ペルナちゃんの呪いを解決する
ペルナちゃん椅子に座ってもらい、目をギュッと閉じてもらう。その目蓋を右手の指先で触れる。
私の後ろでポルナちゃんがソワソワしながら祈るような眼差しで見つめていた。その横でロイズさんは見守るように立っている。
ふぅ……私は軽く呼吸を整え、ルーンを唱えた。
「《トリス・ド・コニーラ ダル・ド・ポト モアラーヤ……(聖の輝きよ 闇の枷を 瞳より……)」
ルーンの私の右手の指先が乳白色に輝き、白い光がペルナちゃんの両目蓋の周りへと広がっていく。
詠唱を続ける。
「ピアース ペスース ムブーヤ(解き 放ち 移れ)》」
ルーンを最後まで唱えるとともに、私の右手に白い光が再び集まる。その右手をペルナちゃんの目蓋から離して、用意してあった人形へと触れる。と、白い光が人形の中に染み込むように溶けて消えていく。
これでペルナちゃんにかかっていた「呪い」が人形へと移り、無害化された。
人形は、ペルナちゃんと同じ茶色の髪と緑の瞳をしている。シズマさんに依頼して、目には翡翠を使って、できるだけペルナちゃんに似せた人形を用意してもらった。
ゲームで『少女の呪いと身代わり人形』というイベントがあった。ざっくりイベントの流れを説明すると「悪い魔術師に呪われた少女を助けるため、少女と似た人形を作って、呪いを人形に移して少女を助ける」というものだ。
今回は、その知識を利用した。
「ペルナちゃん、目をゆっくり開けてみて」
「んっ!」
久しぶりの光に目が眩んだのか、ペルナちゃんが目を抑える。
「大丈夫? ロイズさん、ちょっと窓の光をさえぎって……ペルナちゃん、落ち着いて、どうかな?」
ふらつくペルナちゃんをそっと支えて、ロイズさんに室内の光を弱めるようにお願いする。
ロイズさんがカーテンを何とか広げ、窓からの明かりをさえぎると、室内は薄闇に包まれた。
と、再び目を開いたペルナちゃんとしっかりと目があった。どうやら上手くいったようだ。
「姉ちゃん、ほんと? ほんとのほんとに見える?」
「うん、ポルナちゃんが泣きそうにしている顔もばっちり見えます」
今にも涙を流しそうだったポルナちゃんをペルナちゃんがからかう用に言った。
「うう、よかった、よかったよぉ……」
そして、ポルナちゃんが泣きながらペルナちゃんに抱きつく。
ポルナちゃんは、お屋敷で笑顔を見せてくれることもあったが、やはりペルナちゃんの目についての不安があったのだろう。今までの張り詰めていた思いが弾けて、あふれる感情が喜びと涙になって流れ落ちているよう見える。素敵な笑顔だ。
ペルナちゃんはそんなポルナちゃんの頭を優しく撫でる。
「ぐすっ……あの、その……ユリアお嬢様、ありがとう!」
「ありがとうございます、ユリアお嬢様。このお礼はどうやって返せばいいかわからないけど、絶対に返させてください」
「どういたしまして、そのお礼の代わりと言っては何だけど、お願いがあるんだ」
「なんだよ? ユリアお嬢様のためなら、何だってするぞ!」
「わたしもです」
二人とも真剣な目で、私に詰め寄るようにして、了解の意を伝えてくる。
そこで初めて、私は二人から強く感謝されていることを実感した。
治って良かったという安堵感が心の中に湧き上がる。大丈夫だろうと思っていたけど、もしかしたら失敗するかもしれないことを心配もあった。
……まぁ、結果よければすべて良し、としよう。
そして、今後のために必要なことを二人に示すために口を開いた。
「私が魔術を使えることは、最大限秘密にして欲しいんだ」
「なんで?」
「簡単に言えば、色々と面倒なことになるからかな」
「わかりました。ユリアお嬢様のためになるなら、誰にも言いません」
「もちろん、おれも言わない」
「ありがとう」
とりあえず、最初の口止めは問題なしと。
「それで、次はお願いというか、二人に提案なんだけど、二人ともこのまま住み込みで私のために働かない? ポルナちゃんには、串揚げのお手伝いをしてもらっているけど、それを続けてもらって……」
「やる!」
「わたしもやらせてください」
ポルナちゃんが勢いよく、ペルナちゃんはなにか決心する感じで、二人からの返事は即答だった。
「良かった。二人とも、これからよろしくね。あ、ペルナちゃんには確認したいことがあるんだけど」
「はい、なんでしょうか?」
「ペルナちゃんて、精霊の声が聞こえたりする?」
「はっ?」
