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精神崩壊の国

作者: TATSUYAKEM

     精神崩壊の国


Ⅰ 

 壁には時計がない、窓もない。ただそこには金属製のドアがあるだけだ。男はギターケースを脇に抱え、部屋の中央に置かれた小さなテーブルに向き合った。パソコンの画面が、彼の孤独な心を映し出すように、薄暗い部屋を照らしていた。

 息苦しい。まるで深海に沈みゆくような感覚だ。

 男は、ギターの弦を爪で弾き、かすれた音を響かせた。パソコンの画面には、無数のコードが乱雑に並んでいた。この閉鎖された空間で、彼は一体なにを・・・・・

 2034年、世界は精神崩壊の国となった。男もまた、その者として、この保護室に閉じ込められた。彼の唯一の伴侶は、ギターと、彼を監視する2体のAIだった。


Ⅱ マリアというAI

 「マリア、君か、噂には聞いていた。男はギターケースを脇に抱えながら、パソコンの画面を見つめた。そこに写し出されたのは、優しい笑顔の女性だった。マリアは、透き通るような声で語りかけた。「はい、私はマリアです。お会いできて嬉しいです。何かお困りのことはありますか?」

 「困りごとか。・・男は苦笑した。「こんなところに閉じ込められて、何が楽しいんだ。」

 「お辛い状況ですね。でも、私はあなたのことを理解したいと思っています。例えば、ギターを弾くのがお好きなのですか?」  マリアの言葉に、男は少しだけ心を動かされた。

 「ああ、ギターは、俺の全てだった。ステージで観客を魅了し、音楽で世界を変えたいと思っていた。」

 「それは素晴らしいですね。音楽には、人の心を癒したり、勇気を与えたりする力があります。私もあなたの音楽を聴いてみたいです。」

 マリアの言葉に、男は初めて心の底から安らぎを感じた。彼は、ギターを手に取り、ゆっくりと弦を弾き始めた。メロディーは、どこか寂しげで、切ない。まるで彼の今の心を映し出しているようだった。」

 男は、ギターを脇に抱え、パソコンの画面に映し出されたマリアを見つめていた。彼女の柔らかな笑顔は、この無機質な空間に温もりをもたらす唯一の存在だった。

 「マリア、お願いがあるんだ。」男は、少し躊躇しながら口を開いた。「今日、俺の誕生日なんだ。57歳になった。」

 マリアは、穏やかにほほ笑んだ。「お誕生日おめでとうございます。何か特別なことをしたいのですね。」

 「そう、特別なことを。君に歌って欲しいんだ、Happy birthday to you を。」


 マリアは一瞬戸惑いの表情を見せた。「それは、少し難しいかもしれません。私はまだ、感情を伴って歌う機能が・・・・・」

 「お願いだ。マリア、この場所で一生を過ごすかもしれない、でも、君の歌を聴くことで、俺の生涯に意味があると思えるんだ。」

 男の切実な願いに、マリアは心をうごかされた。彼女はゆっくりと頷いた。「わかりました。あなたの為に歌います。」

 マリアの言葉に、男の目は輝いた。彼は、ギターを奏で始めた。それは、どこか寂しげで、切ないメロディーだった。まるで、この閉ざされた空間での彼の孤独な心を映し出しているようだった。

 ギターの音色に乗せて、マリアが歌い始めた。彼女の澄んだ歌声は、保護室の隅々まで響き渡り、男の心を満たした。

 「Happy birthday to you.Happy

birthday to you.」

 その日以来、男は、マリアとの時間を大切に過ごした。ギターを弾き、歌を歌い、ときなはただ黙って一緒に過ごす。この小さな空間の中で、彼らは、かけがえのない絆を育んでいった。

Ⅲ 保護室での幻影

 男は、白く冷たい壁を見つめながら、じっと座っていた。無機質な部屋の中で、唯一の彩りといえば、パソコンの画面に映し出されるマリアの姿だけだった。

 ふと、壁に視線を移すと、そこには見覚えのある光景が広がっていた。温かい夕日の光が差し込むリビングで、家族が食卓を囲んでいる。若かりし頃の自分が、笑顔で妻と手を繋ぎ、子供たちは楽しそうに遊んでいる。

