これで一件落着?
上質な小麦粉と香り豊かなバターをたっぷり使ったパウンドケーキがホロホロと口の中で溶けていく。
フェルが用意してくれるお菓子はどれも美味しくて、毎回のちょっとした楽しみだ。
あれ……もしかして私って餌付けされてる? ジルと同じ扱い?
「お茶のお代わりはいるかい?」
「うん、もらう」
驚愕の真実に気づいてしまい、内心は大荒れながらも、フェルの言葉に返事する。
……まぁ、いっか、美味しいものは正義。
結論から言えば、リックの養子縁組の話はなくなった。
早くてもリックの能力が判明する歳になるまでは、今回のような話が再び議論されることはないと思う。
あの日、翌朝まで語り明かしたお祖父様とお父様は、ほんの少しだけ歩み寄れたようだ。
それから、理由がもう一つある。
伯父様夫婦に子供ができた。伯母様が大人しかったのも、妊娠による体調不良とそのことを隠していたことへの不安もあったようだ。
もちろん相手は伯父様である。不倫を疑われても仕方のない状況かもしれないが、本人もバッチリ心当たりがあると言っているらしい。
私がシズネさんに手を回して、ルーン魔術を使う手はずを整う前に発覚した。まぁ、結果オーライである。
そもそも、伯父様は子供が作れないと言っていたが、伯母様と口裏を合わせて子供を作ろうとしていなかっただけらしい。お父様の愚痴を聞いている途中で教えてくれた。
理由はお父様が準侯爵にならず、自分が指名されてしまったことに伯父様は後ろめたさを感じていたのだとか。
結局のところ、お父様、お祖父様、伯父様、それぞれの感情が絡まった糸玉のようになっていたということだ。
それは、糸玉をほどくにはどこかでスッパリ断ち切るか、ゆっくりと時間をかけてほぐしていくしか無いのと同じだろう。
正直なところ、きちんと当事者全員が話し合っていれば、今回みたいなことは起こりえなかったか気がしてならない。
「まぁ、ともあれ、お家騒動の解決お疲れ様」
「どういたしまして……」
フェルには、色々と相談にのってもらったため、詳細をぼかしつつも結果の報告をした。
あんまり興味はなさそうだと思ったが、結構、真剣に聞いてくれる。
フェルの美点の一つは、なんでもない話でも、きちんと人の目を見て話を聞くことだろうな。
「問題は解決したのに、どこか浮かない顔をしているな?」
「うん、まぁ、なんだろう……ちょっと違和感がね」
「違和感?」
「色々と情報を聞いて集めたけど、結局本人に直接話して、そうしたらその結果が上手くいったわけで……う~ん」
確かに、今回の問題の解決に当たって、私はそれなりに活躍をしたと思う。
けど、解決されてみると、別に私でなくても良かったような気がするわけで……。
「頑張った実感が湧かない、とか?」
「なの、かな?」
「少なくとも、ボクはユーリが頑張っているのは知っているぞ」
「うん、ありがとう」
むぅ、十歳児に心配されるようでは、いけないと思うのだが。
「なんていうか、私はたまたまそこにいただけって気がするんだよね」
「ふむ……舞台に例えるなら、袖の裏でユーリにその役割を割り振った脚本家がいる、みたいな?」
「ああ、うん、すっごくそんな感じ」
そもそも今回の件は、まず、シズネさんに発破をかけられたのが切っ掛けで……ロイズさんに相談して、アギタさんから話を聞いて……。
で、ロイズさんがお父様に話をしたせいで、いきなりお父様と直接対決をして、その結果、お祖父様との会話不足に気づいて……。
お祖父様のところに直接乗り込むと、お祖父様はお祖父様で予想していた以上に口下手だということが発覚して、事件は解決、めでたいな。
……黒幕はシズネさんとロイズさん?