ロイズさんが思わず漏らしてしまった声が聞こえた。ちらりと後ろは振り向くと、ロイズさんがなにか言いたそうな顔をしている。
いったん見なかったふりをして、もう一度ペルナちゃんと向き合う。
「はい、たぶん、ポルナちゃんには聞こえない声が、わたしには聞こえます。これは精霊様の声だったんですね……ううん、みんな、いつもありがとう」
「みんなはなんて?」
「ええと、『そうだよ、いつもお話しているよ〜』とか色々です」
そう、ペルナちゃんの言う「みんな」の正体は、本来見たり話したりできない精霊だった。
例の居住特区で、二人が隠れ住んでいた部屋を守っていたのも精霊たちだろう。
理由はわからないが、私が部屋の近くに来た時に、私を呼びかけていたのは、ペルナちゃんを慕う彼らだったのだろう。きっと、ペルナちゃんを助けてほしかったのではないかと思っている。あえて、ペルナちゃんを通じて確認を取ることはしないけど。
「お嬢様、いいか? ペルナちゃんは【精霊の加護】持ちということなのか」
「ええ、ペルナちゃんは【精霊の加護】持ちです」
私はちょっと自慢げに、ロイズさんの疑問に答えを返す。
「すごいな。お嬢様、彼女がどの精霊の加護を受けているかもわかるか?」
「えっと、石精霊と樹精霊ですね」
「はぁっ?」
「あ、石精霊は地精霊系の精霊で、樹精霊は森精霊系の精霊です」
まず前提として、精霊という種族は、精霊王と、精霊王の配下と、その他の精霊に分類される。
石精霊や泥精霊は広義の意味では地精霊の一系統とされるが、石精霊と本来の地精霊は存在理由の異なる精霊だ。
地精霊が土や地面を司るのに対して、石精霊は石や岩などの塊を司る。
そこに優劣はなく、地精霊も石精霊も等しく地の精霊王の配下となる。
同様に森精霊は森林を司るのに対して、樹精霊は樹木そのものを司っており、両方とも森の精霊王の配下となる。
精霊は多くが六柱の精霊王の配下であるが、そこから外れる精霊もいる。
その他に分類される代表的な精霊に、月や太陽の精霊などの、精霊王以外のユニークな存在である精霊たちがいる。
さて、ここからは推測となるが、街の中でもっとも溢れている物資といえば石材と木材だろう。
つまりは、石と樹なのだ。
ペルナちゃんが、目が見えなくて周りのものを見えるかのように動き回れた理由ではないだろうか? と考えた。
「いやいやいや!? それは本当か!? ああ、お嬢様が嘘つく必要なんかどこにもないのはわかっているが……」
「えっと? もしかして精霊の名称って、そんなに広まっていないのですか?」
「や、そっちじゃなくて……二種の精霊から加護を受けてるって?」
「はい」
前世の『グロリス・ワールド』で全種類の【精霊の加護】を取得しようとして頑張っていた先輩がいたなぁ、就活しなきゃとか言いながらゲームにログインしてたけど、あの人は無事に就職できたのだろうか……。
ときどき、前触れもなくフッと前世の日々の思い出がよみがえると、同時に胸が締め付けられるような気分になる。
最近は起こっていなかっただけに油断していた。
「あ~、う~……もう、お嬢様だからとしか言いようがないな……」
私が少しばかりアンニュイな気分に浸っていたら、ロイズさんに軽くひどいことを言われたような気がする。
「お嬢様、それとペルナちゃん……【精霊の加護】持ちは【霊獣の加護】持ちと比べれば、数は多い、それでも二千人に一人くらいと言われている。普通の人間が精霊と交信できる機会は珍しいからな。けどな、二種類の加護をもっているとなると、【精霊の加護】持ちの中でも更に少なくなって数十万人に一人だ」
たしか以前【幻獣の加護】は、百七十五万人に一人とか言っていた覚えがあるけど……
「確かラシク王国の人口三千五百万人の中で確認されている二種の【精霊の加護】持ちは、五十人もいなかったはずだ」
「つまり、【幻獣の加護】持ちくらい話題になったりします?」
「大雑把に言えば同じくらいだな。もっとも【精霊の加護】持ち自体が珍しいわけじゃないから、さほど騒がれるような話じゃないが……」
「え、えっとえっと……どういうこと、ですか?」
ペルナちゃんが自分のことを言われているのにもかかわらず、ロイズさんの慌てっぷりがピンときてない様子だ。私も同じだから、その気持ちよくわかる。
ちなみにポルナちゃんの方は、最初の時点から話の展開についてこれていない。
「ロイズさん、つまりは、どういうことですか?」
「……端的に言えば、とっとと旦那様に報告した方がいいぞ、だ」
はい。