お父様に報告と相談
お父様の書斎で、ペルナちゃんの解呪と能力について、ざっくりと話し終えた。
私とお父様は重厚な木製の机を挟み、向い合せで話をしている。少し考えるような顔をしながら、お父様が口を開いた。
「ロイズさんから覚悟をしておけと言われましたが……なるほど、【精霊の加護】の二種持ちね……めぐり合わせが良いといえばいいんでしょうか。それで二人とも、ユリアに雇われることを受け入れたんだね」
「はい」
「まぁ、公的な手続きは僕がやっておくよ。後見人は僕の名前で出しておくけど、それでいいかな?」
「ありがとうございます。お父様」
柔和な笑みを浮かべ、厄介事を引き受けてくれるお父様に、せめてもの気持ちを込めて愛娘モードで応じる。
ラシク王国は前世の日本ほどきちんとした戸籍制度が整っていないとはいえ、戸籍のようなものがないわけではない。
特に貴族や各ギルド幹部の関係者などについては、一定の規則があって国への申請が必要な場合がある。たとえば、婚姻や養子などの縁組、保護者のいない子供を庇護や後見する場合などだ。
今後のペルナちゃんとポルナちゃんのことを考えれば、できるだけ二人の身元は確かなものにしておきたかった。
「さて……」
二人の話は、いったんこれでおしまい。ここからは、次の話だ。
「まぁ、ユリアのことは信頼しているし、危険なことと悪いことさえしなければいいと思っている。ということを踏まえて、次の話を聞こうか」
「それは、とても嬉しいです」
放任主義と言う言葉があるけど、お父様の私に対する扱いは、良い意味でそれに近い。
私は肉体こそ子供のものだが精神が成熟した大人であると認められている。
簡単に言うなら、「成人」として見られている。
それもこれも、私が前世の記憶があるということを信じてもらえたからだ。
確かにそれを証明するために、農具の改良なんかもやったけど。
この人の子供として生まれたことは、本当に幸せだと思う。
今までも何度か言ったことだが、改めて感謝の気持ちを込めて伝える。
「なんでも新しい商売を手掛けるんだって?」
「はい、今からそれを説明しますね」
串揚げの屋台の運営について、シズマさんと一緒に練った計画をお父様にプレゼンする。
とは言っても、資金は私が『青き狼商会』に貸している一部を使うことにしたのて、お父様には契約関係での保証人として、バーレンシア男爵の名義を貸してもらうだけのつもりだ。利益が安定したら、一定額のお礼金を出す予定もある。
「なるほど、ふらちゃるど?」
「フランチャイルドです。ひとまずは、多店同品販売方式と命名しようと思っています」
言い切ったはいいけど、多分間違えているんだよな。
結局正しい名称は思い出せなかった。
そのうち思い出せるかもしれないけど、喉の奥に何かがつかえているようなむずがゆさが残る。
まぁ、もともとこっちの世界では聞きなれない言葉だから、シズマさんと相談した上でわかりやすそうな名称にした方が今後の説明が楽だろうということで、『多店同品販売方式』という名前に落ち着いた。
「料理の下ごしらえを一ヶ所でやって、それを必要に応じて各支店に配る。各支店は、それぞれ本店と契約している料理人が店主となり、売り上げの何割かを本店に収め、残りがそのまま店主の収入になる。また各支店ごとに一定のエリアを任せることにして、同じ区画内には同じ料理を出す店を出店させない……か」
特に難しいことはやらないので、お父様は私の説明を一回で理解してくれたようだ。
「面白いと言うか、これは王国が領主に領地を任せて管理する形を真似たのかい?」
「いえ、私の前世において古くからある商売の方法です。それが組織の運営に効率的だから、結果似ているのかな、と」
「なるほど。言われてみれば、その通りかもね」
「今でも複数の店を経営する商会では似たような形になっていると思いますが、今回の場合、最初から支店を持つことを前提に組織を作って、運営します」