「ふぅ……」
小さく息をはいて、
外していたら、赤っ恥だよなぁ。
推理小説の探偵は、いつもこんな気持ちなんだろうか……。
フェルとのいつもの密会が終わった翌日の昼。
私は再びバーレンシアの本家を訪ねていた。今度はお父様がいない、自分ひとりだ お祖父様は帰宅していなかったが、目的はお祖父様ではない。
「今回の件……私に情報が集まるように裏で動いていたのは、お祖母様、ですね?」
「あらあら、どうしてわかったのかしら?」
あっさりと犯行を認める真犯人。いや、犯行でもなんでもないんだけど……。
「多分ですが、シズネさんとロイズさんも協力者ですね?」
「ええその通り。ユリアちゃんは賢いわねぇ」
推理というか、私の思いつきに近い推測なんだけど、当たっていたようだ。
「気付いたきっかけはアギタさんです。軽食屋で会って、お祖父様の情報を話してくれた時に、最後にアギタさんは、その時のことをお祖父様に話すと言っていました。けど、この間お祖父様に会った時、お祖父様は私とアギタさんの会談を詳しく知らない様子でした。つまり、アギタさんは、最後の質問において、その場しのぎの嘘をついたことになります。そうして考えてみるとお祖父様以外にもう一人、アギタさんに対して指令を出せる人物がいることに気付いたんです」
今日は、パーラーではなく、お祖母様の私室に通された。それもあって、内緒話感が強い。
「もう一つ、今回の件についてお父様の事情とお祖父様の事情を知っているという二人にある程度近しい人でしか、今回の計画を立てれないと思いました。だから、私はお祖母様が裏で動いていると思ったんです」
当たっていたから良かったものの、そもそもが惚けられた時点で詰みだった。
ほとんど賭けみたいな推理しかできない不恰好な探偵もいたもんだ。
今回の件において、「別のパズルのピースが混じっている」と思っていたが、その通りだった。
お父様の事情とお祖父様の事情を知っていて、二枚のパズルをバラバラにして渡してくれたのが、お祖母様だったのだ。
こうなってくると、一つ疑問が湧いてくる。
「けど、お祖母様はどうして、自分でお父様とお祖父様の仲直りをさせようとしなかったのですか?」
「あらあら、耳が痛い質問をされちゃったわ。そうね、わたしだからできなかった、ということかしら?」
「どういうことですか?」
お祖母様が、唇に右の人差し指を当てて「ん~」と、何かを考えるような仕草をする。微妙によく似合う。
「ケネアさんのことはご存知よね? アギタさんたちから聞いていると思うわ」
「はい」
「カイトを産んで、ひっそり地方で暮らそうとしていたわたしを見つけ出してくれたのが、ケネアさんだったのよ」
「……そうだったんですか?」
「ケネアさんが、お亡くなりになる直前だったかしら、わたし宛に手紙が届いてね……。『あなたに頼めた義理ではないかもしれませんが、あの人を支えて、息子を慈しんでくれませんか? あとの無い私の最初で最後の願いです』って」
「…………」
なんて、言えばいいんだろうか。
会ったことも話したことも無いけど、少なくとも、私の中に流れる血の四分の一はケネアさんのモノなのだ。
それだけ身近なはずなのに、皆の思い出の中だけにしかいない……とても遠い存在だと思う。
「手紙をもらうまでは、ずっと、ケネアさんのことを憎い敵だと考えていたの。恥ずかしい話だけど、悲劇の主人公みたいな自分の境遇に酔っていたのね、きっと。あの人のために身を引いた自分の方が、本当にあの人のことを思っている、みたいな。そのためにもケネアさんは、憎い敵役でいてくれなければならなかったのに……そんな手紙が届いたの」
遠い目をするお祖母様は、なにを思っているのか、私では汲み取れない静かな表情をしている。
