森の広場へ行こう
今日の昼食は、パンケーキだった。三日に二回は、朝食や昼食にでてくるバーレンシア家定番のメニューである。
挽きたての小麦粉に、少し発酵させてヨーグルトっぽくなった牛乳と新鮮な卵を混ぜ、フライパンで焼いたシンプルなものだ。
それに季節の果物やバターで炒めたカボチャや菜っ葉などが添えられる。
オレは昼食で、自分の頭と同じくらいのサイズのパンケーキを二枚食べる。
もっと食べようと思えば食べれそうだが、食べ過ぎは肥満の原因になるし、体にも良くないと言われているから、腹八分目を心がけている。
この世界に瞬間痩せ薬のようなものがあるかはわからないが、『グロリス・ワールド』で体重を変化させるアイテムがあった覚えはない。あ、獣や鳥に変身したり、一時的に幻覚で姿をごまかす魔術はあったな。
ユリアの容姿なら、少しぽっちゃりしても可愛いかもしれないが、何事もほどほどが一番だろう。
さて、そんな昼食を食べ終わったところで、オレはある目的のため、母親にお願いをする。
「お母さま、ご飯を食べ終わったので、うらの森にお散歩に行きたいです」
「あら、それじゃあ、アイラさん、一緒に連れて行ってくれるかしら?」
「かしこまりました」
昼食ではアイラさんもオレと母親と同じテーブルについて、一緒に食事をしている。名目上はテーブルマナーを教えるということになっているらしい。
両親は、あまり身分の違いなどには拘らないようだ。むしろ、アイラさんのほうが気にしているように見える。
オレも前世の影響か、そういった身分というものは、いまいちピンときていない。
そもそも、ただの貧乏大学生だったオレにとっては、それこそ上流階級の生活などは漫画や小説の話である。無理にやろうとしても、下手な芝居のような態度になるだけだろう。
お手本となるべき父親と母親でさえ、ちょっと小金持ちの若夫婦といった雰囲気である。
まあ、流石に父親自身が気にしないと言っても、アイラさんが父親と同じテーブルにつく訳にはいかないのか、朝食と夕食の時は壁際で立って控えているのだが。
「あの、お母さま。お散歩には、わたし一人で行きたいのです」
「まぁまぁ。ユリィちゃんは、アイラお姉さんがキライなの?」
「ちがいます! でも、わたしはもう三つになったので、お散歩くらい一人でできます」
一人で、という部分に力を入れて、むふぅと勢いよく頼み込む。
「うーん……、でもねぇ?」
正直なところ、オレも普通の三歳児を一人で散歩に行かせるのは無謀だと思う。
しかし、そもそも前世の記憶を持ち、こんなにしっかりと受け答えができる三歳児は、例外そのものだ。
前世で自分が三歳児だった頃の記憶はないが、ペットの犬や猫と変わりはなかったんじゃないだろうか。
同じ施設で育った三歳児は、まさにそんな感じだったし。
あまりしっかりしたところを見せすぎると、オレが転生している秘密がバレてしまう危険もあったが、この程度なら早熟な子で済む範囲……だといいなぁ。
本当は早熟どころか、かなりの天才児、神童と呼ばれてもおかしくないが、両親ともに訝しむどころか純粋にオレの優秀さを褒めてくれる。少し鈍くて、底抜けに優しい両親には心の底から感謝している。
「わたしは、いい子なので一人でお散歩できますよ?」
いまいち煮え切らない態度の母親に、必殺の《純真な眼差し攻撃》
「もちろん、ユリィちゃんはいい子に決まってるじゃない! わたしとあの人の子供なんだから!」
こうかは ばつぐんだ!
「わかったわ。わたしはユリィちゃんを信じる!
でも、絶対に遠くまで行っちゃダメよ? それと、小川と井戸のそばには、絶対に近寄らないこと。危険ですからね?
お水が飲みたくなったら、すぐに帰ってきておうちでお水を飲むのよ?
