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お祖父様の事情


「おっと、お嬢様、ちょうどいいところに」

「ロイズさん? 何かありましたか? あ、ポルナちゃんは先に中に戻って」


 串揚げについては、四人で色々と話し合いをして、一段落した所で解散になった。

 そして、お屋敷に戻ってきた庭先でロイズさんに声をかけられる。

 ポルナちゃんには関係なさそうなので、先に行っててもらう。


「それで?」

「ああ、先日話していた件で先方と連絡が取れた。急な話だが本日の夕方に外で待ち合わせることになったが、大丈夫か?」

「先日の話と言うと……」


 あっ、バーレンシア家の事情通(仮)さんの話か?


「はい、私の方は大丈夫です。何か用意しておくものとかありますか?」

「そうだな。平民服で構わないので、男物ではなく女物の服に着替えておいてくれるか?」

「わかりました。着替えてきます」

 

 ロイズさんと一緒なら、変装していく意味もないだろうしな。

 

 待ち合わせの場所は、都市の中心だが、通りからやや離れた場所にある軽食屋だった。

 なんでも王都に昔からある老舗しにせで、こじんまりとしているが地元の人々に愛されている穴場の名店らしい。

 店の外観からは、昔からそこに建っていたという貫禄を受ける。店の中に入ると、店内は掃除が行き届いているのか清潔感があり、物静かなお客が多くて、とても落ち着いた雰囲気だ。

 約束の時間よりはだいぶ早く着いたようで、バーレンシア家の事情通(仮)さんは到着していないようだった。

 ロイズさんが、対応に来てくれた店員に店お薦めのビスケットとお茶を二人分、それと個室を借りれるように頼んだ。

 借りた部屋の中でロイズさんとビスケットを摘みながらお茶を飲みつつ、適当な雑談をしていると、扉が叩く音がする。ロイズさんが受け答えをしていると、誰かが部屋に入ってきた。

 

「じぃさん、遅かったな」

「ふん、わしを呼びつけるとはコーズレイトの若造もずいぶんと偉くなったもんじゃ」


 ん、この声は? と思い、振り向くとバーレンシアの本家に行った時にお世話になった執事のおじいさんが立っていた。


「ほっ? これは、失礼いたししました。ユリアお嬢様がいらしてるとは……コーズレイト殿、わざと黙っておられましたね?」

「いやいや、訊かれなかったから答えなかっただけだが」

「ふん、今回はわしの不注意もあるし追求はせぬ。それで、わしに話を聞きたい方がいると呼び出されましたが……それはユリアお嬢様でよろしいのでしょうか?」

「えーと……」


 私に丁寧な口調で問いかけてくるおじいさん。

 名前は確かササニシキじゃなくて……なんだっけ。


「ああ、改めまして、ユリアお嬢様に自己紹介させていただきます。バーレンシア侯爵家、前筆頭執事アギタ・オーバコマチと申します。今は、一使用人として後進の育成係をしておりますじゃ」


 そうそう、アキタコマチさん、もといアギタさんだ。

 アギタさんを一言で表すなら『老紳士』だろう。

 白髪と黒髪が半々ほどに混じり合った髪をかっちりと固めている。黒い瞳で、容貌からすると歳は五十代くらいだろうか。

 背筋の伸びたシャンとした姿勢と体格をしているのは、まだまだ執事として、現役なのだろう。

 パリっとしたシャツに黒のスーツのような服を着こなし、白手袋を着け、右手にステッキ、左手に外で被っていただろう帽子を持っている。

 動作は機敏なので足腰が悪いわけではなく、お洒落の一つとしてステッキを持ち歩いているのだろう。

 個室まで案内してくれた店員に、私とロイズさんが飲んでいたものと同じお茶を頼み、席に座った。


「本日は、お忙しいところお呼びしてすみません」

「いえ、ユリアお嬢様の御用とあらば、すぐさま馳せ参じましたのに……」


 ジロリとロイズさんを軽く睨みつけ、すぐさま私の方に視線を戻す。


「しかし、わざわざ、わたくしを外に呼び出さずとも、本家の方に来ていただければ、大奥様もお喜びになられますのに」

「そうですね。ちょっと内密に話がしたかったので」

「内密の話、ですか?」

「はい……ええと色々とお聞きしたいことがあるので、少しお時間をください。どうぞ、アギタさんも座ってほしいです」

「ふむ。分かりました。それでは失礼いたしまして」


 アギタさんは、一礼して、私と向かい合わせの席に座ってくれる。その腰掛け方もいちいち絵になる人だ。

 そうして、私の言葉に少し戸惑いつつも、静かに私の様子を伺っている。

 ロイズさんは、場を完全に私に任せるつもりなのか、腕組みをして私とアギタさんのやり取りを見守っていた。

 さて、問題はどうやって切り出すかだ……別にお祖父様と敵対するわけではないが、アギタさんは立場的に言えば、お祖父様寄りだろう。

 そうなると下手な質問はできない。

 ただロイズさんが、その辺りのことを考えずにアギタさんを呼び出したとは思えないし。

 う~う~。とりあえず、アギタさんのことを信じて、真正面からぶつかってみるか?

