの3つ目って本当?」

「ああ。灯籠は3つ目だが、境内のお稲荷さんの鳥居が一部壊れたり、中島んとこの車の屋根とフロントガラスや、本殿の屋根とか、社務所の窓ガラスもなあ。」

結構大きな神社だから、本殿の傍に社務所が建ってる。お正月は生け花の展示や、雅楽の演奏会が出来るスペースもあって、それなりに広い。本殿は江戸時代に再建されたもので、社務所は昭和だ。

「そんなに。何でほっとくのかなあ。ガラスくらいならいいかもだけど、本殿の屋根って、修理費用すっごくかかるんでしょ?」

と、お爺ちゃんが言ってました。

「そうだ。危ない枝をまとめて伐採した方が安いくらいかもな。だけどなあ、木はまた伸びるんだよなあ。台風も来る。」

「あ…。」

それはそうかもしれない。

きりがなさそう。


突然、ドーンと音がした。

また?

ハッとして、おじさんと顔を見合わせる。

「稲荷の方だな。」

おじさんが歩き出した。何となくついていく形になる。

参道脇の灯籠に火はついていないから、境内は暗い。

所々に街灯があるだけで、石畳もその脇の舗装されてない道も、ほとんど真っ暗だ。

でも、私もおじさんもここで生まれて育ったから、どこにどんな段差や木の根があるかくらい知っている。

参道の脇を奥に進む。

すぐにお稲荷さんの鳥居が見えてきた。

近くに街灯があるから見やすいんだ。

遠目では変化はないみたい。

何となくホッとした。

以前の大風の時、飛んできた枝かなんかの直撃を受けて、天辺の横木の端が欠けたんだけど、倒れたり傾いたりはしなかった。

そのまま修理はされていない。

鳥居の側で立ち止まったおじさんは、周りを見回して、あれえ、って呟いた。

「音、こっちからだったよなあ、なっちゃん。何も落ちてないみたいなんだが?」

「だね。」

おじさんの言う通りだ。

あの音だと、家の前に落ちた枝と同じか、それよりも大きい感じだった。

家の前に落ちた枝は、枝というより、中位の街路樹くらいに大きい。

いくら参道が暗くても、あんなものがあったらわからないはずがないんだ。

振り向いて見たら、ここからでも、参道を横切る黒い塊がはっきり見えた。

なのに、周りを見回しても何もない。

どうなってんの?

おじさんもしきりに首を傾げていた。

「まあ、明るくなりゃわかるだろ。しかし、宮司さん遅いな。まさか気付いてないんじゃないだろうな?」

言われてみればその通りで、まだ8時過ぎなのに、宮司さんどころか誰も出てきてないみたいだ。

町内の人口は減ってるんだけど、こんなの初めてだった。だって、あんなすごい音だよ?

例えば近くに救急車が来たら、もっと遅い時間でもあちこちからパラパラ人が出てくるのにね。

「おじさんは、宮司さんと町内の会長さんに連絡しなきゃな。なっちゃんはもう帰んな。」

「うん。」

どっちみち子供の出る幕じゃない。おじさんを見送って、さて、と戻りかけたとき。

「…ん?」

なんか音がした気がして、稲荷の鳥居を振り向いた。

赤い色が、街灯にぼうっと光っている。

どこか懐かしく、ちょっぴり幻想的。

子供の頃から見慣れた景色…の、はず。

そのはずなんだけど。

鳥居、こんなに赤かった?

それに、こんなに…光ってたっけ?

思わず鳥居に近づいて、手を伸ばした。

ん?

鳥居に触れたんだがふれなかったんだか、よくわからない。

なんかヘンな感じ。

もう一回試しに手を伸ばす。

あれ?やっぱり何かがおかしい。

確かに、手を伸ばしたつもりだったけど、なんだろう、何か…。

そこで気付いたんだ。

手はどこ?私の手、手がない?

ええっ!?わたしどうなってんの?

手だけじゃない。下を見ても、何もない。

普通なら見えるはずのものが、見えない。

身体の一部とか、服とか。

あと、何だろう、うーん、普通さ、自分の鼻の辺りって、見えるよね?

低くても、意識とかしなくても何となく。

それが、ない。

透明人間になっちゃった?

まさかね。そんなことあるはずない。

ないんだけど。

半分パニックで手を動かそうとしてみて、気付いた。

感覚が、ない。足は?これも同じだ。

身体のどこかを動かそうとしてみるけど、どこも同じ。

そんなバカなことって、ある?

だって、舌を動かそうとしたり、声を出してみようとしたりする時って、知らないうちに口や舌とか唇、あご、喉なんかを動かしてるわけたよね。

動かすものが、何もない。

ほんとうに、何にも、ない。

呆然とするって、こういうことだよね。

でも、私はここにいるじゃない?

国語の先生が先週言った言葉が頭の中にこだました。

『我思う、故に我あり』

たしかそうだよね。外国の有名なテツガクシャの言葉らしいけど。

うん、考えてるってことは、自分っていうナニカが居るってことでしょ、間違いなく。

それと、見えてるし、多分聞こえてる気もする。思い出せるってことは、脳だってあるんだ、きっと。

落ち着け!落ち着け落ち着け!

だけど、うーん。

パニックになっちゃってるのか、その一歩手前なのか、よくわかんない感じ。

何が起きてるのか、よくわからないから?

夢かもなんて考えたりもするけど、そうじゃなさそうだしね。

とにかく、ここでぼうっとしてても、仕方なくない?

