バットエンド 終
モリアーティさんは革で作られた上品な鞄から書類を取り出して説明を始めました。
「では、貴女はこれからミス・メアリー・メイフラワーとなります。ここから先、メアリー・ワトソンの思い出も身分も封印されます。」
モリアーティさんの言葉に心配になりました。
結婚してから随分とたつと言うのに、ミスと名乗るなんて…気が引けます。
「あの…ミセスではいけませんか?旦那様はインドに単身赴任の設定…とか。」
私の提案は、モリアーティさんのため息と共に却下されました。
「ミセスになると言うことは、パートナーについて聞かれますよ?貴女にジョン以外の旦那様の話ができますかね?失敗は…ジョン・ワトソンとの永遠の別れを意味しますが、それでよろしいのですね?」
モリアーティさんに言われてハッとしました。
確かに、これから何が起こるかわからない世界で、ジョン以外の男性を旦那様として想像なんて…ホームズ先生に、その手下の方を偽り続けるなんて不可能です。
「すいません。ミスでお願いします。」
顔が熱くなりました。でも、モリアーティさんは淡々と話を続けました。
「年齢は19才。気にしなくても貴女はまだ、若くお美しい。勿論、多少、いろはつけておきますが。」
「いろ?」
「ふふっ。若返ってロンドンを楽しみなさい。乙女小説を楽しみにしている少女たちから、ホームズ君の影を奪ってしまうほどに。」
モリアーティさんは目を細めて私を見つめました。
私は…なんと答えたらよかったのでしょうか?
怨念とか魔術とか…そんなものがあるなんて信じられません。
私はジョンの懐中時計を取り出してモリアーティさんに見せました。
「これは、もっていても大丈夫でしょうか。」
指輪が消えた現在、私とジョンを繋ぐのはこの時計だけ。
モリアーティさんは、しばらく、時計を見てから「いいでしょう。」と、それだけ言いました。
なにか、体が温かくなって…意識が遠くに感じてきました。
とても眠くて…目を閉じてしまいました。
「では、健闘を祈ります。目が覚めたら、貴女はメイフラワーとして、新しい人生を歩んでください。
貴女ならきっと大丈夫。勇気をだして1歩踏み出したら、そこから、きっと何かが始まるはずです。」
モリアーティさん。ホームズ先生が言うほど悪いひとには思えませんわ。
私は穏やかな気持ちのまま深い眠りに誘われたのです。
遠くから、モリアーティさんの声が聞こえてきました。
「ジョン・ワトソン君が悲しくても…貴女の別れが悲しいとは限りませんよ。新しく恋をして別れを選択するのも…新世紀の女性らしくて素敵ではありませんか!
乙女小説らしく、美麗マシマシの世界観にしておきますよ。」




