見守られているということ
「お嬢様、さっきの言葉は横で聞いていてちょっとジンときたぞ」
「へ?」
軽食屋からお屋敷に帰ってきて、庭先でロイズさんがポツリとそういった。
さっきの言葉?
私なんか言ったっけ?
「俺とアイラも家族なんだって?」
「あー? あ~~ッ!? いや、それはその勢いというか、ね? あるじゃないですか、そういうのがっ!」
「なんかこう心が温かくなるというか……」
ふ、ふふふ……一部の体温が上昇しているっぽい。
ああ、これなら、鏡を見なくてもわかるな。今、私の顔が真っ赤になっているだろう。
「……くくっ」
紅潮している私を見ておかしそうに喉の奥で笑う。
私がそういうのに弱いと知ってて、わざと言ったな。
「ええ、アイラさんもロイズさんもジルだって、大事な私の家族ですから!」
「それはそれは、光栄の至り……ところで、俺からも一個訊きたいんだが」
「何ですかっ?」
少し口調が荒くなってしまうのは仕方ないだろう。
照れ隠しってやつだ。
「どうも、旦那様や俺に隠れて危ないことをしてるんじゃないか?」
「えー? 何のことでしょうかー?」
「夜中に部屋を抜け出して、お嬢様は何やってるんだ?」
あー、それか……
「アイラが心配していたぞ。服や部屋の汚れとかで気づいたらしいが……ちなみに旦那様やマリナ様には、知らせてない」
推理小説で名探偵の話を聞く犯罪者って、こういう気分なのでしょうか?
「夜のお話相手になってくれる友達ができまして、決して危ないことをしているわけじゃありません」
「ふむ。真実のようだな」
「…………信じたんですか?」
「お嬢様のことは、小さい頃から知ってるからな」
それは答えになってない気もするけど、その返事がちょっぴり嬉しかったり。
なんだろう、私からするとロイズさんは、少し年上の頼れる兄貴って感じなんだな。
精神年齢的に考えると、そんな関係でも間違えてないか。
「とりあえず、危険そうなことしてないようだし、細かいことはお嬢様の意思を尊重してとやかくは言わんが……」
「な、なんでしょう?」
「つくづくお嬢さまの周りには騒動が絶えなくて飽きないな、と思ってな」
「楽しんでいただけているなら幸い、です?」
ロイズさんが、生暖かい目で私を見ているような気がするが、気のせいだということにしよう。
「それとそうだ、ペルナちゃんの目の治療はどうするつもりだ?」
「今、シズマさんに必要な道具を用意してもらっているものがあって、それが届き次第、ルーン魔術で何とかします」
「なるほど、それで、いいんだな?」
ロイズさんのその問いかけには、いろいろな意味と思いが含まれているだろうけど、あえて、私はこう答えよう。
「はい。後でお父様にも伝えますけど、二人も身内として考えます」
ユリアお嬢様としての立場も伝えたし、私が魔術師であることも隠していない。
二人は、屋敷に連れてきた時点で、もう私は二人を見放せないだろうなとは思っていた。
立場的には、私付きのメイドというか、侍女的なポジションを目指してもらうことになるだろう。
ポルナちゃんは、このまま串揚げ関係の作業に携わってもらいたいし、徐々にシズマさんとのつなぎ役的な仕事も任せたいと思っている。
ペルナちゃんは、魔術の素養があるので、ぜひ魔術を覚えて欲しい。ゲームと同じならば、【精霊の加護】持ちのエルフは魔術を使ってこそだ。ペルナちゃんもきっと化けると思う。
「普通なら子供の感情的なワガママ、と受け取るんだが、お嬢様だからなぁ」
「二人を連れてきたのは、私の意思ですからね。責任を持つべきだと思います。もちろん、二人の意見を無視するつもりはありませんが……」
階級が一番低い男爵家とはいえ、貴族のご令嬢の側付きなら、一般庶民からは羨望の眼差しで見られるお仕事だろう。二人が断る可能性は低いと思う。
幸い、家は貧乏というわけでもなく、むしろ、小金持ちの方だ。
「ほら、お風呂の件があるじゃないですか? だいぶ儲かってるんですよね……侍女を二人雇うくらいなら、私のお小遣いでも何とかなっちゃうくらいに」
「そんなにか?」
「そんなにです」
なんなら、私自身、個人的に二人を雇えるくらいのお金を持っている。
お父様たちも、まぁ、私にはメロメロなので、よほどのことでなければ反対しないだろう。二人の性格も悪くなさそうだし、能力的な伸び代も十分だ。
「……だよなぁ、王都でこんなに風呂が流行っているとは思っても見なかったぜ。たしかに、いいものなんだけどさ……あれ、結構いい値段するんだろ?」
「はい、シズマさんが、ウッハウハだと言っていました」
「そんなにか?」
「そんなにです」
ロイズさんがなんとも言えない表情になったのが印象的だった。
お屋敷の仕事をするというロイズさんと別れた後、私は中庭にジルを呼び出して、久しぶりにオオカミ形態になったジルとゆっくりすることにした。
「なんか艶々だねぇ」
王都への旅の途中でハンスさんたちに正体を明かした時を除いて、ウェステッド村を出発してから、ほとんどずっとジルは人間形態のままだった。
夜寝る時も与えられた私室で人間形態のまま眠っているらしい。
ふとした思いつきで、久しぶりにジルの毛皮のブラッシングを始めたのだが、毛皮は美しく艶々で少しも汚れていなかった。
人間形態のときはお風呂に毎日入ってもらっているのだが、それが影響してるんだろうか?
ブラッシングはマッサージ的に気持ち良いようで、ジルは床に寝転んでだらーんと伸びている。
「うーん、不思議だ」
「がう?」
「や、なんでもない」
「くぅん」
続けて欲しい、とねだるようにペロペロとジルが私の頬を舐める。
ジルの催促にしたがって、ブラッシングを再開。
……って、ジルが頬を舐めるのって、もしかしてアウトじゃね? 人間形態を想像すると、どこか倒錯的な背徳的な光景になる気が……人間姿のジルが脳裏をよぎって、ちょっぴりドキドキする。ジルはわんこ、今はわんこだからセーフ。
人間姿の方はできるだけ考えないように無心になってブラシを動かす。
「とりあえず、これからやるべきことは……」
串揚げ屋の計画はシズマさんに任せたので、ときどき進行具合を確認するだけでいいだろ。
ペルナちゃんの目の件も、シズマさん次第か……
養児院については、もう私は基本ノータッチで、ハンスさんたちに頑張ってもらおう。なにか進展がありそうなら、お父様に聞いてもいいかもしれない。
あ、ザムさんのところに、眼鏡を受け取りに行かないといけないな。
もらったら、フェルに会いに行こうか。
それから、お父様とお祖父様、それから伯父様の件について、シズネさんと話して……
「わふ?」
「あ、ごめん」
ちょっと考えに集中し過ぎて、ブラッシングの手が止まっていた。ジルのつぶらな瞳に促されて、ブラッシングを続ける。
あー、サラサラだねー、いいよー、癒やされるねー。
アニマルセラピーだっけ。色々考えることが多いけど、それを脇において、丹念にブラシでジルの毛皮をすいていく。
「くぅん」
「気持ちいい?」
「わふふー」
ジルの鳴き声がまるで「いいよー」と言っているように聞こえた。
まぁ、後で人間形態になったときに翻訳してもらえば、答えはわかるんだけど、そこまで知りたいわけでもない。
それから、ジルが満足しきるまでブラッシングを続けた。