二転三転
ポルナちゃんは、しばらく考え込んでいたが、ゆっくりと私に向かって口を開いた。
「お金なら、いくらだって払う。一生をかけたっていい!」
「……そのお金はどうやって稼ぐの? スリで稼いだお金なんて、欲しくないね」
「まじめに働くさ!」
「でも、私は別にお金が欲しいわけじゃないよ。それにポルナちゃんがまともに働けるなら、そもそもスリなんてやってないでしょ?」
悔しそうに歯を食いしばる。それでも目は諦めていない。
必死に私を納得させるための答えを考えている。それがすごく好ましい。
「ケイン……さんの言うことなら何でも聞く、死ねと言うなら死んだっていい」
言い切ったなぁ。けど、もうちょっと試させてもらおう。
「私にとって、ポルナちゃんを殺すだけの価値があると思う? それにポルナちゃんが死んだら、ペルナちゃんは悲しむでしょ? 私には、意味もなく女の子を傷つけたり、悲しませる趣味はないね」
私がここまでポルナちゃんを試す資格があるのかと問われたら、あるとは言い切れない。
多分、私がペルナちゃんを助けるための、最後の踏ん切りをつけるため、ポルナちゃんを使おうとしているのだろう。
「…………」
「…………」
「……姉ちゃんの目が悪くなったのは、きっと、おれのせいなんだ。いつも、おれを守ってくれて、食事だって、おれにゆずってばっかりで……だから……姉ちゃんを……」
その顔は涙とか鼻水とかでグチャグチャになっていた。ちょっと意地悪しすぎちゃったかもしれない。
「……おねがいじまず! 姉ぢゃんの目を治じでぐだざいっ!!」
「うん、分かった。私ができる限りの協力を約束しよう」
私の軽い返事にポルナちゃんが呆気に取られた顔になる。
「もちろん、今後はポルナちゃんがスリをやめて真面目に働くのも条件だよ。仕事に関しては、ちょっと試してみたいことがあるので、うまくいったら仕事を紹介できるかもしれない。さっき渡した銀貨があれば、数日は持つでしょ? しばらくの間、ゆっくり考えを整えた方がいい……そもそも、私のことを本当に信頼していいのかも含めてね」
「…………なんで、こんなに、おれたちに良くしてくれるんだ?」
ずずっと鼻をすすって不思議そうな声を漏らした。その疑問はもっともだろう。
「しいて言うなら、自己満足かな。それと私は子供が好きで、子供を見捨てる大人が大嫌いだから」
「…………自分だって子供のくせに」
ははっ、泣いたばっかりで、もう皮肉が出るのか。
私には助けることができるだけの力とお金があって、気持ちだけが追いつかなかった。
だから、助けることに大した理由があるわけじゃない。そうしたいと思えたから、ただそれだけ。
親のいないペルナちゃんとポルナちゃんの姉妹に前世の自分を少し重ね合わせたのも否定しない。
うまく言葉にならないから、これ以上の言い訳はしないけど。
「さてと、そろそろペルナちゃんのところへ戻ろうか。ポルナちゃん、今、ここで話したことはペルナちゃんには、まだ話さないでね」
「何でだよ? いや、何でなのです、か?」
「ぷっ……無理に丁寧な話し方をしなくてもいいよ、別に」
「……そうなのか?」
「ああ、ポルナちゃんが私に恩を感じるのは自由だけど、私は別にポルナちゃんが無理することは望んでいない。名前もケインって呼び捨てで構わないから。それとペルナちゃんに今の話をしない理由だけど、私の方で色々と準備があるから、それが整うまでは黙っていて欲しいんだ」
「ケインがそう言うなら……」
「よろしくね。ペルナちゃんに強く訊かれたら答えてもいいけど。とりあえず、戻ろうか」
二階に戻って、ナコルの果汁を飲みながら、ペルナちゃんとのおしゃべりを楽しむ。グイルさんは、壁際の木箱に腰掛けて静かにしていた。
そうして、仲良くなって、二人の警戒心を解いていく。ポルナちゃんも言葉少ないながら、会話に参加してくれる。
部屋に戻った私たちをペルナちゃんが、何か訊きたそうにしていたけど、あえて気づかない振りをした。
ポルナちゃんも、私に言われたことを守って静かにしている。この分なら、私の気持ちの整理がつくまで、黙っていてくれるだろう。
「へぇ、ポルナちゃんはホットケーキが好きなんだね」
「小さい頃の話ですが、目をキラキラさせながら食べていました。ただ、口いっぱいに詰め込んだせいでむせてしまって、そのせいで泣き出したりして、大変でした」
「ふふふっ。そりゃあ、かわいいね」
「はい、ポルナちゃんは可愛いんです」
「う〜! うう〜!!」
私とペルナちゃんの会話を、ポルナちゃんがジタバタしている。会話を遮るのは悪いけど、あまりに恥ずかしい話をしてほしくない、という気持ちが伝わってくるようだ。
小さい頃の話になると、ペルナちゃんはすぐにポルナちゃんとの思い出になる。ペルナちゃんのポルナちゃんが大好きな気持ちが伝わってきて、ほっこりする。
ちなみにペルナちゃんは今年で十四歳、ポルナちゃんは十二歳になるようだ。二人とも、年齢の割に小柄なのは、それだけ養児院での生活が良くなかったのだろうと思うといたたまれない。
そして、最後にちょっとだけ、ルーン魔術を使ってペルナちゃんの様子を診させてもらう。
「少し顔に触るけど、力を抜いて楽にしてね」
「はい」
「《アム フーニース ドェ・ルオ テラール(手で触れた其の全てを知る)》」
相手の能力を詳しく探る魔術は、対象が私を信頼してくれていないと【一角獣の加護】によって効果が発生せずに失敗となる。
