新メニュー開発室(仮)にて
「いれます……」
私たち三人が見守る中、グラススネイルの肉を刺してパン粉の衣をつけた串を二本、ポルナちゃんが熱された油の中に、ゆっくりと落とす。
ジュ〜ッパチパチ、ジュ〜ッパチパチパチ……、ジュワジュワ……。
今、ポルナちゃんが作っているのは串揚げだ。
昨日あれから、ポルナちゃんには、お屋敷の台所で串揚げを作る特訓をしてもらった。
それを今日、シズマさんとトルバさんの前で披露してもらっているのだ。といっても、別段難しいことをしてもらっているわけではない、普通に衣をつけて油であげてもらっているだけだ。熱された油の扱いだけ注意すればいい。昨日の特訓通りにやれば問題はない。
むしろ、竈の火加減に気を配らなくてよい分、今日の方法が楽になっているはずだ。ちょっと緊張しすぎているかもしれないけど、まぁ、ポルナちゃんは度胸がある方だから大丈夫だろう。
油の中で泡と泳ぐ串を木製のトングで掴んで、少しだけ持ち上げ、衣の色合いを見て、また油の中に戻す。
そしてまたじっと油を見つめる。
それを何度か繰り返す。そんなに慌ただしく出し入れしなくてもいいんだけど、まぁ、慣れかな。
俗に言うこんがり焼けたキツネ色。黄色みを帯びた薄茶色になったところで、油の中から串を取り出して、バット代わりに用意した容器の金網の上にのせてもらう。
「でき、ました……」
「うん、ポルナちゃん、ありがとう。シズマさん、トルバさん、お待たせしました。串とか中身は、かなり熱いので、よかったら串から外して冷ましながら食べてください」
ポルナちゃんがホッと一安心した表情を浮かべる。
私は、串揚げを一本ずつ皿の上に載せて、それをシズマさんとトルバさんの前に置く。一応ナイフとフォークもセットしてある。
「あちっ、ホフホフ……ング……これは美味しいッス! ポルナちゃん、お料理上手ッスね!」
「あ、ありがと……」
シズマさんの率直な褒め言葉の勢いに押され、ポルナちゃんは人見知りがちな顔で照れている。その様子が、年相応の少女をしていて可愛い。
もちろん、プロの料理人とは違って、大雑把よりの家庭料理的な腕前ではあるが、できたての串揚げが美味しいことに変わりはない。
「う〜む……なるほど……茹でるとは違う、焼かれたのとも違う。そうか、加熱するときの温度……それと油の旨味が……」
その横でトルバがぶつぶつと言いながら、ナイフとフォークで串揚げを切り分けながら、一口ずつ噛みしめるようにして味わっている。
「坊っちゃん、オレにもこれを作らせてくれねぇか!!」
「うわっ!?」
「近すぎっス」
「ぬぉおうっ!?」
トルバさんが、クワッと目を見開きガバっと私に近づけてきた顔を、シズマさんが押し返す。あれ、指で鼻フックしてない? あ、指をハンカチで拭いている。
「まったくもう、怖い顔がもっと怖くなってるッスよ!」
「誰が悪人面だっ!」
「そこまでは言ってないッス。とにかく、ケイン様に顔を近づけて迫るのはやめるッス。興奮しすぎッス」
「う、それはすまねぇ。思わず夢中になっちまった。坊っちゃんも、すまん」
なんか、仲が良いな、この二人。今日会ったばかりのはずなんだけど。シズマさんのコミュニケーション力が高いせいか?
「びっくりしたけど、謝ってもらうほどじゃないよ。じゃあ、ポルナちゃん、トルバさんに串揚げの作り方を教えてあげてくれるかな? 串揚げについて聞かれたことは全部答えちゃっていいから」
「お、おう。任せろ! じゃあ、おっちゃん、こっちで」
「うむ、よろしく頼むぜ、嬢ちゃん」
ポルナちゃんに、トルバさんのことを任せて、私とシズマさんは部屋の隅っこに移動する。
「お嬢様に、お鍋サイズで高温に対応できる給湯器が欲しいと言われたときは何のためことかと思ったッス。けど、この料理を作るための道具だったんスね〜」
そう、今回串揚げのデモンストレーションのために用意したのは、普通の鍋ではなく、加熱石を利用した揚げ物専用器だ。油の劣化をできるだけ防ぐために、不純物の抽出機能も備えた高性能な調理器具になっている。
「シズマさん、串揚げは露店で売れると思う?」
「絶対とは言い切れないッスけど、多分、売れるッス。それにでかい商売になると思うッス」
よしっ。シズマさんがそう言ってくれるならば、大外れになることもないだろう。
「ただ、今回の件についてっスけど、バーレンシア家の名前も使って、商人ギルドの方に話を通しておいた方がいいと思うッス」
「?」
「はぁ……お嬢様の料理は『金のキノコが生える丸太』ッスよ。うかうかしていると、『金食いブタが湧く』ッス」
「???」
えーと「金のなる木」とか「金食い虫」みたいなことわざというか例え話かな。
「例えばッスけど、露店で串揚げを売り始めたら。必ず他の店も真似してくるッス」
「そうだね。そうしたら、店ごとに色々なアレンジも出てきて楽しそう」
「…………さすがお嬢様ッス。けど、そういう話じゃないッス」
あれ? なんかご不満?
