パリ
ミセス ハドソン!パリです。パリなのですわ。
この素晴らしい街並みをお見せできないのが残念です。
きっと、混迷を極めたナポレオン3世の時代を知る夫人は少し、懐疑的に感じでいらっしゃるのかもしれませんが、
パリは本当に素晴らしく、新世紀の街の顔をしているのですわ。
ジョンと夫婦になって初めてのクリスマスに台所で鰊薫製を包んだ新聞紙のエッフェル塔の完成予想図を疑わしそうにボヤいたミセス ハドソンの顔が忘れられませんわ。
ミセス ハドソンのお祖父様がパリへいらした頃の話、とても興味深く思い出しました。
お祖父様が見た、ナポレオン3世のパリは、すっかり整備され、凱旋門から放射線状に大通りがしかれ、それはもう、とても近代的な雰囲気です。
新婚の頃、ジョンと二人で万博のパリについて、本気で話し合った事を思い出しましたわ。
でも、実際に訪れた私達は、そんな華やかなパリを味わう時間も気持ちもありませんでした。
皮肉なことに、今回、駅から馬車に乗り変え、凱旋門の方へと進む街並みに、私、不覚にもときめいてしまいました。
人は、喜びだけを味わい尽くすわけには行きませんが、
悲しみだけでも生きてはゆけないものなのです。
なによりよかったのは、フォン・ヘルダーさんが、近代建築に偏見が無かった事です。
一時期、芸術家や、著名人の中には、あの塔について疑問視する人達が少なからずいて、私たちの周りでも、議論はありましたもの。
ミセス・ハドソンは、バベルの塔の話を例に罰当たりだと、おっしゃいましたね?
でも…塔を見上げながらアイスクリームを口にしたら…きっと、考えが変わるに違いありませんわ。
本当に…異世界にでも迷い混んだような…未来的で、不思議な建物なのです。
私とフォンはエレベーターでエッフェル塔に登り、そして、食事を楽しみましたわ。
あの施設が、1909年には取り壊されるとか聞かされると、なんだか、寂しい気持ちになります。
確かに、遠くを見るのには良いですけれど、他に、何かの役にはたちそうもありませんから、仕方ないのかもしれませんけれど。
ここまでは、私とフォンは凄く仲良く過ごすことが出来ましたの。
でも、エレベーターで服の仕立ての話になって雲行きが怪しくなるんです。
ああ、ミセス・ハドソン!
貴婦人と言うのは、本当に、体のサイズまで執事に把握させなければいけないのでしょうか?
彼は、ロンドンに帰る前にドレスと、貴婦人として恥ずかしくない小物とマナーを私に身に付けさせようと躍起になったのです。
ところで、ミセス・ハドソンは、服はどこまでオーダーされますか?
私はよそゆきまでで、普段着は自分で縫いますし、特に、下着はよほどでなければ、他人に作ってもらうことなんてありません。
裁縫は、達人とは行きませんが、人並み以上の腕はあると思っていますの。
ペチコートや、コルセットも、ですわ。
でも、フォンは、私がコルセットを作るって聞いて、
「体を甘やかす、補正のできていない素人の粗悪品」
って言うんです!
全く、今時、肋骨が曲がるほど締め付けるドレスの方が時代遅れだと、私、言ったのです。
あなたの大好きなナポレオンの妃、ジョセフィーヌ様もハイウエストのエンパイアドレスを愛用されたといってやったのです。
上着はともかく、男性に下着の採寸や、男性が作った下着なんて、恥ずかしくて着られるわけもありませんでしょ?
事あるごとに女王陛下を盾にされたのですが、私、伯爵令嬢になれとは言われましたけれど、女王陛下の役なんて頼まれませんでしたもの。
伯爵令嬢の下着は、誰が作るのかは、わかりませんけれど、上流階級の生活と言うのも、素敵なことばかりではありませんのですね。
でも、私、頑張りましたわ。
下着の事まで、バトラーに仕切られたらたまりませんもの。
でも、いま、考えると、まるで女子校の先生か、先輩のように、明け透けに議論していましたわ。
考えたら、ホームズ先生や、夫のジョンですら、とても恥ずかしくてコルセットなんて言えませんもの。
フォン・ヘルダーさんは姉妹とかが多いのでしょうか?そのあたりはとても気安いのです。
なかなか、謎の多い人です。
ともかく、私、男性の作る下着を身につけるくらいなら、エッフェル塔から飛び降りるって叫んで、ついに、フォンは諦めたのです。
そして、私をカフェに置いて、しばらくすると、それは美しい、赤毛の美女をつれて帰ってきたのです。