ここ。

つまり、お稲荷さんの鳥居の前。

あ、視線が動かせるみたいだ。

えっと、上、で、下。うん。

なんか、ゲームみたい。

ちょっと変な感じだけど、右、それから、

左。で、後ろは、ちょっと…。

普通なら振り向かなきゃ見えない。だけど、振り向くって動作が無理だ。なら、我思う、と。つまり、後ろを見るって考えてみる。

あ、出来た!

視界がぐるっと回って、稲荷の鳥居の反対側にある、椿の木が見えた。

そのとき。

歌が、聞こえてきた。


とりいのもりの くろはのさきは

まよろのつじの たかみくら


なんだろ?

聞いたことのない歌だ、と思う。

わらべうたって感じなのかなあ、高い子供(?)の声の、単調なメロディ。

昔からある歌なんだろうか?

音楽の成績は良くないんだ。

古い歌は、なんかどれもおんなじに聞こえてしまうから、聞いたことがあっても、覚えてないかもしれないけど。

反対におじいちゃんは、今の歌はさっぱりわからないって言うよね。

あれは歌じゃない、昔の歌は良かったなんてさ。まあ、どっちもどっちかな。

繰り返し繰り返し歌われる歌詞の意味はよくわからない。

とりいのもり、は、鳥居の森か、杜。

それはそのままだよね。この辺りみたいな所のことかなって思う。

でも、くろはのさきって、何だろ?

まよろのつじ?

マヨラーとは関係ないよね。たぶん。

つじ、は辻かな。

たかみくら?何それ?知らない言葉だ。

おじいちゃんが好きなタカクラ何とかって俳優さんとは絶対関係なさそう。

歌はどこから聞こえるのかはっきりしないんだけど、何となくあの椿の木の方が怪しい。

少しあっちに近づけたら、もっとはっきり聞こえるようになるかな?

でも、どうやって?

んん、足はないし。

えっと、進む方向。なんかあったよね。

プログラミング。授業で。

矢印、そうそれだ!

頭に矢印を浮かべてみた。

前に向かう矢印。あ、これ正解かも。。

少しだけ進んだ。でも何だか方向がちゃんとしてないみたい。真っ直ぐ進めない。

ふわふわ、グラグラした感じだ。

シューティングゲームを主観モードでやってるみたい。

何か、酔いそう。矢印の向きが安定しないからかな。

うー、このブレを何とかしなきゃだね。

ゲームだとモードの切り替えができるけど

これは…ん、ムズい。

しばらくあれこれ試してみる。

ゲームが得意な子なら、こんなの何でもないんだろうね。

だけど私にはちょっと…。

ジタバタしてたら少しづつコツがわかってきて、なんか面白くなってきた。

整理してみよう。

私はここにいる。

透明人間?かもしれないけど、絶対ここにいて、この状況は夢なんかじゃない。

痛いところもないし、苦しくもない。

よくある物語みたいに、足元に自分の身体が倒れてて、なんてこともないみたい。

私は、見えるし、聞こえる。

動き方も少しわかってきた。

歩くんじゃなく、動くの。そこは確かにゲームみたいな感じ。

これって、結構便利かも。さっき気付いたけど、手足も胴体もないから、動く方向が限定されないんだ。

どういうことかというと、前後上下左右に視点移動ができるみたい。

つまり、木や建物の上の方も見られそうだし、地面スレスレを見ることも出来る。

上はどこまでいけるかなあ?

試してみたくもあるけど、今は歌がどこから聞こえるか知りたい。

ほら。

椿の木の前まで簡単に動けた。

歌声は続いている。この向こうから聞こえるみたい。もう少し前へ。

そう思ったときだった。

「そっちへいくな!」

いきなり、声がした。

私?私に言ったの?

「そう。おまえに言ったんだ。」

⁇⁇しかなかった。見回したつもりだけど誰の姿も見えない。

第一、私声出した?出してないよね。

出せないよ。だって、口も喉もないし。

あれ?何これ、虫?じゃなく、葉っぱ?

目の前の空中に、それは浮かんでいた。

半分虫に食べられたみたいな、木の葉。

風に飛ばされてるわけじゃなく、ただ宙に浮いてる。

「おれは、イチハ。」

さっきの声だ。甲高い、虫の羽音みたいでちょっとキーキーした音が混じる声。

いちば、って?市場かな?

「ちげーよ。イ・チ・ハ。ハにてんてんはついてない。」

はあ?あー、葉っぱだから、イチハってこと?何で喋るんだろ、この葉っぱ?

「おれだからだ。普通葉っぱはしゃべらない。」

何だか葉っぱがすこし、ふんぞり返ったみたいに見えた。

いやそれ、答えになってないよね。

虫食いだし。

「虫食いはどうでもいいたろ。だけど、この先には行くな。危ないから。」

危ない?

何のことかわからない。身体もないし。

怪我でもするってこと?

葉っぱは、ひらりと一回転した。

なんか、苛立ってるみたいに見える。

「怪我じゃ済まんだろうな。消滅したくないなら、この先へは行くな。」

し、消滅?

我思う、の我がなくなっちゃうってこと?

やだ、それはダメ!

「だな。てか、何でデカルト?」

国語の先生が、って、そんなことより、私なんでこうなっちゃったわけ?もとに戻れるの?ねえ!

「落ち着け。おれにわかることは説明してやるから。」

これが、イチハと私の出会いだった。

次回もよろしく。

月・水・金19時30分更新予定です。

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