不定民の姉妹
「ポルナ君、昨日の仕事について、少し話があったんで寄らせてもらったんだ。突然訪問して、ごめんね」
私の存在に気づいて戸惑うポルナ君の先制を取り、争う意思はないことを伝えようとしたが、無理かなぁ。まぁ、このまま押し切るか。
「ペルナちゃん、申し訳ないけど、彼と重要な話があるから、ちょっと彼を借りていくけど、いいかな?」
「あ、はい! どうぞ!」
「じゃあ、ポルナ君、下で話そうか」
私はポルナ君が持ち直す前に彼の片手を掴むと、部屋から出て、階下に向かう。
彼は私に引きずられるまま、おとなしく付いてきた。細い手をしている。
ちらりと顔を見ると、青ざめた表情で……ん? 昨日は気づかなかったけど、もしかして……?
階段を下りて、そのまま一階の適当な部屋に入る。
「…………」
「さて、ひとまずは自己紹介からしようか。私のことはケインと呼んで欲しいな。君の事は、ポルナちゃんと呼ぶね?」
「……好きにすれば? それで、金を取り返しにきたんだろ?」
現状が理解できたのか、私に剥き出しの敵意をぶつけてくる。
けど、まだ理解が足りないな。
「んー、まぁ、最初はそういうつもりだったんだけどね。諦めて帰ろうかなって、思っていたところかな」
「どういうつもりだ?」
「ポルナちゃん、私が君に説明する必要はあるかな?」
「っ!!」
私は生きていくためにお金を奪うことは「純粋な悪」だとは思わない。
何らかの理由で、そうせざるを得なかった結果ならば、の話だ。
「カルネアデスの板」と言う倫理学の話がある。前世の古い哲学者カルネアデスが出した問題だ。
船が難破し、一人の男が溺れないように板切れに掴まっているところに、もう一人の溺れている男が近づいてきて、同じ板にしがみつこうとする。しかし、その板に二人がしがみついたら、板が耐えきれずに二人とも溺れてしまう可能性が高いとする。
その場合、元々板に掴まっている男が、近づいてきた男の手を振り払い、結果として近づいてきた男が溺れ死んでしまっても、罪に問うべきではない、と言う話だ。
確か、これは前世の日本でも法律的に保護されていた行動だと思う。
ポルナちゃんの話と「カルネアデスの板」の話は、正確いえば違うのだが……。
幼い姉妹が生きていくためには仕方ない行為だった、と考えれる範囲だろう。
そう、しっかりと見ればわかるのだが、ポルナ君ではなく、ポルナちゃん。スリの少年は、スリの少女だった。
「ペルナちゃんには、仕事のことを話してないんだって? 君のこと、すごく心配していたよ?」
「別に、それこそお前には関係ない話だろ!!」
「そうだね。本来なら、関係のない話だったと思うよ……でも、私はペルナちゃんのことが気に入ったからね。ポルナちゃんとペルナちゃんだったら、彼女の味方をするよ」
「姉ちゃんに、スリのことをバラすつもりか? それとも姉ちゃんを気にいったから、アイジンにする気か? ガキのクセに、これだから金持ちは!!」
声を荒げて威嚇してくるが、暴力に訴えてくる様子はない。
私が腰に差している剣を警戒しているのだろうか。ポルナちゃんの視線が時折、腰の辺りを向いている。
しかし、ペルナちゃんを愛人にするには、お互いにちょっと歳が足りてないんじゃないかな。
ああ、今から私好みのレディに育てるとか? 私がそれをやるのは、かなり悪趣味っぽい気がするけど。もちろん冗談だ。
「言葉づかいに気をつけたほうがいいと思うよ? 私を怒らせても、君は何も得をしない。それどころか、危険な目に合うかもしれないね」
「お、おどす気か?」
「安心して……。心優しいペルナちゃんに免じて、二人の害になるようなことをするつもりはない。ここに来たのもお金じゃなくて、布の小袋だけを返してもらおうかと思ってたんだ。でも、それはペルナちゃんの手元にあるらしいし、無理に取り返す気も無くなったからね」
「はっ……お情けありがとうございます。とでも答えれば満足かよ」
うーん、嫌われてるなぁ。まぁ、当たり前か。
自分がちょっと悪役っぽいことを言っている自覚はある。
「忠告するけど、今回は私だったから良かったけれど、スリを続けるといつか辛い目にあうことになると思うよ?」
「うるさい、余計なお世話だっ!!」
「もっときちんとした職を探すか、養児院にお世話になったりするつもりはないの?」
「はっ、分かったような口を利くなよな。おれらみたいな子供がまともな職を見つけられるわけないだろ! それにおれと姉ちゃんは、養児院から逃げ出してきたんだよ!」
あー、なんだろう……、泥沼にハマった気がする。
「あれ、ケイン君、こんなところで……ああ、彼が例の少年か?」
