『お前のような女とは婚約破棄だ!』と、銘打たれた封書の内容が長すぎるし、文面は誤字脱字だらけで汚いしほとんど読みきれないので、殴り込みに行きますわ!
短編です。気ままにお読みください!
『お前のような女とは婚約破棄だ!』
と、銘打たれた封書の中身を見て、私は唖然としていた。
ええっと……ナニコレ?
今朝の事。
私が屋敷の庭の花壇に水やりをしていると、王都からやってきたという見たこともない飛脚の男が「貴女宛の急ぎの封書です」と言って、私へと妙に分厚い一通の手紙を手渡した。
その白い便箋を開くと、侯爵家の御子息であり私の婚約者でもあるラドル・エイルゼンの名前の後に、婚約破棄だと銘打たれた文面が記されていた。
あまりに唐突な事すぎて目を丸くはしたが、ひとまず手紙の内容を読みあげようと私は試みる。
しかし。
「んーと……メイリル、お前はブスだし、人をいじめるし、家族を大事にしないし……えぇと……ほ、欲しい、もの、は全部持ってっちゃうし、自分勝手だし、もう我慢ならない。んん、と……さ、更に言わせてもらえば強欲だし、魔法下手くそだし、げ、下品だし、暴れん坊だし、可愛いいも……」
読み上げているうちにイライラが募った。
内容に対してももちろんそうだが、何よりも。
「あああーーーッ! なんなんですの、このクソきったねぇー文字は!? ミミズがのたうちまわってんですの!? 下手くそすぎるし、誤字脱字だらけですし、読みにくすぎるし、その上長文すぎてクッソイライラしますわぁーーーッッ!!」
「……お嬢様、早朝の花壇の前で『クソ』は下品でございます」
「だまらっしゃいッ」
執事のセバスチャンが背後で静かに私を窘めた事にもイラっとした。
確かに私はこれでもこの屋敷の持ち主である辺境伯、メイガース家の伯爵令嬢ではあるものの、普通の貴族令嬢に比べてお淑やかであるとは言い難い。
一言で言うと、わんぱくである。
しかしそれでも、そんな私が良いからと半ば強引に私と婚約関係を強要してきたのは、この手紙の主であるエイルゼン家の、ラドル本人なのだ。
それが何故突然こんな手紙を!?
それにタイトルの『お前のような女とは婚約破棄だ!』の文字はまだ比較的丁寧で読みやすかったけれど、中身の文章は内容も字もとにかく酷過ぎるッ!!
「ああ! もうこんなの読んでらんねーですわ! セバスチャンッ! 馬車と御者、それに私の荷を準備なさいッ」
「エイルゼン家へ行かれるのですか?」
「当然ですわッ! 五分で用意なさいッ!!」
そう言って私はズンズンとお屋敷に戻り、出発の準備を整えた――。
●○●○●
私、メイリル・メイガースは短気で粗暴だ。
対して淑女の鏡だといつも褒められまくっている少し歳の離れた妹のイライザと、夜会などでよく影でこそこそ比べられたりするが、そういう時は更に態度を悪くして「なんですの!? 文句があるのなら面と向かって来たらどうなんですの!?」と高圧的に行くので、余計に評判は悪い。
私は我慢が苦手らしい。自分でもわかってる。
でも仕方ない。ムカつくもんはムカつくのだ。
腐ったフルーツみたいにウジウジしてんのは腹立つんですのッ!
だから私は今もこうして、婚約破棄を手紙なんぞで送りつけてきたクソ軟弱侯爵家の前にまでやってきて、
「開けやがれですわ、この軟弱クソ男ーーーッ! 文句があんなら直接言いやがれですわぁーーーおらおらおらぁ!」
と、暴言を吐きまくりながら、淑女なんてなんのその、スカートの裾を両手で持ち上げてエイルゼン家の正門フェンスをガシガシと足蹴にしていた。
「ちょ、ちょ、ちょっとお嬢さん! あんた何やってんの!?」
そんな風に私が荒ぶっていると、憲兵さんらしき人たちが警笛を鳴らしながら私のもとへと走り寄る。
大変、私捕まってしまいますの?
でもムカついてムカついて仕方がありませんのよ!
こんちくしょーめ!
