大人たちと相談する
「お父様、ハンスさんとグイルさんをお連れしました」
「おう、呼ばれてきたぞ」
「ハンス副長〜、もっとお行儀よくしてくださいよ〜」
ハンスさんは、実はすでに何度か屋敷に訪問しているので慣れているが、グイルさんは緊張してしまっているようだ。
今の時間は、ペルナちゃんたちと出会って屋敷に連れてきた夜。夕飯は終わっており、お母様と双子、ジル、アイラさんはもうそれぞれの寝室に向かっていて、ペルナちゃんたちも与えられた客室で休んでいるはずだ。
「あっはっは、いいんですよ。ここにいるメンバーだけなら、ハンスみたいに気を使わなくても。それに、呼び出したのはこちらの都合だからね。グイルも気楽にして」
「は、はい」
お父様が立ち上がって、二人を出迎える。私がハンスさんとグイルさんの二人を案内したのはパーラーだ。パーラーというのは、居間というかリビングルームだ。
食堂と応接室は別に設けてあるが、ここにハンスさんとグイルさんを連れてきたのは、それだけ二人がバーレンシア男爵家にとって気安い間柄であることを示す。
部屋の中央にソファーっぽい長椅子とそれに合わせた高さのテーブルがあり、いつもは家族でくつろぐための部屋になっている。
パーラーには、お父様の他にはロイズさんが待っていた。テーブルの上には、素焼きの瓶と人数分の木製のコップ。アイラさんが作ってくれたであろう、カナッペのようなツマミが載っている。
ちなみに、屋敷の使用人で住み込みなのはロイズさんとアイラさんだけで、数名のおばちゃんメイドや雑役の男性が何名か昼間だけ通いでやってくる。屋敷の規模的に手が足りなくなってきたので、信用が置ける人を紹介してもらったらしい。
「それでは、乾杯!」
お父様が、瓶からワインをコップに注いで、私以外の全員に配る。
宴会の参加者に一杯目に振る舞う飲み物を用意して、乾杯の掛け声をかけるのは、その会の主催の役割で、いわゆるちょっとしたマナーである。
これが飲み会ではなく、食事会ならば、メインの肉料理を取り分けたりするし、舞踏会ならばファーストダンスを踊る。我が家では大体がお父様がやることになる。
もちろん、何十人も参加する宴会の場合は、全員に飲み物を注ぐのは難しいので、一杯目の用意を始める際に合図をしたり、乾杯の挨拶だけで済ます場合もあるようだ。
席順は、私から見て左隣がお父様、その先にロイズさん、私の目の前の席がグイルさんで、お父様たちの前がハンスさんとなっている。
ちなみに私のコップに入っているのは、木苺のジュースだ。甘酸っぱい。
宴会は、当たり障りのない日々の雑談が進んでいた。ただし、グイルさんだけはチラチラと時々私の方を見てくる。
そろそろかなと思い、お父様の袖を軽く引いて合図をする。お父様も私を見て小さくうなづいた。
「グイルさん、何か聞きたいことがありそうですね」
「あ~、ん~……」
ポルナちゃんとの話し合いからほとんどしゃべらずに、帰ってくる途中もずっと何かを聞きたげな様子のグイルさんに声をかけた。
「その……だな、ユリアちゃんはなんで彼らを助けようと?」
「んー、ほとんどが、私の自己満足ですね。それと子供は好きなので、結婚したら子供は五人くらい欲しいですし」
深刻な顔をしているグイルに悪いけど、冗談っぽくあえて軽く流すように答えてみる。
あれ、でも、産むのは私か? …………そこは深く考えないようにしよう。
「け、結婚っ!?」
しまった。お父様にしてはいけない話題を踏んでしまったか……話が進まなくなりそうな予感。
「はいはい。落ちつけって、今日はそんな話をするために集まったんじゃないだろ」
「んっ、ごほん。ええ、そうですね。そんな話はないですね」
「しかし、相変わらず子供っぽくないというか……お嬢様と話していると、年上の人と話している気分になるな」
「……ちょっと大人っぽくなりたいお年頃なんです」
ロイズさんが、爆発しそうだったお父様を即座でなだめてくれる。助かった!