と、ちょうどそこへグイルさんが顔を出す。廃屋に戻ってきたら、この部屋から人の声がしたから様子を見に来たのだろう。この状況を見て一目で察したようだ。
その両手にナコルの実を抱えていた。正確に言うと実じゃなくて茎なんだけどな。
ナコルは、棘のないウチワサボテンみたいな植物で、硬くて薄い皮の中に甘みのある液体を大量に蓄えているのだ。節の一つがちょうどヤシの実くらいサイズでそれが何個かくっつけた感じで生えている。
味もヤシの実ジュースに近く、清涼飲料水のないこの世界においては、子供に人気の飲み物だ。
グイルさんの登場でポルナちゃんの緊張が増す。
まぁ、私は剣を持っているとはいえ、同い年くらいの子供だけど、グイルさんは大人で立派な剣士に見えるしな。牙族という種族的な見た目も大きい。
中身は犬のおまわりさんだけど。
「グイルさん、ちょうどいいところに。この子が例のポルナちゃんでした、男の子じゃなくて女の子だったみたい。ポルナちゃん、こちらはグイルさんだよ。今から、詳しい話を聞こうと思ってたんで、グイルさんも一緒にいてください」
「これ以上、何も話することなんてあるもんか!」
どうやら、まだ立場が分かってないみたいだな……正直、この悪役っぽい思考がちょっと楽しくなってきた。
グイルさんはナコルの実を持ったまま、黙って私のやることを見守ってくれている。
「そうだね。それじゃあ、私の質問に一つ答えてくれるたびに、これを一枚上げよう。もちろん、昨日、私からスったお金は、あげたものとしよう」
「!?」
私はポケットから銀貨を取り出して見せる。
「質問は五つ。だから、全部で五万シリル分が増えるね。悪くない取引でしょ?」
「……何が聞きたいんだよ?」
「まずは、君たちの両親について……父親は人間、母親はエルフで、その男の愛人だった?」
これは単純な推理だ。ペルナちゃんはエルフなのに、ポルナちゃんの見た目は人間である。
この世界の異なる種族で子供を設けた場合、子供は、両親のどちらかの種族的特徴しか持たない。が、髪や瞳の色に関しては、種族に関係なく両方から受け継ぐ可能性がある。
ポルナちゃんは人間には珍しいが、エルフの特徴としては珍しくはない透き通るような緑の瞳を持っている。ペルナちゃんとお揃いだし、名前も顔も似通っているので、同じ両親の姉妹だろう。
ポルナが憎々しげに言った「アイジン」という言葉から、推測できることもある。
そこから、彼らの母親は、社会的な立場の弱いどこかの金持ちに、家の外で囲われた立場の愛人だったのでは? と考えたのだ。
「……そうだよ」
「なるほどね。それで、ポルナちゃんたちがいた養児院の名前は?」
銀貨を一枚渡しながら、次の問いをする。
別に両親がどうなったか、とまで問い詰めるつもりない。
「名前は知らない、ただ街の南西にある赤い屋根の建物だ」
「その養児院は……どんな所だったの?」
「ふんっ、最低なとこだぜ。メシは少なくてまずいし、職員の機嫌を損ねると殴られる。もっとも機嫌がいい大人なんて一人もいなかったけどよ」
差し出してきた手に銀貨を二枚乗せる。ポルナちゃんはそれをすばやく懐に仕舞った。
養児院か……私も人事じゃないんだよな。いや、前世の私はペルナちゃんやポルナの境遇と比べれば平穏な境遇だったのだから、一緒にしたら申し訳ないか。
「ペルナちゃんの目が見えないのは、生まれつき?」
「っ! さっきから、何のつもりだよ! 変な質問ばっかりしやがって!」
「ポルナちゃんは、私の質問に答えれば、お金がもらえる。そういう約束でしょう? 答えるの? 答えないの?」
「……違う。養児院にいる頃から徐々に悪くなっていったんだ」
やっぱり、先天的なものじゃなくて後天的なものか。詳しくは調べてみないとわからないけど、それなら何とかなりそうだ。
また一枚を渡そうと思って、やめて、最後の質問の分と合わせて二枚を渡す。
ポルナが変な顔をしているが、別に構わない。
「ペルナちゃんの目が、また見えるようになると言ったら、ポルナちゃん、君はどうする? 代わりに何を差し出せる?」
「っ!! どういう、意味だ……」
「私の見た感じだと、ペルナちゃんの目は魔術で治すことができると思う。それとそういった魔術が使える魔術師にも心当たりがある」
というか、自分自身のことだけどな!
私がこの質問をしたのは……彼女の覚悟を知りたかったからだ。
あの時、私は隠していた秘密を捨ててでも、お母様を助けたかった。
ポルナちゃんにとってペルナちゃんは欠かすことのできない大切な人だろう。
だから、私はその覚悟を聞いてみたいと思った。