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5.王城での仕事


「まさか……青真珠?」


マリンブルーの海を、淡い春の陽ざしで包み込んだような完璧な球体をランプに照らす。

凛とした佇まいに思わず感嘆のため息がでる。


12時の最後の鐘が鳴ると同時に、青い封筒が指輪に変化するような魔法がかけてあったようだ。


(メッセンジャーの本命は、舞踏会の招待状じゃなくてこっちか)


ユニークスキル持ちが運んでいたのも頷ける。

いや、そんなことよりも。

どうしてこんなものが、ここにあるのか。

ターニャの噂を信じるなら、青真珠は王子がスカウトした証ということだが、そんな逸材に心当たりはない。


指輪を持つ指先が重くなる。


(厄介だな。とにかく目立たないようにしておこう)


古びた使用人部屋に不釣り合いな美しい指輪をその辺に転がしておく訳にもいかず、執事がくれた金のネックレスに通し服の中にしまいこむ。


モヤモヤを抱えたままベッドに入ったものの。


(えっなに、雲の上~!)


久しぶりの柔らかな感触にテンションがぶち上がり、そのまま意識を失うように眠りについた。




王城でのメイド生活を始めてから、1週間が経った。


仕事一筋という感のメイド長と面談し、清掃や消耗品の交換など雑務を担当する、要は下働きグループに配属になった。労働時間は朝6時から夕方5時まで、時々夜勤があるが10時と3時のお茶付きで、食堂や医務室も自由に利用できる。


(さすが公務員、福利厚生が手厚い)


案外悪くない。でも本を読む時間は減った。

今まで雑用魔法が掃除している間にちょこちょこ読めていたのが、休み時間は新人に押し付けられる雑務のあれこれでつぶれ、夜はあまり灯りを使うわけにいかず、王宮の図書館にもまだ行けていない。


次の休みの日には必ず行こうと心に決め、早朝の食堂で朝食を噛み締めていると、背後から声をかけられた。


「おはよう!」

「あ、おはようございます」

「朝なんだから、もっと元気出して!1人が暗いとそういうのみんなに伝わるんだよ?もっと周囲に気を配って!明るくいこうよ!」


(今、口の中にメシはいってんだよ)


うっとおしいのがきた。同じメイド服の彼女はグループリーダーで、同調圧力系ハラである。

私の見た目が貧相で気弱そうにみえるからか、なにかと絡まれることが多い。


「困ってることはない?なんでも相談にのるよ?」


このタイプは頼られるのが好きだ。もちろん人助けが好きなわけではなく、単に自分の優位性を誇示したいから。

困りごとはお前だYO!と言えるはずもなく、首をふると残念そうな顔になる。

面倒なので、代わりに話を振ることにする。


「こないだ大きな舞踏会があったんですよね。どうでしたか?」


教えを乞う形で尋ねると、嬉々として得意げに話し始める。


「もう夢みたいだったわよ。リューク王子の帰国祝いとあって国中の貴族に著名な芸術家や俳優、商人まで集まって。ここに勤めて何年も経つけれど、あんな盛大な夜会は初めて!貴族の方々のドレスは本当に美しくて」


私が貴族の末席にいることは永遠に黙っていよう。


「そういえば、第一王子は婚約者が見つかったのでしょうか」

「それが誰とも踊られなかったそうよ。どなたか心に決めた方でもいらっしゃるのかしら」


(ふーん、婚活戦争はまだ続きそうね)


政略結婚なんて最高の外交カードだからなぁ。国内で見つける気はないのだろう。


「あなたもそういう話題に興味があったのね。王城にはあなたが見たこともないような素敵な男性が多いでしょうけれど、身の程をわきまえて、色目なんて使わないようにね。あなたのためにいってるのよ」


そのあともお前なんか相手にされないから勘違いすんなブース系の小言が延々と続いたが、人の食べ残しじゃない料理をイスに座って食べられる幸せの前では、そよ風みたいなもんである。

誰かが作ってくれた料理ってどうしてこんなに美味しいの。

食堂の人、ありがとう。


そんなことを考えながら、昼休みに押し付けられた外階段の掃除をしていると、メイド長が現れた。


「こんなところにいたの。フラウ、ついてきなさい」


連れてこられたのは、立入禁止と立て札のある城の裏庭だった。なぜかここだけ手入れがされず、草木が視界を遮るほど生い茂っている。


「この奥にある小屋で指示を待ちなさい。それから小屋の管理は今日からあなたがすること」


メイド長は有無をいわせず鍵を押し付けると、忙しそうに去っていった。

訳がわからないが逆らうわけにもいかず、草を手で払いながら進むと、想像していた丸太小屋よりもずっと立派な北欧式のログハウスが見えた。

嫌な予感を抱えて扉を開くと、複数の視線が飛んできた。


「メイドか。出ていってくれ」


入口近くにいた近衛兵らしき背の高い青年に威圧され、どうしようかと思っていると、見覚えのある少年が間に入った。


「隊長、彼女もメンバーですよ。僕が手紙を届けましたから」

「まだ少女のようだが……。いや、失礼した」


青年は素直に頭を下げた。


(これが近衛隊長…ターニャの推しの伯爵家の三男か。ストイックなところがいいとか)