全部、約束できる?」
「はい、約束します。お母さま、ありがとう!」
母親から承諾の言葉を引き出したところで、前言を撤回されないように、ニコッっとトドメの《極上☆天使の微笑み》を撃っておく。
「ううっ……あなた、ユリィちゃんは、立派な大人になっちゃいました。三歳でもう親離れの時期が来るなんて、早すぎるわ……」
「えっと、奥様……別に、親離れというわけでは……」
うん、オレ(の体)は、まだまだ子供ですよ? 親離れには早いかなと思います。
母親は少しとぼけたところがあって、そんなところも可愛い人だと思う。血の繋がった母親に持つ感想じゃないけど。
「お母さま! わたしは、立派に一人でお散歩してみせます!」
「ユリィちゃん、頑張ってね! わたしは草葉の陰から見守っているから!」
あえてノってみたけど、想定以上のノリの良さだ。
というか、母親よ、草葉の陰から見守るのは、死んだ人ですから。
あ、アイラさんがオレと母親の寸劇を見て、コメントに困る顔をしてら……。
屋敷の裏庭は広く、馬で駆け回れるくらいの広さがあり、馬小屋や小さなハーブ畑などが設けられている。
その裏庭から、例の小川へ通じる獣道のような細い道があった。オレはその入り口に立ち、一度後ろを振り返って、左右を確認した。
……んー? 確率は半々ってところか。
なんの確率かというと、アイラさんがオレを見守るためにこっそり後ろをついてきている確率だ。
隠れていても気配で人の位置がわかる……なんて能力は持っていないため、あてずっぽうでしかないけど。
「まぁ、いっか。よし、行くぞ!」
と、勇んで森に入ってすぐ、木の根元で四つん這いになっている男性を見つけた。
「あれ? ロイズさんだ」
「おう、お嬢様か。……ん? 一人でどうしたんだ?」
オレが声をかけると、ロイズさんが立ち上がってこっちを振り向く。そして、辺りを見回し、怪訝そうな表情を浮かべた。
どうやら、オレが一人で森の中にいることを気にしているようだ。
「お散歩です。わたしはもう三つだから、一人でもちゃんとお散歩できます。
ロイズさんは、ここで何をしているんですか?」
「俺は、森に生えている薬草を採ってたんだ」
「やくそう?」
「ラルシャっていう草で、葉が薬になるんだよ。煎じて病気の時に使ってもよし、絞り汁を傷に塗ってよしの万能薬だな。
普段から、この葉を一枚、お茶の葉と一緒にティーポットに入れて飲んでいると、健康にもいいな」
ラルシャの葉といえば、『グロリス・ワールド』でコストパフォーマンスの良さから人気の高い回復薬、ハイランクポーションの主原料となる素材だ。
また一つ『グロリス・ワールド』と同じ部分を見つけ、感慨深い。
一般的に万能薬と呼ばれているなら、覚えておいて損はなさそうだ。
けど、一見して、そこらへんに生えている雑草との違いがわからない。
「その葉っぱは、どうやって見つけるのですか?」
「まずは、形だな。縁が丸くボツボツしている感じがある。
それにこいつは独特な匂いがするから、すぐに判別できるんだ。ほら、嗅いでみな」
「……くっちゃ!!」
ピーマンとパセリを混ぜて、何倍も臭くしたような匂いだった。鼻の中がとてつもなく臭い。勢いよく吸い込んでしまったため、思わず涙目になってしまう。
あうあうと苦しんでいるオレを見て、ロイズさんが愉快そうに素敵な笑顔を浮かべる。
いい歳して、イタズラ小僧か!! 味見もしていないが、匂いだけでもかなり苦くて不味そうなことがわかる。というか、口に入れたり、舐めるのもイヤだ。
ゲームのキャラには、ラルシャの葉を使ったポーションをガブ飲みさせていたが……それはもう拷問だったに違いない。
「ま、今日はこんなもんでいいか。俺は屋敷に戻るけど、お嬢様はどうする?」
「わたしは、お昼ご飯を食べたばかりなので、もっとお散歩してから帰ります」
「そっか、気をつけるんだぞ」
「はい!」
当初の目的のためにも、ここで帰るわけにはいかないのだ。
小川には近づかないという母親との約束は守るとして、目的地としている森の中の広場に向かおう。