「は、離してくださいまし! 私はここの家の軟弱男に用が……」
「っく、おい、こら、大人しくしろッ」
「あああー! 離しやがれですわーーっ!」
「くそ! 連れて行くぞ!」
「はーーーなーーーせーーーッ!!」
私は結局なすすべも無く、憲兵さんたちに連れて行かれてしまうのだった。
●○●○●
「……で、メイリル。キミは一体何をやってるんだ」
でっかい溜め息を吐いて、その男は呆れるように私に言った。
「何もクソもないですわ! 軟弱侯爵令息にヤキを入れて差し上げようと思っただけですわ!」
町の治安を守る為の憲兵たちの拠り所で、私はひとりの憲兵人と話していた。
「全く。私がここにいたから良かったものの……」
「それは本当に助かりましたわ、マルクス」
彼、マルクス・イヴァースは私の魔法学院時代の顔馴染み。
彼は風紀委員長でもあった為か、事あるごとに学院内で問題を起こす私へとちょっかいを出しては窘めてきた。
「で、メイリル。一体なんだって言うんだ? 何が原因で暴れていたんだい?」
「だーかーらー! 何度も言っているじゃありませんの! 軟弱野郎が手紙なんかで婚約破棄を申し付けてきやがったから、文句垂れに言ってたんですのッ!」
「お、落ち着けって。婚約破棄された事はショックかもしれないが、だからといってあんな公衆の面前で侯爵家の門をガシガシ足蹴にする令嬢がどこにいるって言うんだ……」
「ここですわよ! 文句あるんですの!?」
ふんッ! と私はふんぞり返って胸を張る。
「……はあー。とにかく、このままキミを放っておくわけにはいかない。少し事情を説明してくれないか?」
私は言われた通り、マルクスに事情を話す。
「……うーん。いまいち要領を得ないな。何故ラドル殿は突然婚約破棄を? しかも手紙で?」
「知りませんわよッ! そもそも私の事が良いとか言って半ば強引に婚約結んできた癖に、なんで突然こんな手紙を送られてきたのかもわかりませんし、そもそもこんな事、直接言えねーその根性もクッソ腹立ちますわッ!」
「うん、とりあえずメイリル。キミはもう少し落ち着こう。で、この手紙だけど、少し不審な点がいくつか見受けられる」
「不審な点、ですの?」
「そう。まず文字の汚さ」
「それは不審なというより、ラドル様がただへったくそなだけですわ!」
「キミはこれまで彼の文字を見た事は?」
「ないですわよ、このお手紙が初めてですもの。でも幻滅しましたわね。字はきったねーし、直接言えないその根性も……うがぁー! イライラしますわぁ!」
「うん、落ち着け。うーん、とりあえずなんか妙だな? エイルゼン家の嫡男がこんなにも下手くそな字で、何故こんな回りくどい真似を……」
「だーかーら! それを確かめる為に、私は正門をガシガシしていたんですのよ! こうなれば貴方も一緒に行きますわよ!?」
「いや、駄目だろそれは……。だけど、この婚約破棄の手紙については些か気になるな。私も少し調べてみるから、メイリル、キミは今日は帰るんだ。あと、その手紙は私が預かろう」
「手紙は良いですけれど、帰るのは嫌ですわッ!」
「いや、帰れってマジで……」
それからも私はそこでしばらく文句を言い続けたが、結局マルクスに従い、今日のところは身を引く事にした。
●○●○●
数日後。
「お嬢様、マルクスと名乗る者がやってきております」
執事のセバスチャンが私にそう言ったので、私は飛び出すように彼を迎え入れた。
「この前の件、どうなりましたの!?」
「屋敷に連れ込むなり、直球だね……。うん、じゃあ少し話そうか」
マルクスは淡々と説明を始めてくれた。
「まず、あの手紙なんだが、あれはラドル殿が出したものではないよ」
「え?!」
「メイリル、キミから預かった手紙に微かな魔力痕を感じてね。少し調べてみた。そうしたらあの手紙の出所が判明したよ」
「その言い方だとエイルゼン家ではない、という事なんですのね!?」
「そうだ。その場所は、なんとここだ」
「はあーーーッ!? 何言ってやがんですの!? ここは私のお屋敷ですわよ! マルクス、貴方、頭おかしくなってんじゃないんですの!?」
「うん、落ち着け。とりあえず私の肩を掴んでぶんぶん揺さぶるのはやめるんだ」
「落ち着いてられるかぁーーッ! どういう事なのか、さっさとお話になりやがれですのッ!」
「どういう事なのかはもうすぐわかる! だから、もうすぐ訪れる彼に直接話を聞こう」
「なんですの!? 誰が来るって言うんですの!?」
「ラドル殿だ。今回の誤解を解くべく、直接ここにやって来るそうだ」
「あらあら! それは良い度胸ですわぁ! 断罪用のムチでも用意しておこうかしらぁ!?」