カワイイ顔をした少年はこちらへ向くと、にっこりと笑う。


「その節は、どうも!僕は侍従職のティム・ラッドストーンです」

「先日はありがとうございます。あの、失礼ですけどメンバーって?」


少年に尋ねると、青真珠のついたチャームを自分のポケットから取り出した。


「これですよ。僕も面倒だから、普段は隠してますけど」


少年は苦笑して、周りに目くばせする。

マントを被って姿かたちがわからない人もいるが、先ほどの近衛隊長に、門番、文官に料理人まで、みな胸や手首に青真珠のアクセサリーを身に着けている。

なかなかの美形ぞろいだ。


(これが噂の青真珠の騎士たちか)


「王子は面食いですね」

「何の話ですか。我々は王子直下の特殊外交班ですよ」


少年に耳打ちすると、呆れた顔で告げられる。


(外交……?!)


詳しく聞こうとすると、扉からひときわ麗しい青年が入ってきた。たれ目が色っぽく、長髪から青真珠のピアスがちらりとのぞく。遅れて申し訳ないと柔らかな物腰で中央の円卓につくと、部屋でバラバラに過ごしていた人たちが集まる。


青年は少し離れたところに立つ私に目を止めると、上品に微笑んだ。


「あぁ、初めての方もいますね。ようこそ、特殊外交班へ。第一秘書官のカイト・サザビーです」

「恐れ入ります。ですが私、どうしてここへ呼ばれたのか心当たりがなく」


三大侯爵家である家名をさらりと名乗った青年は、目を丸くする。


「えーっと、リューク王子から話がありませんでした?」

「いえ、お目にかかったこともないと思います。何か間違えがあったようですので、お返ししますね」


とっとと青真珠を返して速やかに退却すべく、ネックレスを服の中から取り出す。


秘書官は金の鎖にぶら下がる美しい指輪をみた瞬間―――

爆笑した。


「あいつ!バカだと思ってたけど!ほんとにバカなの?!」


青年は端正な顔をゆがめ、机を叩きながらゲラゲラ笑っている。

周りの反応も驚いたり、眉を顰めたり、ニヤニヤしたりと様々だ。


(たしかに私には不釣り合いだけどそんなに笑う?!豚に真珠ですいませんね)


青年はひとしきり笑うと、我に返ったのかフ―と息を吐き、姿勢を正した。


「失礼しました、ちょっと驚いたもので。話は聞いてますよ、フラウ・マクラーレン嬢」


マクラーレン子爵の娘か、と周囲が驚く声がする。やっぱり貴族の娘には見えないよな。


「フラウ嬢は共通語が堪能だとか」

「いえ独学なので、少し文字が読めるくらいで。お恥ずかしいレベルです」


カイト秘書官は首を振る。


「この国は長く国交を開いていなかったせいで共通語ができる人間はほとんどいない。特に女性は貴重だ」


指輪を手に黙り込んだ私に、青年は畳みかける。


「この国のおかれている状況はご存じですか?」

「国際情勢が不安定ということだけ」

「そう、今の我が国は火薬庫みたいなもんです。大陸側が虎視眈々とこの国を狙っている。

 戦争を回避するために、我々は王子から密命をうけ、交渉が円滑に進むよう秘密裏に動きます」


青年は真剣な眼差しでこちらを見据える。


「あなたにも出来るかぎりのことを協力していただきたい。この国、この世界の未来のために」


この秘書官、温和な顔をして圧が強い。

気付くと部屋にいるメンバー全員が、こちらを見ている。


(あーあ、仕方ないな)


「お役に立てればいいのですけれど」


一礼すると、秘書官は花が咲いたように笑った。


「期待していますよ。王子の人を見る目はたしかですから」


(あれ、結局王子にはいつ会ったんだっけ?)


確認しようとすると、マントの中から男とも女ともつかない声がとんだ。


「なかなか面白いものをみれたが、緊急招集はこのためかい」

「いやいや、待ちに待った小回りのきく後方支援要員ですから、ついね」


本音はそっちかい。

要は雑用係がほしかったってことね。


「それでは、本題に入ります」


一転して、秘書官は厳しい顔になった。


「今朝、北の岬でダウラー帝国からの密航が発見されました」


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