売り上げの上納ルールについてもシズマさんが色々検討していて、いまのところ、店が受け取る串の種類と数を店側からの申請制にして、その受け取った串に応じた分を上納してもらう方向になっているらしい。下ごしらえ済みの素材をツケ払いで買ってもらうような感じっぽい。
「それでこの話を商人ギルドに持っていく際にバーレンシアの名前を使いたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「うん、構わないよ。紹介状も後で書いておくね」
お父様から見ても問題はなかったのか、軽く了承してくれる。
この場合の「紹介状」というのは、一種の委任状のような役割を果たす。つまり、「バーレンシア男爵家が責任を負うから、話や依頼を聞いてくださいね」というものだ。貴族が責任を追うと言うのは、聞く側にとってもいい加減に扱うことができないものになる。いい加減に扱った結果、紹介状を書いた貴族を怒らせてしまう危険性があるためだ。
「ただ、その商売の方法は画期的であるがゆえに、色々と問題が起こるかもしれないね」
「ですから、できるだけ事前に計画をきっちりと固めておこうかと」
「ああ、逆の考え方をした方がいい。仕事をする上で、事前にできる限りのことを決めて準備するのも重要だけど、計画段階ではある程度余裕を持たせておいて、いざと言うときに柔軟に対応した方が結果として上手くいくよ」
むぅ、ほんとにもう、お父様には敵わないと思う。ロイズさんとは別の意味で。
正直、前世を含めてアルバイト以上の社会経験がない私にとって、仕事に対する知識は不十分なのかもしれない。
精神的には同い年なんだけど、今回みたいな話では、お父様が仕事のできる大人なのだと思い知らされる。普段は、ただの親バカなんだけどなぁ。
「わかりました、きちんと余裕は持たせるようにします」
「それと商談についてだけど、ロイズさんに僕の代理人として委任させるから、上手くやりなさい」
「はい、ありがとうございます」
ん……?
何か言いたそうにしているけど、話は終わりじゃないのか?
「あの、お父様、話はまだあるのですか?」
「ロイズさんからね。もう一つ聞いてるんだ……ユリアが、昔の話を知りたがっていると」
「え、ええとそれは……」
私が奇襲を受けてどうするんだ!?
そういうことなら前もって教えといてよ、ロイズさんめ!!
私とお父様の間に、若干気まずい空気が流れる。腫れ物に触るようなと言うか。
「ふぅ……それで、何が聞きたいのかな?」
止まっていた空気を動かすため。お父様の方から口火を切った。
その顔は、いつもの柔らかなものでなく、先日のバーレンシア本家からの帰宅の際に見せたような、ちょっと困ったような顔つきだった。
「まず、お父様はお祖母様と血がつながっていないと言うことを、いつ知ったのですか?」
「今のユリアと同じくらい頃に、何となくかな。貴族同士の交流の中には、親子連れでというのもあるからね。子供だと思って、あれこれと言って聞かせる訳さ。特に醜聞染みた話は、勝手な噂として広がるものだから」
と、言うことは……成人する前に自分の産みの親と育ての親については、知っていた、といことか。
となると、どうしてお父様は家を飛び出たんだろうか? やっぱり家を継ぎたくないから?
「お父様は、どうして軍に入ったんですか?」
「簡単に言えば、家出……かな」
「家出?」
ああ、とお父様が照れ恥ずかしそうに苦笑しながら頷いた。
なんていうか、イケメンってどんな表情をしてもイケメンなんだよな、動作がいちいち様になるし、と場違いな感想が思い浮かぶ。
「それはお祖父様との喧嘩が理由ですか?」
「あ~、ユリアはどこまで知っているのかな?」
「う……お祖父様に侯爵を譲られそうになって家を出たと言うことまで聞いています」
「そうだね……。ああ、立ったままだと疲れるだろう、ここに座りなさい」
そう言って、書斎の隅にあった椅子を、執務用の机の横に置く。
これは、長い話になる、と言うことだろうか?