「敵わない……素直にそう思ってしまったわ。女としても、母としても、多分、わたしは一生をかけてもケネアさんに追いつけないのかもしれない、って。それまで一度も話したことも会ったことさえない相手だったのにね。実は血はつながっているのよ、一応。ケネアさんと、わたしは従姉妹になるのかしら。カイトとケインは本当は再従兄弟ね」
正直、貴族の世界においては、従姉妹という関係は、それほど深い関係とは言えないが、そうかお祖母様も良いとこの血筋だから、お祖父様の再婚相手になれたのか。
「認めちゃったら、同じ人を愛した者同士、子供を持つ母同士でしょう? ケインのことが気になって気になって、それでも踏ん切りがつかなくて……ケネアさんが逝去された噂を聞いてから、やっとのことで、あの人の前に姿を現したの。そこからは、まぁ、あの人に求婚されて……」
と、そこで、お祖母様が私の顔を見る。
「……ユリアちゃんにはまだちょっと早すぎる話だったかしら?」
「そんなことはありません、けど」
静かになってしまっていた私の態度を、お祖母様はそう受け取ったようだ。
ただ事実は小説より奇なり、って言う言葉を思い出していただけなんだけどな。
「それで、どうしてお祖母様が二人の仲直りをさせられなかったのですか?」
「うん、私もお祖父様の考えには、賛成だったからかしらね……」
「つまり、お祖母様もバーレンシアの家をお父様に継がせたかった、と?」
ちょっと悲しそうに目を細め、けれど、すぐにいつもの笑顔に戻り。
「ええ、でも、ケインが自分で道を選ぼうとしているなら、それでもいいかなとは思っていたのよ。直接血はつながっていないとしても、大事な息子ですもの。そうして、気づいたときには、すっかりあの人とケインの間に溝ができていたの。ケイン宛に何度か手紙を書いたんだけど、『元気です』みたいな味気ない返事しか帰ってこなくてね」
「それは……」
「もうわたしじゃあ、二人の仲直りさせるのは難しいところまで溝が広がっていたわ。そして……気付いたら十年以上経っちゃっていたわ。あの人とカイトは良く似ているって言われるけど、それは外見だけであって、本当にあの人に似ているのはケインの方だと思うわ。二人とも、真面目で、変なところで頑固でね」
「あ、それならわかる気がします」
どっちかがもう少し不真面目だったら、もっと早くに、自然に解決をしていたような気もする。
今回の事態を巻き起こしたのは、ほんの少しのすれ違いで、どっちかが悪いわけでも、どっちかが相手を憎んでいる訳でもなかったこと。
……つまるところ、私は悪いところ探しをしていたせいで、今回の実情に気づくのが遅れたんだ。
「今回、ケインが王都に戻ってくると聞いて、いいきっかけだと思ったわ。そこでシズネさんに相談したら、ロイズさんとユリアちゃんの話を聞かせてもらったの。ユリアちゃんに任せることにしたのは、昔から事情を知っている人が動いても事態は変えられないと考えたからよ。それがわたしではダメだった理由ね」
そして、苦笑する。
「願掛けって言うかしら? 実際にユリアちゃんに会うまではちょっと不安だったけど、シズネさんの言うとおり、とってもお利口さんで、もしかしたら上手くいくかも……いえ、きっと上手くいくって信じていたわ」
シズネさんが問題になるようなことを話したとは思わないんだけど、私のことをなんて説明したんだろう。それにしても、今回は皆、私に変な期待を掛けすぎだと思う。
まぁ、その期待を裏切るような結果にならなかったのが幸いだけど。
「お祖母様、ありがとうございました。今日はもう帰りますね」
「そう? 良かったら、また遊びに来てちょうだいね」
「はい、今度来るときはリックとリリアと一緒に来ます」
「それはいいわね。絶対、三人で来てちょうだい、約束よ? 楽しみに待っているわ」
嬉しそうに微笑むお祖母様に見送られ、私はバーレンシアの本家をあとにした。