「とりあえずメイリル、落ち着け。どうしてキミはそう攻撃的なのだ」
「うるせーーーですの! 私はその手紙を貰った日からイライラしてしょうがないんですの! ラドルの奴、私の気の強いところが好きだの、自信に満ち溢れた表情が好きだのと言って、舞踏会の日に婚約しようって迫ってきた癖に、それなのにあんな手紙なんかをッー!」
バキィ! と、私はすぐ傍の柱にグーパンチをくれた。
その衝撃で丈夫そうな木の柱に若干ヒビが入った。
「マジで落ち着け。キミのパンチは殺傷力すらある」
「落ち着いてられるかってんですわぁーーーっ!」
などと私とマルクスが屋敷で荒ぶっていると、馬車馬の鳴き声が外から響く。
そしてセバスチャンが屋敷の玄関の外より、
「メイリル様。ラドル様がお見えです」
と、言った。
「来やがりましたわねぇ!? 軟弱男ーーーッ!」
「あ! メイリル!?」
私はマルクスの事など放っておき、すぐさま玄関扉を開いて花壇の庭を駆け抜け、馬車から降り立つ人影の前まで走り寄りながら、
「おらぁーーーっ! ここで会ったが三年目じゃないですけれど、覚悟しやがれですわぁーーーッ!」
と、叫びながら、先程用意したムチを振りかざそうとした瞬間。
「やあ、メイリル! 今日も元気そうで嬉しいよ!」
と、涼しげな顔で私の振り抜いたムチをラドルは華麗なステップで回避した。
「はははッ! 今日はムチ遊びかい!? 私のダンスステップでも見たいのかな!?」
スパァン! スパァン! と私が打ち付けるムチをことごとくヒラリ、ヒラリと回避していくラドルに段々と苛立ちが募り、
「だぁーーーッ! 軟弱者の癖に、私の断罪のムチを生意気にも避けるんじゃねえですわぁーーーッ!」
と、怒鳴っていると、隙を見て私の腕はラドルに捕まれ、ぐいっと体を抱きしめられながら、
「ふう。やっと捕まえた、暴れん坊の仔猫ちゃん。今日もキミは一段とわんぱくダネッ!」
と言って、ニカと白い歯で笑顔を見せた。
相変わらず黙っていれば、整った顔立ちのいわゆるイケメンなだけに、私は思わず赤面してしまったが、
「は! 離しやがれですの! 私の事、婚約破棄だの言った癖に、私に触るんじゃないんですの!」
「ふふ、メイリル。それは、誤解さッ!」
パチンッとラドルは私にウインクを飛ばす。
「全ての犯人はそう。そこの影にいる、あの子!」
ラドルが指差したのは、花壇の奥。背の高い植物たちがある温室の影から覗いていた一人の少女。
「え?! ま、まさか」
「さあ、出てきたまえ! イタズラ仔猫ちゃんッ!」
ビシっとラドルがその少女を呼びつける。
すると観念したのか、その少女はおずおずとこちらへ向かってきた。
「イ、イライザ!?」
それは私の妹であるイライザであった。
「……ごめんなさい、お姉様、ラドル様」
バツが悪そうにイライザは顔を伏せて謝っている。
え? 何? これは一体どう言う事なの?
「全てはイライザちゃんの、キミへの愛がそうさせた、可愛らしいすれ違いだったのさッ!」
ラドルはキラっと歯を輝かせながら、決めポーズを取りながらそう言った。
「……私、お姉様がこのラドル様に取られちゃうのが嫌だったんです。だって、婚約者になったらいつか結婚する為に、このお屋敷から出て行ってしまうんですのよね?」
イライザは涙目で俯いてそう呟いた。
ああ……なんだ、そういう事だったのね。
短期で馬鹿な私でもようやく気づく。
「イライザ、もしかして貴女、それで……」
「……ひっく、ひっく。ぐす、ご、ごめんなさい、お姉様、ラドル様……。ふ、二人が、別れてしまえば……お姉様とずっとお屋敷に居られると思ったんです。お姉様を……うっ、うっ……取られたくなかったんですのぉ……うぇぇえー……」
と、言ってイライザは泣き出してしまった。
「……そういう事だ、メイリル。あの手紙を書いたのは、全てこのイライザちゃんの可愛い出来心だった、というわけだ」
マルクスが溜め息を吐きながら、そう言った。
私は思わず釣られて自分も涙目になりながら、
「……もう! 馬鹿イライザッ」
そう言って小さな彼女を抱きしめた。
「私が結婚して、このお屋敷を出たって、何も死んでしまうわけではありませんのよ? いつでも遊びに帰って来ますし、イライザだっていつでもラドル様のお屋敷に来てくださっていいんですの」
「ほ、本当? こうしゃくさまのお屋敷は、みだりに出入りしちゃダメだってお父様やお母様に言われてたし、こうしゃくさまのお嫁さんになったら、お姉様、もう帰って来ないって……だから私は、お姉様にはもうほとんど会えないんだと思って……ふぅぅぅッ! ううぅッ!」
「もう。そんな事はありませんわ。イライザ」
私は笑顔で彼女の頭を撫でてあげた。
