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月明かりの下でのお茶会

「……とまぁ、基本は走り込みと柔軟運動、剣術型の素振りと型試合、これらの繰り返しかな? まだ身体が育っていないから、それほど無茶な訓練はしてないんだよね」


 色々と一気にしゃべって渇いた喉を、冷めて飲みやすい温度になったお茶で潤す。

 淹れたてのときより香りは薄れたけど、その分お茶本来の味がわかりやすくなっている気がする。

 お皿に盛られたクッキーを一枚つまむ。木の実の味が舌の上に広がり、飲んだ後に残る砂糖の甘さを、お茶のほのかな苦味で洗い流す。うん、美味しい。


「は~……幸せだねぇ……」

「ずいぶん安い幸せだな」

「このクッキーとお茶は安くないからね、絶対! それにフェル、そもそも幸せを感じることに貴賎きせんはないんだよ?」

「名言っぽいけど、ユーリが言うと、ただの食い意地が張った言い訳にしか聞こえないな」

「……フェルはどうしても私のことを食いしん坊キャラにしたいようだね」

「気のせいだ。ん、空になったようだがお代わりはいるか? 湯を取ってこよう」


 私のカップが空になったのを見て、ティーポットをもってフェルが屋内に向かおうとする。


「あ、フェル、ちょっと待って! そのティーポットを貸して?」

「ん?」

「お湯が必要なだけなら、私が……《ノア セーレース ウォーラ(熱の宿る滴よ)》」


 チョロチョロ……。私の両手の間から流れ出た熱湯でティーポットが満たされる。

 お茶を淹れるのに丁度いい温度になっているはずだ。


「今のは魔術か? 水を作り出す魔術は知っていたが、熱湯を作るとは……」

「火球を作り出す魔術もあるんだから、その二つをちょっと応用するだけだよ」

「…………」


 二煎目になるので、気持ち長めに蒸らしてから、自分とフェルのカップに注ぐ。前世で紅茶は二度淹れしないと聞いた覚えもあったが、王国の作法では、茶葉から香りや味が出る間は何度か淹れ直しても良いようだ。一煎目だけ飲んで、一度使った茶葉を下働きしている人に下げ渡すマナーもあるらしいけど。

 フェルはその様子を静かに眺めていて、注ぎ終わると「ありがとう」と小さく返事をした。


「……ユーリは、魔術に対して少し常識外れなところがあるから言っておくが、そんな日常生活に密着した魔術は珍しいぞ? ボクは魔術書を何冊か読んだことがあるが、熱湯を作り出す魔術が記述されていた覚えはない。つまり、その魔術はユーリが研究して作ったオリジナルだろう?」

「あー、そうなるね」

「そもそも日常生活と魔術は、基本的に相容れないものだからな。理由は簡単だ。魔術を使う際に必要となる発動具が高価なため、誰でもできることを魔術でやろうと考える人は少ないんだ」

「…………なるほど」


 つまり、名剣を使って料理をしようと考える剣士や主婦がいないのと同じ理屈かな。

 お湯を作るなら鍋で沸かせばいいし、料理をするなら包丁があればいい、というわけだ。


「うん、私の魔術は変だね」

「いや……そこで納得されても、返答に困るが」


 自分の間違いを認められる大人になりたいと思うのですよ?

 ……しかし、フェルの前だったからよかったものの、やっぱり人前でルーン魔術はポンポン使えないなぁ。どこでどんな問題が起こるか予想もつかない。


「とりあえず、使えるものは使えるんだし、普通に使うよね。便利だし」

「それもユーリらしいな」


 自分のカップをふぅふぅと吹いて、お茶を冷ましつつすする。

 んー、一杯目よりも蒸らし時間を長くしたので、味が濃くはっきりとしている。

 ただ蒸らす時間はもう少し短くてもよかったかも、お子様な舌は苦味をなかなか美味しいと感じてくれない。


「そうそう今日はフェルに試してもらいたいことがあったんだ」

「試してもらいたいこと? ユーリの頼みなら、できる限り協力するが……それは、何だ?」

「レンズに少し特殊な鉱石を使った眼鏡だよ。名付けて『マジカル暗視眼鏡』って所かな。さ、つけてみて?」


 ゼムさんから受け取ったばかりの試作品の眼鏡をフェルに渡した。レンズにあたる軟水晶には私が事前にルーン魔術で加工してある。

「……どうすればいいんだ?」

「あれ? つけ方が分からない?」

「ボクが知っている眼鏡とは形が違うな……取っ手が変な向きに二つ付いているし」

「取っ手? つるのこと? ……あ、ローネットか」


 多分フェルが知っている眼鏡はローネット、いわゆる柄付えつきの手持ち眼鏡で、棒やフレームを持って使う眼鏡のことだろう。観劇の際に使うオペラグラスなんかの仲間だ。

 私がゼムさんに作ってもらったのはつる付き眼鏡だ。

 実は前世では、近視や乱視などは簡単な外科手術で治るため、視力矯正用の眼鏡が必要な人というのはいなかった。

 ただ、眼鏡そのものはファッションアイテムとして残っていたし、私が死ぬ直前にも第何次眼鏡ブームとかで、多くのファッションブランドが伊達眼鏡やサングラスを売り出していた。


