婚約破棄! ~現実は四川麻婆豆腐よりも辛く、真実は酸辣湯よりも酸っぱく~
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& ……
「猫鈴、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」
その宣言と共に強襲型の飛び蹴り技『回鍋肉』が鋭く私を襲う。
豚足へと伸ばしかけていた箸で蹴りを受け流し、泣く泣く静かに視線を向けた。私は豚肉は好きだ。が、コラーゲンを中心に取りたいと思うは乙女の性質。
「どういうことでありましょう、リンチェイ様。」
その声の主は周家のご子息であり、王位第二継承者のリンチェイ様。
私の婚約者であられました。
周家繁栄のために武家の一つである孫家から差し出されたこの身、この命。
周家の為にと思えばこそ惜しくはない命。ですが使われることなく、食べられることなく捨てられる言われは御座いません。
「どういうことだと? 白々しいにもほどがある!」
全方位型、周家を代表する『中華三昧』の構えで私に相対するリンチェイ様。
その傍に駆け寄ったのは、私の同門、クェイファでした。
「自分の胸に手を当てて聞いてみろと言いたいところだが、敢えて余の口から言ってやろう。
貴様の目論見、すべてはこのクェイファから聞いたぞ! 彼女を使って国家転覆を画策していたそうじゃないか!
嗚呼なんと可哀想に。怯えることはないクェイファ。僕が君を守ろう!」
「……。」
もはや言葉すらありません。
怯えるどころか不敵な笑みを浮かべ毅然と構えるクェイファ。
孫家の主たる攻撃型特化の構え『酒池肉林』。
あぁ、そういうことですか……。
クェイファが居れば孫家の武技の数々が手に入る。可愛げのない私など要らぬ、と。
もちろん私は国家転覆など狙ってはいません。
でも解せません。クェイファは孫家秘奥義『四川・麻婆豆腐』は修めていないのです。奥義程度の『麻婆豆腐』を修めたところで周家にお役立ちできるとは思えません。
「誤解ですリンチェイ様。国家転覆などと……」
ここで構えを取ろうものなら即、反逆罪とみなされることでしょう。
弱りました。私は武を修めても、誤解を解く方法を存じ上げません。
「ならばその身体に直接聞いてやろう!」
リンチェイとクェイファによる攻防一体となった連携攻撃。
構えを取らずに捌き切るのは容易なことではありません。
いえ違います。誘っているのです、この二人は私が構えを取ることを。
徐々に上がっていく速度と威力。
リンチェイの『青椒肉絲』に吹き飛ばされる。
続けてクェイファの『八宝菜』の追撃。
これは私、終わりましたでしょうか……
「父王の誕生の儀に駆けつけてみればこの騒ぎ。
穏やかじゃないな、リンチェイ。」
吹き飛ばされ、追撃を覚悟した私は優しく抱き留められました。
クェイファの八宝菜、肘鉄を片手で受け止めたのは、周家の王位第一継承者であられますジャンファン様でした。クェイファが飛び下がり、リンチェイの後方へと隠れます。
「兄者! 邪魔立てするな! その女は、」
「ほぅ? 私が前線の砦にかかっている今、この耳に何も入ってきていないと?」
抱きしめられていた私をジャンファン様が優しく降ろします。
「大丈夫だったかい? すまなかったね、よく耐えてくれた。」
再びリンチェイへと向き直るジャンファン様。周家・攻撃型最高位の構え『武食同源』。その立ち姿はあまりに美しく、こんな状況であるのに私はそのお姿に魅了されてしまいました。
「大方、そこな女に誑かされたのであろう弟よ。」
「くっ!」
「クェイファ、君の素性は調べさせてもらったよ。敵対する徐家の間者だったとはね。
まず孫家に潜り込むとはなかなかの策士じゃないか。
孫家に立ち寄り、そのことを確認するためにここへ来るのに時間がかかってしまった。
とはいえ、君は即破門だということを孫家から取り付けたよ。」
破門状を突きつけるジャンファン様。
しかしどういうことでしょう。リンチェイは構えを解くどころか、闘争心を露わにしました。しなだれかかるように身を寄せるクェイファ。彼女もまた闘争心は消えておりません。
「ふん、ばれちゃしょうがないな兄者。
全て知っていたさ。
だが兄者! 兄者がいる限り俺はいつまでも二番手だ!」
二人が再び連携技へと移行する構えを取る!