 

 店員さんが持ってきたお茶を、アギタさんが一口飲み、カップをカップ受けに戻したところを見計らって口を開いた。


「それでは、アギタさん、いくつか教えてもらいたいことがあるのです」

「ええ、ユリアお嬢様、わたくしめでお答えできることでしたら、何なりとお訊きください」

「お祖父様ですが、リックの件をどう考えているのか、分かりますか?」

「リックお坊ちゃまの件と申しますと、若旦那様の養子にすることですね?」

「はい」

「どう考えているも何も、リックお坊ちゃまを本家の跡取りにしようと考えていらっしゃる、ということでしょう?」


 さも当たり前のように言われてしまった。何も裏がないのか、知っていて黙っているのかが分からない。

 ……というか、ここで疑心暗鬼になってもしょうがないな。


「カイト伯父様に子供がいないのには何か理由が?」

「……ユリアお嬢様の前では、少々申し上げにくいのですが……」


 ん~? それは保健体育的な意味で、かな?


「どうすれば子供を授かるか位は知っていますし、それくらいでは困りません。そうですね。伯父様と伯母様のどちらに問題があるのでしょうか?」

「失礼いたしました。わたくしは、若旦那様、すなわちカイト様のほうに問題があると……大旦那様と若旦那様ご本人より伺っております」

「ふ~む……」


 例の元気になるルーン魔術でなんとかならないかな……やっぱり、シズネさんに協力してもらうか。

 まぁ、今はひとまず置いておこう。今日はお父様の話を聞くのが優先だ。


「私のお父様は十五歳の頃、軍に入りましたよね?」

「ええ、もう十五、いや十六年前の話になりますね。つい先日のことのようですが、いやはや、時の流れとは早いものです」

「どうして、お父様が軍に入ったか、その理由は知っていますか?」

「ケイン様が軍に入られた理由ですか? それでしたら、ご本人に直接お聞きすれば早いのでは?」


 微妙にはぐらかせようとしている?

 ここは押してみるか?


「私が気になっているのは、そのことにお祖父様がどう関わっているかが、知りたいのです」

「ケイン様の軍への入隊と大旦那様の関係ですか?」


 アギタさんは、困った質問をされたという感じの雰囲気になる。

 ちょっと微妙な反応だな。


「ん~と、アギタさん」

「なんでしょうか?」

「お父様とお祖父様が仲違いしている原因を知ってますか? 私が聞いた話だと、お父様が十五歳の時に何かががあって、それでお父様は軍に入隊したと聞いているんですが、本当ですか?」

「…………」


 ここで変に駆け引きをしても通じなさそうだし、なら正面突破しかないだろう。

 それが奇襲になったのかアギタさんの表情がちょっと変わった。


「……ユリアお嬢様は何を考えていらっしゃるので?」

「今回は、一番がリックの幸せ、二番が家族を大事に、三番目に私らしくです」

「ほ?」


 迷いなく言い切る。これは、今回の件で、私が自分に定めた基準だ。

 って、あれ? 私おかしなことは言ってないよね?

 その割にはアギタさんとロイズさんの表情が笑いを堪えているような。

 アギタさんは手元のお茶を口に含んで、笑いと一緒に飲み込む。

 いや、笑えばいいじゃん、笑いたいなら……ついでに笑いたくなった理由も話してくれると嬉しい。


「いや、失敬しました……それで、二番の家族の中には大旦那様や若旦那様も入っているので?」


 む? 家族の条件かー……。

 血のつながり? でも、同じ家に住んでいる人たちはもう家族と言っていいと思うし。


「私にとっては、お母様、お父様、リック、リリア、ロイズさん、アイラさん、ジル、お祖父様、お祖母様、カイト伯父様、フラン叔母様……までが家族でしょうか。アギタさんもこれからの対応次第ですよ?」


 こんなところかな? 指折り数えて十一人か、多いのか少ないのか。

 最後に小首を傾げながら、上目遣いでアギタさんに微笑む。

 ふっ、これぞユリア流少女術七奥義の一つ《小悪魔の誘惑デモニックテンプテーション》だ!! もちろん、冗談だけど。


「ほっほっほ……ユリアお嬢様は家族が大好きでいらっしゃるようで」

「ええ、ですから、お父様とお祖父様にはぜひ仲良くして欲しいのです」

「さて……そういうことでしたら、微力ながらお手伝いしたいところですが、わたくしも大したことは知らないのです」

「小さなことでもいいので、教えてください」

「ケイン様が十五歳の軍入隊前の話と言いますと……大旦那様が、ケインさまを次期当主として任命しようとしたことがありました」

「え? それは、お祖父様がカイト伯父様ではなく、お父様を準侯爵に指名しようとした、と言うことですか?」

「仰るとおりです。ケイン様はその直後に軍に入隊し、バーレンシアの屋敷から軍の寮へと移られました。その時、大旦那様とケイン様の間に何があったのか、それはわたくしも存じておりません」


 一応、色々と想定はしてたんだけど、なんだろう、この情報は?