「ちょっと貸して……コレをこういう向きで、ここを耳に引っ掛ける感じで……」


 眼鏡を受け取って、フェルに眼鏡をかけてやる。


「どうかな?」

「やや窮屈な感じだが、視界が急に明るくなっ……」


 フェルが私の顔をまじまじと見て静かになる。

 お、なかなか眼鏡も似合う眼鏡少年だ。小学校でクラス委員とかやっていそうな雰囲気。

 そして、戸惑いながらも口を開いた。


「……キミは誰だ? どこから入ってきた? 今の今まで、そこにはユーリが座っていたはずだが」

「その様子だとうまくいったのかな?」

「声は……ユーリだな。この眼鏡はマジックアイテムか何かなのか? 周りが明るくなって、ユーリが別人のように見えるぞ」

「まぁ、マジックアイテムと言ってもいいかもね……そのレンズの部分に明かり系の魔術が付与されているんだ」

「はっ?」


 フェルの魔導は、私がたまに使う鑑定系の魔術と似た原理で動いているのだと推測した。

 例えば、《モア モァース ティス テラール(瞳が見る躯を知る)》は、私が見ている対象の身体的な状態を鑑定することできる魔術だ。

 多分だがフェルの能力も同様に、対象を「見る」ことで発動し、対象が持つ隠し事を読み取るのだろう。

 魔術と魔導の違いは、任意による習得以外にも、汎用性に違いがある。

 簡単に言えば、魔導は応用が利かない分、効果の威力が強い。一点特化型という感じだ。

 魔術がフライパンなら、魔導はホットサンドメーカーと言って伝わるだろうか。

 また強力な魔導ほど、利用するための制限や取得による制約がある。

 フェルの能力の制限は「太陽光の当たらない場所で、相手を直接見ないといけない」、私の制約は「攻撃魔術が使えなくなる」だ。

 制限や制約はきちんと理解すれば、欠点についてはだいぶ緩和される。

 例えば、さっき使った熱湯を作る魔術も、一度コップなどを経由さえすれば、相手にぶっかけても、それは攻撃用の魔術ではなく、あくまで熱湯を作る魔術なのだ。

 さて、フェルの魔導にはもう一つ隠された制限がある。

 それは「同時に複数の隠し事を暴くことができない」ことだ。

 そこで、あえて、特殊な眼鏡を用意することで、視界のすべてを隠してみた。

 レンズに付与されているルーン魔術の効果は「見えているものを隠す」と「視界の明るさを保つ」ものだ。

 結果は大成功。

 制限を逆手に取ったようなものだが、フェルの目には、今生の私の姿が映っているのだろう。


「その眼鏡をかけていれば、フェルが誰かを見ても能力が反応しないようにしたってところかな? ついでに暗い場所で明かりがなくても読書もできる優れもの! 個人的にはうまくいったらラッキー程度だったんだけどね」

「…………」

「ねぇ、フェルには、今の私の姿がどう見えてる?」

「あ、ああ……綺麗な金髪に青い目の少年っぽい女の子に見える……」

「よし。じゃあ、あとは窮屈さをなくすために、つるの形とかを微調整かな。ちょっと触るよ、このへんかな、あ、眼鏡は一度外すよ」


 フェルから眼鏡を外して、ルーン魔術でつるの形を、フェルの耳に当たっていた場所を伸ばしたり軽く曲げたりする。


「……その眼鏡を作ったのはユーリなのか?」

「いや、細工師の人に頼んで作ってもらったけど?」

「そうじゃなくて、そのレンズの部分の仕組みについて、考えたのは……ユーリなのか?」

「ああ、うん、ただの思いつきだったけどね」


 ほんと思いつきで作っただけに上手くいって良かった。勢いで頼んじゃったけど、伊達眼鏡の制作費は安くはなかった。

 それでも、ゼムさんが面白いアイデアをもらったから、と言って代金を割引してくれたらしいのが助かったけど。


「……ユーリ」

「ん? 何?」

「キミは、いったい何者なんだ? ボクの能力について、何度か学者ギルドの調査に付き合ったが、ここまでボクの能力を把握していなかったぞ」

「え~と、何て説明すればいいかな……本当に思いつきなんだよ?」

「それに! ボクの能力を無効化したことで、なんでユーリの姿が変わって見えたんだ? それじゃあまるで、ボクの能力のせいでユーリの『隠している姿』が見えたようだよな?」


 フェルの……いや、フェルネ・ザールバリンの真剣な目が私を射抜く。

 その瞳の中に、切望や困惑などの揺れ動くフェルの気持ちが透けて見えた。

 まぁ、しょうがないか。私は心の中で小さな溜め息を吐く。

 私は調整した眼鏡をまたフェルの耳にかけてあげる。

 

「はい、どうぞ。へんに当たるところとかない?」

「大丈夫だ。さっきより楽になったし、しっくり来る……」

「さて、それじゃあ、改めて挨拶から始めようか!」


 何となく、何となくだけど、私もこうなることを望んでいた気がするしね。


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― 新着の感想 ―
[一言] 一番最後の分だった。としか書いてありません
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