人からの進化
ゆっくりと目を開く。見覚えのない天井が広がっていた。そしてハルは体を起こした。意識がなくなる前に感じた痛みはもう感じない。意識がはっきりしてくるとハルが寝ていたベッドの横にはリルが椅子に座っていた。
「おはようございます。かなり早いお目覚めでしたね。体に異常は感じますか?」
リルはハルにそう問いかけた。ハルは出会って間もないリルに対してなぜか心地よさを感じる。今までハルはそれなりの人と話すことはあったがそれでもここまで心地いいことはほとんどなかった。ドーボン夫妻くらいなものだ。彼らは親と同じパーティメンバーだったこともあり目をかけてもらっていた。そのおかげですんなりハンターにもなれたのだ。ハルも成長したので友達の子供ではなく商売相手として見てくれていたのでこの気持ちは久々に感じたのだ。
「ああ、おはよう。体に異常はないよ。ところで俺はどのくらい寝ていた?」
「2時間くらいですかね?これはかなり異常なことですよ。普通の人族ならば1週間は目を覚ましません。そもそも人族では適性がないとこの眷属魔法をかけて肉体が変化したときに亡くなってしまいます」
「そんな魔法だったのかよ。その説明は受けてなかったな。まあ俺に適性があることを見抜いていたんだろう。成功した今はそこはどうでもいい。これから準備して街に帰りたいのだが平気か?」
ハルはそもそもこの森に王獣種を討伐に来たのだ。それが済んだのにここに長居する理由はない。そのことをリルに伝える。リルもそういうことが分かっていたのだろう。詰まることなく答える。
「ええ、帰ることは問題ないですよ。見た感じ魔力の乱れもないようですし。ハルは本当に人族だったんですか?違う種族に見えてきましたよ」
リルはそのようなことを言ってハルをじっくりと見る。ハルは困ったように首を傾げた。
「俺は人族で間違いないと思うぞ。両親は人族だったしな。祖父母も人族だったはずだ。それより前は俺も知らないな。そもそもあったこともない」
「なるほど。それでは昔に古代人種の血縁者でもいたんですかね。たまたまその血を濃く受け継いだんでしょう」
リルはそう結論付けた。ハルはベッドから降りて少し跳ねたりして体の調子を確認する。体に異常はない。むしろ普段よりも軽いくらいだ。しかし少し気になる点がある。それは腰のあたりから生えている尻尾だ。この感覚にはまだ慣れなそうである。
「あ、そうだ。私も連れてってくれませんかね?もちろん邪魔はいたしません」
ハルが体の動きを確認しているときにとんでもないことをリルが言い出した。ハル的にはこれは断りたい。そもそも神獣種だ。しかも漏れ出る魔力が明らかに異常なのだ。普通にこの魔力の者が街を歩いていたら駆け出しのハンターでも人の魔力ではないと気付く。そのようなやつを連れていくわけにはいかない。
「その魔力はどうする。それは人のものではないとすぐにバレるぞ。そんなやつを街に行かせるわけにはいかない。抑えているのだろうが魔力が膨大すぎて漏れ出ているぞ。しかも抑えているせいで余計に濃密になっている。近距離に王獣種がいるよりも強烈だ」
「そんな考えられないモンスターと同列にされても困りますぅ」
頬を膨らませ可愛く怒って見せるリル。だいぶ打ち解けてきたのだろう。そんなこと言っても仕方ないのだ。流石に街にまで行くのは危険すぎる。そこでハルはドーボン夫妻に任せることにした。
「大森林を出てすぐのところに俺が世話になっている鍛冶師の家がある。そこまでなら連れていけるがそこから先はさすがに勘弁してくれ」
ハルが譲歩できるのはここまでだ。ドーボン夫妻、特にエミーさんには申し訳ないがこの神獣種の相手をお願いしよう。ハル自身、人族から獣人族になったのだ。その説明もしなければならない。そこに神獣種を連れて行けばその説明もしなければならず、面倒だ。自分の話だけで済むならそれが楽でいい。
「わかりました。その鍛冶師さんの家にお邪魔することにします。私の武器でも作ってもらいますかね」
ニコニコしながらそのようなことを言い始める。モンスターなら狼に変化できるのではないかと思うがなにか人型に思い入れでもあるのあろうか。
「神獣種なのに武器必要か?魔法だけでも十分なんじゃないか。狼に変われないのか?」
「狼の姿にはなれますよ。しかし神海の主以外は人型が基本なんですよ。魔力を変化するのにかなり使うので疲れるんです。あとハルが使っているその刀。かなりの業物ですよね。それにも興味があります」
モンスターでも武器に興味があるんだと思いながらハルはこの家を出る準備を始めた。そんなに荷物を持ってきているわけではないのですぐに準備は終わった。
「そろそろ行こうと思うがリルは準備出来てるか?」
「やっと名前で呼んでくれましたね。準備できていますがその前にこれをあなたに差し上げます」
にっこりと笑って服を渡してきた。それはハルが今着ているフード付きの上着とほぼ同じものであるが質が段違いであった。物理耐性、魔法耐性が異常に高そうだ。そしてなにより軽く動きやすい。
「これは?すごい上等なものだというのはわかるが」
「あなたが倒した王獣種の体毛を使用して作ったものです。色は今着ているものと真逆の白になってしまいますが周りの色に合わせて色が変化するので隠れるのはむしろ今までより簡単になると思いますよ」
今まで見たことも聞いたことない機能だった。今回倒した王獣種が特別だったのか、それとも加工方法が特殊なのかわからないがありがたくいただくことにした。
「それじゃいただくことにするよ。ありがとう、リル。それじゃ行こうか」
「はい、ハル。いきましょう!」
二人は大きな木の家から出て歩き始めた。何回もともに過ごしたような親し気な雰囲気でこの危険な森を進んでいく。