「真似っていう言葉が綺麗すぎたッス。早い話、レシピを盗まれるッス、しかも、盗んだ相手がうちのオリジナル料理を勝手に売るなと、言いがかりをつけてくることも考えられるッス」
「ええっと……でも、こっちの店が先に作った料理だよね」
「でも、それを証明するのは難しいッス。言われてからじゃあ、なかなか証拠が用意でき無いッスから」
お客さんに証言してもらえば……とは思ったけど、きっと向こうも偽者のお客とかを用意してくるか。ずっと前から、この料理の常連で、とか。
そうなるとお互いに「相手が嘘つきだ」と言い合いするだけの水掛け論だな。
「じゃあ、どうすれば……」
「そこでバーレンシア家の名前を使って、商人ギルドに保証させるッス。お嬢様が考えたレシピが料理のオリジナルになるッス」
「へぇ……でも、それなら、色々なアイデアをたくさん持ち込まれているんじゃない?」
「そこは、商人ギルドもタダでは引き受けてくれないッス」
「え? お金がかかるの?」
「当たり前ッス。商人ギルドは、金なしでは動かないッス」
前世で言うところの、商標登録や特許みたいなものか?
確か両方とも登録料だとか、毎年の更新料だとかで、なんだかんだ費用がかかるらしい。
「もちろん、保証してもらうためには、事前に商人ギルドの審査も必要ッス。その審査料というか手間賃として、お金を払うッス。ただその審査料は、商人ギルドの気分次第だったりするッス。最悪審査料だけとられて保証はできない、とごねられることもあるッス」
「うわぁ……」
「そこで、バーレンシア家の名前を使いたいわけッス。『青き狼商会』の看板も弱くはないッスけど……貴族の名前なら、向こうも無茶はできずに、公正な審査が期待できるッス」
「あ~、つまりはお金と権力……」
その答えに、シズマさんがいい笑顔を返してくれた。
世知辛いね、まったく。
しかし、レシピの保証か……ん? んん~~??
なんだろう、何かちょっと思い当たることが……。
「あっ! フラチャイド!」
……だっけ?
「うう、微妙に違うような、フランチャイルド? えーと……フライチャンズ、なんか離れた」
ああー、喉元まで出掛かっているんだけど言葉が出てこない。
くしゃみが出そうで出ないみたいにすっきりしない。
「ふらちゃ……なんッスか?」
「いや、私もよく思い出せないけど、確かチェーン展開なんだ」
「ちぇんてんかいッスか?」
前世のコンビニとかファーストフードなどで使われていた古典的経営手段の一つだったはず。
こんなことなら、前世の大学の講義で一般教養の経営学もきちんと受講しておくべきだった。
人生何が役に立つか分からないよ、ほんと。
「簡単に言うと、あるお店があったとして、そのお店と同じ看板で同じ商売をする権利を別の人に貸すんだ」
「つまり、弟子を一人立ちさせるみたいなことッスか?」
「似ているようで、ちょっと違うかも。権利を借りている方は売り上げに対していくらの割合で、貸している方に報酬を払うんだよね。あ、売るための商品を購入するんだっけ?」
確か、そんな感じの方式だったと思うんだよな。
あとは営業区域を分割するとか? 同じ地域で過剰な出店が集まらないように制限するみたいな。
「それじゃあ、借りている方は損するだけじゃないッスか?」
「もちろん権利を貸すだけじゃなくて、お店の運営についての補助だったりや、新商品の作成なんかのサポートをするんだ。えーと、本店と支店みたいな関係が近い、か? それと違うのは、店ごとに契約した人が責任者になるというか、お店を運営して、売り上げが上がっただけ、その報酬も増えるんだ。あくまでその人の自分の店だから」
「なるほどッス。大体理解したッス」
えー、いまので理解できたのか?
「そうなると……その件も、商人ギルドに保証させるのがいいッスね?」
「あ、そうだね。契約だとか色々揉めそうだしね」
「ん? 違うッス。その権利貸しの商売方法のことッス。もちろん、事前にもっと煮詰めておく必要があるけど、これは楽しくなってきたッス! お嬢様、この話も任せてほしいッス!」
「うん、お願いするよ」
「ありがとうッス!」
なんか、シズマさんがすごくウキウキしているから、そのまま任せることにしてしまう。というか、私のほうが逆に後で詳しく説明してもらわないとついていけないかも……。
しかし、大きな話がなってきたな。
まぁ、やれるところまでやってみよう。