訓練の成果と加護の力
「《フィス リァート フェス・ド・レム(空を駆けるは翼の足)》」
魔力を上限ギリギリまで足に込めるつもりで、ルーンを唱える。
言葉を媒介に、魔力を燃料として、ルーンが世界の現実を捻じ曲げ、オレが望む可能性を引き寄せる。
オレの足に補助魔術が発動し、常識の檻から抜け出す。
トントンと、空気を蹴って、まるで階段をのぼるような足取りで空中へと駆け上がる。
「《ジス・ド・ダズ、ウィス・ド・ボト ラーヤ ティニ ピアース ペスール(地の枷、風の錘より躰を解き放つ)》」
続けて、魔力を自身の体を包むように延ばして、魔術を行使する。
二つ目の支援魔術がかかると、まるで体重が無くなったかのような身軽さを覚える。
空中歩行を可能にする魔術と自重を軽減させる魔術だ。
「よっ、ほっ、はっ……」
そして、オレは、空中を蹴りながらグルグルと跳ね回るという、前世では絶対にありえなかった動きをする。
今いるのは、三歳の時から通っている森の広場で、この曲芸じみた動きもルーン魔術の訓練の一つだ。
現実となったルーン魔術には、時々こういった魔術同士が相乗効果を生むような組み合わせもあって、奥深い。
単純に空を飛ぶだけの魔術もあるが、この二種類の魔術を使うよりも魔力の消費が激増するし、動きが単調になるのだ。
それに、こっちは運動訓練にもなるというメリットもある。
ルーン魔術の特訓を通じて、三つわかったことがある。
まず同じルーン魔術であっても、魔力の消費量や効果の強化の仕方を意識することで、その効果が変わってくること。
単純に消費量を増やせば全体的に効果が強化される。
しかし、継続時間を意識すれば、効果時間を増やしたりすることもできた。
それから、持続中の魔術は自分の意思で解除することができる。
ただ、途中で解除したとしても、魔術を行使するのに消費した魔力が回復したりすることはない。
最後に、自分の中にある保有魔力の残りが、大体どのくらい残っているかがわかるようになってきた。
なんども保有魔力が空っぽになるまで訓練をしていた結果、身についた感覚だ。
素晴らしいことに、すでにルーン魔術を普通に使っているだけでは空っぽにならないほど、保有できる魔力量が多くなってきた。これも成長と特訓の成果だろう。
「ふぅ……」
一通りの魔術の反復訓練と運動を終えた後、地面に座り込んで休憩をとる。
ついでに、手元に落ちている小石を拾った。
「《ルーンシート[フォ](封じるは[水])》」
パキッ。魔術を掛けた小石が割れる。
「うーん、普通の小石じゃ一文字も入らないか……」
最近では、魔術の訓練と並行してルーンストーンづくりに挑戦していた。
ルーンストーンというのは、《ルーンシー(封)》という特殊なルーン文字を使った魔術で作られる、一種のマジックアイテムだ。
《ルーンシー(封)》は、ルーン文字の効果を石などに封じ込めることができるという独特な効果を持つルーン文字だった。
そして、ルーンストーンは、文字通りルーン文字の効果を封じ込めた石のことだ。
ルーンストーンがあると、封じ込めた文字と同じ文字を使ったルーン魔術を使う際に、消費する魔力の量を減らしてくれる。
結果として、同じルーン魔術であっても魔力の消費量を相対的に増やせることになり、魔術の効果を高めることにもつながる。
「やっぱ、宝石かせめて半貴石じゃないと、容量が足りないかな」
残念なことに、ルーンストーンづくりは上手くいっていなかった。
ゲームでもルーンストーンを作る際には、水晶やルビーといった、宝石が材料として用意されていた。
練習のつもりで、そのあたりに落ちていた石で試しているのだが、一文字も閉じ込めることができない。
唯一成功したのが、以前河原で拾った緑色の綺麗な石。多分、翡翠だろう。
それには、《リザ(癒し)》や《イフ(命)》といった回復系のルーン魔術と相性がいいルーンを5文字ほど封じ込めていた。
今もお守り代わりに持ち歩いている。
と、オレの脳裏に、広場に近づく誰かがいることを知らせるイメージが浮かんだ。
それは、オレが事前に使っていた魔術の効果だった。
広場からだいたい五〇メルチ以内に誰かがやってきたら、相手に気づかれないように俺にだけ知らせる結界を張るルーン魔術だ。
結界もルーン魔術の形態の一つで、特定の空間を対象として効果を及ぼすことに特化した魔術だ。
設定した効果や条件、効果範囲の起点や範囲を柔軟に調整することができ、様々な応用が効く。
もっと強力な結界を使えば、そもそも結界の内部に誰も入れないようにすることもできる。しかし、そのような結界はすぐに異常に気づかれてしまうし、気づかれた相手によっては面倒なことになる。
今のように、最低限誰かが近づいてくるのがわかるだけで十分で、魔術の訓練がバレないことを優先としている。
結界の応用性を示す良い例と言えるだろう。
しばらくして、森の地面を踏みしめる足音が、広場の入り口で止まる。
顔をそちら側に向けると、少し前に(オレにとって)初対面の挨拶をしたばかり女性、シズネさんが立っていた。
「あ、シズネさんだ」
オレが声をかけると、向こうもこっちに気づいたようだ。けど、なんだかちょっと驚いたような顔をしている。
「おや、ユリアちゃん……ここで何をしていたんだ?」
「お散歩中です。今日はお天気がいいので、日向ぼっこしてました」
「地面に直接座ったら、お尻が冷たくならない?」
「大丈夫です! シズネさんもお散歩ですか?」
ニコーと、できるだけ人畜無害そうな笑顔を浮かべる。あ、なんかちょっと緊張。
ここに来たのはたまたまで、散歩していたとかだろうか? それなら問題はないけど……。
「ん、ああ、あたしも散歩していたんだけど。なんか、こっちの方で強い力の気配を感じたんだけど……ユリアちゃん、何かなかったかい?」
……ヤバッ!?
