3.嵐の前の静けさ
暑い中、おつかれさまです。
義姉の指定した菓子は、城下町で1番人気の洋菓子店のものだった。
炎天下の中、店の前にはすでに長蛇の列ができている。嫌がらせの中ではカワイイ方だ。
(発売と同時に完売する人気公演のチケットを手に入れろと言われた時は、面倒だった)
両手両足をつかって一気に電話10台をかけられる特技は、どこかで使える日が来るのであろうか。
粛々と最後尾に並び、本を読みながら、よそのメイドたちのおしゃべりにさりげなく耳を傾ける。
気になったのは、ベテランメイドと新人メイドの会話だ。
「王子が留学から帰ってくるそうね」
「え?王子が?」
「あぁ、クイード王子じゃなくてお兄様のリューク王子、第一王子の方よ。10年前に留学されてから一度も帰国されてないから若い子は知らないかもね」
「留学って、海を渡られたってことですか!?」
「そうよ。無事に帰ってこられるといいけど」
「リューク王子って、どんな方なんですか?」
「まぁ王族なのに船に乗る危険をおかして留学されるくらいだから、ちょっと変わり者ね。でも女王様に似て美しい方だそうよ。昔、お嬢様が騒いでたわ」
「ご結婚は?」
「結婚どころか、婚約者もいらっしゃらないわよ。ずっと留学されてたからこれから探されるみたい」
(そういや、この国には王子が2人いたな……兄王子が帰国したら婚活戦争が始まりそう)
このぶんだと、貴族の適齢期の娘は全員ドレスを仕立て直すことになりそうだ。
レースの内職をすこし増やしておこう。今日売るだった予定のレースも、若い娘向けのデザインにした方が高く買い取ってもらえるかもしれない。
(イケメンをめぐる女の戦いは怖いからな……)
イケメン上司の下で働いていたときは色目を使うなと絡まれたり、化粧ポーチを隠されたり散々だった。結局、全身黒づくめですっぴんぼさ髪の葬式スタイルでいるのが一番絡まれないと気付いてから、いまでもその路線を貫いている。
(当時はイケメンにとりついた死神って呼ばれてたな)
前世も今世も、おしゃれとは無縁の人生らしい。
すこし切なくなりながら、執事の紹介でずっとお世話になっている本屋へ向かう。
「お嬢さん、ちょうどよかった。アガタの新作、入荷したよ。原書だけど大丈夫かい」
「本当ですか!はい、翻訳待てないので、原書で読みます!」
娯楽が少ないこの世界で、新作本は貴重だ。
この本屋では、お向かいの大陸の共通語をはじめ各国の言語で書かれた原書が手に入る。
大陸側とはまともな国交もないのになぜ本がと謎だったが、店主が企業秘密と言いながら漏らしたところを察するに、どうやら文字だけ魔法で飛ばす方法があるようだ。
(ユニークスキルか魔道具か。FAXみたいもんかな)
大陸共通語の文法や単語は、ラッキーなことに前世の英語に酷似しているのでほぼ理解できる。
ほかの国の言語も中国語やフランス語に近く、前世の記憶で何となく読むことだけはできる。
(前世の記憶なんていらないけど、言語スキルを前世から持ち越しできたのはうれしい)
ほかにも何冊か本を選ぶと、店主にお礼をいい、軽い足取りで国立公園へ向かう。
王城の目の前にある自然公園は一般開放されており、老若男女が思いのまま過ごせる憩いの場だ。入り口の屋台でウインナー入りパンと林檎ジュースを買い、人気のない方へ向かう。
順路から少しそれた小道のさきには、ちょうど木陰になったベンチがあり、通路からは死角になって見えないため、お気に入りの場所になっている。
(良かった、誰もいない)
ベンチに腰かけ、パンをジュースで流し込む。どうも早食いが癖になってしまっている。
いかんいかん、と思いつつハンカチで手をふき、カバンの中から先ほど購入した本をいそいそと取り出す。
そしてもうひとつ、二重底に隠しておいたシガレットケースを出す。
(こそこそタバコを吸うなんて、不良高校生みたい)
自分に苦笑しつつ、細い葉巻をくわえ、マッチで火をつける。
魔法で火を出せないことはないが、下手に魔法を使って貴族だとバレたくないのとマッチの火のほうが美味しい気がして、このときだけはなんとなくマッチを使っている。
前世でタバコは吸わなかったが、この国の葉巻は香りに雑味がなく複雑で、深く息ができる。
(んーーーーーっ)
吸うと焦げたキャラメルのような香りが鼻から抜け、身体から力が抜けていく。
今世での最高の贅沢だ。
ベンチにもたれて息を吐き、風が葉をゆらす音にしばし耳を傾ける。目を瞑り、久しぶりの休息を味わっていると人の気配がした。
慌てて姿勢を正すと、現れたのは王城の兵士の制服を着た黒髪の男だ。
半年くらい前から時々見かけるようになったが、まぁお互いサボり中というのは一目瞭然なので、特に干渉することはない。
だから、話しかけられたのはこの日が初めてだった。
「悪いが、火を貸してくれないか」
「……マッチしかないですよ」
充分だというのでマッチを手渡すと、膝の上に置いていた本が目に入ったらしい。
「共通語ができるのか」
「少しですけど」
「これから活躍の場が増えるぞ」
どういうことなのか分からず黙っていると、男は少し間を空け、話を続ける。
「太陽光を原動力とする新型船が大陸で開発されたんだ。航海期間は今までの十分の一程度になり、船の安全性も格段に上がった」
(えっ!それって、産業革命レベルの発明では!?)
