バットエンド3
「死んでいるよ。私もホームズくんも。創造主の決定でね。」
モリアーティさんは穏やかにそう言いました。
「でもっ…」
それなら、何故、ここでお茶を飲んでいるのでしょう?と、聞くのが怖くなりました。
モリアーティさんが死んでいるなら、私はどうなのでしょう?
不安でドキドキする私にモリアーティさんは優しく声をかけてくださいました。
「貴女は…死んではおりませんよ。」
「でも…」
思わず声が出ました。先程の悲しむジョンの姿が目に浮かぶのです。
「先程の客室での事を気にしているなら大丈夫。それはまだ、未確定な、未来の姿の一つでしかありません。」
モリアーティさんは断言しました。
「なぜ、そう言えますの?」
質問する私に、モリアーティさんは目を細めて少し、いたずらっ子のようにわらって言いました。
「貴女がメアリーだからです。その名前は創造主のお母上の名前でもあるのです。」
それを聞いて、私、確信しましたわ。モリアーティさんの仰る創造主の正体。
やはり、イエスさまに違いありません。
メアリーって、マリア様が由来ですもの…
勿論、違っているかもしれませんけれど、少なくとも、エキゾチックな神々ではないのは確かです。
少し安心しましたわ。
「理解…して貰えたようですね。それでは、話を進めます。何もしなければ、モランはホームズ君の影に知らずに破滅させられます。それは、目に見えず、気配すらありませんが、確実に私の作り上げた組織を消すことになるでしょう。」
モリアーティさんは真顔になって私を見ました。
「死んでいるのに…ですか?」
私は何か、恐ろしい心霊の世界を思い浮かべてゾッとしました。
思い出したのです。ジョンはホームズ先生の回顧録を執筆していた関係で出版関係の人達と交流がありました。
中には、心霊について研究している記者の方もいました。
ミセス・ハドソン、きっと、あなたは私の手紙を読みながら怪しげな妖術に私が操られているとか思って不安になられているかもしれません。
でも違うのです。
SPRと言う組織をご存じでしょうか?
1882年にケンブリッジのトリニティ・ガレッジで創設された団体で、心霊を科学的に研究する組織です。
そこでは、心霊を肯定するだけではなく、インチキを暴き、公正にミステリーと向き合うのを目的にしている団体だと聞いています。
そこでの研究を取材し、神秘の世界を記事にする記者がジョンのお友達におりますの。
ジョンは、ホームズ先生と違って、そのような神秘主義にも興味があって、時折、自宅にそんなお友だちを招く事もあるのです。
不気味な事はありませんわ。例えば、SPRのメンバーには、『不思議の国のアリス』の作者のルイス・キャロル、『トム・ソーヤ』のマーク・トゥエイン先生も在籍していますの。
ジョンが言うには、小説家と言うものは、特別な刺激を欲するものらしいのです。
私にも内緒にして、ジョンは、仕事の合間に患者さんから聞いた不思議な話の物語を書いているのですわ。
ホームズ先生に、一度辛辣な感想を貰ってから、どうも、作品を見せる相手を吟味しているようなのです。
私は、そしらぬ顔で書斎に隠れるジョンと客人にお茶を入れて、お庭の手入れをしながら、窓から漏れ聞こえる話を聞いていますの。
お庭では、伯爵夫人に昨年頂いた黄色の水仙が美しく咲いて、ローズマリーの枝が、スパイシーな甘い香りを漂わせて、5月の庭いじりは本当に心が浮かれるのですわ。
そうそう、新婚の時に植樹したリンゴの木が実をつけるようになりましたの。
今年、実がなったらジャムにしてお持ちしますね。




