ブレックファースト
拝啓
暖かい春の風に、郊外でのベリー狩りを夢見る季節になりました。
ミセス・ハドソンのイチゴジャムのスコーンが、恋しい季節…いかがお過ごしでしょうか?
前回のお話の続きを書き記そうと思います。
気がつくと…本当に、一瞬の睡魔から解き放たれて前を見ると、私は食堂車で、あの、厳格そうな老神父と迎え合わせに座っていました。
私は、ジョンがパリで買ってくれた、薄いピンクの訪問着を着ていました。
事態に混乱していると、ウェイターが朝食を持ってきました。
丸いパンと、数種類のチーズ、そして、ラインガウの白ワイン…
朝食は、やはり、イギリスのものが一番ですけれど、ワイン!そして、チーズは、海外の高級品に感嘆せずにはいられません。
ワインは、とても香りがよくて…私の口にしたものは、とても軽くて、朝の憂鬱な気持ちを少し、軽くしてくれたのです。
ワインでリラックスしたのを確認したように老紳士は話始めました。
「ワイン、お気に召しましたか?」
老紳士は、そう言うと、しばらくライン川沿いのワインの歴史とリースニングの種の白ぶとうの旨さについてかるく語ってから本題を口にしました。
「突然、見ず知らずの男性と食事を共にすることになり、さぞ、混乱されていることでしょうね。」
神父様の言葉に、私は、キッパリと首を横にふりました。
「いいえ!宗派は違っても、聖職者に食事に誘われて邪な考えを抱いたりは致しませんわ。」
揺るぎの無い私の言葉に、神父様は目を丸くして驚いていらっしゃいました。
本当に…今、思い出しても笑ってしまうのですが、少し猫背の、厳格そうな厳しい顔なのに、驚いて見開いた、まん丸の目が少年のようなのですもの。
だから、つい、イタズラ心が沸いてしまって、こう、付け加えてしまいましたの。
「特に、特別急行の食堂車で美味しいワインを頂くときには。」って。
そうしたら、神父様、目を閉じてしまわれて、私、大変、不信心な事をした気持ちになりましたの。
反省していると、急に、神父様が大きく笑いだしたのです。「HAHAHA…」って。ビックリしましたわ。
「失礼、貴女があまりに可愛らしい事を口にするものですから、つい、失礼な振る舞いをしてしまいました。さあ、まずは食事にいたしましょう。」
神父様は、その時、初めてリラックスしたように微笑んで、添えられたスイス製のチーズとハチミツが、いかに美味しいかを饒舌に語り楽しませてくださいました。
困惑しながらも…私も、なんだか、この神父様を好きになってきました。
なんだか、辛気くさい印象の神父様の優しい一面が見られた気がしたからです。
実際、お話上手な方で、特に、音楽については博識でしたわ。
パガニーニの『鐘』と、複数の音楽家の解釈の違いとか…まるで、講義を聴いているようでしたし、それに、リストのピアノ曲にまつわる美しくも悲しい恋物語などは…いつか、お茶の時間にでも曲と共にご披露したいほどですの。
食後のコーヒーが来る頃まで、私たちは、親しく音楽やそれにまつわる土地のお話で盛り上がりました。
でも、コーヒーがまるで合図のように、神父様は、また、厳しい顔に戻られて、そうして、私にこう、告白されたのです。
「楽しい食事でした。人生で数えても五本の指に入るくらいに。
けれど、それも終わりに近づきました。
私は貴女を騙していたのです。私は神父ではありません。」