対象の名称や体格を知るくらいなら問題ないのだが、相手の力を強制的に暴こうとすると攻撃の一種として判断されてしまうようだ。
ルーン魔術を唱え終わると、ペルナちゃんのステータス、つまり年齢や性別、身長や体重といった個人情報から、持っている魔導や状態異常などが文字となって私の中に浮かんでくる。
「ん?」
……へー、良い素質を持ってるね。
とくに【精霊の加護】がいいね。魔術師になるには、とても使い勝手の良い魔導だ。それにゲームと違って、得ようと思って得られる魔導ではない。かなりアドバンテージだろう。
さて、軽い現実逃避はここまでにしよう。
「あー」
うん。
「人形化の呪い」ってなんだろうなぁ、これ。
いや、状態異常の一種なのは知っている。
ゲームと同じならば、状態異常の「呪い」というのは、それ単独で何かある状態異常ではない。「呪い」という状態異常は、『一定の条件において、状態異常を引き起こす状態異常』という、非常にユニークなものだった。
たとえば「火災の呪い」だと、たとえタバコの火のような小さな火種でも、ちょっと触れただけで「火傷」や「鈍痛」といった状態異常になってしまう。
ペルナちゃんが今受けている「失明」とか「味覚障害(中)」とか「麻痺(弱)」の状態異常は「人形化の呪い」が引き起こしていると見ていいだろう。つまり、複合的に五感を失わせる効果がありそうだ。
「なぁ、ケイン……姉ちゃんは、大丈夫、なんだよな?」
私が考え込んでいる様子を見て、ポルナちゃんが不安に感じてしまったようだ。
「大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば、ペルナちゃんは大丈夫だと思う。けど、う〜ん」
「な、なにかダメなのかよ? おれは、どうすればいい?」
「あ〜……」
多分、ルーン魔術で呪いを解くことはできる。ゲーム的に言えば、別にごく普通の状態異常だから、そこは問題なさそうだ。
けど、解いて良いのか?
そこがわからない。だから、即決できない。少し時間をください。
「まずは、ごめん」
「ご、ごめんって、どう……」
「ああ、違う、違って……さっき言ったことをなかったことさせてもらいたくて」
「ええっ!? なんで!? やっぱり、ダメだったのかよ!」
あ、やばい。焦って、余計不安を煽るようなことを言っちゃった。
「ちょっと私の話を聞いてー!? なかったことにして欲しいのは、私のことを信頼できるようになるまで待つように言ってたこと! 悪いんだけど、このまま二人には、私の家に一緒についてきてもらいたいの」
「え? え? それってどういう……」
「……?」
「今から説明するから……うんと……」
ナコルの果汁を一口飲んでから、二人に話すべきこと、話さないほうが良いことを考える。
「まず初めに、ペルナちゃんの目は、私の方で、なんとかできると思う」
「おっ!」
「……?」
途端にポルナちゃんが嬉しそうな顔になる。ペルナちゃんは、相変わらず、話についていけないようなキョトンとした感じだ。小首をかしげて、考え込んでいる。
「……え、な、治るんですか?」
「うん、治るよ。私がなんとかする」
「ありが……」
「の前に、ちょっと待ってね!」
勢いよくお礼を言おうとするペルナちゃんを止める。なんか、こう早合点しがちなのは、よく似た姉妹だなぁ。
「グイルさん、知っていたら教えて下さい。呪い系統の魔術って、王国ではどういう扱いになりますか……」
「は?」
「えっと、たとえば、知り合いに呪いをかけたら何らかの罪に問われたりしますか?」
「まあ、そりゃあ、なるよ。それは、普通に殴るのと一緒だし、いや、呪い系統の魔術の利用は、許可制だから、無断でそういう事にやっていたら、そっちの罪も上乗せになるね」
「ふむ……」
ちょっとうろ覚えだったので、グイルさんに確認を取ってみたが、以前、王国の法律を軽く勉強したときの記憶は正しかったようだ。『呪術行使に関する制限』みたいな法律があったはずだ。
「ペルナちゃん、ポルナちゃん、正直に話すからよく聞いて欲しい。ペルナちゃんの体調不良は、呪いによるものだと思う。今すぐに悪くなることはないけど、念のため、私と一緒に来て欲しい」
「えっ、呪いって、なんだよ、それ」
「大丈夫、怪我も病気も呪いも同じようなものだから」
「……ケイン君、オレはちょっと違うと思うけど」
グイルさん、どれもルーン魔術で治せるんだから、同じと言っても良いでしょ!
「はい、ケインさんと一緒に行きます」
「姉ちゃん?」
「ポルナちゃん、ケインさんがそう言うなら、そうしようか。ここには戻ってこないつもりで、大事なものだけまとめてもらっていい?」
「いいけど……」
「大丈夫よ、みんなもそれが良いって言ってるから、ね」
みんな?
ちょっと気になる言葉もあったけど、ひとまず後回しだ。
今は素直に移動してくれるならありがたい。
「グイルさん、このまま二人をうちに連れて行きたいです。ペルナちゃん、悪いんだけど、グイルさんに抱っこしてもらっていいかな? その、たくさん歩くのはツライでしょ? グイルさん、お願いできる?」
「大丈夫です」
「本人がいいなら、オレも大丈夫だ」
ポルナちゃんが、部屋の隅にあった木箱から、色々と取り出してボロいリュックの中に詰め込んでいる。着替えもあまり持っていなかったようだ。
その準備が終わり次第、グイルさんにペルナちゃんを抱き上げてもらい、私達は二人の隠れ家をあとにした。