4.シンデレラお城へ行く
雨、お気をつけて。
その日は朝から雲行きが怪しかった。
「これから台風が来ます。外出はせず、各自備えをしておくように」
上司ガチャSSの執事が珍しく厨房に現れ、お茶休憩中の使用人たちに伝える。
わたし?副菜の作り置き中です。
前世、食卓に最低でも5品ないとキレる家族のもとで育ったせいで、ついつい品数を揃えてしまう哀しい習性である。
あれからしばらくして、王子帰国のニュースが大々的に新聞を飾り、王都は王子の噂話で持ちきりになった。
事前に執事へ情報は伝えておいたので、心得た執事は流行りの仕立て屋を呼び、義姉たちは金に糸目を付けぬオーダーで新しいドレスを仕立ててご機嫌だった。
…はずが、どこで聞いたのか、伯爵令嬢と同じ王室御用達のメゾンでドレスを作りたいと我儘を言い始めた。頼む、身の程を知ってくれ。
「先日仕立てられたドレスはお似合いでしたが」
「あんなドレスじゃだめよ!王室御用達のメゾンで仕立てたいの!もっと私の可愛さが引き立つような、可憐で清楚な感じのドレスでなきゃ!王子の隣に並ぶからには、それにふさわしい一流の服装でないと」
すっかり見初められる気満々の義姉である。そのポジティブさ、しびれるぅ。
「紹介制ですし、すでに予約はいっぱいで年内は難しいと」
「あんた、私が王子に選ばれるのが妬ましいんでしょ。だからそんな意地悪をするのね」
すっかり被害者モードな義姉は大袈裟にため息をつく。
「優しいお姉様のためにせめて自分のできることをしようと思わないのかしら」
(罵声をあびせてくれる義姉ならいますけど……。このモラハラ特有の発想の飛躍がすごい)
黙って聞いていると、苛立ってきた義姉が怒鳴る。
「私の未来がかかってるのよっ!なんとかなさいよっ!」
食堂に金切り声が響き、トマトスープの入った皿が飛んでくる。
(あーやめてやめて、トマトはやめて)
白い壁紙につくと落とすのが大変だ。
身体を張ってスープに当たりに行くと、避けようとしてぶつかったように見えたらしく、ほんとグズね!と義姉が楽しそうに笑った。
いつも私のことを透明人間のように無視する義母が命令する。
「与えられた仕事も満足にできないなら、庭掃除でもしていなさい。私がいいというまでね」
外はすでに雨風が強くなっており、窓には大粒の雨が打ち付けている。
早く出ていけと追い立てられ、仕方なく着の身着のままで庭にでた。
義姉たちは濡れネズミになった私をみて溜飲が下がったのか、鍵を閉めるように侍女に言いつけ部屋から出ていく。心配そうにこちらを伺う侍女に、大丈夫と目で合図を送る。
(今日は1日、庭か)
家を無一文で追い出されるのには慣れている。
前世ではコンビニやゲームセンターなど深夜でも時間が潰せる場所はあったが、身の危険も多く、閉店後のスーパーのトイレに隠れて一晩過ごしたこともあった。
一度、真冬に高熱があるのに追い出されたときは警察に行ったが、外面の良い家族のせいで虚言癖扱いされ取り合ってもらえなかった。
(それに比べたら庭なんて私有地だし、安心して眠れるわ)
台風は来てるけど、凍え死ぬことはなかろう。
(大雪で電車もバスも止まってるのに上司に這ってでも出社しろと言われた日々を思えば全然)
シンデレラの義母よりキツイ日本の労働環境ってどうなの。前世を思い出し、あらためて身震いする。
(どうせなら外壁の掃除でもするか)
レンガをブラシでこすり洗いしている間にもどんどん雨風は強くなり、今は前が見えないくらいだ。
(あ、ついでに身体も洗っておこう)
私の部屋のお風呂は義姉に蛇口をボンドで固められてから、長らく使えないままになっている。
義姉はときどき私の部屋を物色しにきては物を盗ったり壊したりするのだが、この間は適当な私物をお供えし忘れてしまい、ついに風呂を壊された。
それ以来、夜中にこっそりと使用人の共同浴場の残り湯で、身体を洗っているのだが、シャワーを使ってバレるとまたうるさいので、盥の中で髪を洗っている。そのせいか、どうもスッキリしない。
(久しぶりのシャワー!)
るんるんでバルコニーの影に身を丸め固形せっけんを泡立て、髪をゴシゴシと洗っていたときだった。
「あの……何をしてるんですか?」
王宮の制服を着た侍従と思わしき青年未満の少年が、裏門から呆然とこちらをみていた。
(おいおい、こんな日に出歩くなよ)
自分のことは棚に上げ、仕方なくかわいい顔をした少年の方へ駆け寄る。
「どちらさまですか?」
「僕は王宮からの遣いですけど……えっと、大丈夫ですか?」
会話をしている最中にも暴風雨が頭の泡を流していく。目に染みるな。
「これはお見苦しいところを」
表門にまわるよう伝え、急いで髪を結びなおし、チャイムを鳴らして執事を呼ぶ。
義姉たちも王宮からの遣いときいて、部屋から出てきた。
「王宮からの?!王子様からね!」
侍従の手元には金色の封筒がある。
「こちらが王子の帰国を祝う舞踏会への招待状です。国内の全貴族が対象となります」
「あぁ、やっぱり王子様は私に会いたいのね」
人の話を聞かないことに定評がある義姉は喜色満面で、金色の封筒を少年の手から奪い取った。
少年は、続いて青い封筒を取り出す。
「こちらは召喚状になります」
「召喚ですって?」
「はい、これから王宮が忙しくなるので一定期間、使用人として奉公するよう命が出ております」
「私はいやよ」
義姉が即答すると、少年は慣れた様子で答える。
「この封筒に書かれた要件を満たす方ならどなたでも構いません」
「あぁ、そうしたらあの子がいいわ」
出ていくタイミングを失い、玄関の隅で床を濡らしていた私を指さす。
「あの……奉公される方の身元は、子爵家で保証する必要がありますが」
「こちらは子爵家のご令嬢です」
「えっ?!」
執事の紹介に、少年が驚愕する。だよね。
「私には王城の使用人は、とても務まりません」
(そんな人目があるところじゃ、雑用魔法つかって楽できないじゃん!)