「私たちはいつまでも、仲良し姉妹。だから、いつでも遊びに来ていいんですの! ね? ラドル様?」
「ああ、もちろんさ! リトルレディ!」
「ほらね、ラドル様もああ言ってる」
「……うん」
「だから、ね? こんなイタズラはもうしちゃダメですわよ?」
「うん、わかりました、お姉様。ごめんなさい……」
「うん! わかればよろしい! ですわッ!」
こうして婚約破棄などと銘打たれたふざけた手紙の珍事件はあっさりと解決した。
「ちなみにイライザ。貴女、もう少し文字の読み書きのお勉強を頑張るんですわよ? 淑女たるもの、あの字の汚さは少しどうかと思いますわ」
「はぁい。でも結構自分では上手に書けたと思ったんですけれど……」
アレで上手だと思ったのなら、少し心配である。
まぁ、それはいいとして。
「で、ラドル様。貴方は最初から知っていたんですの?」
私が尋ねると、
「ああ! 私は知っていたよ! そうでなければこんな風にここへ直接やってこないだろう?」
「んもう! なんでこんな事、許したんですの? 危うく私が憲兵さんに捕まってしまうところでしたわ!」
「はは、すまない。でも真面目な話、イライザちゃんの気持ちを少しだけ汲んであげたかったんだ。彼女は直接私のところに来てメイリル、キミへの思いを告げて言ったんだ。それを聞いたら、私も少し不憫に思ってしまってね」
ラドル様が言うには、イライザは直接ラドル様のもとへ訪れ「お姉様と結婚しないでください」と、言ったそうだ。
その後イライザは、自分がこんな手紙を作ってきたからこれをお姉様に渡せば二人は結婚しないで済むだろう、という計画をラドル様に伝えたのだとか。
全く。姉離れのできない妹の、可愛いイタズラ劇だったというわけだ。
「更に付け加えるなら、私は見たかったんだ」
少しだけ真面目な顔になったラドル様が言った。
「見たかった、とはなんですの?」
「キミがその手紙を見て、どういう反応をするか、とね。安心したよ、キミはすごく怒ってくれて」
「そりゃ怒りますわよ! こんな事、直接言えないような軟弱男と婚約していたなんて、と思ったら……!」
「いや、違う。キミは私へしっかり愛を持ってくれていたという事に安心したんだ。キミはいつでも強気だろう? 私からの愛の告白もなんとなくで受けてくれたから、少しだけ気になっていたんだ。本当に私を好きになってくれて結婚してくれるのだろうか、とね。でもキミは本気で怒ってくれた。私に愛がなければ怒りもしないだろう?」
「それはまぁ……。で、でもそれって……」
「ああ。キミの事が大好きだから、つい確かめたくなってしまっただけさ。すまなかった」
私は思わず赤面した。
そうだ、よく考えればこのラドル様って人は、これぐらいストレートにものを言う人だった。
それがあんな手紙を出すわけがない。
浅はかだったのはこの私だったのだ。
「で、メイリルお姫様。この私めとの婚約は続行してくれますかな?」
「……ふ、ふん! 仕方ありませんわね! 貴方がそこまで言うんじゃ、婚約破棄しないであげますわ!」
「ふふ、ありがとう。愛しているよメイリル」
「だ、だからー! そういうのをこんな皆の前で言わないでくださいましッ!!」
と、なんやかんやありながらも、こうして婚約破棄騒動は無事沈静したのだった。
全く……ラドル様の、ばか。
●○●○●
――と、万事丸く収まったと思った、その直後。
「あれぇ? ねえねえ、お兄ちゃん」
「ん? なんだい?」
イライザがマルクスの服の裾をちょいちょい、と引っ張り呼んでいる声が聞こえた。
「そのお手紙、字がすごい下手ですわねー?」
「え? だってこれを書いたのはキミだろう? イライザくん?」
「ちょっと見せてくださいまし。えっと……うん、やっぱり。確かにそれを言ったのは私ですわ」
「ん? 言った?」
「はい。タイトルは私が頑張って書きましたの! でもお手紙の中身は私が文を考えて、実際にはラドル様に書いてもらったんですの! 私、長い文を書くのは苦手でしたので……」
と、イライザが軽く衝撃的な事を告げていた。
「「なん……だと……」」
私とマルクスは同時に目を見開く。
あのタイトルよりも強烈に下手くそでミミズがのたうち回ったような字は、本当にラドル様本人の字だったのである。
「HAHAHA! バレてしまったね! 私はこう見えて、字を書くのが下手くそなのさッ!」
馬鹿みたいに開き直るラドル様を蹴り倒して、私は彼に今度つきっきりで文字の練習をさせる事を誓ったのだった。
おしまい!
ご一読、ありがとうございました。
ラドル様は絶対にハンサム学園を出ています(意味深)
ご興味があれば、他作品も是非よろしくお願い致します!