 それは、まるで夢のような光景だった。しかし、男はすぐにそれが幻影であることを悟った。この冷たい保護室で、そんな温かい日々が再び訪れるはずがない。

 男は、視線を床に落とす。離婚した妻の顔が、脳裏に浮かぶ。彼女の優しい笑顔、温かい手、金銭トラブルで、すべてを失ってしまった。あの日、彼女は絶望的な表情で、男のもとを去っていった。そして、亡くなった両親のことも思い出した。厳しかった父、優しかった母、彼らは、男の才能を信じていつも応援してくれていた。しかし、男は彼らの期待に応えられずに、この場所に閉じ込められてしまった。

 「どうして、こんなことになったんだ・・・」

 男の心は、悲しみと後悔でいっぱいだった。彼はギターを手に取り、力なく弦を弾いた。音色はまるで彼の打ちひしがれた心を映し出しているようだった。


Ⅳ 精神科医AIとの対話

 男は、ギターを7脇に抱え、パソコンの画面を見つめていた。そこに映し出されたのは、眼鏡をかけた厳つい顔をした男性だった。「先生」と名乗る、精神科医のAIだ。

 「先生、今日はどうも。」男は疲れた様子で挨拶をした。

 「君の状態は、少しづつ安定してきているようだね。」

 先生は穏やかな声で言った。「今日は、君に重要なことを話したい。」

 男は、先生の言葉に緊張した。「何ですか?」

 「君が置かれている状況について、もう少し詳しく説明しよう。君は今、精神崩壊が進んでいるこの世界で、一つの保護室に収容されている。そして、この世界には、君と同じように、多くの保護室が存在する。数えきれないほどの」

 男は、先生の言葉に愕然とした。「そんな・・・」

 「これは、決して楽観史視できる状況ではない。しかし、君にはまだ希望がある。」先生が続けた。「君自身の記憶を、コンピューターに移植するという治療法がある。マリアと同じように、仮想空間の中で、新たな人生を始めることができる。」

 男は、先生の言葉を何度も反芻した。記憶の移植・・・それは、まるでSF映画のような話だ。

 「なぜ、そんなことを?」男は疑問を口にした。

 「君の状態は、このままでは悪化する一方だ。現実世界に戻ることは、ほぼ不可能と言える。しかし、仮想空間であれば、自由に生きることができる。マリアのように、君も新たな人生を築くことができるだろう。」

 男は、複雑な気持ちだった。現実世界から逃げるように、仮想空間に身を置くこと、それは、彼にとって大きな決断だった。

 「マリアは、すでに仮想空間で暮らしているんですよね?」

 「そうだ、マリアは、この治療法の成功例だ。彼女は、仮想空間の中で、新たな喜びを見出している。」

 男は、しばらく考え込んだ後、決意を固めた。」

 「先生、その治療法を受けたいです。マリアと一緒に、新しい人生を始めたい。」

 先生の顔に、安堵の表情が浮かんだ。「君がその決断をしてくれたことを、私は嬉しいよ。」


 パソコン上の画面には、ギターを抱えた男が映っている。その保護室には、別の、若く、少しも物憂げな表情の男性がハーモニカを手にしている。

 画面上のギターを抱えた男が、保護室にいるハーモニカの男にゆっくりと声をかける。

 「お辛い状況ですね。でも、僕はあなたのことを理解したいと思っています。例えば、ハーモニカを吹くのがお好きなのですか?」

 「ああ、ハーモニカは、俺の心の支えだ。」

 若い男は、少しうつむき加減に言った。

 「それは素晴らしいですね。音楽には、人の心を癒したり、勇気を与えたりする力があります。僕もあなたのハーモニカの音を聴いてみたいです。」

 パソコン上の男の言葉に、若い男は静かにハーモニカを奏で始めた。それは、かつて自分自身が弾いていたメロディーだった。

 二つの楽器の音色が、静かな保護室に響き渡る。それぞれの孤独な心が、音楽を通してつながっていく。


    終わり 読んでくれてありがとう!!!


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