この世界以外の記憶をもって生まれた人間が私以外にもいるんじゃないかと思ってはいたが。私が楽して床を磨いている間に、どこかの誰かさんはしっかり役目を果たしていたのかもしれない。
「それって誰が発明したんですか?!」
「変なことを聞くな」
「……少し気になっただけで。これから人も物も流れが変わりますね」
頭の中に、この世界の地図を思い浮かべる。
この王国は、U字型の大陸に囲まれ、その湾曲の真ん中にヘソのようにポツンと存在する島国だ。
完全独立国で、大陸側の国々との国交や貿易はほとんどない。
先ほどの王子が変人扱いされていたように、海を渡る手段がまだ安全ではないからだ。
今までは大陸の先端から反対側の先端へ行こうと思うと、時間のかかる陸路か、より危険な海路しかなかったわけだが、今回の新型船の開発で安全で効率のよい海路という最高の選択肢ができたわけだ。
これから人の交流や物品の交易は、活性化していくだろう。
そしてその中間地点に位置する我が国の立ち位置は……
「まずいな、制海権争いのど真ん中だ」
思わず口に出してしまう。
黒髪の男は聞き逃さなかったらしく、大きく頷き同意する。
「その通りだ。これからこの国は、大陸側の国々から国交を開くよう圧力をうけるだろう。そして下手をうてばこれ幸いと属国にされる。もともと大陸側の3国も微妙なパワーバランスで成り立っているから、どこの国とどのような関係を築くかも注意しないといけない」
黒船到来の日本か。ため息しかでない。
「しかしよくそこまで一瞬で理解できたな。共通語も読めるし、貿易商人の娘かなんかか?」
さすがに貴族の娘が一人で葉巻をふかしてるとは思わなかったらしい。
音信不通の父は海外で国の仕事しているらしい(絶対左遷だ)ので、貿易商人と似たようなもんだろう。
「娘でなくて使用人ですけどね」
「そうなのか」
「でもそんなビックニュース、初めて聞きました」
「あぁ、まだ各国極秘にしているからな」
なんでそんな情報を!とぎょっとして男の顔をみると、随分顔の造作が整った男だ。
今まで気が付かなかったのが不思議なくらい、舞台俳優のような華とオーラがある。
男は不躾な視線に、目だけで微笑み返した。
(あ、これは自分の魅力を知ってるタイプだな)
イケメンに関わるとロクなことがない。ここにもしばらく来ないほうがよさそうだ。
そのまま荷物をまとめ一礼して、男の前から立ち去る。
私の後ろ姿をみながら、男が上機嫌でタバコの2本目を宙から取り出したとも知らず。
いつか船が流通したら海外旅行してみたいなとか、もしかして語学チートを武器に家を出て就職できるかもとか、少し明るい未来を夢見てしまっていた私に、平手打ちをくらわせたのは一通の手紙だった。
閲覧、ありがとうございます。
こちらも暇つぶしによろしければ。
アラフォーがいにしえ(昭和)の知恵で、異世界トラブルを解決します!
https://ncode.syosetu.com/n6106ih/