告白は計画的にっ!
千の言葉を書き連ねたはずだった。あまりにも彼女の美しさに心酔しすぎて、ラヴレターの前の説明の部分で既に巻物になってしまった悲しい手紙がいくつも僕の机の中に眠っているというのに、いざ彼女の前に立つと言葉の一つも出てこない。
万の言葉で彼女を飾った筈だった。彼女について語るときは失礼のないように、飽きが来ないように、毎回表現を変えて彼女の可憐さをあらゆる人に伝えてきたというのに、いざ彼女の目の前に立つと全てが吹き飛んでしまった。
出来ることなら仕切り直したい。出来ることなら目の前の彼女に爽やかに別れを告げて、告白の台本を書き上げて次に臨みたい。出来ることなら、20分の時間の全てをやり直したい。
なんて考えている間にも時は着々と流れていき、彼女のカモシカのような脚には着々と乳酸が溜まっている。このままでは彼女の脚を鍛えてしまって、カモシカのような脚が喪われてしまうかもしれない。
それはいけない。
しかしどうしたものか。僕の口は開くことを忘れてしまったかのように上唇と下唇がくっついたままだし、喉は震えることを忘れてしまったかのようにかすれた空気を吐き出すだけだ。まったく、不甲斐ない奴め。
彼女、水野さよりは天使のような微笑みを少々曇らせた。
「日ノ下くん、大丈夫?」
「ううううん! 大丈夫だよ!」
僕はどもりながら何とか返事を返す。その勢いで告白の言葉を口にしようと思ったけれど、僕の口は再び堅く閉ざされた。なんて意気地の無い。さよりちゃんを困らせる僕なんて早く振られてしまえばいい。
それよりなんて優しいんだろう、さよりちゃんは! 寒空の下、これだけ待たせている僕に怒るどころか心配してくれるだなんて!
僕は、さよりちゃんの優しさに報いなければならない。早く、告白の言葉を口にして振られて、暖房の効いた校舎の中に避難してもらわないと。何とか、何とか一言。それさえ口に出せれば……。
さよりちゃんは僕とのにらめっこに飽きたのか、ふいと上に視線を移す。
「いい、天気だね」
僕もつられて上を見た。空は一面の青、綺麗な秋晴れだ。これ以上の告白日和は無い。僕は力いっぱい息を吸う。重かった口が開く。
「水野さん!」
顔が熱い。僕の顔は、多分真っ赤だろう。でも、構うもんか!
「水野さん、僕と……」
「ちょっと待って」
さよりちゃんは僕の言葉を遮って、僕に近づいてくる。僕の心臓は張り裂けそうに高鳴り、顔どころか耳まで熱くなってきた。このまま抱きしめたい。でも、抱きしめる勇気がない。
さよりちゃんは僕の目と鼻の先で止まり、右手のひらを僕の顔へ。何が何だか分からなくなって、僕は眼を閉じる。ひんやりとした、ふんわりと柔らかい手が僕の額に触れた。
「やっぱり」
さよりちゃんはそう言って、手を引っ込める。ひんやりとしたぬくもりが去っていくのが悲しくて目を開ける。さよりちゃんは咎めるように、綺麗な柳眉をハの字に歪めた。
「熱、あるでしょ。無理しちゃだめだよ」
「え、ちが」
僕が否定の声を上げる前に、さよりちゃんは僕の手を取り、ぐいぐいと引っ張る。
「保健室まで付き合ってあげる」
「……うん。ありがと」
告白できる空気じゃなくなって、僕はうなだれるように肩を落とし、さよりちゃんにひかれるままに歩きだした。ただ今は、好きな女の子と手を繋いでるっていう喜びを噛み締めておこう。
翌日。
「はははは! あんたバカでしょ!」
「まさか不発に終わるなんて思わなかったよ」
僕は教室で、二人の幼馴染、腐れ縁の紗奈恵と敬志に囲まれて笑い物にされていた。僕は猛然と反応する。
「仕方がないだろ! そういう空気じゃなくなっちゃたんだから!」
「最初からそういう空気じゃないって」
紗奈恵はさも愉快そうに腹を抱えるようにして笑っている。敬志は堪えようとしてはいるようだけれど、口もとの歪みまでは隠せていない。
「まぁまぁ、嫌われたわけじゃないんだから、まだチャンスあるって」
「笑ってるやつに慰められてもね……」
僕のテンションは朝だというのに下がりっぱなしだ。こいつらのせいで。
「それより敬志ィ。カケはあたしの勝ちね。ほら、野口さんよこしなさい」
「アホ、コクってもいないんだから無効だよ無効!」
「お前ら、友達の色恋をネタに賭け事なんて最低だよ!」
ぼくは力の限り叫ぶ。と、同時に教室の引き戸がガラガラと開いた。
「お早う」
さよりちゃんだった。さよりちゃんは僕を見つけると微笑みを浮かべた。僕はぎこちない笑みを返す。頬が少しだけ熱くなった。
「よかった。元気になったみたいだね」
「う、うん。昨日はありがとう」
僕がそう返すと、さよりちゃんは天使の笑みを僕に披露して、自分の席に着いた。
「さよりちゃん……」
僕のことを気にかけていてくれたことに感動して、ちょっと涙が浮かんできた。やっぱり、さよりちゃんは優しい。と、いきなり頭を小突かれる。
「面白くないなー、もう」
「何すんだよ、紗奈恵!」
「コクれもしない意気地無しのくせに得意げになってるからよ」
紗奈恵はいーっと意地悪な顔を僕に見せて自分の席に戻って行く。敬志もつづいて席へ戻って行った。
「なんなんだよ、もう」
僕はガサツな紗奈恵に腹をたてながら、ちらりとさよりちゃんを盗み見る。いつもと変わらない、神々しいまでの美しさ、可憐さだ。僕はほう、とため息をついて、机の中から一時限目の授業の教科書を出す。今日も一日、頑張っていけそうだった。
久しぶりの短編、というか久しぶりの作品、楽しんでいただけたでしょうか?
実は、私もいつの間にか社会人になってしまっていて時の流れを感じ、過去(2006年頃)に応援していた作者様がほとんどいなくなっていて寂しく思っている今日この頃です。
私自身は細々と活動していくので今後ともよろしくお願いします。
感想、評価が私たち作者の原動力ですので、一言ありましたらよろしくお願いします。