2.シンデレラ(イージーモード)
毎朝、おつかれさまです。
こうして美しい海に囲まれ、緑豊かな島国であるファウンテン王国に転生した私には、意地悪な義母と連れ子の義姉がいる。
父が再婚する前は子爵令嬢として大切に育てられていたことを、この屋敷の執事以外、誰も覚えていないだろう。あぁ短い夢だった。
今の私は、まさしくシンデレラ状態だ。
時々亡くなった母の姉という人がお菓子やレース、本を送ってくれているらしいが、お菓子が私の口に入った試しはなく、美しいレースは姉のドレスに縫い付けさせられている。
義姉たちがごみ箱に捨てた本だけは、こっそり拾い上げて隠し持っている。
文字なんて読まないくせに、私が大事にしているものは奪いたくなるらしい。
パーティだ夜会だと飲み歩いているわりに、縁談が一向に来ないところをみると社交界の評判もよろしくなさそうだ。そしてそんなときの義姉たちの寝起きは、特に最悪だ。
「ちょっと!なんでぬるい水なんて持ってくるのよ」
顔に水差しを投げつけられる。床も私もびしょぬれになり、思わず真顔になる。
「なに?睨んだわね、あんた何様のつもり?」
「いえ、目つきが悪くて申し訳ございません」
「陰気な顔して、本当にブサイクね。あんたのしみったれた顔をみたせいで朝から不快だわ」
義姉はキーキーと怒鳴り散らす。
(前世の先輩もヒステリー起こして大変だったな)
「なにぼんやり立ってるのよ!さっさと床を拭きなさいよ!」
「拭くものを持ってまいります」
「今すぐ拭けって言ってるの!私が濡れるでしょ?そんなことも分からない馬鹿なの?」
「失礼しました」
(この人、罵倒のバリエーションが少ないんだよな。もっと人格否定するやつくれないと、ぬるいぬるい)
エプロンを外して拭こうとすると、再び待ったがかかる。
「エプロンじゃなくて、あんたのその服で拭きなさいよ。どうせ雑巾みたいなもんでしょ」
義姉は意地悪く笑う。
仕方がないので、その場にしゃがみこみ、着ている黒いワンピースの裾で床を拭く。
(上司のゲロをスカートで受け止めたときのことを思えば全然いける)
びしょ濡れで這いつくばる私をみて、やっと満足したのか、義姉は侍女と食堂へ向かった。
鬼のいぬ間に、部屋の掃除を始める。
床やベッドに散らばったものをまとめれば、あとは雑用魔法がしてくれる。
『もどれ』
魔法の言葉で、ベッドのシーツが元に戻っていく。
インプットしておいた作業を、単純に繰り返すだけの魔法だ。
便利だが、作業を記憶させるためには自分で一度その作業を行う必要がある。
さらに記憶した作業は正確に繰り返すことしかできないので、ベッドメイキングを覚えさせたところで、形の違うベットには使えない。
(ほんと、毎日の雑務には便利だけど融通がきかない魔法よね)
この世界はいわゆる魔法の国で、貴族なら誰でも魔法が使えるがユニークスキルと言われる特殊魔法を使えるのは一部だ。私が授かった魔法もその一つのようだが、地味なうえ雑用にしか使い道がないので、誰にも話したことはない。
むしろこんな雑用魔法で手を抜いているとわかれば、義姉たちにどんな嫌がらせをされるか分かったものではない。
部屋の掃除を倍速で終え、義姉に見つからないよう厨房へ逃げ込む。
この家に料理人はいない。義姉たちの我儘に耐え切れず、最後の料理人がキレてダイニングルームに生卵をぶちまけて以来、私が料理も担当している。
(職場でも上司のパワハラにキレた新人が生卵ぶつけてたっけな)
卵に、もっと楽しい思い出がほしい。
さぁ腕まくりをしたら、使用人たちの朝食の後片づけだ。お皿を流しに突っ込み、いつもの雑用魔法で綺麗にしていく。
その間に立ったまま残り物のパンや野菜の切れ端を口に入れ、急いで野菜や肉の下処理をする。
私の朝食はいつもこんな感じだ。
日本でもこんなもんだったな。徹夜明けで家族の朝食やお弁当つくって、夜ごはんの仕込みやたまった家事をして、水も飲まずに仕事に行く生活。
(通勤電車ないの、ほんと天国)
厨房の作業がひと段落したところで、次の雑用が待っている。
「皆さまの本日のご予定はいかがでしょう」
義姉たちの動向をチェックすべく、ロマンスグレーな執事に尋ねる。
この屋敷の古株で、この家がなんとか貴族としての面目を保てているのはこの人のおかげだろう。
(どうしてこんなまともな人が、ここにいるんだか)
そんな彼はいつも私をみると、少し困ったような顔をする。そりゃ気まずいよな。
「奥様方のご予定ですね。昼はバラン子爵家を訪問、夜はジット男爵の別荘で夜会とのことでした」
「昼も夜もいらないってことですね」
軽食だけ用意しておけば十分だろう。
こんな日は使用人の食事だけでいいので、少し手抜きができる。
弾んだ声を出さないよう、気を付ける。
「そうしましたら城下へお義姉様に頼まれたお菓子を買いに行ってきますけど、他になにか必要なものはありますか?」
「本屋でなにか適当な本を買ってきてくれますか。書斎の本を入れ替えたいので。代金はこちらで、お釣りは手間賃です」
執事がウインクで、封筒に入ったお金を手渡してくれる。重たい。
「承知しました」
これは執事からのご褒美だ。
海外にいる音信不通状態の父の代わりに、書斎の本を選ぶという名目で、好きな本を買わせてくれる。最初は真面目に選んでいたが、どうせ誰も読まないことに気付いてからは私の独断と偏見でチョイスしている。
多めに持たされた代金は、茶でも飲んで来いということだろう。
(雑用魔法と理解のある上司、最高すぎる!)
「いってきます!」
浮かれた足取りで、街へ出た。