「であるならば! マォリンに秘奥義を使わせ、そして同門のクェイファに盗ませる! 彼女なら可能だろう! その力をもって親父も兄貴も倒し、俺が王位を! この国を手に入れる!!」
「愚かな……。」
怒り、いえこれは哀しみ。
ジャンファン様の酸度がみるみると上昇していきます。ですが、いくらジャンファン様とはいえ辛度を上げねば、この二人を相手にするには厳しいはず。
私は決心しました。
孫家・防御型最高位『課程烹飪』の構え。
「!!
駄目だマォリン、君を巻き込むわけにはいかない。これは周家の内乱だ、君にも孫家にも罪はない。君が闘うことなどない!
それに……、ここで秘奥義は使ってはいけない。」
「いいえ大丈夫です、ジャンファン様。
あの二人相手にいくらジャンファン様と言えど、辛度が足りません。
でも、私に考えが。」
「……、わかった。君を頼ろう。」
普段、私が感情を表に出さないのは、辛度を抑えるため。
怒りを抑えるためには、笑顔も涙も捨てねばならないのです。
ジャンファン様がお怒りになられないのであれば、私があなたの代りに怒りましょう。私があなたの矛となりましょう。
酸度の周家と辛度の孫家。二つが合わさって初めて完成する大極技。
ジャンファン様の酸度の上昇に合わせ、辛度を上昇させる。そして私はジャンファン様の背に手を当て、辛度を受け渡す。
「オォォォォオオオオッ!!」
爆発的に増えるジャンファン様の攻撃力に大地が震える。闘気に当てられた料理の数々が天へと上昇していく。燃え滾る烈火の如く、中心の熱量が上昇し周囲の空間が歪む。
もはやこれは火傷では済まされない。
「クッソーーーーーーーーゥ!!!」
その圧に堪えきれず、ジャンファン様を挟み込むように攻撃に出る二人。
だがもう遅い!
周家と孫家の合体秘奥義にして究極奥義!
『極旨辛!酸辣湯!!』
究極の辛さと酸味、その内からほとばしる旨味!!
攻撃を仕掛けたはずのリンチェイとクェイファが、左右の壁へと吹き飛ばされる!!
「そこまでぇいッ!!」
今まで静観なさっていた周家現王が立ち上がった。
混乱の渦、熱の中にあったこの場を、食後の冷菓の如く沈める一喝。
ジャンファン様と私は構えを解き、静かに膝を地にひれ伏した。
「内乱を暴き諫めたその働き、大義であった。ジャンファン、そしてマォリン。
あの二人の処分、ここからは余に任せてもらおう。」
「ハッ!」
いくら王族といえど反逆罪は死刑、よくても永遠に幽閉。とはいえリンチェイは我が子、思うところあるのだろう。あとのご判断は現王にお任せするしかない。
騒ぎ立てそうなものだが、二人はまさに瀕死状態。言葉を口にすることすらできないほど、その唇は腫れ上がっていた。王の命令で捕らわれ連れ去られていく二人。
慈悲深いジャンファン様。威力を七割程度に抑えられていた。
とはいえ究極奥義。死を免れたとはいえ、まともに喰らってタダで済むわけがない。
「マォリン、そなたの処遇はそこのジャンファンに一任する。」
「……、はい。」
王の言葉に、深く深く首を垂れる。
これで私を周家と結ぶものは無くなった。
ぽっかりと開いた心の穴、これが哀しみなのだろうか。
「マォリン、君は孫家へと帰るがいい。」
ジャンファン様が立ち上がり、私の手を取る。
「……。」
知らないうちに涙が一粒、頬を伝う。
ジャンファン様が背を向ける。
「近い将来、戦乱の世となる。そうなれば私は君を守れなかろう。」
「待って下さい!」
ジャンファン様の背にしがみつく。
「もう私は周家へと身を入れたのです。周家のために生きると決めたのです!」
「その縛りから解き放たれたはずだよ?」
「私が! 私がジャンファン様をお守りいたします!」
そう、私には武しかないのだから。
「覚悟はいいのかい?」
振り返り優しく微笑むジャンファン様。
「であれば僕から一つお願いがある。
どうか、どうか僕のために笑ってはくれないだろうか。
君は笑顔が素敵なはずだよ、マォリン。」
「……、はい。」
泣き顔でぐしゃぐしゃ、不器用な私の笑顔。
そんな私をジャンファン様は柔らかく抱きしめて下さったのです。
のちに戦乱の世を治め、長きにわたる太平を実現させた周家
二人の辛度と酸度はまさに『天下無敵』
そしてその笑顔は『天下無双』と、
今尚、語り継がれている
この物語の指南書は、間咲正樹さま著作
「婚約破棄マナー講座 ~これを読めばいつ婚約破棄されても安心!~」
で御座います!
是非にご一読を↓↓
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