「まず、僕と父さんが喧嘩したというなら、違うだろうね」
「それじゃあ、なんで家出を?」
「そもそもだけど、喧嘩って言うのは一人じゃできないんだ。喧嘩をするには相手が必要だよね?」
「はい」
独り喧嘩、という言葉はあまり聞いたことがない。
人が争うとしたら、二つ以上の異なる立場が必要だ。
喧嘩ならば、基本的に対立する二人が必要になるだろう。
「僕が父さんに侯爵を継ぐように言われた時、その場ですぐに断ったんだ」
「どうしてですか?」
「兄さんは昔から真面目で勉強も僕よりずっとできる人でね。自慢の兄なんだよ。だから、家は兄さんが継いで、僕はその補佐をする。幼い頃からずっとそう思っていた。そのために色々と兄さんに負けないよう勉強をしたり、ロイズさんに頼んで護衛用の剣術を教わったりしてね」
なんていうか、兄弟の仲がいいのは喜ばしいことだ。
私もすっかり家族愛に目覚めていたな。
「けど、父さんは僕の成人を前に、いきなり僕に侯爵を譲ると言う話をしてきたんだ」
「でも断ったんですよね?」
「僕が断ったところで、父さんは僕に侯爵を継がせるという考えを変えなくてね。そこで、家を飛び出るようにして軍に入ったんだ。軍に入れば、最低限見習いでも衣食住は保証されるからね。そして、正式に兵士になって、十分に暮らせていたしね」
「う~ん……」
「さっきも言ったように喧嘩と言うのは、二人いないとできないんだ。つまり、僕がお祖父様に喧嘩を売ったつもりでも、お祖父様が買ってくれなければ、それは喧嘩じゃなくて、ただ僕が一人で騒いだだけだよ」
お祖父様は、どうも人の話を聞かない頑固ジジイのイメージになりつつある。
「お父様はお祖父様が嫌いなのですか?」
「同じ王国に忠誠を誓った身としては、父さんの仕事振りには尊敬はしているし、嫌いではないよ。ただ、ちょっと寂しかった、かな」
「寂しい?」
「ああ……まぁ、子供っぽい理由だけどさ。父さんは、僕が幼い頃から仕事ばかりで留守がちで、一緒の食事なんて、年に何度もなくてね。たまに一緒にいる時でも、他家への挨拶のついでだったり。そんな感じでさ。小さい頃の僕は思ったんだ。父さんから見れば僕なんていてもいなくても変わらないのかな? って。そんな時に僕のことを慰めてくれる割合は兄さんや母さんが三対一くらいかな。それもあって将来は兄さんの力になると、意気込んでいたんだよね。結局、軍に入っちゃったら兄さんの補佐どころじゃなくなっちゃったんだけどさ」
「けど、でもお祖父様は、ロイズさんに頼んで、お父様が軍に入れるよう後押ししてくれた……のですよね?」
「……え?」
あれ? 何で驚いてるの?
「ユリア、今なんて?」
「え、お父様が軍に入ることをロイズさんにお願いした時、お祖父様はお父様のことをよろしく頼むと、ロイズさんに言ったと聞いています、けど」
「それは誰から聞いた話?」
お父様が真剣な目を私に向ける。
「ロイズさんから、直接聞いた話ですけど……?」
「…………」
お父様は机の上に肘をつき、組んだ手に軽く顎を当てる。
色々な思いが渦巻いているみたいな悩ましい面持ちで、考え込みながら遠くを見詰めるような眼差し。
「……た」
「え?」
お父様が、おもむろにボソリと呟く。
「う、ん……その話は初めて聞いた、と言ったんだ」
んん? だって? あれ?
私はロイズさんから聞いた。
けど、お父様は知らない話だった。
ということは、ロイズさんはお父様には話していなかった、むしろ黙っていたということ?
それじゃあ、なんで、私には話してくれたんだ?
「…………」
「…………」
今、この書斎に満ちている空気を調べたら、困惑成分が大量に検出されるだろう。
う~ん、違うパズルのピースが混じっているという感覚があったけどな。
そもそもどこかで前提が間違えている気がする。
というか、すぐ最近似たような思いをしたような気がするんだけど、なんだっけ。
多分重要なヒントになるはずだ。思い出せー……思い出せー…………。
「あっ!」
「ユリア、どうしたんだい?」
「ああ、いえ、すみません……ちょっと、喉のつかえが取れたもので」
「のど???」
フランチャイズだ!!
いや、今はもう、これは心底どうでもいい。
なんでこのタイミングで……思い出せたのが変に悔しい……。
ひとまず、フランチャイズのことは忘れるとして……せっかく思い出したけど。
お父様の疑問だらけの視線も軽く無視する。
「お父様、お話をしましょう!!」
「ユリア? いったい何の話をするんだい?」
さて、お父様と今後の計画について、あらためて相談しよう。