今のスローライフな下働き生活を手放したくないと抵抗するが、義姉にあんたがいなくなると清々するわ!と一蹴される。
少年はオロオロとしていたが、執事が頷くのをみて、私に封筒を手渡した。
「ではこちらはあなたに。舞踏会の日までに登城してくださいね。この青い封筒が許可証になりますから忘れずに!」
少年は感じよく笑うと、次があるのでと慌ただしく出て行った。
(封筒、濡れてないな。あの子がいた跡も水滴ひとつ落ちてない。……ユニークスキルか)
希少な特殊魔法の使い手を、メッセンジャーがわりに使う王城は層が厚いのかなんなのか。
*
結局なかなか後任が見つからず、登城期日ぎりぎりの舞踏会の日となった。
大騒ぎで舞踏会へ向かった義姉たちを見送った後、ボストンバッグに洗顔用具と着替えを2セット詰め、執事に挨拶をする。
困り顔も似合うダンディな執事から、こちらをと小さな箱を渡された。
「これは?」
中には細い金細工のネックレスが入っていた。
「いざという時のために身に着けておくといいでしょう」
「……ありがとうございます。本当にお世話になりました」
「王城の図書館には素晴らしい本が揃ってますよ」
どうして王城の内部まで知ってるのかなんて、謎多き執事にはもはやつっこめない。
「どうぞお元気で。いつでもお帰りをお待ちしております、お嬢様」
やさしさに感動していると、笑顔でちゃんと戻ってこいよ、とくぎを刺され送り出された。
今夜は舞踏会のせいで、付近一帯は通行止めだ。
仕方なく王城まで、すかすかのボストンバッグを胸に抱え歩いていく。
シンデレラは魔女がかぼちゃの馬車で送ってくれたのにな、現実は甘くない。
いつもの倍時間をかけてトボトボと夜道を進むと王城が見えてきた。
美しくライトアップされた王城から漏れ聞こえる華やかな音楽を横目に、裏口の使用人通用門へまわる。門番に青い封筒をみせるとすぐに中に通され、少し年上のメイド服をきた少女が迎えに来た。
「あなた、名前は?」
「フラウです」
貴族と知られると面倒なので、あえて苗字は告げないでおく。
そばかすが可愛いメイドの少女はターニャと名乗り、私の劣化が激しい服装を一目見て心配そうな顔をする。
「あなた、経歴は?何か特技はあるのかしら?」
「子爵家で掃除や洗濯の下働きをしていました。特技といえるものは、なにも」
「そう、じゃあなたも下級メイドね!悪いけど、酷い恰好ね。給金が入ったら服を買ったほうがいいわ」
「そうします」
面倒見がよいターニャは城内を案内しながら、いろいろな噂話も教えてくれる。
「あなた恋人は?」
キラキラした目で聞かれ、首を振ると、ターニャは唇をとがらせた。
「私もね、王城でいい出会いがあればいいなーと思って奉公に出たんだけど、なかなか難しいわね。
あ、でも青真珠の騎士たちはとっても素敵だから期待してて!」
「青真珠の騎士?」
耳慣れない単語に、思わず聞き返す。
「青真珠って、滅多にとれない希少な真珠のことですよね?」
「そうそう。新しく任命された近衛隊長や王子の秘書官がさりげなく身に着けてるんだけど、青真珠のアクセサリーは第一王子直々にスカウトされた証なんですって。皆さま優秀で仕事もできて、容姿端麗!青真珠の騎士って呼ばれて、ファンクラブもあるのよ~」
語尾にハートマークをつけて教えてくれる。
(まぁ私には関係ない話だな)
制服はこれ、明日は5時に起きて、と諸々の事務手続きを済ませたあと、部屋に案内される。
ベッドと小さいテーブル以外なにもおけないような狭い部屋だが、1人部屋だ。ありがたい。
荷物を整理してベッドのうえでひと息をつくと、深夜0時の鐘が鳴った。
窓の外が明るくなったのでカーテンを開けると、鐘の音に合わせて、魔法で花火が打ち上がっていた。
(新しい職場…そういや、また公務員か)
沈む気持ちとは裏腹に、盛り上がっていくカラフルな花火をぼんやり眺める。
そんなときだった。
最後の鐘を合図に、ベッドサイドに置いていた青い封筒から白い煙が立ち上った。
(えっ?!)
焦って封筒をつかむと、ポンッと音をたて突如封筒が消えた。
その代わりに手のひらに残ったのは――――
青く淡く光る真珠がついた指輪だった。