まぁ、前世と合算した精神的な年齢なら、ロイズさんの次に、私が年長だけどね。にじみ出てしまう大人っぽさっていうの? そんな感じなわけよ。
お父様とロイズさんには端的に話していたけど、ハンスさんもいることだし、最初から話したほうが良いかな。
「念のため、最初から話しますね。まず、私が昨日スリにあったのですが……」
ポルナちゃん――最初は名も知らない少年だと思っていたけど――に、財布をスられたところから話を始める。お父様とロイズさんには初めて話す内容だが、誤魔化す必要ないだろう。二人ともポルナちゃんのことを改めて咎めるようなことはしない柔軟な性格をしていると思っている。
それから、グイルさんを連れて居住特区に向かったこと。
ペルナちゃんの出会いとポルナちゃんの覚悟について語る。
そして、最後に 「人形化の呪い」というものがペルナちゃんにかかっていたことを話す。
「と、いうわけで、二人をそのまま放置しておくのも不安だったので、うちに連れてきたわけです」
まぁ、ところどころ端折りながら話したので、全部で三分ほどしかかかってない。
「それで、お嬢様は、その呪いを何とかすることはできるんだな?」
「はい、それは大丈夫です。やり方がいくつかあるので、どれでするのが良いのか検討が必要ですけど」
「お、おう……いくつもあるもんなんだな」
『グロリスワールド』でも呪いに絡んだイベントは、いくつかあったし、それぞれのクリア方法も色々とあった。
ぱっと思い出せるだけでも、「呪いを消す」「呪いを移す」「呪いを変える」「呪いを返す」「呪いを止める」「呪いを終わらせてから、回復させる」などだ。
「と、それぞれ、メリットやデメリットありますが、いずれも根本を、この呪いに関わっている相手をどうするか? どうすればいいか? によって変わってくると思うんです」
指を立てながら、それぞれの呪いの対処方法について、軽く説明をする。
それで、私が悩んでいるのは、呪いそのものではなくて、ペルナちゃんに呪いをかけた相手をどう対処するべきかだ。
私の問いに、みんな静かに考え込んでしまう。
なので、今度は私から質問をしてみる。
「それから……グイルさん、養児院の話について、どう思いました?」
「ああ、なんていうか気分の悪い話だな」
ポルナちゃんが話していた、院内の暴力沙汰や貧しい食事についての話だ。
「そうじゃなくて、えっと、私もあまり詳しくは知らないんですが、養児院はどこが運営しているんですか?」
「運営? 養児院は、お店じゃないだろ?」
「経営じゃなくて、運営です……つまり、よく知らないんですね」
「うっ……」
まぁ、グイルさんが知らないかもな、とは思ってた。
この国や世界で、社会福祉という概念は明確に確立していないようだけど、経験則的に、それっぽいことはやっている。養児院の運営は国の政策の一環だろう。
つまり、国から仕事を任された誰かが国のお金を使って運営している。
「養児院は国から許可と補助金をもらって、仕事を任された各団体が運営しているね。ユリアは、その彼らのいた養児院がペルナちゃんとやらに呪いをかけた相手だと?」
「はい」
言葉が詰まってしまったハンスさんに変わって、お父様が私との会話を引き継いだ。
「まぁ、可能性は高いだろうね。しかし……そうなると、呪いの話だけじゃない、と思っているかな?」
「はい、呪いの話以前に、それが前提ですね」
「運営予算の横領、ですか」
「「!?」」
ハンスさんとグイルさんが驚いた顔をするが、ロイズさんはさもありなんという顔だ。
ペルナちゃんたちがいた養児院の運営費を国が出している。それなのに子どもたちが満足に食事をとれていない。その様子から、どこかで不正にお金が使われているか、それに近いことがおこなわれているだろうと予測した。
「予算は十分なはずなのに、子どもたちがツライを思いをしている。これは、どこかで悪いことをしている人がいる皺寄せが来ていると思うんです」
「なるほどな……それで、お嬢様は、呪いのことについてはどう思んだ」
「これはもう、完全に私の妄想かもしれませんけど……」
ロイズさんの問いかけに、そう前置きをして私は、自分の考えを語る。
養児院の子どもたちのことを食い物にしている悪人とする。
そして、横領以外にも何か悪どいことを企てている成果が、ペルナちゃんにかかっている呪いなんじゃないだろうか?
なんていうか、あの呪いは自然発生するには、都合が良すぎるのだ。
殺さずに生かしたまま、身動きのできない人形のようにしてしまう。
暴力と違って、丁寧な手間をかけて、なにかを作っているという印象を受ける、つまりは。
「子供を裏で売買しているんじゃないかな、と」
魚を加工して干物にするように、木材に彫刻して置物にするように、子供を誰かに売るための加工しているのではないか、そう直感した。
「うえぇ……絶対にない、と言い切れないところがやばいな」
想像したのだろう、ハンスさんが本当に嫌そうな顔をする。
「ところで、軍の担当区域ってどのくらい厳密に決まっているんですか? 例えば、ある地区内の犯罪者を捕まえるのは、何番隊みたいに決まっているとか」
「担当区域は、あくまで巡回の地区であって、どの地区の犯罪者だろうが犯罪者を確保するのには関係ないぞ?」
「今回の養児院について、どうなりますか?」
ちょうどよいので、警察官さんに意見を求めてみた。
「うーんと……王宮の文官や十二番隊以外のヤツらとも色々協力する必要が出てくるかな。うぁぁ、絶対に面倒なことになりそう」
「なるほど。ハンスさん、頑張ってください♪」
私は精一杯可愛らしい顔と声で、ハンスさんを応援してあげた。
「ハンス、頑張ってください。僕も陰ながら協力しますから」
「ハンス副長、頑張りましょう!」
「四の五の言わずにやれ、オレも昔の伝手を頼ってみるから」
私の推測はぜんぶはずれているかもしれない。しかし、ポルナちゃんの証言で、子供たちを虐待している悪人がいることは確実だ。
この王国に児童虐待を直接取り締まれる法律はなかったと思うが、弱い立場にある彼らが虐待されてもいい理由は、私には思いつかない。
ともあれ、ここにいる大人たちには頑張ってもらわねば。