もしかすると、シズネさんて、魔力とかそういうのがわかっちゃう人だったり?
今まで、誰にもルーン魔術の訓練のことを気づかれた様子がなかったから、油断していたかも。
「んーー? 強い力って、なんですか?」
「いや、あくまで勘みたいなものだけどな。あたしには、【告兎の加護】があってね。
なにか強力なモノが近くにあったり、良くない事が起こるときは、なんとなくわかるのさ」
「ウサギさんのカゴですか? ウサギさんでお野菜を運ぶのです?」
「ああ、そっちの籠じゃなくて、加護ね……ええっと、あたしのことをウサギさんが守ってくれてるんだ」
「なるほどぉ……」
わかっていないのに、わかった振りをする子供の振りをして、シズネさんからの質問をはぐらかす。ややこしいな。
ふと、シズネさんは、どうやって自分の加護を知ったのだろうか? ……って、魔術かな。
『グロリス・ワールド』でも、モンスターのデータを看破するルーン魔術があったし、応用すれば人の状態を調べることもできそうだ。今度試してみよう。
しかし【告兎の加護】か。
確か、『グロリス・ワールド』では、近くにいるモンスターやトラップの位置がわかるという魔導だったはずだ。
ゲームを開始したばかりの頃なら、低ランクの魔導として使い勝手が良く、【告兎の加護】を習得しているプレイヤーもそこそこいた覚えがある。
『グロリス・ワールド』における【先天性加護】の魔導は、習得条件によってランクが分かれており、一番低いランクが【霊獣の加護】で【告兎の加護】はこのランクだ。次が【幻獣の加護】、一番条件が難しいのが【神獣の加護】となる。
ちなみに、オレが持っているだろう【一角獣の加護】は、【幻獣の加護】に分類される。
名前が似た魔導に【精霊の加護】があるが、これは後天的に精霊から与えられる加護であって、【先天性加護】とは違う。
加護の力や効果は、与えてくれた精霊に依存するため、一概にランク分けをすることもできない。
ただ、『グロリス・ワールド』において、最上位の精霊は、精霊王と呼ばれていた。
この世界でも神話に出てくるくらいの有名人物(精霊?)である精霊王からの加護を与えられたら、強力なものになるだろう。
閑話休題。
シズネさんが感じた強い気配というのは、もしかしなくても、オレのルーン魔術が原因だろうか?
五歳児で、今のオレの保有魔力で使える魔術でも、珍しい強さなのだろうか?
ゲーマーの血が騒ぎ、ただひたすらルーン魔術の特訓を続けていたけど、これはもう、現代の平均的な魔術師の力量を超えたと自惚れてもいいのか?
「しかし、ユリアちゃんは、ずいぶん大きくなったなぁ。それに、五歳とは思えないほどしっかり者だ。
あたしが最後に見たユリアちゃんは、こ〜んなに小さかったのに」
そう言って、右手の人差し指と親指を広げてみせる。いや、そのサイズだと胎児では?
「お姉ちゃんになるんですから、しっかりしなきゃ、です」
「そっかそっか、お姉ちゃんになるんだもんな。楽しみかい?」
「はい! 赤ちゃんが生まれてきたら、たくさんかわいがってあげます!」
これは、本心からの言葉だ。
この世界で、初めて魔術が使えたとき以上にワクワクしている。
「あたしは、お屋敷に戻るけど、ユリアちゃんはどうする?」
「わたしもいっしょに帰ります!」
今日は、ここまでにしようかな。シズネさんが屋敷に滞在している間は、ルーン魔術の特訓も控えたほうが良さそうだ。
オレは、立ち上がってパンパンとお尻についた土を払うと、シズネさんと並んでとりとめのない話をしながら、屋敷へと向かった。