バットエンド2
私の心配を、モリアーティさんは苦笑で返しました。
「悪者…悪者の定義は人それぞれではないかね?
我々は合法的にお茶を手に入れてるつもりでも、インド人には英国人は悪の組織に見えるのではないかね?」
モリアーティさんは、幾何の先生のように答えを私に押し付けてきます。
「それは…哲学的問答ですわ!私が言いたいのは、もっと、こう、残虐で…人間味の無いような…そんな男ではないか、と、インドでも犯罪はありますし、あちらでも、レストレード警部のような方が英国人を捕まえますでしょ?」
私の説明は、下手だったようです。モリアーティさんはそれを聞いて、それは愉快に笑うのです。インドのレストレード警部が、お気に召したようで…。
「インドのレストレード…ふふっ、彼がインドにも存在したら、さぞ、インドも大変だろうね。」
モリアーティさんは、独り言のようにそう呟いてから、真顔で私を見るとこう聞いてきたのです。
「ミセス・ワトソン、貴女は私を怖いと思いますか?」
この質問に、私はどう答えたら良かったのでしょう?ホームズ先生と同じく、嘘は必ず見破られるに違いありません。
少し迷いながら、正直に答えることにしました。
「怖いです。良く分からない話ばかりするし、何を考えているのか、さっぱり理解できませんもの。」
ドキドキしました。本人の告白を信じるなら、あのホームズ先生を殺す程の残忍な男なのです。
私の答えを気に入らなかったら…私も知らない本心を見つけられたら…私も、彼に殺されるかもしれないのです。
モリアーティさんは、私の答えを、静かに聞いていました。
その姿に、私は深い孤独を見つけました。
それは…私の自慢話をするジョンに度々見せるホームズさんの表情を思い起こさせて、突き上げるような…何か、してあげたくなるような…不思議な気持ちにさせるのです。
「でもっ。」思わず叫んで、一息ついて話しました。
「でもっ、モリアーティさん、貴方は立派な紳士だと…そうも思います。」
私の答えを、たぶん、モリアーティさんは良く思って下さったと思います。
何か、先程まで漂った緊張する空気が、また、穏やかになった気がしましたから。
「紳士…ですか。貴女らしい答えですね。『死の大天使』と呼ばれたルイ・アントワーヌ・ド・サンジュストもまた、紳士には違いありません。」
「サンジュスト…」
私は思わず女学生時代を思い出してしまいました。
女とみまごう美貌を持つ革命の大天使…フランス革命後の世界で政敵をギロチンに送った歴史の人物を…そして、彼を愛した友人を。
モリアーティさんは私の様子に自嘲の笑みを浮かべ、穏やかに、そして、きっぱりとした口調で話しました。
「そう、私は意味もなく人を殺めたり、犯罪をおかしたりはしていない。
寧ろ、法の遵守、と言う点においては、そこいらの偽善者よりも注意深く生活をしていますよ。
その点では、モランもまた、紳士だと断言できますよ。彼は、私のボディーガードとして働いていただけなのでね。ホームズ君が私を殺しにかかれば、私を守るために命をかけねばなりません。」
モリアーティさんの言葉に、私は頷くしかありませんでした。
だって、あの…恐ろしい滝の前で、格闘家の素顔を現したホームズ先生が主に襲いかかってきたら…確かに、守ろうとするに違いありません。
「理解してくれてありがとう。いまのところ、彼は、軍人時代のスキルを生かしたボディーガードでしかない。それは、命のやり取りがあるとしても、各地での法に外れず、紳士の道を踏み外す行為でもない。」
モリアーティさんは、少し高揚しながら一息ついて、セバスチャン・モランが結果的に救った小さな命の話をしてくださいました。
私はただ頷いて聞いていました。
モリアーティさんの表情に、モランさんが男の世界で嫌われる人物ではない事だけはわかりました。そして、女の私が、軽々しく感想をのべるべきでは無いと思ったからです。
「そうです。いまのところ、彼は紳士で、それなりに彼の人生を全うするでした。が、このままにしておくと、彼の人生はホームズ君に滅茶苦茶にされ、そして、賭け事と酒に溺れて不幸になるのです。」
モリアーティさんの強い台詞に、私は違和感を感じました。そして、聞いたのです。
「ホームズ先生が邪魔をするって…ホームズ先生は、やはり生きてるのでしょうか?」