 時系列順に並べると、

『お祖父様はお父様を後継者にしようとした』

『お父様はそれを嫌って家を出た』

『お祖父様はお父様の入隊をロイズさんに頼んだ』

 となるのか?

 こうパズルのピースは最後のピースが見つかって、全部揃ったんだけど、実は別のパズルのピースが混じってるような。

 う~~ん?

 

「ユリアお嬢様、もうご質問はよろしいですかね?」

「あ、はいっ!」


 しまった、考えに没頭してアギタさんのことを放置していた。

 気を悪くしてないようだけど、わざわざこっちの都合で呼び出したのに申し訳ない。

 質問はもうないかな。聞いて置きたいことは聞いたし……ん、あれ?


「……それじゃあ、最後に一つだけ」

「なんでしょうか?」

「ええと、どうして、私の質問に答えてくれたのですか?」


 アギタさんは知らない、答えられないと黙秘することもできた。

 もちろん、アギタさんの答えが全て真実だとも、知っていることをすべて語ってくれたとも限らない。

 ただ今の私からすれば、信じられるだろう情報――謎は深まったけど――をくれたのも確かだ。


「ほ? 答えなかった方がよろしかったので?」

「いえ、答えてもらったのはありがたく思っています。けどアギタさんは、勝手にお祖父様のことを語っても良かったのですか?」

「ふむ……」


 アギタさんが軽く顎に手を添える。その仕草が様になるな。

 それから、数瞬悩み、おもむろに手を外すと私の目を見つめて、口を開いた。


「確かに主従関係において、勝手に主人のことを話すのは不敬だと言う輩もおりますでしょう。けれど、わたくし一個人としての判断で、ユリアお嬢様には話した方が良いと愚考いたしました。ちなみに今日の会談については大旦那様にご報告させていただきますので、ご了承ください」

「そうですね……口止めをしても意味がないし、する意味もないでしょうし」


 それこそ「死人に口なし」とでもやらない限り、完全な口止めなんてできるわけじゃない。

 いや、魔法がある以上、この世界で完璧な口止めは難しいかもしれないけど。

 一応、アギタさんから、お祖父様に私の話が伝わることは覚悟していた。

 別に悪いことをしているわけではないが、お祖父様のことを勝手に調べ回っているのは事実だ。

 むしろ、アギタさんはわざわざ報告すると言ってくれたことを感謝するべきか。

 わざわざ私に言う必要もなかっただろうし。


「さて、わたくしはそろそろお暇いたします。それではユリアお嬢様、頑張ってくださいませ。コーズレイト殿、この借りはいずれ返してもらうぞ」

「へいへい、借りを返せる時まで、じぃさんもせいぜい長生きしてくれ」

「ありがとうございました」


 いかにも老紳士っぽい仕草で一礼をすると、個室から悠然と退出していった。

 ロイズさんは軽く手を振り、私は席を立って深々とお辞儀をしつつ見送る。


「はぁ~~……緊張した」


 扉が閉まって、しばらくして私は深く息を吐きながら、椅子に座り込む。

 そして、すっかり冷めてしまったお茶を飲み、残っていたビスケットを一枚かじって気分を落ち着ける。

 というか、また応援されてしまったような気がするんだけど。

 皆、私に何を期待してるんだろうか。

 いや、問題の解決を期待してるっぽいけど、と自分で自分につっこむ。


「お疲れ様。で、どうだった?」

「問題の答えを聞こうとして、余計複雑になった感じです。アギタさんの言葉を疑うわけじゃないんですけど……、ロイズさんはアギタさんの話はどう思いました?」

「素直に考えれば、旦那様がバーレンシア侯爵家を継ぐのを嫌がって、軍に入隊したってことになるだろうな」

「なんででしょう?」

「さぁて、面倒な貴族暮らしに嫌気が差したとか?」


 ロイズさんが手を広げて降参のポーズを取る。

 さて、どうしたもんかなぁ。

 私も心の中で、ロイズさんと同じジェスチャーをした。

 あ、このお茶冷めても美味しいや。


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